3万打 | ナノ

※恋人設定






『……えー、雷士くん。折り入ってお願いがあります』

〈……はぁ、何でしょう〉


昼寝をしていた僕を揺さぶり起こし、やたらと神妙な顔をするヒナタちゃん。原型状態の僕の前で正座してるなんて端から見ればおかしな光景だ。でもヒナタちゃんはすごく真剣みたいだし、一体何のお願いがあると言うのか。


『えっと、その……あ、あたしとっデートして下さい!!』

〈……は?〉


あまりに予想外のことについ間抜けな声が出てしまった。凄いよねこの子、ピカチュウに土下座するんだよ。…まぁ今はそんなことどうでもいいか。

今この子デートしてって言ったよね?それを土下座までしてお願いした……はぁ、相変わらずお馬鹿だよ。頭痛を誘発するほどにお馬鹿だよ。


『な、何か今すごいバカにされた気がする…!』

〈したよ〉

『ひどっ!!』

〈はぁ…〉

『わっ?』


大きな目を潤ませて眉を下げるヒナタちゃんに、もう一度渾身の溜め息を吐く。そして擬人化をしてヒナタちゃんの頭をワシャワシャとかき混ぜた。


「そんな風にお願いしなくても断るわけないでしょ?僕達は付き合ってるんだから」

『ぅ…!』


僕がそう言うと耳まで真っ赤に染めてしまった。変なの、本当のことを言っただけなのにね。


「ほら、時間限られてるんだから早くしないと。デート、するんでしょ?」

『ぁ、う、うん!』


立ち上がって手を差し出すと慌てて握り締めてきたからそのまま引っ張り上げた。相変わらず赤いままの頬を見て、胸の中から可愛いという思いがどんどん込み上げる。

ただでさえ世間一般的に見ても可愛い顔をしているのに、惚れた欲目というか付き合って更にひとしおと言うか…そういうのが合わさってこの子の全てが愛しくて堪らない。ヒナタちゃんのことを天使だの妖精だの言ってた蒼刃と嵐志のことも馬鹿に出来なくなっちゃったね…。


『あ、あのね雷士!あたしR9で買い物したい!』

「ん、了解。じゃあソウリュウからすぐ行けるね」


お気に入りのダッフルコート(だっけ?)を着て楽しそうに声を弾ませるから僕も思わず笑ってしまう。

出掛けに仲間達から文句の声が飛び交ったけど、僕は聞こえないフリをしてヒナタちゃんの手を握りセンターを出た。



ーーーーーーーーーーー



「で、どこから見るの?」

『えーと…あの店!』


ライモンとソウリュウの間にあるR9は年中多くの買い物客で賑わいを見せているらしい。今日もポケモンを連れたトレーナーと思しき人や、カップルに家族連れと様々な人達が買い物に勤しんでいる。…うん、氷雨には耐えられない空間かもね。

繋いだままの手をヒナタちゃんに引かれて入ったのはブティック。昔から澪に着せ替え人形にされてきた影響もあるだろうけれど、普通の女の子らしくヒナタちゃんは服選びが好きらしい。早速店内をキョロキョロと見回しながら目についた服を手に取った。


『ねぇねぇ雷士!これどうかな?』

「……う、ん…いいんじゃないの?」

『む、無理しなくていいんだよ雷士くん』

「…ゴメン」


しまった、ヒナタちゃんに気を遣わせちゃった…。ヒナタちゃんとは対照的に僕はこういうの疎いんだよね。それをこの子も分かってくれてるから、気にしないでと笑ってくれたけれど。


(嵐志とかダイゴさんなら、上手い返しが出来るんだろうな…)


あの2人になりたいとは思わないけれど、ヒナタちゃんを喜ばせたいとは思う。はぁ…本当に女の子のことは不得手だ。これで相手がヒナタちゃんでなかったら間違いなく僕は全てを投げ出しているだろう。


『あ、これ蒼刃に似合いそう!こっちは氷雨かなー、でも意外に紅矢でもいけるかも…』


次にヒナタちゃんは男物の服を物色し始めたらしい。けれど、何で今ここで蒼刃達に似合う服を探しているのかな…。

僕は何となくムッとして、別の服を取ろうとしているヒナタちゃんの手を掴んで制止した。


「…あのね、今は僕といるんだからそんなの違う時でいいでしょ」

『…ぇ…あっ、えぇ!?』

「何その反応」

『いや、だって、その…それって、ヤキモチ…なのかなって…』

「……は……!?」


ヒナタちゃんの言葉の意味を理解した途端、僕の顔がみるみる熱を持ったのが分かった。ヒナタちゃんはヒナタちゃんで赤くなっているし、端から見ると僕達馬鹿みたいだよ。


『ち、違うの?あたしの思い上がり?』

「…っち、ちが…いや…違わなくは、ない…かな…」


眉を下げて僕の顔を窺うヒナタちゃんに問われて、誤魔化そうと思ったけど無理だった。この子の微妙に期待しているような目を見たら嘘なんて吐けない。

僕が肯定するとヒナタちゃんは照れ臭そうに、そしてやっぱり嬉しそうに笑った。好きな人にヤキモチを妬かれるのは嬉しい、らしい…何この子可愛いんだけど。


『な、何か照れる…。あっ、あの服可愛い!』

「ちょっと、急がなくても大丈夫だよ」


赤くなった頬を両手で隠していたヒナタちゃんだけど、再び自分用にめぼしい服を見つけたらしく小走りで行ってしまった。

全く…こういう時に落ち着きがない所は澪に似ちゃったのかな。澪の買い物の場合はもっと恐ろしいけれど。

ヒナタちゃんはキラキラと輝く瞳で鏡を見ながら服を合わせている。まぁ…あんな顔されちゃ何も言えないよね。

僕もヒナタちゃんの所へ行こうと一歩踏み出した時、不意にある服が目に留まって動きを止めた。近寄って手に取ったそれは、ウエスト部分にリボンがついた淡いピンクのワンピース。


(…これ、ヒナタちゃんに似合うだろうな)


女物に限らずファッション自体にさほど興味はないけれど、何故かこのワンピースは目を引いた。ヒナタちゃんって確かリボンとかピンクとか好きだし…うん、いいかもしれない。

僕がワンピースをヒナタちゃんに見せると、思った通りストライクだったらしくて楽しそうに試着室に飛び込んだ。今の早かったな…普段もあれくらい俊敏ならいいのにね。


『じゃん!どうですか雷士くん!』

「…!」


頭の弱そうな効果音を口にしてカーテンを開けたヒナタちゃんを見て、一瞬言葉が出てこなかった。いや、だってさ、似合うだろうとは思ったけれど…想像以上に、可愛かったから。


『…あれ、もしかしてイメージと違った感じ?』

「っや、そうじゃなくて…似合ってるよ、すごく。可愛い」

『…っう、嘘、本当!?無理してない!?』

「してないよ、少しは信じたら」


自分で言ったことだけど何となく照れ臭くて、ついそっぽを向いたら目の前に立つヒナタちゃんの笑う声がした。それと、ありがとうという言葉も。


『さすが雷士!あたしの好みを分かってるねー』

「何年君と一緒にいると思ってるの。…そうだ、それ僕がお金出す」

『へ?』

「気に入ったんでしょ?僕もそれ好きだし、買ってあげるよ」

『え、でも…安い物じゃないし、そんなの悪いよ…!』

「へぇ、何?君はぼ、く、た、ち、が、バトルして得たお金を使わせてくれないって言うの?確かにトレーナーの君に基本的な所有権はあると思うけど僕達が分け前で貰った分くらいはどう使おうが僕の勝手だと思うけどね」

『はいその通りです失礼しました!!』

「分かればよし」


いつもの如く言いくるめてしまえばもうこちらの勝利。ヒナタちゃんは何かブツブツ言っているけれど負けは負けだからね。

脱いだワンピースをヒナタちゃんから奪ってレジへと向かう。すると店員の女の人がワンピースと僕を交互に見て、ニヤリと含み笑いをしたからちょっとムカついた。


「はい、お待たせしました!ありがとうございます!」

「どうも」

『あ、ありがとう雷士…!』

「ふふ、素敵な彼氏さんですね」

『え!?あ、は、はい!』

「…っ馬鹿言ってないで早く行くよヒナタちゃん」


店員の言葉を鵜呑みにして答えるヒナタちゃんを引っ張って連れ出す。全く…深く考えずに物を言うんじゃないよこの子は。


『ら、雷士!素敵な彼氏さんだって!』

「だからそんなのお世辞だって…」

『お世辞じゃないよ!あたしだってそう思うもん!』

「なっ…!?」


ヒナタちゃんは握った手に力を込めてそう言い切った。紅潮してる頬は照れ臭いからなのか興奮しているからなのか…。でも口元は笑っているから、嬉しい…らしい。

その後も勢いで恥ずかしいことを口走りそうだったから、少し早足で人の少ない屋外の休憩スペースへと連行した。ちょうど喉も渇いていた所だし、飲み物でも飲んで落ち着こう…。


『もー雷士、あんなに引っ張らなくてもい…ぅぶっ』

「君が大きな声でハシャぐからだよ」


足をぶらつかせて不満そうに口を尖らせるヒナタちゃんの顔にオレンジジュースの缶を押し付ける。今日は割と暖かいし、火照った体を冷ますには冷たいジュースがぴったりでしょ。


『ちょっと雷士くん、仮にも女の顔にジュース缶押し付けるなんてヒドくないですか?』

「文句があるなら飲まなくていいよ」

『ゴメンなさい飲ませて頂きます!』


ヒナタちゃんの持つジュースを取り上げようとしたら慌てて喉に流し込み始めた。氷雨じゃないけれど、本当にこの子って弄り甲斐があるよね。反応が素直と言うか何と言うか…。


『…あは、雷士はやっぱり素敵な彼氏さんだよ』

「何、急に」

『だってこうやってジュースも買ってくれたし…それにワンピース!あれ、あたしに似合うと思って持ってきてくれたんでしょ?雷士はそういうの苦手なのに…だから嬉しかった』

「…別に…当てにならない直感だし、そんなに大層なことはしてないよ」


僕が今言ったことは間違ってないと思う。一般的に見てもそこまで感謝されるようなことはしてないだろうし…だから、


(そんなに嬉しそうな顔で恥ずかしいこと言わないでよ、お願いだから)


これ以上何か言われたら僕までおかしくなってしまいそうだ。何だってこの子は妙な部分で恥が無いのだろう。

手で隠しても隠しきれないほどに顔が赤くなっているのに、ヒナタちゃんはジュースを飲んでいるせいか全く気付く様子はない。それどころかこちらを向いてニッコリ笑い、口を開いた。


『そんなに謙遜しなくてもいいよ?雷士は顔も綺麗だしバトルも強いし、何より優しいってことあたし知ってるから!』


…もう一度言う、どうしてこういう時の恥じらいをこの子は持ち合わせていないのだろう。

更には追い打ちをかけるように手なんか握ってくるものだから、今度は半ばヤケクソに僕から口を開いた。


「もう黙って、色々と限界だから」

『へ……んぐっ!?』


あんまりにも可愛くてムカついたから、そのお喋りな口を塞いでやったんだ。




(す、少ないとは言え人がいるのに…!)

(…君の方が大分恥ずかしかったと思うけどね)



end


  
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