3万打 | ナノ

※微裏表現あり






どうすればこの気持ちが伝わるのか、








『氷雨、れいとうビーム!!』

〈止めです〉


氷雨が大きく口を開き、高密度の冷気を帯びた光線を相手に浴びせる。それをまともにくらった対戦相手のワルビアルは目を回して倒れてしまった。


「あ…っワルビアル!」

『…よっし、勝ったよ氷雨!』

〈この程度当然ですよ〉


相変わらず余裕綽々の氷雨様。うん、紅矢よりは慈悲があるけどそれでも容赦ないね!


「すごいね、完敗だよ!もっと鍛えてリベンジするからその時はまたバトルしてくれるかい?」

『勿論です!ありがとうございました』


ワルビアルをボールに戻したトレーナーさんと握手を交わして再戦を約束する。旅に出始めてからこうした出会いが増えて嬉しいんだよね。

あたしは今日立ち寄った街の散策に出ていた。皆もそれぞれ自由に過ごしてるから珍しく1人でね!

ブラブラ歩いていると本を買いに出ていた氷雨と偶然合流して一緒に散歩することになった。そして公園で休憩中に先ほどのトレーナーさんにバトルを挑まれた訳です。


(氷雨も強いんだよねー、一応今のところのトップは紅矢か蒼刃だと思うけど…きっと2人にも負けてないだろうし)


華麗に勝利した氷雨を労う為声をかけようとすると、木で隠れるようにコソコソしている女の子が目に入った。

その子はあたしに気付くと慌てて目を逸らしてしまったけど、その後もチラチラとこちらを見ている。

……ていうか、氷雨を見ている?


「どうしましたヒナタ君?」

『あ…う、うん。ほらあの子、何か氷雨を見てるみたいなんだけど…』


いつの間にか擬人化した氷雨が首を傾げてあたしに問う。そして女の子の存在を知らせるとそれを確かめる為に氷雨も彼女の方を向く。

すると氷雨と目が合った女の子はみるみる顔を真っ赤にさせ落ち着きなく右往左往し始める。けれどしばらくウロウロした後、意を決したようにこちらへゆっくりと近付いてきた。


「…っあ、あの!バトル凄かったです!」

「はぁ…ありがとうございます、見ていらしたのですね」


ニコリ、営業?スマイルを浮かべた氷雨にまたまた真っ赤になる女の子。氷雨ってこういう返し上手なんだよね。

……ていうか、何であたしショックを受けているんだろう。


「あの、あの…っ突然で驚かせてしまうとは思うんですけど、今からどこかでお話出来ませんか!?」

「…は?」

(…え、)


ズキ、胸の痛みがまた強くなる。何、これ?


「私、公園にある小さな湖に住んでいるマリルリなんです。たまたま人の姿で散歩していたらあなたがバトルしている所を見つけて…それで、素敵だなって」


マリルリ…そっか、この子ポケモンだったんだ。そういえばフンワリとした青い髪とかクリクリの目とかマリルリっぽいかも。

モジモジしながら頬を染めている姿を見ると、バトルしていた氷雨に一目惚れしたのであろうことは一目瞭然。そりゃまぁ…氷雨って美形さんだし。


「…ありがとうございます、貴女のような可愛らしい方にそう言って頂けて嬉しいですよ」

「え、え…っ!」

『ーーーー…っ!!』


また、まただ。氷雨がこの子と話しているのを見ると泣きそうになる。

どうしてだろう…別に何てことない光景の筈、なのに。


「じゃ、じゃあ…!」

「そうですね…有り難いお誘い感謝します」


嫌、嫌だ…聞きたくない。氷雨がこの子と一緒にいるところ、見たくない!


「ですが生憎僕には……って、ヒナタ君!?」


あたし何をやっているのだろう、頭の中ではそう思っているのに。体がその場から勝手に逃げ出してしまった。

珍しく驚いたような声を出した氷雨を余所にあたしは無我夢中で走っていたのだ。





ーーーーーーーーーー





『はぁ…』


気が付くと公園を抜け出し人気のない空き地へと辿り着いていた。ここも昔は公園だったのだろうか、錆びた遊具と小さなベンチ…そして公衆トイレがあるだけの場所。

少しだけ暗くなってきたなぁ…どうしよう、氷雨を置いて来ちゃった。まぁ氷雨だったら何の問題もなくセンターに帰るとは思うけれど、ただ…


『あーもう…何でこんなことしたのあたしのバカ!』


うん、本当にバカ。でも自分でも理由が分からない。どうしてあたしはあんなにも胸が痛くなったのだろう?


(…氷雨、怒ってるよね)


今頃あの女の子と2人でお茶でもしているのかな。ポケモン同士の恋愛にトレーナーのあたしなんていない方がいいのかも…。


「ヒナタ君」

『っ!?ひ、氷雨…!?』


小さなベンチに座って顔を伏せていたあたしの背後から降ってきた低い声。それは紛れもなく氷雨の声で、あたしは勢いよく振り向いた。


「君…一体何をしているんですか。心配したでしょう?」

『…ご、ゴメン』


心配…してくれたんだ。やっぱり悪いことしたなぁ。…あれ、でも何でだろ?あたし、氷雨の顔がまともに見れない。


「で、何故急に逃げたんです?あのマリルリも驚いていましたよ」

『…っ!』


逃げた、本当にその通りだ。けれど…その時のあたしには、まるであたしを探す為に渋々あの子を置いてきたかのような言い方に聞こえてしまって。

氷雨もあの子も何も悪くないって分かっているのに…口から出たのは全く可愛くない言葉だった。


『…べ、別に…探してくれなくてもよかったのに。あの子に誘われてたでしょ?』

「え?」

『可愛い子だったよね、青い髪が綺麗だしスタイルも良かったし!おまけに水タイプだから氷雨とも気が合うんじゃない?』


口が止まらない。あたしは多分…氷雨が人間嫌いだという事実が心のどこかで引っかかっていたのだ。


『…あたしと、いるより…あの子といる方が幸せになれるかもよ?』


あたしと旅をしていれば、氷雨の大嫌いな人間が多い街に行くことは必須。それを承知済みで付いてきてくれたのだろうけれど、やっぱり無理してるんじゃないかと思う時がある。

だからもしかしたらマリルリちゃんとの出会いはいい機会なのかも…。そう思って言ってしまったけれど氷雨は何て答えるだろう?

恐る恐る顔を上げて氷雨を見た。…すると、


「…ほう?」

『…!?』


ぞく、氷雨の低い声と冷たい目に体が震える。まるで初めて会った時のような刺々しさがあたしの全身に突き刺さった。

ゆっくりと近付いた氷雨が動けなくなったあたしの顎を掬い視線を交わせる。背の高い氷雨に合わせるのは首が痛いけれど正直怖くてそれどころじゃない。


「…ヒナタ君、怖いですか?でもね…僕は君以上に怖いですよ」

『へ…わ!?』


怖いって、何が?

そう問う前にあたしの腕を掴んで氷雨が歩き出す。ぐいぐいと引っ張る力が強くて全然振り解けない…!

そして抵抗らしい抵抗も出来ないまま、あたしは公衆トイレの個室に無理やり押し込まれた。




『っ!』


扉は閉められた上に氷雨が塞いでいる為逃げ場はなくなる。どうしてこんな所に押し込められたんだろう…やっぱり、怒っているのかな。


「…こちらを向きなさい、ヒナタ君」

『え…んっ!?』


否とは言わせない言い方。おずおずと言う通りに氷雨の顔を見た瞬間、何か柔らかいもので口を塞がれた。

ドアップに映る氷雨の整った顔、おでこに触れるフワフワした水色の髪に今何をされているのか何となく理解する。


『ーーーっん、ぅ…!』

「口を開けなさい」


く、口!?何で…!?

訳も分からず動けないでいると、何を思ったのか氷雨があたしの上唇を小さく噛んだ。大して痛くはなかったけれど驚いたあたしは思わず口を開いてしまって、


『ふ、ぅ…っ!?』


次の瞬間ぬるりとした感触のモノが口内に侵入してきた。あたしの舌を絡め取り、まるで生き物のように蠢くそれが氷雨の舌だと理解するのにそう時間はかからなかった。

粘着質な音を立て激しさを増すばかりの行為は息をすることすらままならない。ていうかあたしキスするのなんて初めてなんですけど…!


『ふぁ、ん…っ』

「ふ…イイ顔ですねぇヒナタ君?」


物凄く長い時間に感じたけど実際どのくらいキスしていたのだろう、もう分からない。とりあえず苦しくて胸がキュウっとなっている。

唇を離して意地悪く笑った氷雨はあたしの体を反転させて壁に手をつかせた。氷雨に背を向けている状態だからどんな顔をしているのかとか、何をするつもりなのかが全く予想出来なくて怖い。


「君は本当にバカですよね、僕にあんなことを言うなんて…」

『ば、バカって…ぁっ!?』


背後から伸びてきた男性らしい大きな手があたしの胸に触れる。おまけに太腿の間に腹が立つほど長い足をねじ込まれて足を閉じることも出来ない。


(な、何、これ…!?恥ずかしい…!)


耳や項に噛み付かれ、いつの間にか服のボタンを外され脱がされた上半身。外気に触れた肌が粟立ちいよいよ未知の感覚に抱く恐怖心が警報を鳴らす。


『ひ、氷雨、お願いだからやめて…!』

「ねぇヒナタ君、君は先ほど…あのマリルリといた方が幸せになれるかも、と言いましたよね?」

『へ…!?』


あたしの言葉に耳を貸さず淡々と話す氷雨に恐怖心が増す。話す間も両手の動きが止まることはなく思考が段々と鈍っていってしまう。


「…そんなこと、有り得ませんよ。僕が選んだのは君です、君以外の者に恋情など抱く筈がない」

『ひゃ、あっ!?』


スカートを捲られ侵入してきた冷たい手のひらに体が震える。もう、氷雨が何を言っているのか上手く耳に入ってこない。


「君にあぁ言われた時…僕はとても怖くなった。君に置いていかれるんじゃないかとね。ですが…よくよく考えればそんなこと関係ありませんでした」

『っわ!?』


勢いよく抱き寄せられ、再び反転した体。氷雨の切れ長の瞳に見つめられると目が離せなくなってしまう。


「僕は君の傍から離れる気などありません。逆に君が僕を捨てると言うのなら…僕からは逃げられないということを、その体に叩き込んで差し上げるまでですよ」

『ひ…っ!』


何て綺麗で、そして背筋が凍るような微笑みだろう。現にあたしの頭は恐怖でいっぱいだ。

その直後もう一度思考を奪うような深いキスをされて、何だか物凄く恥ずかしいことをたくさんされた。

痛くて涙が溢れるのに氷雨がそれを優しく舐め取るから、あたしの体は段々と震えが収まっていって…

最終的に思ったのはとりあえず人が来なくてホッとしたということと、このトイレが綺麗に掃除されていて良かったという何だか的外れなことだった。




ーーーーーーーーーー




『…氷雨のバカ…体痛い…』

「分かっていますよ、だからこうして運んであげているんじゃないですか」

『運ぶならおんぶとかでいいでしょ!?何でお姫様抱っこ…!!』

「ふふ、それは勿論君へのお仕置きです」


ニッコリ、そんな擬音がつきそうなほどにこやかに微笑まれたら何も言えなくなる。もうすっかり暗くなってしまった道は昼間ほど人通りは多くないけれど、やっぱりたまに行き交う人々からの視線が痛い。


『…何で、あんなことしたの』

「…決まっているでしょう、君が好きだからですよ。言っておきますが謝りませんからね」


いや、ちょっとは悪びれて下さい氷雨様。それにサラッと好きとか言ったけれど、それは…本当に?


「無自覚なヤキモチを焼く君も可愛いですが…そろそろ自覚してほしいものです」

『じ、自覚?』


何をだろう、ていうかヤキモチなんてあたし焼いてないよ?

そう言ってやりたかったのに、その言葉は氷雨の唇に塞がれて消えてしまった。優しく触れるだけのキスをされ途端に熱くなるあたしの顔。そんなあたしを見てまた氷雨はニヤリと笑った。


「早く僕のモノになりなさい、ヒナタ君」

『ーーー…っ!?』


不覚にもその時の氷雨をカッコいいと思ってしまった自分を殴りたい。あたしは赤くなった顔と煩い心臓を隠すようにそっぽを向いた。


(……っ何か、凄い悔しい)


氷雨はいつも余裕で、あたしをこうやってからかってばかり。きっとどうしてあたしがあのマリルリちゃんを見たくなかったのかも氷雨の方が理解しているのだ。

そんな氷雨がさっきあたしを好きだと言った時、正直嬉しかったと思う。あの行為は確かに怖かったし、今思い出しても痛いけれど…多分それだけじゃない。


『……あたしだって、本気で嫌ならもっと抵抗していただろうし』

「?何か言いましたか?」

『な、何でもない!』


とりあえず皆にこの状況をどう説明するか考えないと、ね…。




それから暫くの間、あたしが氷雨の顔を色んな意味でまともに見れなかったのはまた別の話。



end


   
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