3万打 | ナノ

『招待状?』

“うん、ダイゴからのね。僕は用事があって行けないし…だからヒナタ達が代わりに行ってくれないかい?ダイゴには僕から伝えておくから”


ポケモンセンターにて朝食を食べ終えた頃、ヒナタのライブキャスターにハルマからの連絡が入った。内容はダイゴからパーティの招待状を貰ったが、自分は行けないので代わりにヒナタ達で行って来てはどうかとのこと。

興味をそそられる話ではあるが、ダイゴの主催するパーティとなると多分、いや絶対に超豪華だろうと身構える。何と言ってもダイゴはデボンコーポレーションの御曹司であり、そんな彼の周囲に集まるのはやはり裕福な人物が多い筈だ。そんな場所に自分のような一般庶民が行ってもいいのだろうかとヒナタは眉を下げた。


“はは、そんな顔しなくても大丈夫だよヒナタ。ダイゴのパーティはお金持ちばかりじゃなく一般のトレーナーもたくさん来るからね。それに…って、こ、コラ澪!”

“そうよヒナタちゃん、せっかくの機会なんだから勿体無いわ!それに今回は私も付き添いで一緒に行くから!”

『…え!?澪姐さん来てくれるの!?』

“そうよ!だから何も心配要らないわ!”


何と澪もパーティ会場へ同行するらしい。ハルマを押し退けて通話画面へ入り込んだ澪の言葉を聞き、ヒナタは心の底から安心した。

パーティなど一度も行ったことのないヒナタは仲間がいるとは言え正直不安でたまらなかったのだが、澪が同行してくれるとなれば話は別だ。

澪はヒナタにとって本当の姉のような存在であり、幼い頃より親を追いかけるコアルヒーの如く澪の後ろをついて回っていた。強く優しく、美人で頼れる澪がヒナタは大好きなのだ。

そんな敬愛する彼女が一緒となれば途端に瞳を輝かせ、嬉々として待ち合わせの場所をメモし始めた。そんなヒナタの様子を眺めていた仲間達は(よりによって澪か…)とうんざりした表情を浮かべていたのだが、最早頭の中はパーティでいっぱいのヒナタは全く気付いていなかったのである。



ーーーーーーーーーーーー



『澪姐さーん!!』

「ヒナタちゃん!」


待ち合わせの場所であるサザナミタウンへと到着したヒナタは、そこで待っていた澪に駆け寄り抱き付く。そして澪もヒナタがそうするであろうと分かっていたのか、しっかりと受け止め抱き返した。


『ねぇねぇ澪姐さん、あたし本当に普段の私服で来てよかったの?』

「大丈夫よ、パーティドレスから何までダイゴが用意してくれる手筈になっているから」


この私とヒナタちゃんを呼びつけるんだから、それくらい当然でしょう?と悪戯っぽく笑う澪を見てヒナタも表情を綻ばせる。

そうと分かれば早速準備に取りかかる為、まずは主催者のダイゴへ会いに行くことにした。


『それにしても…シロナさんだけじゃなくてダイゴさんまでサザナミに別荘持ってたなんてビックリ。さすがお金持ちだね!』

「…そう、ね…(シロナは別として、ダイゴがここに別荘持った理由はヒナタちゃんに会いやすくなるからなんだけど)」

「やぁ澪、何か言いたそうな顔だね?」

『!ダイゴさん!』


上等な革靴の音を鳴らし、廊下の角から現れたのは今まさに探していたダイゴ。サラリと靡く灰銀の髪と上品な黒のスーツがマッチしていて、それを堂々とした態度で見事に着こなした彼は実に優雅な青年だった。


「やだアンタ、私達の話聞いてたの?相変わらず爽やかな顔して厭らしい性格ね!」

「失敬だな、僕はたまたまヒナタちゃんの声が聞こえたから顔を出しただけだよ。そんなことよりヒナタちゃん、今日は来てくれてありがとう。まさか君に会えるなんて思っていなかったから…凄く嬉しいよ」

『ぇ、あ、こっこちらこそ!招待してくれてありがとうございます!』


ふんわりと優美に微笑む彼を見てヒナタも慌てて頭を下げた。以前から美形な男性だとは思っていたが、こうも至近距離で微笑まれるといくら鈍いヒナタでもさすがに照れるらしい。

美形さんには仲間達で慣れてるつもりなんだけどなぁ…と視線を泳がせるヒナタ。そんな彼女を見つめるダイゴの瞳が熱を孕んでいたことには全く気付いていなかった。


「はいはい、厭らしい目でヒナタちゃんを見ないで頂戴!さっさと案内しなさいよ」

「…君はシロナに似ているから正直苦手だよ」


ヒナタを隠すように前へ出た澪に途端に表情を曇らせたダイゴは、深く溜め息を吐きながらも皆を衣装部屋へと案内した。






『う、うわぁ…!凄い凄い!』

〈ふぅん…さすが金持ちだね〉


ダイゴが案内した衣装部屋には実に煌びやかなドレスが所狭しと並び、まるで別世界に飛び込んだかのような錯覚に襲われる。

白、ピンク、オレンジ、青…様々な色合いの生地にキラキラと輝く宝石(と思われる物)で装飾が施されたドレスに、ヒナタは多少気圧されつつも心を弾ませた。


「雷士達男性陣はこちらだよ。じゃあ澪、ヒナタちゃんのこと頼んだからね」

「うふふ、任せなさい!ほら野郎共は出て出て!」


男性用の衣装は隣の部屋に用意してあるらしい。ヒナタの肩に乗っていた雷士をひょいと抱き上げダイゴに預けた澪は、男性陣の背中を押しやり外へと閉め出した。

蔑ろにされて今にも澪に噛み付きそうな紅矢を苦笑いで見送ったヒナタは、後は頼みますダイゴさんと彼が暴れ出さないことを手を合わせて祈る。

その背後で、一体どんな風にヒナタを着飾ろうかと楽しげな表情を浮かべる澪が意気揚々とドレス選びを開始していた。




「やだ最高!可愛い!さすが私のヒナタちゃん!!」

『あ、あはは…』


ドレスの試着を開始してかれこれ一時間…そろそろ決めなければ雷士は爆睡し、紅矢はブチ切れ始める頃ではないだろうか。

しかし澪はと言うとあれも良いこれも良いと次々にドレスを試着させ、まるで着せかえ人形のようだとヒナタは苦笑する。


『(どれも素敵であたしには勿体無い物ばっかりなんだけど…)ね、ねぇ澪姐さん、もう充分なんじゃないかな?皆待ってるかもしれないし…』

「あら、もうそんな時間?仕方ないわね…じゃあ一番良かったコレにしましょ!」


澪がバサリと広げたのは、オレンジ色の生地に白いフリルがたっぷりあしらわれたプリンセスラインのドレス。確かにヒナタのイメージに合っているし、年相応でこれなら気負うことなく纏えそうだ。


「ふふ、白のドレスは花嫁を思わせるから男共には目の毒だし…それにやっぱりヒナタちゃんには髪と同じお日様の色が似合うわ!」

『そ、そうかな…?でも澪姐さんが選んでくれたんだし、きっと大丈夫だよね。そう言えば澪姐さんは決まったの?』

「えぇ、決まってるわよ。それじゃ着替えて行きましょうか!」


ここでも澪の手解きによりメイク、ヘアセットも済ませて部屋を出る。ちなみに澪が選んだドレスは鮮やかな藍色のマーメイドラインの物で、スレンダーボディを惜しげもなく強調した彼女は本当に美人だとヒナタは見惚れてしまった。



ーーーーーーーーーー



「ふぁ…僕眠たいんだけど寝ていい?」

「だ、ダメだよ雷士、マスターまだ来てないんだし…」

「おかしい、ヒナタ様がまだいらっしゃらない…。まさかどこの馬の骨とも分からん男に絡まれているのでは…!しばしお待ちをヒナタ様!今すぐこの俺がお迎えに、むぐっ!?」

「はいはい落ち着けってそーくん!少なくとも澪ちんが一緒だし大丈夫だっつーの!」

「おい氷雨…アレは何だ」

「あぁ、サバランという外国の洋菓子ですね…って待ちなさい紅矢、食べるのはヒナタ君が来てからですよ。大丈夫です、お菓子は逃げません」

「…本当君達って嫌味だね。何で揃いも揃って美形ばかりなんだ…」

「皆、待たせたわね!」


先に会場へと来ていた雷士達は澪の声に振り返る。しかしそこに立っていたのは澪のみで、ヒナタの姿が見当たらない。


「澪、ヒナタちゃんは?」

「ふふ、あの子ったら恥ずかしがっちゃって…ほらヒナタちゃん、いらっしゃい!」

『っう、うん…』


澪の少し後ろ、ちょうど柱に隠れるように縮こまっていたオレンジが揺れる。澪に呼ばれ観念したヒナタはゆっくりとヒールの音を鳴らし、その顔を上げた。


『…ど、どうかな…あたし変じゃない?』


いつもは無造作に跳ねている毛先が今日は綺麗に巻かれ、薄く施されたメイクはしつこくなくヒナタの健康的な愛らしさを際立てている。

マスカラで普段よりボリュームアップした琥珀の瞳に見上げられた男衆は皆心臓が跳ね上がる音を感じた。(一部の者は一切表情には出さなかったが)

蒼刃と疾風は直視すら出来ないようで、真っ赤な顔をして視線を右往左往させている。しかし同じように顔を赤くさせているとは言え、嵐志だけは何の躊躇いもなくヒナタへ素直な感想を強烈なタックル付きで表現した。


「姫さんヤベー!超可愛い!!何だコレ天使か!妖精か!うはーたまんねー!!」

『ぅ″えっ!?ちょ、ちょっと嵐志タンマタンマ苦しいぃいい!!』

「あーもーホント姫さん可愛すぎ…ぐぇっ!?」

「この私の目の前で堂々とヒナタちゃんに抱き付くなんていい度胸ね…今すぐやめないと首へし折るわよセクハラ狐…!」

「み、澪ちん目がマジなんだけど!?」

「当たり前でしょ、澪は本気で殺る気なんだから」


女性に首をへし折られたのが死因だなんてシャレにならないと嵐志は必死で澪に許しを乞い、何とか解放してもらった。余談だがそんな姿を見ていた紅矢を除く仲間達は、澪だけは怒らせないようにしようと己に誓ったらしい。


『あ、嵐志、大丈夫…?』

「んー、何とか…姫さんも悪ぃな、急に抱き付いちまって。でも可愛いのはマジ!いつも可愛いけどそれ以上に可愛い!」

『あは、またそんな上手いこと言って…でもありがと、お世辞でも嬉しい!』


お世辞なんかじゃねーけど…と嵐志は頬を掻くが、こちらが上っ面だけで述べた可愛いだの美人だのという言葉を本気にして調子に乗る女よりは余程良いと思う。現に少し前までそんな女性ばかりを相手にしていた嵐志は、だからこそヒナタのこの謙虚な姿勢も好ましく思っていた。


『あ、そうだ。嵐志ってスーツ似合うね!見た目はちょっとホストっぽいけど足が長くてモデルみたいだし…カッコ良いと思うよ!』


そう言ってニッコリ笑うヒナタを見た嵐志が我慢出来る筈もなく、思い切り抱き締めたことで再び澪に加え蒼刃に制裁を受けたのは言うまでもない。




『…こ、紅矢…美味しいのは分かるけど独り占めし過ぎじゃない?』

「あ″ぁ?」

『ナンデモナイデス』


っていやいやこれあたし悪くないでしょ何で睨み付けられてるのと悶々とするヒナタに構うことなく、貪るようにスイーツを平らげていく紅矢。横にどんどんと積み上げられる皿の数からして、紅矢の胃袋の許容量は甘味に関しては無限なのかもしれない。


『ねぇ紅矢ー、あたしにも頂戴よー』

「大好きな紅矢様、ヒナタにも下さいって言ったらやってもいいぜ」

『何その新手の嫌がらせ!?』

「はっ、言わねぇならおあずけだ」

『ぅぐぐ…!』


本当に、こういう時の彼は何て意地悪な顔をするのだろう。ニヤニヤと口角を吊り上げ実に楽しそうな表情を浮かべている。普段あまり笑わないからと言ってこんな時に笑顔を見せなくてもいいんじゃないかとヒナタは溜め息を吐いた。

だがしかしこんなに美味しそうなスイーツを前にして簡単に諦められる筈もない。ましてやこれらはダイゴが用意したのだから、きっとかなりお高い物だ。ここで引き下がることは、紅矢に負けず劣らず甘い物好きである自分の中の妙なプライドが許さない…と、腹を括ったヒナタはキッと紅矢を見据えた。


『…大、好きな紅矢様…ヒナタにも、下さい』

「聞こえねぇ」

『な…っ!?』


こちらは大恥に耐えて言う通りにしたと言うのに、これはあんまりではないか。シレっと言い放つ紅矢に対し、プルプルと羞恥と怒りに震えたヒナタはこうなったら意地でも貰ってやるという勢いで叫んだ。


『も…っ好きだってば!紅矢が大好き!だからあたしにも、』


頂戴、と続ける筈だった。だがヒナタは目の前の紅矢が酷く驚いたような顔をしているのを見て言葉を詰まらせてしまう。紅矢のこんな表情は見たことがない…もしかして怒らせてしまったのだろうかと微かに焦り始めた時、突然黙っていた紅矢がヒナタの腕を掴んだ。


『ぅ、わっ!?』

「…はっ、色気もクソもねぇが…中々そそる告白じゃねぇか。良いぜヒナタ、そんなに俺のことが好きならくれてやる」

『え、な、何の話?』

「その代わり…当然テメェも俺のモンだ」

『っ!?』


グッと引き寄せられて紅矢の腹が立つ程整った顔がやけに間近に見える。その吊り上がった黒眸に宿る熱に射抜かれたヒナタは何故か動けなくなってしまった。

よく分からないが、マズい気がする。何故この目の前の美青年はどんどん顔を近付けて来るのだろうか。

このままでは多分危険だ。少なくとも自分の頭がキャパオーバーしてしまうような事態になる、と思う。そう頭は警報を鳴らしているのに、体はまるで石になってしまったかのように動かない。


(何で、何で紅矢の手もこんなに熱いの…!?)


大きな手で掴まれた腕が溶けてしまいそうに熱い。恐怖なのか何なのか訳が分からずギュッと目を瞑るヒナタ。

鼻先同士が触れ合いそうになった、その瞬間。


「ーーーっ!?」

『へっ!?』


突然、紅矢の顔がぐりんと勢いよく上を向いた。一体何事かとヒナタが目を見開くと、紅矢の背後に何か禍々しいオーラが渦巻いているのが見える。

…その正体は、いっそ清々しい程に真っ黒な笑顔を浮かべた澪だった。


  
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