3万打 | ナノ

※夢主片思い中…?



 


『ねぇ雷士!今から買い物行かない?』

〈面倒くさい〉

『あれ!?雷士くんってあたしの相棒だよね!?』


ただいまの時刻は14時30分。お昼を食べてからいい具合に時間が過ぎ、動き出すには絶好の頃合いだ。

だからせっかく誘ったのにこの無気力ピカチュウは…!あたしの乙女心を無惨にも踏みにじりましたよ!


(…一緒に、行きたかったのに)


実はあたしがここまで落ち込むのには理由がある。それはどうしても雷士と2人で出かけたかった理由でもあり、今のあたしにとって感情の起伏全てを司るといっても過言ではない。

欠伸をする雷士を恨めしく見つめた後、ふてくされるようにソファへと顔を埋めた。

いいよ、雷士なんてもう知らない!とばかりにむっすりと頬を膨らませる。我ながら少し子供っぽいかなぁと思った時、案の定雷士から小さく溜め息が聞こえてきた。

う、やっぱり呆れてる…どうしようどんな返しすればいいのだろうとグルグル思考を張り巡らせていたら、頭にポンと優しい重みが乗せられた。

ビックリして顔を上げると、視界に映ったのは口元に笑みを浮かべた金髪美少年もとい雷士。どうやらいつの間にか擬人化したらしく、ポンポンとあたしの頭を軽く叩いてきた。


「分かったよ、一緒に行こうヒナタちゃん」

『…!う、うん!』


呆れて子供扱いされたのかもしれない。でも、それでも良かった。だって好きな人と2人で出掛けられるのだから。

そう、あたしは雷士に恋をしている。この事実こそがあたしを一喜一憂させる大元の原因なのだ。

マイペースの上に面倒くさがりで、いつも意地悪ばかり言うけれど…でも本当は優しくて、いざという時はいつもあたしを助けてくれる彼にいつしか惹かれていった。

けれど雷士からすればあたしなんて良いとこ相棒や家族止まり。如何にも淡白で色恋沙汰に興味のなさそうな雷士を振り向かせるのは至難の業だ。

だからと言って簡単に諦められないのも事実なのだけど…それでも中々進展しないのが現実だった。

だからこそこういう何気ない仕草や一言がとても嬉しいと感じるあたしはきっと単純なのだろう。ともかく今はせっかく神様が与えてくれたチャンスを無駄にしないようにしなければ。

こうしてすっかり機嫌の良くなったあたしは、意気揚々と外へ飛び出したのだ。



ーーーーーーーーーーー



『見て見て雷士!チュリネとモンメン達可愛いねー!』

「ヒナタちゃん、僕今日の夕飯はオムライスがいいな」

『OK了解!って全然あたしの話聞いてないよね!?』


うぐぐ、今更だけど何て自由なピカチュウなの…!おかしいな…テレビで見るピカチュウってもっとニコニコしていて可愛いのだけど。

というかこんな大勢の人が行き来する道でノリツッコミなんかさせないでよ恥ずかしい!


(…相変わらず無表情の癖に…すっごい出来の良いお顔なんだよね)


横顔だけでも整っていると分かるその造形は酷く羨ましい。疾風のように女顔ではないけれど、それでも間違いなく美少年だ。

ジッと見つめているとその視線に気付いたのか、雷士があたしの方を振り向いた。普段なら目が合うなんて何てことない筈なのに、2人きりという妙な気恥ずかしさでつい逸らしてしまう。


(うわぁあああもう何やってんのあたし…!え、こんな恋する乙女みたいなタイプだったの!?いやみたいっていうか実際恋はしてるけど…!)

(何か百面相してる…)


正直自分でも赤くなったり青くなったり忙しいなぁと思う。でも最近のあたしは雷士の前ではどうしても上手く感情をコントロール出来ないのだ。

このままでは変に怪しまれると踏み、あたしはしばしの休憩を提案することにした。ジュースでも飲んで心を落ち着かせればきっと失敗なんてしない!…筈。

買い物袋を持ってもらっているお礼もしないとだしね!ということで雷士に声をかけようとした、その時。


「「「「キャーーーーッ!!」」」」

『っ!?』


あたしの声を掻き消す勢いで鳴り響いたのは女性の黄色い叫び声。何事かと振り返ると、突然大きな衝撃に襲われた。

あたしの体を弾き飛ばしたという表現が正しい程押し退けたのは今声を上げた大勢の女性達で、皆興奮した様子でキョロキョロと忙しなく辺りを見回している。


『い、いたた…あぁもう雷士と離れちゃ…わっ!?』

「テンマくんどっちに行ったの!?」

「あっちあっち!今ならまだ追い付けるよ!!」

「早く早く!!」

『ちょっ、ちょっと待っ…!きゃあ!』

「ヒナタちゃん!!」


珍しく声を張り上げた雷士に向かって手を伸ばしたけれど、届かない。それどころか女性達の波に飲まれてどんどん雷士との距離が離れていく。


『ら、雷士…!』


あたしの言葉は女性の黄色い声にかき消されてしまう。そして気付いた時には、あたしは1人かなりの距離を流されてしまっていた。


(…何で、こんなことに…!)


まるで氷雨や澪姐さんのなみのりの如く強力な波からやっと解放されたかと思えば、今度は見知らぬ場所にポツンと1人きり。一体あたしが何をしたと言うのだろう、あんまりじゃないでしょうか。


(テンマくんって確か…今大人気のポケドルだよね?その人を恨むつもりはないし、むしろ同情しちゃうくらいだけど…それでもやっぱりヘコむなぁ)


せっかく2人きりの買い物だったのに…まぁとりあえず、雷士と合流しないとね。

幸い一本道だし歩いていけば会える筈。もしかしたら雷士もこっちに向かってる最中かもしれないし!

こういう時はポジティブシンキングだと自分に言い聞かせて歩みを進める。いやーそれにしてもさっきの女の人達凄かったなぁ…人気ポケドルさんもあんなに追われちゃ大変だよね。


「ねぇねぇ君!」

『…ん?』


君、と後ろから声がして振り向くとそこにはニコニコ笑う1人の若い男性が。今あたしを呼んだのだろうかと聞くと、彼はうんうんと頷いた。


『あの、何か?』

「いやー実は俺あの店の美容師なんだけどさ、良いカットモデルがいないかなーと探してたら君を見つけた訳!」

『美容師さん…ですか』

「そう!そこでお願いがあるんだけど、是非俺のカットモデルになってくれないかな?君可愛いし大丈夫、悪いようにはしないよ!」


カットモデル…?あれ、でもあそこにいる女の子とかロングヘアだし、あぁいう子に頼んだ方がいいんじゃないのかな。

でもこの男の人パッと見悪い人じゃなさそうだし…本気で頼んでいるのかもしれない。どのみち雷士や皆を待たせている以上引き受けることは出来ないけれど、もしそうなら丁寧に断らないと。


『あの、あたし旅のトレーナーなんです。今も買い物帰りで仲間を待たせていて…なので、すみませんが遠慮させて下さい』

「えーそうなの?大丈夫だって少しくらい!ね、とりあえずあそこの喫茶店で話そうよ!」

『へ?あ、でも…!』


あたしが断ったのにも関わらず、調子を崩さない美容師さん。肩に手を添えられ、半ば押されるような強さでズルズルと歩かされる。

こ、これは何だか厄介かも…?このまま流されたら絶対話が長くなる!そう判断したあたしは必死に歩みを止めようとするけど、男の人は全く聞いてくれずいよいよ焦りが本格化した時。


「ねぇ、この子に何か用?」

「あ?」

『!』


男の人の手が添えられているのとは反対の肩を掴まれて引き寄せられ、体がぐらりと揺れる。ぽすんとあたしの体が誰かに預けられた瞬間に見たのは、眉を寄せた雷士の不機嫌そうな顔だった。


『ら、雷士!』

「…本当、君って余計なのに捕まるよね」

「っな、何だと…!?」


余計という言葉に腹を立てたのか、男の人が声を荒げて雷士に掴みかかった。あたしは今にも喧嘩が始まりそうな雰囲気にビクリと震えたけれど、雷士はいつもの通り全く動じることはない。

それどころか自分の胸倉を掴む男の人の手を逆に掴み返し、ギリギリと締め上げ動きをねじ伏せた。ら、雷士ってこんなに力あったんだ…。

自分からふっかけた手前退くに退けないのか、それとも捻り上げられた痛みのせいか。男の人は悔しそうに雷士を睨み付けるけど、そんな彼を見て雷士は初めて口を開いた。


「…さっき聞こえたけど、君美容師なんだって?」

「はぁ?あぁそうだよ、だからその子にカットモデルを…、」

「だったら、何で喫茶店で話す必要があるの?すぐ隣の美容院で働いているなら直接そこで話せばいいでしょ」

「っそ、それは…!大体、お前は何なんだ!」


確かに雷士の言う通りだとあたしが感心していると、話をすり替えようとしているのか男の人が雷士に問い掛ける。すると雷士は果てしなく面倒だと言わんばかりの溜め息を吐き、グイッとあたしの肩を抱き寄せた。

そして思い切り引き寄せられたあたしの顎に雷士の指が添えられ上を向かされる。…ん?何で雷士の顔がどんどん迫って来る…


ちゅう、


『…………へ?』

「そんなの決まってるでしょ?僕はこの子の、彼氏だよ」


…………え?


「…っな、何だよ…男持ちかよ…!」

「残念だったね。分かったらさっさと帰ってくれる?」


常通りの無表情な雷士とは対照的に、顔を真っ赤にして怒りを露わにした男の人は乱暴にその場を去っていった。

雷士は「殴り合いになるかと思ったけど余計な体力使わなくて済んだ」とか何とか言っているけれど、正直あたしの思考回路はそれどころじゃない。


(…っい、今…か、彼氏って、言った…!?)


いやいやそれよりも!き、きっ、キス…した…!?あたしの気のせいじゃない限り、唇に触れた柔らかい感触は…雷士の、唇だ。

おまけに、きっと間違いなく雷士は自分を彼氏だと…言った。う、うわぁあああ何これ!?嘘だって分かってるけどメチャクチャ嬉しい…!!いやでも嘘でキスなんかしちゃダメだよ雷士くん!!

雷士に赤くなっているのがバレないように、下を向いて状況を必死に整理する。そうだよ、雷士はあたしを助ける為にあんなこと言ってキスまで…!


(…あ、)


そこまで考えてはた、と我に返る。…そう、そうだよね。雷士は…あたしを助ける為にその場しのぎの嘘を、吐いただけなんだ。


(糠喜びと言うか何と言うか…とにかく深い意味はないんだよね。雷士は、助けてくれただけなの)


ここで変に落ち込んだり思い上がったりするのは筋違い。あたしはただ、いつものように笑ってお礼を言えばいい。


『っ雷士、来てくれてありがとう!まさかあんな風に助けてくれるとは思わなかっ…?』


あたしの言葉はそこで途切れてしまった。理由は…さっきと同じように、雷士にキスをされて口を塞がれたから。

訳が分からずパシパシと目を瞬かせる間に離れた唇。そして雷士は指であたしの唇をなぞり、静かに口を開いた。


「…どうせ、あの場をやり過ごす為に取った行動だと思ってるんでしょ。本当ヒナタちゃんってバカだよね…」

『なっ、な…!?』


二回も、二回もキスした…!?ていうかバカって何なのヒドい!

心底呆れたように吐き出されたバカという言葉に、少なからず傷付いたあたしはじろりと涙目で雷士を睨み付ける。でも雷士はそんなあたしを見て口元に笑みを浮かべた。


「知っているだろうけど、僕は面倒くさいことは嫌いだよ。だから僕にとってどうでもいい子を助けたりとか、ましてやキスしたりなんかしない」

『…!』


そ、それってつまり…そういうこと?でもそんなの都合良過ぎじゃ、だってまるで雷士があたしのこと…!

グルグルと巡る葛藤で頭がパンクしそう。一体誰がこんな事態を予想出来ただろうか、少なくともあたしは全くの想定外だ。雷士は何事にも無関心で面倒くさがりで…あたしのことを女として見てくれたことなんか、


「そうだ、さっき言った彼氏ってやつだけど…僕はそれをあの場限りの嘘にするつもりはないから。ついでに異論も認めない。…いくら鈍い君でも、意味は分かるよね?」

(…あぁ、もう何でもいい!)


あたしは勢い良く目の前の雷士に抱き付いた。ぎゅう、と回した腕に力を込めると雷士の体つきが昔よりずっと逞しくなっていることにダイレクトに気付かされてもっと顔が熱くなる。確かに紅矢や氷雨と比べたら細いけれど…それでもあたしを安心させてくれるには充分で。

嬉しいやら恥ずかしいやらでグシャグシャな顔をしているあたしとは正反対に、雷士は今まで見た中で一番カッコ良く笑って抱き返してくれた。


神様、どうやらあたしは少し自惚れてもいいようです。


…ちなみにここは道のド真ん中で、大勢の人達に見られていることに気付いたあたしが慌てて離れるのは数秒後のこと。



(な、何やってんのあたし…!恥ずかしい!超絶恥ずかしい!)

(別にそんなのどうでもいいけど…好きだよ、ヒナタちゃん)

(!?ぅあ、あたっ、あたしも…!)



end


  
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