3万打 | ナノ

『…あの、大丈夫?嵐志…』

「ヘーキヘーキ、被害者はむしろ姫さんだから気にすんな…」


あたしが被害者ってどういう意味なのだろう…?やり取りを傍観していた氷雨が結末だけ教えてくれたけど、どうやら嵐志が雷士と蒼刃に余計なことを言ったらしく…技を食らわすのを勘弁する代わりに2人から一発ずつ拳をもらったとのこと。ジンジン痛むくらいで済んでいるようだから手加減してくれていると思うのだけど、心配だから後で見てあげないとね。


『…で、次はある意味一番危機感を覚える方が回ってきたと』

「あ"ぁ?」

『何でもないです』


主に命のね。まぁでも嵐志というクッションが入ってくれたからまだマシかな…。これで氷雨、紅矢と続いたらあたしの心臓がいくつあっても足りない気がする。よし、紅矢様の機嫌を損なわない内に手早く済ませてしまおう!


『じゃあ紅矢は何に…って、もうご飯しか残ってない!』

「テメェがグダグダやってる間にほとんど食っちまったに決まってんだろ」

『あ、それは何かゴメン』


皆男の人だからなのか、普段から食べるご飯の量は結構多い。なので今出している料理は全て多めに作ったつもりだったんだけど…まさかもうおかずを全部食べてしまっていたとは思わなかった。紅矢ってご飯よりおかず食いなのかな。


(ん?これって…)


紅矢のお皿を何気なく見ると、ハンバーグなどのおかずは勿論、付け合わせの野菜に至るまで何1つ残っていない。現在進行形で手に持っているケチャップライスのお皿を覗いても、一粒残さず掬って食べているみたいだ。

意外と食べ物は粗末にしない主義なのかな…まぁ何にしても、作ったものを1つ残さず食べてもらえるのって幸せなことだよね。


『ねぇ紅矢、美味しい?』

「あ?美味いから食ってんだろうが」

『うわ…!素直な紅矢ってレア!』

「こーちゃんは普段から割と素直な方じゃねーか?」

「基本的に自分の気の向くままに生きていますからね」

「本能剥き出しとも言えるけどね」

『自由に生きてるって意味では雷士も相当だと思うけど…』

「それは僕をバカにしてるっていう解釈でいい?」

『やっだなぁああそんなわけないじゃないですかー!!』


だからその右手のバチバチは止めてお願い!擬人化していても静電気攻撃は使えるなんて卑怯だよ!

必死の形相で訴えると何とか思い止まってくれたらしく、あたしは危機を脱することが出来た。こんな凶暴ピカチュウが紅矢の次に控えていると思うと最早恐ろしさしか感じない。


『はぁ…えっと、じゃあ紅矢様。ご飯でも良ければあーんしますけど…?』


あたしの問い掛けに反応して、お皿を抱えたまま自分でケチャップライスを食べていた彼がこちらへ視線を向ける。すると紅矢は一瞬驚いた…とまではいかないけど、あたしの顔を見て何かに気付いたらしく少しだけ目を見開いた。


『え、何?もしかしてご飯粒とか付いてる!?』

「…いや、ソースだな」

『ソース…?あ!』


エビフライにかけたタルタルソースだ…!多分先ほど嵐志に食べさせられた時に付いてしまったのだろう。本当に勢いよく突っ込まれたからね…。


『全然気付かなかった…ねぇ、どこに付いてる?』

「待て」

『え?』


とりあえず口元だろうか、と思い指で擦ろうとしたとき、紅矢があたしの手を掴んでそれを阻んだ。意味が分からず目を白黒させると、何故か紅矢の顔がどんどんあたしに近付いて来ているのが見える。スローモーションのようにゆっくりと迫り来る瞳に見つめられて体が動かない。


「俺が取ってやる」


掠れた声でそう呟く。そして完全に視界がぼやけてしまうほどに接近した瞬間、笑みの形を描いた唇の隙間から鋭い牙が見えた。


『―――…っ!?』


一瞬だった。でも確かに感じたのは、紅矢の吐息と滑りを帯びた熱。…まさか、今…舐められた…?

呆けた顔のまま、そっと熱を感じた箇所に触れる。するとそれを見た紅矢が意地の悪い笑みを浮かべて舌舐めずりをし、あたしは否が応でも舐められたことは事実なのだと思い知らされた。


「ソース、取れたぜ」

『……な、何す…っ!』

「ちょ、こーちゃん!?いいい今、姫さんを、舐めっ…!!」

「唇じゃねぇだろうが。何か文句あんのか?」

「…確かにギリギリ外れてはいましたが…少々捨て置けませんね」

「僕も。さすがにアウトじゃない?」

「うるせぇな、軽く舐めた程度でグダグダ言うんじゃねぇよ」


他の皆も一瞬ポカンとしていたから、あたし同様に状況が飲み込めていなかったらしい。でもすぐに我に返ったらしく紅矢と睨み合いながら何かを言い合っている。当のあたしはまだパニック状態で、皆の会話はほとんど聞こえて来なかったのだけど…。


「人にキスをするポケモンなんて初めて見た…人は人同士でするものなのだと思っていたから、ヒナタにはボクがしたかったのに…」

「残念ながら惚れた腫れたの事柄には人もポケモンも関係ないのだろうな」

「アンタも何しれっと言ってんだよN!?つーか今のは確かにムカツクけどキスとは認められねー…って、アレ?こーいう時いつもならそーくんが真っ先に飛びかかってくんのに…」

「ま、マスター!どうしよう、蒼刃が、息してない…!」

『えっ!?』

「何だ、忠犬小僧はショックのあまり心臓が止まったのか」

『冷静に言わないで下さいレシラムさん!しっかりして蒼刃ぁあああ!!』


疾風の言葉で今は顔を赤くしている場合ではないと覚醒したあたしは慌てて蒼刃の傍へ駆け寄る。青ざめてしまっている彼に呼び掛け、体を揺さぶるとハッ!と目に光が宿ったから意識も取り戻してくれたようだ。


『よ、良かった…!心配であたしの方が心臓止まるかと思ったよ…』

「も、申し訳ありませんヒナタ様!先ほどの光景を見た瞬間目の前が真っ白になってしまい…!!」

「はっ、常日頃から心身共に鍛えるって豪語してるヤツが情けねぇな」

「何だと貴様…っ!」

『こら紅矢!元はと言えば紅矢が原因でしょうが!』

「ふん」


つんとそっぽを向いてしまったけれど、これは絶対に横暴キングが悪い!そもそも紅矢があたしにあんなことしなければ…!

紅矢に舐められた感触を思い出してしまって、またカァッと頬が熱くなる。 あんな風に取るくらいならどこに付いているかを教えてくれれば良かったのに…!張本人の紅矢は涼しい顔をしているのがまた面白くない。


「ミカン娘、トマト小僧には食わせてやらなくて良いのか?」

『…あ、そうだ!一連のやり取りですっかり忘れてた…』

「別に要らねぇ」

『へ?』


あたしに課せられた使命である、あーんを要らないって…最初はさせるつもり満々だったのにどうしたんだろう?いや、要らないならそれはそれでラッキーなんだけど!

他の皆も意外そうな顔をして紅矢を見つめている。ただ単に気が変わったのか、面倒くさくなったのか…。考えあぐねていると紅矢がこちらに向かって手を伸ばし、先ほどあたしが舐められた箇所である口の端にそっと触れた。


「あーん、の代わりに…俺はこれでいい」


そう言って優しくそこを指先でなぞる。小さく笑ったその顔がちょっとカッコ良く見えちゃったとか、これっていうのはさっきソースを舐め取ったことなのかとか、色々思うところはあるけど…でもとりあえず!


『〜…っか、かわ…っ!』

「あ?」

『紅矢が、あーんって…!あーんって言ったぁ…!!』

「…何悶絶してんだテメェ」


だってだって、あの紅矢の口からそんな甘い?言葉が出るなんて!あたしは舐められたことも忘れてそのギャップが妙に可愛く思えてしまい、しばらくニヤける口元を押さえながら震える羽目になってしまった。そんなあたしに紅矢はドン引きしていたけれどね…。キャラじゃないことを言ったっていう自覚がないところを見る限り、意外と天然なところもあるのかもしれないなぁ。


「…何か、ある意味こーちゃんが一番イイ思いしてるかもな」

「結構美味しいところを持って行っちゃうからね。で、ヒナタちゃん?次は僕なんだけど」

『っあ、ゴメン…お待たせしました雷士くん!』


ムスッとどこか不機嫌そうな雷士に首を傾げる。やっぱり待たせ過ぎたから…?まぁでも大人組は全員終わったし、雷士なら恥ずかしく思うこともないだろうから気楽にいこう。しかしお皿を見てみると雷士もほとんど料理を食べてしまっていて、紅矢と同じくケチャップライスが僅かに残っている程度だった。


『えーと…雷士は普通にあーんで良いのかな?』

「うん」

『はいはーい、じゃあスプーン貸りるよ』

「違う、それじゃない」

『え?でも残ってるのってご飯しか…』

「イチゴがあるでしょ。僕はそれがいい」


びしっと指差したお皿には確かにデザートとして用意したイチゴが乗っている。…まだご飯が残っているけどいいのかな?あたしならデザートは一番最後に食べるのだけど…。まぁ、雷士本人がいいって言うのならいいのかな。


『それならイチゴ用のフォーク借りるね?』

「そんなの要らない。手で掴んで食べさせてくれればいいよ」

『え?あたしは別にいいけど…雷士は嫌じゃないの?』

「嫌じゃないから言ってるんだけど」


…や、やっぱり微妙に雷士の機嫌が悪いような…。感情の起伏は乏しい方だと思うけど、どうやら今は少なくともご機嫌とはいえない状態らしい。ここは素直に素早く動いた方が賢明だね…。


「…なぁ、さめっち。なーんかオレ嫌な予感がしてんだけど…」

「…そうですね、紅矢ほど思い切ったことはしないとは思いますが…しかし雷士もアレでいて爆発すると厄介ですし」

『ん?2人共どうかした?』

「気にしなくていいよ。それよりほら、早く」

『あ、うん!じゃあ…はい、どうぞー』


嵐志と氷雨が何やらヒソヒソ話していたのが気になったけど、雷士に急かされて慌ててイチゴを摘まむ。しまったなぁ、食べやすいようにヘタを取っていたせいで直接実に触らなければならなくなった。雷士が気にしないならこの際いいのだろうけれど…。

人差し指と親指で摘まみ上げた真っ赤なイチゴを、肘をついて待っている雷士へ近付ける。唇の近くまで来たら雷士が口を開けたから、そのまま何事もなく食べさせるつもりだった。でも…、


『ぃった…っ!』

「ヒナタ様!?」 


何事もなく、というのは無理だったらしい。何故なら雷士は何を思ったのか、あたしの指ごと口の中に入れてしまったのだから。おまけに引っ込め切れなかった人差し指にがぶりと噛み付いたものだから、一瞬ズキッとした痛みが走り顔をしかめた。

幸いすぐに離してくれたし、本気じゃなかっただろうから傷になったりはしなかったけれど…その代わり、あたしの人差し指の第一関節の辺りには雷士の噛み跡がくっきり残ってしまっていた。


『な、何するの雷士!』

もぐもぐもぐ

『無視しないで!?』

「うっわ…さっすがらいとん、表情が少ねーから行動も読めなかったぜ…」

「今も何事もなかったかのようにイチゴを咀嚼していますしね」

「雷士貴様ぁああ!!ヒナタ様の細く美しい指に…っあろうことか噛み跡を残すなど!!」

「おい雷士、テメェ…」

「この子に噛み付くのは紅矢だけの特権じゃないってことだよ」

『噛み付かれる側の意思は!?』


何か紅矢と雷士の間であたしに噛み付く権利みたいなのが勝手に出来ちゃってるんだけど!ジンジンと痛む噛み跡をさすりながら、意思の尊重を主張したのにあっさりスルーされてしまった。何で痛がることを敢えてやろうとするんだろうこの2人…!


「ま、マスター…大丈夫?」

「血は出ていないようだけれど…」

『はい、一応…心配してくれてありがとうございます!』

「…ねぇヒナタちゃん。君、僕が手で食べさせてって言った時も特に躊躇わなかったでしょ」

『え?ま、まぁ…そうかな。別に雷士なら恥ずかしいとか思わないし…』


これで相手が氷雨とか紅矢だったら恐怖+恥ずかしさを感じて躊躇っただろうけど…雷士ならあんまりそういうのはないかなぁ。そう素直に答えると、問い掛けた本人である雷士の表情はやっぱり不機嫌そうだった。いや、不機嫌というか…どちらかと言えば拗ねてるって感じかな?


「ほら、その肝心なことは分かってないって顔。警戒され過ぎなのも嫌だけど、意識されなさ過ぎなのも傷付くんだよね」

『…えーっと、つまり…?』

「ふっ…タンポポ小僧よ、言いたいことはハッキリ言わねば伝わらんぞ?特にミカン娘にはな」

「うるさいよ。この子は直接痛い目に遭った方が自覚するタイプだから」

『何その恐ろしい言い方…って、ちょっ…!?』


含み笑いをしたレシラムさんにムッとした顔で返した直後、雷士があたしの頬に両手を添えて自分の方へと引き寄せた。ぐんっと鼻先が触れそうになるほど近付いた距離に心臓の鼓動が速まる。び、ビックリした…!雷士は美少年なんだし、さすがにその顔がいきなり間近に迫ればあたしだって照れるよ!


「…僕だって、一端の男だから。あんまり無防備でいると…次はどこに噛み付くか分からないよ?」

『―――…っ!?』


普段からあまり表情筋を動かさない雷士が、今あたしの目の前で微笑んでいる。それは大人組が見せるものと同じく、挑発的で色気を持っていて…腹が立つほどにカッコ良い笑みだった。


「だーっ!やっぱらいとんも油断ならねー!とにかく姫さん返せよ!」

『わっ!』

「…ヒナタちゃんはスケベ狐のものじゃないんだけど」

「だからそのエロ系の呼び方やめろって!!」

「ヒナタ様!嵐志に触れられてはお体に障ります!早くこちらへ!」

「そーくんはオレを何だと思ってんだよ!?」


勢いよく席から立ち上がって、こちらへと飛んできた嵐志が雷士とあたしを引き離す。そして嵐志から蒼刃へと受け渡されたあたしは内心安堵していた。あのまま雷士と見つめあっていたら…妙にドキドキしている心臓の音が聞こえてしまうと思ったから。


『…っ蒼刃!次って蒼刃だよね、さぁやっちゃおう!』

「え、あ…っは、はい!よろしくお願いしますヒナタ様!」

「ちょっと、あからさまに僕を避けるのやめてくれる」

『べっ別にそんなんじゃないから!』


何となく雷士の顔が見れない…気がする。でも別に避けてるとかそんなつもりはないよ、うん!


「良かったじゃないですか雷士、ヒナタ君に意識されているようですよ?」

「目も合わせねぇようにしてるけどな」

「…僕の思ってた状態と違う」

「ふっふ、男女の仲とはままならないものだなタンポポ小僧」

「うるさい」


ここまで来るのに長かったなぁ…やっとこの蒼刃で終わりだよ。しかも蒼刃ならドS組と違って痛いことも怖いこともしないし、むしろ遠慮がちなくらいだから…きっと穏便に終わらせることが出来るだろう。


「きょ、恐縮ですヒナタ様…っ貴女にこのような…!」

『あはは、大丈夫大丈夫!あたしは蒼刃が最後で良かったよ?ここに辿り着くまででほとんど体力使い切ったし…』

「暗に僕達のせいだって言ってるよね」

「えぇ、間違いなく」

「次は俺が噛み付いてやろうか?」

『遠慮しますゴメンなさい』


牙をちらつかせる紅矢にぶるりと背筋が凍った。ていうか原因が自分達だって自覚があるなら素直に反省してもらいたいんですけど!


(全くドS組は…ん?)


ガチガチに固まってしまっている蒼刃に苦笑して、ふと料理のお皿に目を向けるととても綺麗に食べていることが見てとれた。蒼刃って座っていても歩いていても背筋がピンと伸びていてすごいなって思うし、そういえば食事中のマナーもしっかりしていた気がする…。あたしと出会うまではずっと野生だったはずなのにどこで勉強したんだろう?まぁでも、お行儀がいいのに越したことはないよね。


『…ただ、ちょっと気になるのは…このご飯だよねぇ』

「あ、それはオレも気になってた!」


思わず笑いが溢れそうになるのを必死に我慢しながら、蒼刃のケチャップライスのお皿に視線を落とす。他の皆は山形に盛ったご飯のてっぺんに刺していた旗を抜いてから食べていたけど…蒼刃はまるで山崩しをしているみたいに、旗を抜かないまま周りから慎重に食べ進めていたようなのだ。


「こ、これはですね…その、何と言いますか…っ」

『あはっ、別に恥ずかしいことじゃないよー、あたしもそうやりたい気持ちは分かるし!』

「いっいえ、俺は…この旗を1本1本疾風が作ったのかと思うと、極力最後まで抜かずに食べてやりたいと思い…」

『え、』


カァッと顔を赤くして言った蒼刃の言葉に、一瞬あたしは耳を疑った。蒼刃は遊び感覚で旗を刺したまま食べていたんじゃなくて、作り手の疾風のことを思うと勿体なくて抜けなかった…ってこと?


(…な…何それ…!)


や、優しすぎる!何なの、何なのその理由!?ていうか可愛いよね…!やっぱり疾風は蒼刃にとって特別な存在ってことなのかな…うんうん、何と言っても戦い方を教えてる弟子だしね!こういうところがあるから暴走気味なところがあっても憎めないのかもしれないなぁ。


「ぶっは!そーくん可愛いとこあんじゃねーか!」

「そ、そんなの、気にしなくてもいいのに…!」

「疾風本人が普通に旗抜いて食ってるしな」


堪えきれなくなったらしく嵐志が吹き出してしまった。疾風は自分に責任を感じているのかオロオロ狼狽えているけど…ていうか紅矢!蒼刃の気遣いを打ち砕くようなこと言わないでよね!


「や、やはりおかしいのでしょうか…」

『そんなことないって!あたしはむしろ良いと思うし!』

「ヒナタ様…!」

『じゃあ蒼刃、あたしも倒さないようにするから…あーんはご飯でいいかな?』

「は、はい!是非!」


見事に斜めにすらなっていない旗を崩さないように、あたしも慎重にケチャップライスをスプーンで掬う。そして真っ赤な顔をしたままの蒼刃にゆっくりと食べさせてあげた。


「い、今までに食べたどの料理よりも美味しいです…!」

『それはさすがに良く言い過ぎだよ…。でも嬉しい、ありがとうね!』

「…っ!」


よく噛んでから飲み込んだことにも蒼刃らしさを感じて笑うと、彼は更に顔を赤くしてしまった。ん?どうしたんだろう…?


「!ヒナタ様、その指は…!」

『え?』


突然蒼刃がハッと目を見開いたと思えば、あたしの左手を取って指を自分の方へと向けた。何かあったっけ?とあたし自身もよく分からず蒼刃の視線を辿ると、中指の先が赤くなっているのが分かる。…あ、そういえばポタージュを作った鍋の蓋を開ける時に熱い部分に誤って触れてしまったんだっけ。


「痛みますか?ヒナタ様」

『ううん、もう何ともないよ!すぐに冷やしたから大丈夫だと思うし、ちょっと赤くなっただけだから…』

「…しかし、貴女の美しい指にこのような…」


またそんな大袈裟なこと言って…と、言いたかったのに。あたしは言葉を紡ぐことが出来なかった。何故なら…蒼刃があたしの赤くなった指先に、口付けていたから。


「んなっ…!そ、そーくん!?」

「ほう…これはこれは…」

「人には散々言ってた癖に自分も手を出すなんてね…」

「ちっ…結局同じ穴の狢かよ」

「…でも、何だか様になっているのが複雑だね」

「う、うん…この前アニメで見た、騎士みたい…」


それはあたしも思ったよ疾風くん!最近気付いたけど蒼刃って、王子様っぽいところもあるけれど…どちらかと言えば騎士に近い気がする。いつもあたしを守ってくれようとするところとかね!でもさすがにこれは許容範囲外なんだけど!

嵐志や皆の言葉が聞こえていないのか気にしていないのか分からないけど、動揺しているあたしにさえ構わずドラマのワンシーンのような口付けを落とす蒼刃。そして最後にちゅ、と軽く音を立ててゆっくりと唇を離した。


「大なり小なり、俺達の為に貴女がお怪我をされたことに違いはありません。肝心な時に貴女の助けになれず…申し訳ありませんでした、ヒナタ様」

『…っい、いやいや、考え過ぎだって蒼刃!本当に大したことないから…!』

「…貴女はやはり、お優しい」

『うっ…!』


にこ、と微笑んだ蒼刃に今度はあたしが真っ赤になる番だった。思い返すと大人組に対して怒ったり、真剣な顔で疾風と手合わせをしたりと、蒼刃は笑顔を見せること自体は少ない。だからこそ、この笑顔の破壊力は凄まじかった。滅多に見せないっていう意味では氷雨も同じなのだけれど、精悍で真摯な赤い瞳を持つ蒼刃の微笑みには氷雨とはまた違った威力があるのだ。


『蒼刃ってやっぱり天然タラシだよね…もう疾風とのコンビは師弟コンビじゃなくてタラシコンビって呼ぼうかな…』

「た、タラシ…ですか?」

「…ヒナタちゃん、もう全員終わったし君も食べたら?」

『あ、そっそうだね!』


そうだ、これで皆にあーん出来たんだし…あたしも自分の分を食べてしまわないと。それにしても、ここまですごく濃い時間だったなぁ…それぞれに驚かせられたから体力もほとんど残ってないよ。

レシラムさんにあーんをしなくても済んだことが唯一の救いかもしれない。そんなことを思いながら、熱を持った頬もそのままに、あたしは急いで席に着いて料理を食べ始めたのだった。




−−−−−−−−−−−




蒼刃と疾風の手を借りて食器やテーブルの片付けを済ませた。雷士はお腹が膨れて眠くなったらしく、原型に戻って既に夢の中だ。大人組もテレビを見たりお風呂に入ったりと各自自由に過ごしている。あたしは片付けまで手伝ってくれた2人にお礼を告げて、Nさんとレシラムさんを見送る為に外へと出て来た。


『本当にもう行っちゃうんですか?泊まってもらってもいいんですけど…』

「ううん、そこまでキミに迷惑はかけられないよ。お子様ランチ諸々、本当にありがとう!」

「私へのあーん、は次の機会に頼むぞミカン娘」

『え"』

「今回はお前達の愉快な姿をたくさん見せてもらったからな、それで良しとしてやろう」


あたしとしては、あーんのことは忘れてほしかったですレシラムさん…。こんな高貴な方にそんなことしてバチが当たらないか心配なんですけど!

ひきつった笑顔のあたしとは対照的に、レシラムさんは何故かご機嫌な様子で原型へと姿を戻した。もう外は真っ暗だから…多分レシラムさんの姿は誰にも見られてないよね。彼らはこれからどこへ行くんだろう?


「…あ、そうだ」

『?』


レシラムさんの背中に乗ろうとしたNさんが、何かを思い出したらしくあたしの傍へ駆け寄ってきた。そして…


『……っ!?』


ふに、と額に触れた柔らかい感触。それは間違いなくNさんの唇だった。軽くキスをした彼は満足したように微笑み、あたしの頬に優しく右手を添える。


「ヒナタ、優しいキミが好きだよ。だから…


ボクのお嫁さんに、なって下さい」

『……へ!?』

「ふふ、返事は次に会えた時に聞かせて?じゃあ、またねヒナタ!」

『え、いや、あの…っ!』


それだけ言い残して、Nさんはレシラムさんに跨がりあっという間に飛び去ってしまった。ポツンとその場に残されたあたしは行き場のない手をギュッと握り締める。

…お、お嫁さん、って…いきなりそんなこと言われても…ていうかそもそも、Nさんは意味を分かって言っているのかな…。


(…っ本当に、唐突で読めない人…)


あたしは今日だけで何回赤面しているのだろう。次、というのがいつなのか全く分からないけど…とりあえず、その日が来るまで彼の言い残した言葉に振り回されることになるのは間違いなさそうだ。

最後の最後でとんでもない爆弾を落としていった彼が飛んで行った空を見上げ、あたしはこれからどうしたものかと1人項垂れるのだった。



end


   
  back
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -