3万打 | ナノ

「全員にすると言ったのはどのお口ですか?君のその可愛らしいお口ですよね?でしたら僕にもあーんして下さるんですよね、まさか今更出来ないなんて言いませんよねぇヒナタ君?」

『う、うぅうう…!』

「おーいさめっちー、イジメんのもいーけど姫さん泣かすなよー!」

「ほほう、あの冷淡小僧中々良い趣味をしているな」

「氷雨は言葉攻めのプロだから…」


しまった、考えが甘かった…!最初がNさんで次が疾風だったからつい調子に乗っちゃったけれど、我が家には氷雨様というフェロモン垂れ流しで問答無用に照れさせてくるリーサルウェポンがいらっしゃったんだった!ダメだ…氷雨はどうしても雛として見れない…!ていうか氷雨ってあたしの中でラスボス扱いなのにもう順番回って来ちゃったの!?


「おや…随分葛藤していますねぇ」

「おい氷雨!ヒナタ様に苦痛を与えることは許さん!」

「はいはい分かっていますよ。ねぇヒナタ君、僕にするのはやはり嫌ですか?」

『え…?』


不意に氷雨の声色が寂しそうなものに変わり、表情もどこか困ったような弱々しい笑みを浮かべていた。ちょ、そんな顔されると何かあたしが悪いことしているみたいじゃん…。罪悪感を感じているあたしに気付いていないのか、氷雨はスプーンを持ったままのあたしの手にそっと触れて小さく呟いた。


「僕もたまには君に甘えてみたいと思ったのですが…無理強いするのはやはりいけませんよね。すみません、ヒナタ君」

『〜…っい、嫌じゃない!嫌じゃないからやります!』

「はい、よく言えました。では僕の膝に座ってあーんして下さいね?」

『OK了解!…って、え?』


甘えてみたいなんてしおらしいことを言うから思わず返事しちゃったけれど、な…何か今…恐ろしい言葉が聞こえたような…。恐る恐る座っている氷雨の顔を見下ろすと、そこにはつい先ほどまでの儚げな彼はいなかった。氷雨は目を細めて妖艶に微笑み、あたしの指に触れていた手で今度はすかさず手首を掴む。そしてそのままグッと自分の方へ引っ張り、気付いた時には見事にあたしの体は氷雨の片膝に乗っかってしまっていた。


「ふふ、ヒナタ君は相変わらず学習能力が低いですよね。そんなところも可愛いですが」

『知ってるよあたしがバカだったよ!はーなーしーてー!!』

「きっさまぁああ!!もう見ていられるかこの破廉恥の塊がぁっ!!」

「さめっち!そーいうお触りは禁止だって!」

「キャバクラかよ」

「とりあえず…今すぐ離さないと10まんボルト食らわすけど、どうする氷雨?」

「…それはさすがに困りますねぇ」


雷士が低い声で言い放った言葉にぴくりと反応した氷雨は、苦笑いを浮かべてあたしの腰に添えていた手を離す。その瞬間を見逃さずに蒼刃が素早くあたしを救出してくれた。ありがとうさすが蒼刃!こういう時いつも一番に助けに来てくれるよね…!この際向かい側の席にいたはずなのにいつの間にこちらへ来たのかとか野暮なことは言わない!きっと擬人化状態でもしんそくが使えるんだよね、うん!


「そっか、氷雨は水タイプも持ってるから、雷士の10まんボルトは怖いよね!」

「…認めたくはありませんが…こればかりは何とも仕様がありませんので」


無邪気に笑う疾風に面白くなさそうな顔で氷雨が言う。すごいよ雷士、あの氷雨様に勝てるなんて…!さすがの彼もタイプ相性には逆らえないらしい。今度から氷雨が悪行を働いたら雷士を連れて来ることにしようかな…。


「まぁ…確かに君の厚意に託けて少々悪ふざけが過ぎましたかね。すみません、ヒナタ君」

『べ、別に怒ってるわけじゃないけど…でもビックリしたし騙されたのはちょっとショックだったから!』

「えぇ、悪いと思っていますよ。反省しますので…あーんはしてくれますか?」

『う…っわ、分かった…』


あたしってこういうところが甘いって言われるのかな…。盾にしていた蒼刃の背中から離れてそっと氷雨の傍に寄る。そして氷雨指定のポタージュをスプーンで掬い、ゆっくり口に入れてあげると喉仏が動いてコクリと飲み干す音が聞こえた。


「…はい、ありがとうございます。とても美味しかったですよ」

『お、お粗末様です…』


そう言って氷雨がにこりと微笑む。これは、彼がたまにしか見せない本当の笑顔だ。これを見せられちゃうと何も言えなくなるんだからずるい。分かってやっているのかそうじゃないのか…まぁでも、喜んでるみたいだし良しとしようかな。


「ふ…素直なのか捻くれているのか、よく分からん男だ」

「ねぇレシラム、キャバクラって何だい?」

「ぼ、ボクも知らない…」

「あぁ、それは確か…男が店の女に大枚を叩いて酒を、」

『ピュア2人に要らない情報与えないで下さい!!』


な、何か3人終わっただけなのにどっと疲れた…。あと4人かぁ…レシラムさんも入れるなら5人だけど、彼は恐れ多すぎるから正直遠慮したい。



「ひーめさん、順番的には次オレなんだけど…だいぶお疲れみてーだな!」

『まぁね…でも嵐志の顔を見ると何だか元気になれる気がするよ』

「お、嬉しーこと言ってくれるじゃねーか!」


ニカッと快活に笑う嵐志を見ると元気になれるのは本当だ。嵐志も大人組として悪ノリをするときはあるけれど、それ以上に暴走しがちなメンバー(主に蒼刃)のストッパーになってくれたり、何より彼は他人をよく見ていて面倒見がいいからとても助かっている。それを本人に言うとそんなことはないって認めないけれどね。


『氷雨様の後が嵐志で良かったかも…嵐志相手ならそんなに緊張しなさそうだし!』

「…それってオレ的にはちょっとビミョーなんだけどなー…」

『え、どうして?』

「いや、まーいいや…それは追々な。それよりもさ、オレにも早くあーんしてくれよ!」

『?そうだね、じゃあ嵐志は何にする?』

「んー…じゃー男らしく肉で!」

『あはっ、つまりハンバーグってこと?了解!』


仲間内の中では嵐志が一番軽いノリで話せる気がするなぁ。基本的にいつも笑ってくれているし、話し上手だからこちらも自然と笑顔になる。氷雨との格闘で無駄に緊張した心を和らげるには最高の相手かもしれない。

目玉焼きも一緒に食べたいという嵐志の要望で、ハンバーグに目玉焼きを乗せたまま一口分切り離し、大きく開いて待っていた口の中に運ぶ。それを嬉しそうに噛み締めると、明るい声で美味い!と笑ってくれた。


「斉さん直伝の料理の腕はさすがだな!それに姫さんに食わせてもらうと一層美味くなる気がするぜ!」

『いやいやそれは大袈裟だよ!』

「ホントホント!だからほら、オレからもお返しー!口開けな姫さん!」

『え?あ、あー…んっ』


嵐志に言われるがまま口を開けると、勢いよく何かを押し込まれた。本当に突っ込まれたという表現が正しいくらいの勢いだったので少し苦しい…。もご、と口を動かしてみて、やっと正体がエビフライだということが理解出来た。


「どーだ姫さん、自分でも美味く出来てんのが分かんだろ?」

「ん、うん…?」


突っ込まれたエビフライをそのまま少しずつ食べ進める。確かにエビ自体がプリプリしていて美味しいし、我ながら悪くない出来だとは思うけれど…。でも、何だろう?この感じ。何かあたしの顔を見て妙に嵐志がニコニコ(ニヤニヤ?)しているし、少しだけ頬も赤くなっているような気が…。


「…ねぇ蒼刃、君確か人の姿の時でも波導が感じられるようになったって言ってたよね?」

「まぁな、勿論本来の姿の時とでは精度は劣るが…修行の賜物である程度は見えるようになった」

「じゃあお願いがあるんだけど、あのセクハラエロ狐の波導が今どうなっているか見てくれない?」

「言われずとももう見ている。雷士も同じことを察したようだな…」

「波導使いとピッタリ考えが一致したならクロだね。で、一応聞くけど…どうだった?」

「あぁ…アイツの波導は今、紛うことなくふしだらな真っピンク色だ…!!」


…ん?嵐志とは反対に、雷士と蒼刃の顔はどんどん険しくなっていってる…?2人に睨み付けられていることに気付く様子はなく、嵐志は相変わらず顔を赤くしながらあたしの食べる様を見ている。すると何故だか黒いオーラを発し続けている蒼刃が、手元のスプーンを持って真っ直ぐに構えた。そして…


「恥を知れこの猥褻物がっ!!」

「いっでぇっ!?」

『わぁあああ何事!?』

「おやおや」


嵐志に向かって、ぶん投げた。ゴッ!!と鈍い音を立てて見事に後頭部に命中したスプーンは、2度3度バウンドしてテーブルの上に着地する。おおう、床に落ちないところがさすが蒼刃…それに比較的軽めなスプーンでここまでの威力を出すなんて。やっぱり投げる人の格が違うと立派な凶器になるんだね…。ていうか今の驚きでエビの尻尾吐き出しちゃったんだけど!汚くてゴメンなさい!


「ナイス命中だったね蒼刃」

「当然だ、馬鹿の頭ほど狙いやすい的はない」

「いぃってぇ…!何すんだよそーくん!」

「黙れ変態狐!!フォークを投げられるよりマシだと思え!!」

「いやフォークとか死ぬしせめて名前で呼んでくんねーかな!?」


い、一体何…?雷士と蒼刃は何故か嵐志に怒っているし、紅矢は呆れたみたいに溜め息を吐いていて…氷雨とレシラムさんは含み笑いをしている。状況を理解していないのはあたしと疾風と、Nさんだけみたいだ。


『ね、ねぇ…何かあったの?』

「…疾風、僕がいいって言うまでヒナタちゃんの耳塞いでて」

「え?あ、う、うん!」

『へ?』


あたしも分かっていないけれど、疾風も意味が分からないまま言われた通りにあたしの耳を塞いできた。ほ、本当に何なの…?


「大体猥褻物ってさすがに酷くねーか!?」

「ならお前が考えていた内容は一体どう説明するつもりだ。生憎だが俺は波導の色を見たと同時に大雑把ではあるが思考を読み取ることも出来るからな…あんな、あんな…っあんな破廉恥なことをヒナタ様で妄想していたとは許せん!!」

「いっ…ウソ、バレてた?」

「まぁ波導を見ずとも普通の男なら察していたと思いますよ。知らぬ存ぜぬは疾風とNと…当事者にされたヒナタ君のみでしょうね」

「つまりはテメェのだらしねぇ顔見りゃ一目瞭然ってことだ」

「ほんっとうに不本意だけど…形状的にエビフライを選んだ時点で大体は分かったから、最終確認で蒼刃に見てもらったわけ」

「全く、途中まで和やかな雰囲気だったというのにお前は…おい、聞いているのか嵐志!」


「…いや、つーかさ…そーくんもらいとんも、オレが姫さんで何を想像したか分かるくらいにはそーいう知識持ってんだ?」

「「…っ!?」」


あ、あれ?どうしたんだろう。ついさっきまで青ざめていた嵐志が今はにんまり笑っていて、今度は雷士と蒼刃が顔を真っ赤にしている。本当にボソボソとしか会話が聞こえないからよく分からないけれど…。


「ぶっは!いやー2人が健全なオトコノコで安心したぜ!まー好きな子がいりゃそれくらいの妄想は普通だよな!」

「だっ…黙れ!!次ははどうだんをぶち込んでやる…っ!!」

「僕は渾身のかみなりを脳天に…!」

「だーっ悪かったって!それは死ぬ!勘弁してくれよー!」



「く、くく…っ何とも愉快な連中だ。おい純朴小僧、恐らくもう離してやって良いと思うぞ」

「そ、そう…なの?」


肩を震わせて笑っているレシラムさんに何か言われたらしく、疾風がそっとあたしの耳から手を離してくれた。ちょっと気になるけれど…雷士がわざわざ耳を塞がせたくらいだからあまり聞かせたくない会話だったのかな?だったら無理に問い詰めることも出来ないけど…。


「しかし…あの忠犬小僧、波導で心まで読める域に達しているのか。かなり腕利きのルカリオだな…」

「ねぇレシラム、今までの会話はつまりどういうことなんだい?」

「ん?そうだな、つまり…男の性とは人間もポケモンも対して変わらんということだ」

「…?」


レシラムさんの言葉に、蚊帳の外だったあたし達3人が同時に首を捻る。真相は謎だけれど…とりあえず、蒼刃がぶん投げたスプーンを洗って来ようかな。


  
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