3万打 | ナノ

メニューを決めたあたしは順調に料理を進めていた。今日買い物した分に加え、料理好きな斉がストックしてくれているお陰で必要なものは揃っている。一応連絡を取って、ある食材は好きに使っていいと許可も貰ったからバッチリだ。

疾風も手伝ってくれると言うので、主に野菜の皮剥きとカットを担当してもらった。そして何でも仰って下さい!と意気込んでいた蒼刃には食器の準備をお願いする。…申し訳ないけれど、彼はあまり器用ではないから包丁を持たせるのは正直怖い。

Nさんはリビングから興味津々に料理の様子を見つめている。何だか可愛いなぁ。嵐志も手伝うと言ってくれたけれど、そこまで広いキッチンではないから人数オーバーということで気持ちだけ頂くことにした。


「エプロン姿も新妻という感じで中々そそりますねぇ…」

「オレもオレも!あんな可愛い嫁さんいたら料理の前に食っちまうよな!」

「ヒナタが何を着てようが最終的に脱がせるし格好なんざどうでもいい」

〈大人組って本当に大人組だよね〉

「き、貴様ら…っヒナタ様で不埒な妄想をするなど許さん!!」

「ほう?では忠犬小僧よ、お前はミカン娘と番になっても一切手を出さんと言うのだな?」

「つが…っ!?ヒナタ様と…つ、つが…いに……はっ!お、お許し下さいヒナタ様ぁぁあ!俺としたことがあらぬ想像を…っ!!」

『えっちょ、どうしたの蒼刃!?全身ガクガクしてるけど!?』

〈蒼刃が何を考えたのか手に取るように分かる〉

「ふっふ、からかい甲斐のある奴だ」

(よ、良かった…マスターに、会話が聞こえてなくて…)


火を使う料理に集中していたから何があったかよく分からないけれど、お皿を持ったままだったのでとりあえずテーブルに置くよう声を掛けた。すると顔を真っ赤に染めていた蒼刃が慌ててお皿を置き、次いで物凄い勢いであたしに謝る。いや、いいよ、割れなくて良かったから…。

その様子をレシラムさんはニヤニヤと笑いながら見つめ、そんなレシラムさんを雷士が呆れたように見つめていた。一体何なんだろう…?


『あ、スープ焦げる!』


危ない危ない、ギリギリセーフ。さて、完成までもう少しかな?…あ、あとプレートを準備しないとね。確か昔ハル兄ちゃんが買ってくれたランチプレートが残っていたはず!

こうして着々と用意を進めていき、皆がすっかり空腹になった頃には無事に夕飯が完成した。




『ふぅ…こんなもんかな!』

「わぁ…!ま、マスター、すごい…!」


目玉焼きを乗せたハンバーグ、エビフライにタコさんウインナーと、彩り鮮やかにしたポテトサラダ。そしてスープはコーンポタージュだ。ご飯はケチャップライスにして、山の形に盛ったそれに疾風に作ってもらった小さな旗を立てた。ちなみにデザートはスーパーで一目惚れしたイチゴ!あたしが使っていたものだから、プレートがピンク色なのは申し訳ないんだけどね…。


「コレを、ボクの為に…ありがとうヒナタ!テレビで見たものとそっくりだよ!」

『い、いえ、さすがにお店で出すものに比べたら見た目も味も劣るとは思うんですけど…』

「んなことねーって姫さん!超うまそーだぜ!」

「確かに見事なものだ。では頂くぞミカン娘」

「頂きます、ヒナタ様!」


プレートは1つしかないから、Nさん以外の皆の分は普通のお皿に盛り付けた。食器を持って各々が好きな料理を一口掬い口に入れる。うう、緊張するなぁ…ちゃんと味見はしたのだけど…。


「…これはこれは…美味しいですよ、ヒナタ君」

「ん…確かに悪くねぇ」

「うむ、中々美味だな」

「スープもうめー!」

「お、美味しい…!」

「ヒナタ様が作って下さった料理…何という幸福…っ」

「気持ち悪いから泣きながら食べないでくれる?」


ゴメン蒼刃、気持ち悪いとは思わないけれど泣かれるとちょっと怖いかな…!美味しいって思ってくれてるのは有り難いけれどね。…あ、そういえば紅矢が素直に褒めることも滅多にないから嬉しいかも。レシラムさんも口に合ったみたいで良かった!


(…って、あれ?)


Nさんの反応はどうかな、と見てみると…肝心の彼が料理に手を付けていない。さっき料理を出したときはあんなに喜んでくれたのにどうしたんだろう?彼はフォークを持ったまま料理とあたしを交互にチラチラと見ていて、何かを訴えかけようとしているようだった。


『Nさん、どうかしましたか?やっぱり何か足りませんでした…?』

「いや、そうじゃないんだ。けれど、もう1つお願いがあって…」

『お願い?』

「うん。あーん、ってしてほしいんだけれど…ダメかい?」

『……へ!?』


Nさんのお願いの内容を聞いてあたしの思考が一瞬フリーズする。あ、あーん…って、つまり…あたしに食べさせてって言っているんだよね…?だから最初に自分で食べようとしなかったんだ…。


「あーん、っていうのは親が子供にしたり、恋人同士がしたり…つまり大切な人とするものなのだろう?ボクにそんな経験はなくて…だからヒナタにしてもらえたら嬉しいと思ったのだけれど」

『う…っ!』


Nさんが眉を下げてピュアッピュアな瞳であたしを見つめてくる。いやピュアッピュアな瞳って何って感じなのだけれど、とにかくそう表現する以外に正解が分からないような澄んだ瞳だ。何だろうこの疾風とか蒼刃を思い出す感じ…!それに親にもしてもらったことがないとか、そういうこと言われると弱いのに!


『――〜…っわ、分かりました。頑張ってあーんします!』

「本当かいヒナタ!ありがとう!」

「なっ…ヒナタ様!そのようなこと…!」

「っいやいやいや待てよN!さすがにお前でもそれは許せねーっつーか、」

「まぁ落ち着け小僧共、別に良いではないか。…お前達も、同じことをミカン娘にしてもらえば良いだけのこと…そうだろう?」

『え』


レシラムさんが悪い笑顔でそう言った途端、雷士達の動きが見事に止まった。そして…


「…ま、まー減るモンでもねーしな!つーワケでオレにも頼むぜ姫さん!」

『へ!?』

「ぼ、ボクも…ダメ?」

『いや疾風くんは大歓迎だよ可愛いし天使だし!!』

「ほう…?まさか疾風は良くて僕達は駄目だなんて言いませんよねぇヒナタ君?」

「食わせるか食われるか選ばせてやるぜヒナタ…」

「ちなみに僕を拒否したらいつもの静電気より強い電気でお仕置きだから」

『喜んであーんさせて頂きます!!』


ど、ドSトリオの真髄…!拒否する間もなくというか、OKしなかったら死が待ってるとか恐ろしすぎでしょ!?ていうかそんなにあーんしてほしいのかな…。


「そういえば蒼刃、君にしては珍しく大人しいけどどうし…、」

「ヒナタ様に、あーん…ヒナタ様が、恋人…ヒナタ様が、俺の…妻…っ!!」

「うわ、予想以上にヤバかった」


ん?雷士の顔が心なしかげんなりしているけれどどうしたんだろう…?隣に座っている蒼刃は赤い顔でぽわーんってしているし。…まぁ、いっか。今のあたしにはあーんってするミッションがあるから、考えるのは後にしよう。


『じゃあ…いきますよNさん!』

「うん」


まずはニコニコ微笑みながら心待ちにしているNさん。ハンバーグを一口分フォークに取って、彼に近付けるとぱかりと口を開けた。そのまま口の中へ差し入れ、フォークだけをゆっくり抜く。


「…ん、美味しい…美味しいよヒナタ!」

『よ、良かったです!』


Nさんはもぐもぐと咀嚼しながら満面の笑みを見せた。やっぱりNさんも綺麗な顔してるよね…女の子にモテそう。


「良かったなN。ではミカン娘よ、次は一番幼そうな純朴小僧にしてやってはどうだ?」

「え…ぼ、ボク?」


純朴…うん、それは確かに疾風にぴったりかもしれない。レシラムさんの言葉を受けて疾風の方に顔を向けるとバチッと目が合った。すると照れ笑いを浮かべて、お願いしますという感じでフォークを差し出してきたからノックアウト。か、可愛すぎる…!


『よーし、じゃあ疾風は何にする?』

「え、えっと…タコさん、ウインナー?がいい!」

『あぁああ可愛い!!はい喜んでー!!』

「何か疾風のときだけイキイキしてない?」


そりゃだって可愛いんだもん仕方ないじゃん!疾風の口からタコさんウインナーだなんて単語が出たら可愛さ倍増だよ…!

フォークでタコさんウインナーを刺して、おずおずと口を開けた疾風に食べさせる。するとふにゃっという擬音がつきそうなほど柔らかくはにかむから、その笑顔を間近で見てしまったあたしは危うく卒倒するところだった。勿論良い意味でね!


「マスターのご飯、すごく美味しいね!」

『そう?嬉しいなー、ありがとう!』

「うん!それにね、何だか優しい味がする…。マスターが優しいから、ご飯も優しくなるのかな?」

『疾風くん超絶可愛い…!あたしが優しいかどうかは多分関係ないと思うけどね!』

「終始デレデレだねヒナタちゃん」

「なるほど、ミカン娘は他の女と違わず愛らしいものが好みなのか」


ふむ、と納得しているレシラムさんにそうです!と元気に返事を返した。多分レシラムさんも疾風を可愛いと思ったから、愛らしいという表現を使ったのだろう。疾風って見た目の年齢はあたしや雷士と同じくらいなんだけど、ピュアで優しくてたどたどしい話し方をするからか弟みたいに思えちゃうんだよね。


『いやー、あたしの癒しは本当に疾風だよ…』

「?ボクも、マスターといると嬉しいよ!こんなに美味しいご飯も、作ってくれたし…あ、そうだ!ねぇねぇ、マスター」

『ん?何?』

「ボクね、マスターに、胃袋掴まれちゃった!」

『……えっ!?』


ぱぁっと明るく可愛い笑顔で言い放った疾風。そのキラキラした笑顔があまりにも眩しく、更には胃袋を掴まれたなどという爆弾発言をしたものだから、あたしは顔が赤くなっていくのを感じて思わず両手で覆い隠してしまった。


「ま…マスター、どうしたの?またご飯を作ってほしいって思った時には、こう言うんだって氷雨が教えてくれたんだけど…ボク間違えた、かな?」

『いや、多分当たらずとも遠からずって感じだとは思うけど…!とりあえず今回は氷雨様グッジョブ!この知識を疾風に与えてくれてありがとう!』

「何故だか素直に受け取れないんですが」


疾風が純粋なのをいいことに余計な知識ばかり教える氷雨だけれど、今はそのお陰で胸キュンさせてもらったから良しとするよ…!疾風はどうしてあたしがこんなに悶えたのか分かってないんだろうなぁ。


『はぁ、本当に天使かと思った…』

「バカ言ってないでさっさと次に行きなよ」

『いったぁっ!?』


ズビシッ!と雷士の手刀があたしの脳天に落ちてきた。うう、この暴力ピカチュウめ!せっかく疾風からの癒しを噛み締めていたところだったのに…。

でも、ここまでで1つ感じたことがある。それは…このあーんっていう行為が、雛に餌をやる親鳥の気分に近いということ!


(そう考えれば変に意識することもないし、照れずに残りの全員分を済ませられる気がする…!)

「ミカン娘、手っ取り早くそのまま時計回りの順で行ってはどうだ?」

『そうですね、このままちゃっちゃと行きましょう!さぁ次は誰――、』

「お手柔らかにお願いしますね、ヒナタ君?」


……あ、早くも心折れた。


  
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