「お、ここだぜー!」
『っあ、あぁあああらし!?』
近付いて来た嵐志の声に慌てて体を離した。ていうかこれ今更だけど周りの人達にも見られていたよね…!?うわぁああもう、離れた瞬間に紅矢が舌打ちしたけれど正直それどころじゃない!
「あ、あれ?どうしたの、マスター?」
「ヒナタ様!まさかお体の調子が…!?」
『や、大丈夫!何でもないから!』
純粋に心配してくれている蒼刃と疾風を宥め、何とか平静を装う。はぁ…よし、もう大丈夫…多分。
「あ、いた」
『!雷士』
「やっぱり凄い人で混み合ってたよ。ほうでんして蹴散らしてやろうかと思うくらいだった」
『良かった雷士が思いとどまってくれて…!』
本当に良かったよ怪我人が出なくて…どうやらあたしの不安は何とか杞憂に終わったらしい。これで氷雨以外は全員揃ったわけだけど…やっぱり氷雨はまだ来ないか。
『…あたし、氷雨のこと呼んでくるね』
「ヒナタ様、それならば俺もお供します!」
『ありがとう蒼刃、でも大丈夫だよ。ほとんどの人が湖に移動しているだろうから人混みに迷うこともなさそうだし…』
「お、俺は不要ということでしょうか…?」
『ち、違う違う!蒼刃には、皆と一緒にほたるびを見る為のベストポジションを確保しててほしいの。お願い出来るかな?』
「…!はい、お任せ下さいヒナタ様!」
「そーくんチョロいな!」
「ヒナタちゃん限定だけどね」
別にそんなつもりはなかったのだけど、蒼刃はヒナタ様から使命を授かった!と意気込んでいるようだ。うーん…まぁ、蒼刃が喜んでるならいいのかな。
ぞろぞろとやって来る人々の中にやはり氷雨の姿は見えない。大丈夫かな…少しでも気分が良くなってればいいんだけど。ともかく早く氷雨を見つけて一緒にほたるびを見よう。皆と一緒が一番綺麗に見えると思うから。
ーーーーーーーーーー
『氷雨…移動してないといいんだけど』
思った通り、人はもう疎らでぶつかりそうになることもない。浴衣だから歩きやすいのは万々歳だ。確か嵐志は氷雨は出口辺りで休憩していると言っていたけど…ん?
『何だろう…あれ』
目的の場所に見えたのは数人の女の人達。顔付きや雰囲気からあたしよりも歳上だろうと見て取れる。そんな彼女達が取り囲むようにしていたのは…
「ねぇいいでしょ?一緒に飲みに行こうよ〜」
「いえ…お気持ちだけで結構ですよ」
一応フェミニストで、パッと見は美形紳士の氷雨様だった。
(…ていうか、何やってんの氷雨…!)
人がせっかく心配して来てみたら逆ナンされてるとか!ひょっとして来るのが遅かったのはあの人達に捕まっていたから?何それ、何か面白くない。
よく分からないけれど、何故だかムッとしてわざと足音を立てながら氷雨へと近付く。するとあたしに気付いたらしい氷雨が少し驚いたように目を丸くした。
「ヒナタ君」
「え?何この子、妹さん?可愛いじゃん!」
(妹…)
そりゃあなた達から見たらあたしなんてちんちくりんで妹程度にしか思えないと思うけれど…って、あれ?何であたしこんなこと気にしているのだろう。
「迎えに来てくれたのですね、ヒナタ君」
『…うん、皆もう集まってるよ』
「えー、行っちゃうの?」
「すみません、先約がありますので。あぁそれと…この子は僕の妹ではなく、ご主人様ですよ」
「……は!?」
『!?い、行こう氷雨!』
確かに、確かに間違ってはいないけれど!不思議と氷雨が言うと何か違う意味に聞こえるのはどうしてだろう。いたたまれなくなったあたしは、妙にニコニコしている氷雨の腕を掴んで足早に逃げた。
「どうしたのですかヒナタ君、本当のことですのに」
『や、そうなんだけど…ていうか、随分楽しそうだったのに邪魔してゴメンね』
「おや、ヤキモチですか?」
『はっ!?ち、違うよそんなんじゃないし!もっ…もう知らない!』
一気に赤くなった顔を隠し1人ずんずんと前を歩く。違う、違う…と思う。ヤキモチとかじゃなくて、こう…心配して損したからというか、せっかく探しに来たのに仲間を待たせておいて知らない女の人達と楽しそうにしてたからちょっとムッとしたとか、きっとそんな感じだ。
「…ふ、ねぇヒナタ君」
『な、何…、っ!?』
少しだけぶっきらぼうに返事をすると、後ろから腕が伸びてきてそのまま抱き締められた。あたしの背中に氷雨の体がピッタリくっついて、さっき紅矢にされた時よりも密着しているような気がする。
「意味は恐らく違えど…嫉妬して頂けるとは中々嬉しいものですね」
『だ、だから、嫉妬とかじゃ…!』
「ふふ、そういうことにしておいて差し上げましょう」
『〜っ!』
はぁ…もういいや、氷雨には口で勝てないもん。クスクスと楽しそうに笑う氷雨に背後から抱き締められながら溜め息を吐く。何でこんなに機嫌良さそうなのかな…。
『…そういえば氷雨、気分はどう?』
「あぁ、先程までは最悪でしたよ…せっかく人の波から逃れて一息ついたかと思えば女性達に囲まれて。ですが君が来てくれた途端に良くなりました。ヒナタ君は僕の空気清浄器ですね」
『えぇ?何それ?』
「そのままの意味ですよ」
『あは、変なのー』
(…何故僕がヒナタ君だけは平気なのか、君自身は少しも分かっていないのでしょうね…)
やっぱり堪えたのか、珍しく甘えたようにあたしの肩にすりすりと額を寄せる氷雨。フワフワの髪が首に触れてくすぐったい。こんなレアな氷雨が見れたから、さっきのことは許してあげようかな。
『ほら、急ごう氷雨!もうそろそろ始まっちゃうよ』
「…えぇ、行きましょうか。勿論手を繋いで…ね?」
…やっぱり弱っていても氷雨様は氷雨様だった。キラキラと擬音がつきそうな程いい笑顔で微笑んだ氷雨にあたしは思わず後ずさる。ま、また繋ぐの…!?
多少の抵抗は試みてみたものの、それも虚しくがっしり握られてしまったあたしの手。嵐志よりも大きなその手のひらはとても振りほどけそうにない…諦めるしか、ないか。
人はいないとは言えやっぱり羞恥に駆られているあたしとは正反対に、氷雨は妙にご満悦だった。
ーーーーーーーーーー
「ん…遅かったじゃねぇか」
「どうもお待たせしました」
『ちょ、何普通に会話してるのもういいでしょ離してよーっ!!』
「なっ…!ヒナタ様の白魚のような手を貴様ぁあああ!!」
「だ、ダメだよ蒼刃、人がいっぱいいるんだから…!」
「全力で姫さんイジメを楽しんでんなーさめっち」
「氷雨って羞恥プレイ好きそうだもんね」
だ、だから嫌だったのに…!こういうところ氷雨が一番質が悪いんだよね…。何とか氷雨の手から解放されたあたしは、気を取り直して人々が目を奪われている湖を仰ぎ見た。
『う、わぁ…!さっきよりもたくさん集まってる!』
無数のバルビートとイルミーゼが夜空を飛び交う。ほたるびと月の光で輝く水面が言葉に出来ないくらいに美しかった。見物に訪れている人達も皆うっとりと求愛の様子を見つめている。
『すごい…バルビート達はこんなに綺麗な光を出せるんだね』
「確かに僕達ポケモンにはそれぞれの種族にしか出来ないことがたくさんある。でも、ヒナタちゃんにしか出来ないことだってたくさんあるんだよ」
『え?』
「そーそー、例えばオレらのハートを奪っちまうとかな!」
『そ、それって体力を吸い取る的な意味で!?』
そんな人がギガドレイン使ってるみたいに!と言うとそれは違うって切り捨てられた。じゃあハートを奪うってどういう意味だろう…。
「あ…み、見てマスター!」
『!わぁ、可愛い…!』
グルグル頭を悩ませていたら疾風があたしを呼んだ。そして顔を上げると夜空に浮かんでいたのはたくさんのハート。既に多くのカップルが出来上がり、2匹の光で描いたものらしい。すごいなぁ、このハートがずっと消えなければいいのに!
そうして最後にくるくると飛び回った後、バルビートとイルミーゼは湖から離れどこかへと飛び去っていった。きっと彼らの子供達が大きくなったら、また同じようにこの場所へ訪れてパートナーを探すのだろう。
『ねぇ皆、また来年も来ようね!』
あたしの言葉に皆しっかりと頷いてくれた。そう、来年もそのまた次も、この仲間達と一緒に来るんだ。
バルビート達の描いた光の流線は、あたしにとって最高の思い出として心に刻まれたのだった。
end
『っあ、あぁあああらし!?』
近付いて来た嵐志の声に慌てて体を離した。ていうかこれ今更だけど周りの人達にも見られていたよね…!?うわぁああもう、離れた瞬間に紅矢が舌打ちしたけれど正直それどころじゃない!
「あ、あれ?どうしたの、マスター?」
「ヒナタ様!まさかお体の調子が…!?」
『や、大丈夫!何でもないから!』
純粋に心配してくれている蒼刃と疾風を宥め、何とか平静を装う。はぁ…よし、もう大丈夫…多分。
「あ、いた」
『!雷士』
「やっぱり凄い人で混み合ってたよ。ほうでんして蹴散らしてやろうかと思うくらいだった」
『良かった雷士が思いとどまってくれて…!』
本当に良かったよ怪我人が出なくて…どうやらあたしの不安は何とか杞憂に終わったらしい。これで氷雨以外は全員揃ったわけだけど…やっぱり氷雨はまだ来ないか。
『…あたし、氷雨のこと呼んでくるね』
「ヒナタ様、それならば俺もお供します!」
『ありがとう蒼刃、でも大丈夫だよ。ほとんどの人が湖に移動しているだろうから人混みに迷うこともなさそうだし…』
「お、俺は不要ということでしょうか…?」
『ち、違う違う!蒼刃には、皆と一緒にほたるびを見る為のベストポジションを確保しててほしいの。お願い出来るかな?』
「…!はい、お任せ下さいヒナタ様!」
「そーくんチョロいな!」
「ヒナタちゃん限定だけどね」
別にそんなつもりはなかったのだけど、蒼刃はヒナタ様から使命を授かった!と意気込んでいるようだ。うーん…まぁ、蒼刃が喜んでるならいいのかな。
ぞろぞろとやって来る人々の中にやはり氷雨の姿は見えない。大丈夫かな…少しでも気分が良くなってればいいんだけど。ともかく早く氷雨を見つけて一緒にほたるびを見よう。皆と一緒が一番綺麗に見えると思うから。
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『氷雨…移動してないといいんだけど』
思った通り、人はもう疎らでぶつかりそうになることもない。浴衣だから歩きやすいのは万々歳だ。確か嵐志は氷雨は出口辺りで休憩していると言っていたけど…ん?
『何だろう…あれ』
目的の場所に見えたのは数人の女の人達。顔付きや雰囲気からあたしよりも歳上だろうと見て取れる。そんな彼女達が取り囲むようにしていたのは…
「ねぇいいでしょ?一緒に飲みに行こうよ〜」
「いえ…お気持ちだけで結構ですよ」
一応フェミニストで、パッと見は美形紳士の氷雨様だった。
(…ていうか、何やってんの氷雨…!)
人がせっかく心配して来てみたら逆ナンされてるとか!ひょっとして来るのが遅かったのはあの人達に捕まっていたから?何それ、何か面白くない。
よく分からないけれど、何故だかムッとしてわざと足音を立てながら氷雨へと近付く。するとあたしに気付いたらしい氷雨が少し驚いたように目を丸くした。
「ヒナタ君」
「え?何この子、妹さん?可愛いじゃん!」
(妹…)
そりゃあなた達から見たらあたしなんてちんちくりんで妹程度にしか思えないと思うけれど…って、あれ?何であたしこんなこと気にしているのだろう。
「迎えに来てくれたのですね、ヒナタ君」
『…うん、皆もう集まってるよ』
「えー、行っちゃうの?」
「すみません、先約がありますので。あぁそれと…この子は僕の妹ではなく、ご主人様ですよ」
「……は!?」
『!?い、行こう氷雨!』
確かに、確かに間違ってはいないけれど!不思議と氷雨が言うと何か違う意味に聞こえるのはどうしてだろう。いたたまれなくなったあたしは、妙にニコニコしている氷雨の腕を掴んで足早に逃げた。
「どうしたのですかヒナタ君、本当のことですのに」
『や、そうなんだけど…ていうか、随分楽しそうだったのに邪魔してゴメンね』
「おや、ヤキモチですか?」
『はっ!?ち、違うよそんなんじゃないし!もっ…もう知らない!』
一気に赤くなった顔を隠し1人ずんずんと前を歩く。違う、違う…と思う。ヤキモチとかじゃなくて、こう…心配して損したからというか、せっかく探しに来たのに仲間を待たせておいて知らない女の人達と楽しそうにしてたからちょっとムッとしたとか、きっとそんな感じだ。
「…ふ、ねぇヒナタ君」
『な、何…、っ!?』
少しだけぶっきらぼうに返事をすると、後ろから腕が伸びてきてそのまま抱き締められた。あたしの背中に氷雨の体がピッタリくっついて、さっき紅矢にされた時よりも密着しているような気がする。
「意味は恐らく違えど…嫉妬して頂けるとは中々嬉しいものですね」
『だ、だから、嫉妬とかじゃ…!』
「ふふ、そういうことにしておいて差し上げましょう」
『〜っ!』
はぁ…もういいや、氷雨には口で勝てないもん。クスクスと楽しそうに笑う氷雨に背後から抱き締められながら溜め息を吐く。何でこんなに機嫌良さそうなのかな…。
『…そういえば氷雨、気分はどう?』
「あぁ、先程までは最悪でしたよ…せっかく人の波から逃れて一息ついたかと思えば女性達に囲まれて。ですが君が来てくれた途端に良くなりました。ヒナタ君は僕の空気清浄器ですね」
『えぇ?何それ?』
「そのままの意味ですよ」
『あは、変なのー』
(…何故僕がヒナタ君だけは平気なのか、君自身は少しも分かっていないのでしょうね…)
やっぱり堪えたのか、珍しく甘えたようにあたしの肩にすりすりと額を寄せる氷雨。フワフワの髪が首に触れてくすぐったい。こんなレアな氷雨が見れたから、さっきのことは許してあげようかな。
『ほら、急ごう氷雨!もうそろそろ始まっちゃうよ』
「…えぇ、行きましょうか。勿論手を繋いで…ね?」
…やっぱり弱っていても氷雨様は氷雨様だった。キラキラと擬音がつきそうな程いい笑顔で微笑んだ氷雨にあたしは思わず後ずさる。ま、また繋ぐの…!?
多少の抵抗は試みてみたものの、それも虚しくがっしり握られてしまったあたしの手。嵐志よりも大きなその手のひらはとても振りほどけそうにない…諦めるしか、ないか。
人はいないとは言えやっぱり羞恥に駆られているあたしとは正反対に、氷雨は妙にご満悦だった。
ーーーーーーーーーー
「ん…遅かったじゃねぇか」
「どうもお待たせしました」
『ちょ、何普通に会話してるのもういいでしょ離してよーっ!!』
「なっ…!ヒナタ様の白魚のような手を貴様ぁあああ!!」
「だ、ダメだよ蒼刃、人がいっぱいいるんだから…!」
「全力で姫さんイジメを楽しんでんなーさめっち」
「氷雨って羞恥プレイ好きそうだもんね」
だ、だから嫌だったのに…!こういうところ氷雨が一番質が悪いんだよね…。何とか氷雨の手から解放されたあたしは、気を取り直して人々が目を奪われている湖を仰ぎ見た。
『う、わぁ…!さっきよりもたくさん集まってる!』
無数のバルビートとイルミーゼが夜空を飛び交う。ほたるびと月の光で輝く水面が言葉に出来ないくらいに美しかった。見物に訪れている人達も皆うっとりと求愛の様子を見つめている。
『すごい…バルビート達はこんなに綺麗な光を出せるんだね』
「確かに僕達ポケモンにはそれぞれの種族にしか出来ないことがたくさんある。でも、ヒナタちゃんにしか出来ないことだってたくさんあるんだよ」
『え?』
「そーそー、例えばオレらのハートを奪っちまうとかな!」
『そ、それって体力を吸い取る的な意味で!?』
そんな人がギガドレイン使ってるみたいに!と言うとそれは違うって切り捨てられた。じゃあハートを奪うってどういう意味だろう…。
「あ…み、見てマスター!」
『!わぁ、可愛い…!』
グルグル頭を悩ませていたら疾風があたしを呼んだ。そして顔を上げると夜空に浮かんでいたのはたくさんのハート。既に多くのカップルが出来上がり、2匹の光で描いたものらしい。すごいなぁ、このハートがずっと消えなければいいのに!
そうして最後にくるくると飛び回った後、バルビートとイルミーゼは湖から離れどこかへと飛び去っていった。きっと彼らの子供達が大きくなったら、また同じようにこの場所へ訪れてパートナーを探すのだろう。
『ねぇ皆、また来年も来ようね!』
あたしの言葉に皆しっかりと頷いてくれた。そう、来年もそのまた次も、この仲間達と一緒に来るんだ。
バルビート達の描いた光の流線は、あたしにとって最高の思い出として心に刻まれたのだった。
end