3万打 | ナノ

「お、姫さん!らいとん!」

『嵐志!』


雷士と出店を見て回りながら歩いていると、前方から嵐志が現れた。あ、何か美味しそうなジュース飲んでる…いいなぁ、どこに売っているんだろう。


『…あれ?氷雨は一緒じゃないの?』

「あー…さめっちはちょっと休憩中。さすがに人間が多すぎて気持ち悪くなっちまったみたいでさ、少し外れますって言って出口の方に行っちまったぜ」

『そっか…やっぱりキツかったんだね。大丈夫かな…』

「まーその内戻ってくんだろ!それより姫さん、バルビート達が湖に集まり始めてるらしーから行ってみよーぜ!」

『そう、だね…うん!』

「僕トイレ行ってから行く」

『あ、待ってようか?』

「いや、混んでるだろうし大丈夫。先に行ってて」

『そっか…じゃあ待ってるね!』


トイレへと向かう雷士を見送り、嵐志と2人で湖を目指すことにした。確かにこう人が多くちゃトイレも混み合うよね…雷士もあんまり人混みは得意じゃないからイラついて放電したりしないか心配だよ。


「そーいやこーちゃんは今どこにいんだろーな?せっかくだからほたるびは皆で見てーし…時間ヤバそーなら探して呼んでこねーと」

『そうだね、それに蒼刃と疾風はどうしてるかな…もうさすがに対決は終わってると思、ぅわぁっ!?』

「っおっと!あっぶねー…!」


びびび、ビックリした…!横を向きながら歩いてきた男性の足がすれ違い様に当たったらしく、慣れない下駄を履いているせいかあたしはバランスを崩して前のめりになった。咄嗟に嵐志が腕を回して支えてくれたから地面と顔面でこんにちは、とはならなかったけれど…これで彼がいなければどうなっていたことかと考えると恐ろしい。


『ご、ゴメンね嵐志…ありがとう』

「いーってことよ!にしてもマジで人多いなー」

『まぁそれだけ人気のお祭りってことなんだろうけど…これだけ多いと迷子になっちゃいそうだね』

「…迷子、か」


そうポツリと呟いた嵐志は顎に手をやって何かを考え始めたようだったけど、すぐにあたしの方を見てニカりと笑った。…んーと、これはイタズラをしようとしている時の顔じゃないから悪いことを考えたわけじゃないみたいだけれど。

でも何を思ったのか分からず首を傾げると、不意にあたしの手を嵐志が引っ張った。え、と思った時には嵐志の長い指があたしの指と指の間に差し込まれ、強すぎない力加減で握られる。


「コレならオレも姫さんも迷子になんかならねーだろ?それに姫さんが転ぶこともねーしな!」

『あ…うん、そ、そうだね…』


確かに嵐志の言うことは分かる。手を繋いでいればはぐれることもないだろうし、躓いたとしても転ぶことはないはずだ。でも、何もこんな繋ぎ方をしなくても良かったんじゃないだろうか。だってこの指を絡ませる状態はいわゆるカップル繋ぎだし、これじゃまるで…


「オレら恋人同士みてーだな!」

『ぶっは!?ななな何言ってんの!?』

「えーだってそーじゃね?つーか姫さんどもり過ぎ!」


ケラケラ笑う嵐志を赤くなった顔で睨み付けると、それすらも愉快なようで一向にやめる気配はない。こんのチャラ男め…!

…でも、こうやって嵐志が楽しそうに笑う顔を見るのは嫌いじゃないんだよね。それに転んだりはぐれたりする確率は低い方が助かるに決まってるし、何より嵐志は深く考えていないだろうから少しだけ甘えることにする。色々と考えた結果この考えに至ったあたしは、少しだけ控え目に嵐志の暖かい手を握り返した。

その時目に入った嵐志の顔がほんのり赤かったのは…うん、きっと気のせいだろう。



「…マジ可愛すぎ。少しくらい姫さん独り占めしたってバチは当たらねーよな」

『ん?何か言った?』

「いーや、何でも!」



ーーーーーーーーーーー



『うわぁ…!綺麗!』

「まだそんなに人は集まってねーな…うし、今のうちにそーくんとてっちゃん呼んでくるか」

『紅矢はいいの?』

「こーちゃんは甘味以外に興味ねーし放っといても来るだろ!反対にそーくんとてっちゃんはまだガキっぽいとこあるからな…目移りする前に連れて来てやんねーと」

『あは、確かにあの2人結構好奇心旺盛だしね…。じゃああたしはここで紅矢と雷士を待ってるよ!』

「おー、すぐ戻る!」


嵐志は本当に仲間をよく見ているし意外と面倒見がいいんだよね。普段は主に蒼刃に成敗されているけれど…逆に嵐志がやり返しているところなんて見たことないから、ひょっとしたら年下には手を上げない主義なのかもしれない。何それ紅矢様と氷雨様に見習わせたい本当に。氷雨は…まぁ、手を上げるというか言葉で殺しにかかってくる感じだけれど。

…そういえば、氷雨は体調大丈夫なのかな。一応集合はここだって言ってあるし氷雨なら1人でも来られるとは思うけれど。もし氷雨以外の全員が揃っちゃったら探しに行こう。



「あれー?君1人?」

『へ?』

「こんなところに可愛い女の子が1人じゃ危ないよ!俺が一緒にいてあげるから…ね?いいでしょ?」  

『や、結構で…って、ちょっ…!?』


湖を飛び交うバルビート達が綺麗だなと思っていると、突然見知らぬ若い男性が声をかけてきた。たまにされるナンパというものかと思い逃げようとしたら、すかさず腕を掴まれてしまった。更にはあろうことか腰とお尻の際どいラインをするすると撫でられて背筋が凍る。

誰か、と他に数名いた見物客達に視線で助けを求めてみるが気まずそうに逸らされてしまった。厄介事に関わりたくないということなのだろう、確かにそれも無理はない。あたしに絡んできたこの男性は派手な金髪にあちこちに付けたピアスと質の悪そうな不良そのものなのだ。

しかしだからと言ってあたし1人の力で何とか出来るわけもない。大声を出そうにもベタベタと触れてくる手が恐ろしく、体が震えてしまってとても出来ない。

一体どうしたらいいのだろうと恐怖で涙が滲んだ時、あたしの背後からよく知った声が聞こえた。


「おい、テメェ…誰の女に気安く触れてんだ」


この、恐怖を煽る獰猛な低音。そして同時に感じるのは仲間だからこその絶対的安心感。強さという面においては、恐らくあたしが最も信頼していると言える彼の声。


『紅矢…!』

「…俺の後ろに来い」


そう言って掴まれていた腕を奪い返し、すかさず自分の後ろにあたしを隠した。目の前が見えなくなる程広く逞しい背中にどうしようもなく安心する。あぁほら、普段は暴君な紅矢の後ろ姿が物凄くカッコ良く見えてしまうじゃないか。あたしは思わず震える手で紅矢のシャツを掴み、滲んだ涙を拭った。


「な、何だ…男持ちかよ…」

「…ヒナタの傍に知らねぇ男のニオイがすると思って来てみりゃ、案の定のクソ野郎だったか」

「っ何だと!?」


こ、紅矢、あんまり挑発して騒ぎにはしないでね…!来てくれたのは嬉しいけれど暴力沙汰はちょっと…と、内心ハラハラしながら見守る。でも意外にも紅矢は周囲に人がいるのと、一応あたしを気遣ってなのか手を出す気配はない。男の人の方も苛立ってはいるようだけれど、目の前に立つ紅矢の形相が恐ろしいのか強くは出られないらしい。


「けっ、バカップルがイチャついてんじゃねーよ…」

「あ"ぁ?」

「っ!」


唾を吐き捨て言った男の人に対しドスのきいた声を浴びせかける。すると一瞬ビクついた男の人は不満そうではあったがそそくさとその場を去って行った。…良かった、紅矢にしては穏便に収めてくれたみたい。


『紅矢、ありが…っわ!?』

「ちっ…ニオイが移ってやがる」


お礼を言おうとした瞬間、紅矢の顔が目と鼻の先まで降りてきたことに驚いて最後まで言えなかった。クンクン、と不機嫌そうに嗅いでいる紅矢が言うニオイとは、多分…さっきの男の人のニオイなのだろう。特に香水をつけているといった感じではなかったけれど、紅矢だからこそ分かるのだと思う。

…ていうか…ニオイ嗅がれるのって何か恥ずかしいんだけど…!


『あ、あああの、もうやめ…っ』

「…テメェ、泣いたのか」

『へ…っ?』


耳の辺りでニオイを嗅いでいた紅矢が不意に問い掛ける。確かにさっきまで涙は出ていたけれど、あくまで滲ませた程度だ。今はもう完全に止まっている筈なのに、どうして分かるのだろう?顔を上げた紅矢をそんな思いで見上げると、体温の高い手のひらをあたしの頬に宛て親指で目元を擦った。


「涙のニオイ…それに、少し目が赤くなってやがる」

『な、涙のニオイ?』

「ちっ…あの野郎やっぱりぶん殴っとくか」

『だっダメダメ!紅矢が殴ったら死んじゃう!』

「馬鹿、殺しはしねぇよ。だが…、」

『え、…っ!?』


ぺろりと、まだ少しだけ濡れていた目元を舐められた。それに呆けていた間に後頭部を掴んだ手で紅矢の方へ引き寄せられ、胸に収まる形になる。え、何これどういう状況…!?と内心パニックを起こすあたしの耳元で紅矢が囁く。


「…他の男のニオイも、俺以外に泣かされたことも気に入らねぇ。マーキングくらいさせやがれ」

『ーーー…っ!?』


強く押し付けられた顔が少しだけ痛いけど、胸いっぱいに広がる紅矢のニオイに頭がクラクラした。


  
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