3万打 | ナノ

『ヤバいよジョーイさんの女子力…着付けどころかヘアセットまで出来るってどういうこと…』


忙しいし断られるかなーと思っていたけれど、さすが白衣の天使というか快く着付けを任されてくれたジョーイさんのお陰であたしは無事浴衣を着ることが出来た。更には「今のままでも可愛いですけど、アップの方が映えますからね!」と言って、どこからか取り出したヘアアイロンを使って髪までセットしてくれたのだ。

自分もいつかジョーイさんみたいに綺麗で女子力の高い人になろうと心の中で決意をし、ロビーで待っている仲間達の元へ急ぐ。慣れない下駄に苦労しつつも小走りで向かい、見えてきた見知った面々に手を振った。


『皆、お待たせー!』

「!ヒナタさ…ぐはぁあっ!!」

『わぁあああぁいきなり地獄絵図!?』


一番にあたしに気付いた蒼刃はあたしを見るなり何故か鼻血を出して倒れてしまった。気のせいじゃなければ蒼刃は割と普段からこうなるような…あれか、氷雨が以前鼻の毛細血管が切れやすい人はよく鼻血を出すって言っていたけれど、蒼刃もそうだったりするのかな?


『って悠長に言ってる場合じゃなかったよ蒼刃大丈夫!?』

「おっと、駄目ですよヒナタ君。せっかくの浴衣が蒼刃の鼻血で汚れてしまっては台無しじゃありませんか」

「そうそう、介抱は疾風に任せておけば大丈夫だよ」

「蒼刃なんざそこに転がしとけ。さっさと行くぞヒナタ」

『知ってるけど酷いねドSトリオ!!』


全く、どうしてこの3人はこうなの…もう少し他人の心配出来ないのかな。ていうかさりげなく疾風に押し付けるとか何てことを…!

手を貸す気など更々ないドSトリオの背中に負の念を送りつつ慌てて蒼刃の元へ駆け寄る。すると優しい疾風と嵐志がすかさずティッシュを用意してあげていて思わず涙が出そうになった。この2人の爪の垢を煎じて奴らに飲ませてやりたいよ本当に。


『うぁあティッシュ真っ赤…!ど、どうしよう?』

「だ、大丈夫だよマスター。蒼刃、もう止まったみたいだし…ね?」

「す、すまない疾風…。ヒナタ様、申し訳ございません…このような失態を…っ」

『い、いやいや気にしないで!暑いから逆上せたのかな…平気?』

「し…っ心配ご無用です!その、俺は…暑いからではなく、ヒナタ様のあまりの美しさに魅了されて思わず…!!」

『……へ……!?』


真っ赤になった蒼刃があまりにも真剣に言うものだから、釣られてあたしの顔にも熱が集まっていく。な、何でこう…蒼刃ってばこんな恥ずかしいことが言えちゃうの…!?


『そ、蒼刃、あのね…そういうお世辞はわざわざ言わなくても、』

「いいえ世辞などではありません!!普段のヒナタ様も勿論お可愛らしいですが今日は更に美しさが加わりまさしく女神そのもので永遠に俺の傍にいてほしぃむぐっ!!」

「はいはーい、浴衣お似合いですヒナタ様!くらいにしとこーなそーくん!」

「ま、マスターが固まっちゃった…!」


いやいや、そりゃ固まるよ疾風くん。だってさ、蒼刃はイケメンだよ?トレーナーの欲目を抜いたとしても間違いなくイケメンだよ?そんな蒼刃にがっしり手を握られて真剣な目で見つめられながらこんなこと言われたら…。いや、言っていることはだいぶ大袈裟なんだけれど。

だ、だめだめ、あたしのことをトレーナーとして申し訳ないくらいに慕ってくれている蒼刃のことだから、きっと自分のことであたしに心配かけないように気を遣っているんだ。だから、だから。


(よ、喜んじゃダメだよ、あたし…!)

「あ、あの…ヒナタ様、やはりお気に障りましたか…?」

『っぜ、全然大丈夫!じゃあ行こう蒼刃!雷士達見失っちゃうし!』

「!はい、ヒナタ様!」


「…ちょーっと面白くねーの。姫さん真面目なヤツに弱いし、オレももっとガチに攻めてみっかなー」

(…蒼刃、ずるいなぁ)


その後、顔が赤くなっている原因を雷士達に問い詰められて誤魔化すのに必死なあたしなのでした。



ーーーーーーーーーーー



『うわぁすごい人!』

「人混みで酔いそうだね」


まだ夕方であるというのに、ほたるび祭りの会場には既に大勢の人集りが出来ていた。女性や子供を中心に浴衣の人もたくさんいて、もしこんなに気合いを入れて来ているのがあたしだけだったらどうしようと思っていたから内心安心したり。


「匂う…匂うぜ甘味共…残さず食ってやるから首洗って待ってやがれ…!」

『い、未だかつてこんなにやる気満々の紅矢を見たことがあっただろうか!?』

「無いね」


気のせいかな、紅矢の周りにメラメラ燃える炎が見える。余程お祭りの醍醐味とも言える出店の甘味が楽しみなのだろう。きっと言葉通り甘い物を売っている出店を片っ端から回るつもりだと思う…恐るべし、甘味パワー。


「お、射的じゃん!やろーぜさめっち!アレ楽しーんだ!」

「はぁ…そうなんですか」

『あ、ちょっ…!はぁ、もう行っちゃった…。早速バラバラになるとか相変わらず大人組は協調性皆無だなぁ。まぁ絶対一緒に回らなきゃいけないこともないんだけど…』


嵐志は楽しいことが好きだから、きっとお祭りにも来たことがあるのだろう。射的が好きとか意外と渋いチョイスだけど…まぁでも、お祭りの楽しみ方を知らない氷雨と一緒にさせるにはベストな相手かもね。どうせなら氷雨にも楽しんでもらいたいし。


「あ…ねぇマスター、あれは何?」

『ん?あぁ、あれは金魚すくいって言うんだよ』


子供から大人、カップルまでもがつい真剣になってしまう金魚すくい。疾風も初めて見るそれが気になっている様子だ。行ってみる?と聞けば嬉しそうに頷いた。


『おぉ…!みんな活きが良いね!』

「…これ掬えるの?」

「確かに中々骨が折れそうだな…子供には難しいだろう」


プラスチックで出来た浅い水槽の中にはトサキントやコイキング…あれはケイコウオ、だったかな?いわゆる金魚系のポケモンが元気よく泳いでいた。いや、うん…コイキングは金魚じゃないけれど、まぁ細かいことは気にしない方がいいのだろう。

一応生まれて間もないのであろうサイズの小さな個体ばかりを選んで出しているようだけど、雷士と蒼刃が言う通り力を持て余すように泳ぎ回る魚ポケモン達をポイで掬うのは一筋縄ではいかなそうだ。


「お、いらっしゃい!どうだい綺麗な兄ちゃん、1回300円だよ!」

「え…ぼ、ボク?」

「やめた方がいいんじゃない?結構難しいしどうせすぐ破れちゃうよ」

「一発で掬えりゃ連れの可愛いお嬢ちゃんも惚れ直すと思うんだがなぁ」

「な…っそ、それは本当か!?」

「何で蒼刃が食い付くの」


ニヤニヤと笑うおじさんの言葉を聞いて、疾風が隣に立つあたしをジッと見つめてきた。え、な、何?どうしたのかな疾風くん。まさかこのおじさんの言うこと真に受けたんじゃ…?


「…ボク、やる」

「はいよ!ほら、頑張ってみな」


嘘ぉおおおやるんだ!?正直なところあたし自身も掬えた試しがない為やめた方がいいと思っていたのに。一体全体どういう意図かは分からないが、キリッと眉を上げて真剣な目でポケモン達を見つめる疾風に何も言えなくなってしまった。ええい、こうなったら応援するしかない!


「どうやら疾風はあのケイコウオを狙うつもりのようですね…」

『う、うん…確かに一番綺麗だけど素早いし大丈夫かな…』

「君達何で小声なの」


いやだって何か小声になっちゃうじゃん!静かにしなきゃいけない空気じゃん!全く敢えて空気を読まないんだから雷士は…!

気付けば周囲にギャラリーが出来ていて、雷士や疾風、蒼刃にうっとり見とれている女の子達も見てとれる。…うん、これで疾風が見事掬ったら黄色い声が上がること間違いなしだね。


「…っ!」

『あ…!』


疾風はケイコウオが四角い水槽の角に泳ぎついたのを見逃さず、素早い動きで掬い上げた。そのまま上手くポイのプラスチックの部分を使って桶にケイコウオを入れる。少しだけ破れてしまっていたが、ほぼ原形を留めたままのポイをギュッと握り締めて疾風があたしの顔を見た。


「えへへ…マスター、惚れ直した?」


頬を赤く染め、そう言ってニッコリ笑う疾風。だが微かに震える唇が言葉を紡ぐ前に周りの女の子達がキャーキャー言うものだから、その声で我に返ったあたしはつい顔を背けてしまった。


(…っい、今…あたし…!)


うん、って…言おうとした?い、いやいやそれはおかしいでしょ危なかった…!疾風があんまりにも嬉しそうに可愛く笑うから、思わず…というか、流れでハイって言うところだった。

疾風はおじさんに唆されただけなのに何照れてんのあたし!あぁもう、蒼刃といい疾風といいこの師弟コンビはどうしてこうストレートにタラシなの!?


「ーーー…っ俺もやる!どちらが多く掬えるか勝負だ疾風!」

「え…う、うん!負けないよ、蒼刃!」

『どうしてそうなった!?』


何故か蒼刃まで参戦して金魚すくい対決をすることになってしまった。あれか、蒼刃ってば自分の弟子に負けたくないのかな…。おじさんは儲けられると思っているかもしれないけれど、蒼刃の動体視力と疾風の器用さにかかればもしかしたらお店のポケモン全部掬っちゃうかもしれない。


「はぁ…ずっと見てても時間の無駄だし、違うところに行こうヒナタちゃん」

『え、あ…う、うん』


2人共程々にね、と掛けた声は果たして届いているだろうか。どの道これ以上ポケモンは持てないしボックスに預ける気もないから、掬ったとしてもお店に返すか野生に還すかしないといけないんだけど。ともかく、1匹残らず掬い上げておじさんを泣かせないようにしてほしいと祈るばかりだった。



ーーーーーーーーーーー



『おぉ…やっぱり綿飴似合うね雷士くん』

「何、やっぱりって」

『いや、ほら…雷士って綿飴みたいにふわふわほわほわしてるでしょ?』

「ふぅん」


さして興味の無さそうに答えた雷士はもむもむと綿飴にかぶり付いた。雷士は好き嫌いがないから何でもよく食べるけれど、お菓子を食べている姿は珍しい気がする。大体ご飯を食べたら寝てしまって間食自体あまりしないからかな…でも、雷士には白米よりもこういう可愛らしいお菓子が似合うと思うのはやっぱり彼が美少年だからなのだろうか。うん、顔は美少年だからね。


「…ヒナタちゃん、今何か失礼なこと思わなかった?」

『う、ううん全然!ね、ねぇあたしも一口もらっていい?』

「…別にいいけど」


危なかった…!危うく手刀か静電気攻撃がくるところだった。不信そうだったけどちゃんと綿飴を差し出してくれたので遠慮なくぱくり。ふわふわとした食感と甘味がとても美味しい。紅矢はもう食べたのかな?


『…あ、見て雷士!あの子の風船ピカチュウだ!』

「うん?」


ふと視界にふよふよと浮く物が入ったから見てみると、それはピカチュウの顔をした風船だった。やっぱりピカチュウってポケモン界の人気者だし風船やお面の定番なんだなぁ…持っているのも小さな女の子だし余計に可愛く見える。

うん、あの子も風船が嬉しいんだね。紐を握った手をぶんぶん降ってはしゃいでる。あぁでも、そんなに降ったら風船が…!


『あ…っ!』


嫌な予感はした。あの子はまだ小さいし、きっと握る力が緩んで紐がすり抜けてしまったのだろう。風船はふわりと女の子から離れて上へ上へと昇っていく。かろうじて木の枝に引っ掛かって空に消えてしまうことはなかったけれど、それでもとても届きそうにはない。女の子もそれに気付いて呆然とした後、大きな瞳にウルウルと涙を溜めて今にも泣き出しそうだ。


『…可哀想だけど、あの高さじゃ無理だね…』

「綿飴持ってて、ヒナタちゃん」

『え?』


そう言ってあたしに綿飴を預けた雷士は女の子の元へと走った。そして近くにあったゴミ箱から出店の屋根へと素早く駆け上がり、木の枝に飛び移る。そのまま引っ掛かっていた風船の紐を掴み、数メートルの高さを軽やかに飛び降り着地した。


「はい、割れてなくてよかったね」

「あ、ありがとう…!」

『…っ!』


ハル兄ちゃん、あたしは今もの凄く感動しています。だって、だってあの面倒臭がりな雷士が…!誰かの為にバトル以外であんなに機敏に動くなんて!!


「す、すごいねお兄ちゃん…!ヒーローみたい!」

「そう?これくらい普通だと思うけど」

『そんなことないよ雷士!あんなこと中々出来ないって!』


いくら元がポケモンと言えどあれだけ身軽に動けるのは凄いことだろう。仲間達は皆運動神経抜群だが、実は一番身軽で速いのは雷士だったりする。擬人化状態でもまた然りだ。

雷士をヒーローと称して興奮気味に頬を紅潮させた女の子は、今度は雷士の隣に立ったあたしを見つめて笑った。


「お姉ちゃんは、お姫さまみたい!きれいだね!」

『へ!?ぅあ、あっありがとう…!あなたもお姫様みたいにすっごく可愛いよ!』


何なの、やっぱり子供って本当に可愛い…!女の子にもお姫様みたいだと返すとそれはそれは嬉しそうにはしゃいだ。あたしのことは、多分…浴衣を着ていたから綺麗だなんて言ってくれたんだろうなぁ。

お互い頬を染めたあたしと女の子を横で見ていた雷士は、小さく笑って女の子と目線が合うようにしゃがみ込む。一体どうしたんだろうと思うと女の子の頭をそっと撫でた。


「僕は、このお姫様の王子様なんだよ」

『……はい!?』

「そっかぁ、お兄ちゃんはヒーローだけどお姉ちゃんの王子さまなんだね!」


い、いやいやいや何を言い出すの雷士くん!!ほらこの子信じちゃったじゃん!超キラキラした目で見てるよもう…!


「ありがとう!じゃーねお兄ちゃん、お姉ちゃん!」

「うん、気を付けて」


女の子はもう風船を離さないようにと手首に紐をくくり付け、もう片方の手をぶんぶん降って走り去って行った。…雷士って意外と子供好きなのかな。何となくいつもより雰囲気が柔らかいし。


『…ていうか、子供に適当なこと言っちゃダメなんじゃないの?』

「適当なこと?」

『…っお、王子様…とか』

「…へぇ、僕のストレートな言葉にはびくともしない癖にこういう言い回しなら効くんだ」

『え?な、何の話?』

「さぁね」


な、何なの雷士…。口元が緩く上がっているし、よく分からないけれどご機嫌が良いらしい。…あの子には、王子様ってのは置いておいたとしてもヒーローに見えたのか。


(…まぁ、確かに…雷士はヒーローかもね。いつもピンチの時には守ってくれるし…うん、あたしにとってもカッコいいヒーローだ)


なんて、恥ずかしいから絶対言えないけれど。


  
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