3万打 | ナノ

「やれやれ…仕方ありませんね。ではヒナタ君、僕と乗りましょうか」

『へ?』


何がでは、なのかよく分からないが、キラキラと擬音がつきそうな程麗しく微笑んだ氷雨がヒナタの手を取る。そして流麗な仕草でエスコートしようとした所で、未だ怒りの治まらない紅矢が噛み付いた。


「おい氷雨…!テメェ何さり気なくかっ攫おうとしてやがんだ」

「おいおい、さめっちもずりーぜ!」

「おや?男の嫉妬は見苦しいですよ紅矢、嵐志」

「んだと…!?」

「…ぶはっ、それはちょーっとキたぜさめっち」


紅矢の威嚇を物ともせず、そして嵐志の鋭い眼光を冷ややかにかわす氷雨の方が一枚上手か。だがその艶やかな黒眸は普段よりも緩く吊り上がり、2人に対する確かな対抗心を宿していた。


「ちょっと…勝手に3人だけで火花散らさないでくれる」

『わっ!?』


ぐい、とヒナタの腕を掴み引き寄せたのは雷士。耳元から微かに聞こえるパチパチと弾けるような音は、雷士から発せられる不機嫌の証拠もとい静電気か。

普段は面倒臭さが打ち勝ち好き好んで争奪戦に参戦しない雷士であるが、この時ばかりはそうともいかなかったようだ。好意を前面に出さないとは言え、雷士もヒナタに惚れている1人。昔と違い仲間達に囲まれ2人きりの空間が激減した今、この観覧車は雷士にとって余程貴重なチャンスなのだろう。


「これはこれは…雷士が自ら手を出すとは、明日は槍でも降りますかねぇ?」

「はっ…ガキが。俺とやり合って勝つつもりか?相性的に氷雨相手ならいけるかもしれねぇがな」

「それ言うならこーちゃんどころかオレにだって勝てるとは限らねーぜ?人型だろーが原型だろーが、らいとんよりリーチ長ぇしな」

「残念。確かに氷雨には余裕で勝てるけど、紅矢と嵐志にだって負けるとは思ってないよ。…僕が弱いだなんて、本気でそう思ってるなら笑っちゃうね」


怖い。今のヒナタの心情を一言で表すならば正にそれだ。あれ、大人組もドSトリオも皆仲良しだよね?むしろいつも謎の連携プレーであたしをイジメてるよね?という思いが脳内を駆け巡り、皆が何故ここまで火花を散らしているのかが全く分からない。

しばらくヒナタを囲み牽制と威嚇を続けた見目麗しい男達だったが、このままでは埒があかないと悟ったのかその視線を小さく縮こまっていたヒナタへと向けた。


「ヒナタちゃん、君は誰と乗りたいの?」

『へ!?』

「そーだな、姫さんに決めてもらえりゃ話は早ぇし」


これはまさかの展開だとヒナタは冷や汗を垂らす。正直誰と乗っても構わないのだが、そう答えようものなら恐らく再び戦争が勃発してしまうだろうことはさすがのヒナタでも理解出来た。その理由までは気付いていないのは致命的だが、ともかくヒナタはこの状況を打破する為に必死に思考を張り巡らせる。


『…え、えーと…んーと…そ、蒼刃か疾風でお願いします!』


ぴたり、皆の動きが止まった。そしてヒナタを囲んでいた4人の視線が蒼刃と疾風へと移る。

ヒナタは蒼刃か疾風ならば一番安全かつ純粋に観覧車を楽しめるであろうと判断したのだが、当然それを快く許しはしない。確かに彼らは自分達より奥手であろう、だが所詮はただの男。想い人と密室に飛び込んで何も起こらないとは言い切れないのだ。


「ほう…この状況を前によくも言えたものですねぇヒナタ君…?」

「よっぽど犯されてぇらしいなアホヒナタ…!」

「…さすがに怒るよヒナタちゃん」

(ひぇえええ怖すぎるドSトリオ!!)


負のオーラを背負い脅しにかかる3人を前に、益々恐怖に駆られるヒナタ。ダメだ、やっぱりドSトリオに限っては誰と乗っても命が危ない。やはりここは癒しコンビに頼るしかないと改めて決意した。


「ヒナタ様…!この俺を選んで頂けるとは光栄です、早速参りましょう!」

『わ…!』


あまりの嬉しさに心なしか瞳を潤ませ、優しくヒナタの手を取った蒼刃。当然他の面子は阻止しようと動いたが、意外にも先手を打ったのは温厚な彼だった。


「蒼刃、マスターは、蒼刃を選んだわけじゃないよ?」

「…何?」

『は、疾風…?』


いつもより少しだけ低い声で淡々と言い放った疾風。暖かみのある丸い瞳は形を潜め、攻撃的な強い意志を向けている。こんな疾風は珍しいと誰もが思わざるを得なかった。


「マスターは、ボクか蒼刃がいいって、言ったんだよ?だから、蒼刃を選んだわけじゃない。…いくら蒼刃でも、マスターはあげない」

『やだちょっと疾風くん可愛いんですけど何これ?お母さんのこと盗られたくない的な?』

「いいから鈍感は黙りなよ」

『あいたっ!脳天チョップいたっ!!』


疾風に関しては更に鈍いヒナタの脳天気な発言に雷士の制裁が下る。手加減されているとは言え、少し痛みの残る頭をさすりながら睨み合う2人を仰ぎ見た。


「…ヒナタ様がかかっている以上手加減出来ないが…いいんだな、疾風」

「勿論。ボクだって、負けないよ。そろそろ蒼刃のこと超えなきゃって、思ってたし」

「いい覚悟だ、ならば場所を変える。ヒナタ様(と観覧車に乗る権利)をかけ真剣勝負といくぞ!」

『え?』

「さんせー!オレも混ぜろよそーくん、てっちゃん。久し振りに本気でやるぜ!」

「ふ…君達に一度誰がヒナタ君に相応しいかを知らしめておきましょうか」

「はっ、観覧車自体はどうでもいいがヒナタを食えるなら悪かねぇ。おい雷士、消し炭になりたくねぇなら無理すんなよ?」

「誰が。君こそ黒焦げになっても文句無しだからね」

『え、あ、あの、皆?』

「ヒナタ様!早急に決着をつけて来ますのでしばしお待ち下さい!」

『ちょ…っ!』


そう言い残して行ってしまった仲間達。恐らく誰にも邪魔されない場所で思う存分暴れまくるのだろう。そして勝者がヒナタと観覧車に乗る権利を得るという迷惑極まりない事態になってしまった。一体何故だろう、ただ観覧車に乗ろうと思っていただけなのに。

いつ戻ってくるのか、そもそも何をもって勝利になるのかは分からないが、もしも生死をかけた闘いになるのなら止めに行った方がいいのだろうか。そんなことを考え胃を痛めながら右往左往していると、突然背後から肩を叩かれた。


「あら、やっぱりアナタあの時の…ピカチュウを乗せたキュートな子ね?」

『………っ!?か、かみ、カミツレさん…!?』

「ふふ、そんなに驚かなくてもいいじゃない」


クスクスと可笑しそうに笑うカミツレにヒナタはみるみる紅潮していく。それも無理はない、彼女にとっては憧れの女性なのだ。そもそもここに来た理由もカミツレに会う為なのだから。


「ところで何か困っていたようだけど…今日は1人なのかしら?ピカチュウも見当たらないし…」

『あ、えっと…実はこんなことがありましてですね…』


カミツレの問いかけに我に返ったヒナタは事情を説明する。するとカミツレは一瞬キョトンと目を丸くした後、今度は声を上げて笑い出した。


「あははっ、何それ…!面白いわねアナタの仲間達!」

『そ、そうですかね…割と本気であの空気は辛かったんですけど』

「ふふ、どうやらその様子だと分かってないみたいね…何で彼等がそこまで必死になってるかってこと」

『…?』

「まぁいいわ、それも面白いもの。そう言えばアナタ名前は?」

『あ…ヒナタです!』

「そう、ヒナタね。じゃあヒナタ、私で良ければ観覧車一緒に乗るわよ?」

『…え!?』

「ここで1人仲間が戻ってくるのを待つのは退屈でしょう?それとも私じゃ力不足かしら」

『と、とんでもないです!で、でも、カミツレさんはいいんですか?』

「勿論、ちょうど息抜きしたいと思ってたし。それに私可愛い子は大好きなの!アナタともっとお話したいのよ」


そう言って悪戯っぽくウインクされればヒナタは首を縦に振るしかなかった。むしろ願ってもないご褒美だと頬が弛んでしまう。

こうして雷士達がボロボロになって遊園地に戻ってくるまでの間、ヒナタはカミツレと至福の時を過ごしたのであった。


…とまぁ予想外の形で目的を果たしたヒナタだったが、戻ってきた雷士達があまりに傷だらけだった為慌ててポケモンセンターに駆け込むことになるとは知る由もない。




(それにしても、1人の女の子を巡るイケメン達の争い…あぁもうクラクラしちゃう!何て美味し…熱い戦いなの!)

(どうしたんですかカミツレさん!?)

(そうそう、これ私の番号!いつでも恋愛相談に乗るから遠慮なく連絡して頂戴ね?)

(嘘ぉおおおカミツレさんの番号ゲットぉおおお!!)



end


  
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