3万打 | ナノ

(…ど、どうしよう…)


先程羞恥プレイと言わんばかりに大勢の前で疾風にお姫様抱っこをされたヒナタは、催しの終了と共にやっと解放されトイレへと向かった。

そして初めてのドレスに四苦八苦し、何とか用を足し終えトイレを後にした所で…


「ねぇ君、さっき花束貰った女の子でしょ?近くで見るとやっぱ可愛いねー!」

「お姫様ってのも納得だよな!」


典型的なナンパに捕まってしまったのである。

いや、ヒナタ本人はナンパだとは認識しておらずとにかく面倒な人に絡まれた程度の認識なのだが。ともかく進路を塞がれる形で矢継ぎ早に話しかけられる状況に、どうしたものかと冷や汗を垂らしていた。


(こういう時澪姐さんがいたらすぐ切り抜けられるのになぁ…)


元々気の強い方ではないヒナタは初対面の相手に対して物を言うことを苦手としている。ナンパに耐性があり肝の据わった澪が共にいれば、そんなヒナタを守りつつ対処が出来るのだが如何せんその澪はここにはいない。

ぐるぐる考えている間にも、「連絡先教えて」だの「今から俺達と抜け出さない?」だのと話しかけてくる2人組の男にただたじろぐことしか出来なかった。

そしてとうとう1人の男がヒナタの肩に腕を回した時、


『っ!?』

「なっ、何だ!?」


背後から何か大きな金属が倒れた様な音が響いた。その騒々しい音に何事かと振り向くと、そこに立っていたのは片足を上げた黒いスーツが映える金髪の少年。

…もとい、パリパリと微量の電気を全身に纏わせ不機嫌を露わにしている雷士だった。


『ら、雷士!』

「…知り合い?」

「知り合いも何も、その子の連れだけど」


常より低音で冷たく言い放った雷士は男へ向かって一歩踏み出す。その際ヒナタの目に入ったのは雷士の足元に転がっている大きな鉄製のゴミ箱で、先程響いた金属の倒れる様な音は彼がこのゴミ箱を蹴り倒した音なのだと分かった。


(あ、あんな大きな物倒せるくらい雷士って力あったっけ…?)


本当に、疾風と言い雷士と言い今日は妙な部分で驚いてばかりだ。何より普段は寝てばかりで面倒臭がりな雷士に関しては、下手をすれば自分の足が負傷してしまう様な物を躊躇いもなく蹴り飛ばす一面があるなど思いも寄らなかった。


「何だよお前、この子の連れって…彼氏なのかよ?」

「…ま、そう思ってくれて良いよ」

『へ!?』

「ヒナタちゃんは黙ってて」


何をさらりと言っているのだと思わず声を出しかけたヒナタを雷士が押し止める。そして迷いなく男の目の前へと歩み寄り、ヒナタの肩に回っていた腕を乱暴に払い去った。


「っ何すんだテメェ!」

「それはこっちの台詞。何気安く初対面の女の子の肩抱いてるの?」

『わ…!』


不機嫌な顔もそのままに、ヒナタを男から引き離すように自分へと抱き寄せる。その姿を見た男達は面白く無さそうに舌打ちを吐いた。


「ふん、ガキが…お前にその子は勿体ねぇよ」

「ヒナタちゃんだっけ?ほら、俺達みたいな大人の男の所に来なよ!」

「…大人の男、ね…僕にはとてもそんな風に見えないけど」

「何…!?」

『ら、雷士…!あんまり挑発しちゃ、』

「良いから、君は僕の後ろにいて」


ヒナタを隠す様に後ろへやり、自分よりも少しばかり背の高い男達を睨み付ける雷士。そんな彼の挑発を受けた男はニヤリと笑って雷士に殴りかかった。

ヒナタは思わず悲鳴を上げそうになったが、襲いかかる拳を軽く避けた雷士を見て安心したのか押し止める。そして雷士は思い切り突き出した拳を避けられ、体勢を崩した男の鳩尾に強烈な一撃を叩き込んだ。


「が、は…っ!」

「大した強さで殴ってないのに大袈裟だね」

「て、テメェ…!このクソガキ!」

『ーーーっ!』


鳩尾を押さえうずくまる男を見下ろしていた雷士の背後から、もう1人の男が殴りかかる。だが雷士は動じることなく、いとも容易く片手で受け止め捻り上げた。


「ぅぐ…っ!」

「…残念」

「っうわぁ!?」


バチッ!と電気の弾ける音が響く。雷士が掴み上げた男の拳を通して電気を流し込んだのだ。あくまで人体に大した危害は無い程度の強さではあるだろうが、突然全身に奔った衝撃は大の男を怖じ気付かせるには十分だった。


「これ以上この子の周りを彷徨くならもっと強い電気をお見舞いしてあげるけど…どうする?」

「ひ…っ!お、おい行くぞ!」

「くそ…!」


怯える男達に雷士が止めの一言を言い放ち、彼等は悔しそうに立ち去った。その後ろ姿に溜め息を吐いた雷士はくるりと振り返り、ヒナタに向けて手を差し出す。


「ほら、行くよ」

『え、あ、うん!』


差し出された手を握り歩き出す。ヒナタはこの自分の手を包む少し大きな優しい手が、つい先程男に一撃を食らわせ電気を流した手と同じなのだとはとても思えなかった。


「君が部屋を出ていく時、さっきの奴らがニヤニヤしながら君を見ていたから気になってね。案の定絡まれてるし」

『う、ゴメン…』

「別にそれはいいけど…ただ、もう少し危機感を持ってほしいよね」

『危機感?』

「そう」


その瞬間、空いていた左手も握られたかと思えばいつの間にか壁に体を押し付けられていた。一瞬のことで目を白黒させるヒナタに、雷士がその端正な顔をグッと近付け意地悪く笑む。


「…君は可愛いんだから、気を付けないとこのまま食べられちゃうよ?」

『…へ…!?』


言葉よりも耳元で囁かれたことに熱を持ったヒナタは咄嗟に逃れようと身じろぐ。しかしその姿を見てふっと笑った雷士は、「何てね、」と言ってあっさりとヒナタを解放した。


(か、からかわれたんだ…!)

(あんまり本気で迫って怯えさせちゃうと今後がやりにくいし…ま、これくらいかな)


もう一度ヒナタの右手を握り、エスコートするように歩き出す。半歩後ろから雷士の背中を見つめるヒナタは、赤い顔もそのままに何だか少しむず痒くなって口を開いた。


『…雷士があたしを助けてくれる為だとしても、あんな風に喧嘩する所なんて初めて見た』

「見せたこと無いからね。ていうか僕だってあんな面倒な奴らに関わるのゴメンだし」

『え?じゃあ何で…』

「…本当に君って鈍いよね。それくらいは自分で気付いてほしいよ」

『?』


クエスチョンマークを浮かべるヒナタに何度目かの溜め息を吐く。何故面倒臭がりの彼が厄介事にわざわざ首を突っ込んだのか、それを理解して貰えないと雷士も報われないというものだ。

雷士の心情などいざ知らず、引かれるまま慣れないヒールで転ばないように注意深く歩くヒナタは『あ、』と声を漏らした。そうだ、まだ彼に大事なことを言っていなかったではないかと雷士の名を呼ぶ。


『雷士、助けてくれてありがとう!』

「…どういたしまして、ヒナタちゃん」


この花の様な笑顔が見れただけでも、少しは成果があったかもしれない。雷士はもう一度強くヒナタの手を握り直したのだった。


(君を守る為なら、どんな面倒なことでも苦じゃないんだよ)



ーーーーーーーーーーー



雷士と共にパーティ会場へと戻ったヒナタは、そこで仲間達の様子を今一度確認した。

まずは紅矢と澪、そして蒼刃。この3人は会場を出て行ったきりまだ戻って来てはいないらしい。一体この華やかな空間の外でどんな激しい攻防、修行が行われているのかを想像すると冷や汗ものである。

次に疾風だが、彼は先程プリンスに選ばれたこともあり大勢の女性に囲まれていた。 そして疾風自身も押しに弱くフェミニストの気がある為、中々抜け出せないでいると見える。

辿々しい笑顔を浮かべている彼もまた女性の母性を刺激するものなんだとヒナタが納得していると、隣に立っていた雷士から短い悲鳴が上がった。


「よーらいとん!飲んでるかー!?」

「っぅ、ちょ、苦し…!」

『嵐志!』


背後から雷士に飛び付いたのは赤い顔をして常よりハイテンションの嵐志。彼はどうやら女性の渦から抜け出せた様だ。

雷士よりも背の高い嵐志が腕を回すとしたら必然的に首の位置に来る訳で、その圧迫感から何とか逃れた雷士は大きく溜め息を吐いた。


『あは、嵐志酔ってるね…』

「おー、もー超飲まされるもんだからな!」

「残念だけど僕は飲んでないよ。人間年齢では未成年だし…って、ちょっと…!」

「ダメだぜーらいとん!男たる者酒も嗜めねーようじゃモテねーからな!つーワケで飲むぜ!」

『あ、嵐志!程々にねー!』


ずるずると嵐志に連行されて行く雷士から恨みがましい言葉が聞こえた様な気がするが、正直怖いので気付かないフリをしておく。

思い切り酒を飲める日くらいは雷士を大人組に付き合わせるのも良いだろうとヒナタは苦笑いをこぼした。


(えーと、嵐志と雷士は今行っちゃったし後は…氷雨だね)


トイレへ立つまでは嵐志と共に女性に囲まれていた氷雨だが、一緒にいなかった所を見ると今は別行動を取っている様だ。

ならば今はどこにいるのだろうと辺りを探すと、外のバルコニーに見知った海色の髪が見えた。きっとあれが氷雨だとヒナタは小走りで向かう。

透き通るガラスの戸を開き、佇む男性の姿を確認するとやはりそれは氷雨だった。物音に気付き振り返った彼は、ヒナタだと分かると少しだけ笑顔を見せる。


『ひーさめ、どうしたの?こんな所で…』

「外の風に当たろうと思いましてね。かなり耐えましたが…やはり、息苦しいです」


そう言って外の景色に目を向けた彼は、普段は拝めない様な弱々しい表情を浮かべていた。他人に決して弱味を見せない完璧主義の氷雨がここまでになるのだから、公言する程ではあったが彼の人間嫌いは相当なものだ。

ヒナタはあまりにも珍しい氷雨の姿に、自分のせいだと途端に自責の念に苛まれる。だがそんな彼女を察したのか氷雨は「違いますよ、」と目を細めて笑みを浮かべた。


「言っておきますが君のせいではありません。パーティなどと人間の集まる場所に自分から付いて来たのは僕の責任ですから。それに多少は慣れないと…こうして君に心配をかけてしまいますしね」

『!?ほ、本当に大丈夫氷雨!?氷雨があたしに気を遣うなんて重症としか思えな、』

「おやおや…喧嘩ならば喜んで勝って差し上げますよ、ヒナタ君?」

『失礼しましたお気遣いありがとうございます氷雨様!!』


人一人殺せそうな氷の微笑を向けられてしまえば、最早素直に謝る他生き延びる術は無い。相も変わらず加虐心を擽るヒナタの言動に氷雨は満足げに笑った。


「君の傍にいることで大分耐性は付きましたが…今日はキツいですね。おまけにあの女性特有の人工的な甘ったるい香りが充満していて…」

『あーまぁ…あれだけ囲まれていたら香水のニオイとかでも酔っちゃうよね』

「おや、ヤキモチですかヒナタ君?」

『はい!?な、何であたしが!?』

「僕に他の女性のニオイが移って面白くないのでしょう?」

『ち、違うし、意味分かんない…!』


真っ赤な顔で否定するヒナタを見て、心底楽しそうにクスクスと笑う氷雨。本当に、人を弄る時の笑顔は憎たらしい程輝いているとヒナタは不満そうに頬を膨らませた。


『もう、人が心配しているのにからかわないでよ!』

「ふふ、冗談ですよ。僕も飲み過ぎて酔っていますし許して下さい」

『え、嘘でしょ?前に嵐志が氷雨はザルだって言ってたもん』

「例えザルでも酔うことくらいあります」

『でも氷雨からお酒のニオイしないよ?だから絶対酔うほど飲んでない!』


そう言ってヒナタはじっとりとした目で氷雨を見つめる。あからさまに信じられないと言いたげな表情だ。ならばどうすれば信じてもらえるのかーーー。


(…あぁ、とってもイイ方法があるじゃありませんか)


何を思い付いたのか、顎に指を添えたままニヤリと不敵に口角を上げる。端から見れば何とも妖艶でときめきを隠せない様な笑みだが、氷雨の本性を知るヒナタから見れば恐怖を煽るものでしかない。

更にはこの笑みは何か碌でも無いことを考えている顔だと今までの経験が警報を鳴らしている。咄嗟に後ずさりしようとしたヒナタを氷雨が逃がす筈も無く、頬に手を添えてグッと引き寄せた。


『……っ!?』


唇に何か柔らかい物が触れたかと思えば、ちゅう、とリップ音が鳴り完全に塞がれる。ドアップに映る氷雨の青い髪と長い睫毛、そして奪われた呼吸にキスをされているのだと理解した。

僅かに開いていた唇の隙間から差し込まれた舌が有無を言わさずヒナタの舌に絡みつき、羞恥を誘う湿った水音を立てて彼女を追い詰める。

クラクラとヒナタの思考をとろけさせるのは濃いアルコールの味か、それとも氷雨に与えられる熱か。そろそろヒナタの意識が飛びそうな所で氷雨は唇を離し、艶を含む低い声で囁いた。


「…たっぷり飲んだって、分かって頂けました…?」

『ーーー…っ!?』


わけが分からず金魚の様に口をパクパクさせるヒナタとは正反対に、実に満たされたと言わんばかりに嬉しそうな氷雨。一体何をするのだと怒ってやりたいのに、ヒナタはその言葉すら見つけられなかった。

結局それからまともに氷雨と口を利けたのは数十分後のこと。これでまたヒナタの中で氷雨は質が悪いという認識が強まったのだが、当の彼はそんなことに構うことなく余裕綽々の笑みでヒナタを見つめるだけ。


(可愛い、愛しい。君の傍でならば…僕は思う存分呼吸が出来る)


すう、と大きく息を吸った氷雨は未だ縮こまっているヒナタの手を取り柔らかく微笑む。そして先程のキスで少しだけ警戒心を見せていたヒナタも、結局は絆された様に笑うのだ。

その笑顔に氷雨の体内で渦巻き淀んだ空気は切り払われ、清々しく心地良いものに変わったのだった。



ーーーーーーーーーー



『ダイゴさん、本当にありがとうございました!』

「いいや気にしないで、ヒナタちゃんが楽しんでくれたのならそれで良いよ」


すっかり日も暮れた頃、パーティは終わりダイゴへ別れを告げる。外で暴れ回っていた3人も何とか呼び寄せた。


「いいこと単細胞ワンコ…次こそは完膚無きまでにぶちのめしてやるわ…!!」

「はっ、それはこっちのセリフだクソババァ…!首洗って待ってやがれ!」

(この2人のガチンコバトル一体どんな修羅場だったんだろう…)


蒼刃の鍛錬の内容と同じくとても恐ろしくて聞けはしないが、きっと想像以上に激しいものなのだろう。目立った怪我が一つも無いのが逆に驚きだとヒナタは苦笑した。

疾風に跨がり空へと飛び立ち、夜空に広がる美しい満天の星を眺める。きっとハルマも自宅に帰っている頃だろう、早速今日の出来事を語らなければならないと浮き足立った。

…ただ、雷士を始めとする仲間達とのアレコレを事細かに話そうものならハルマの逆鱗に触れることになるなど、すっかりパーティの余韻に浸っているヒナタは知る由も無いのである。


end


  
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