3万打 | ナノ

『っみ、澪姐さ…!?』

「澪テメェこのクソアマ…!髪引っ張んじゃねぇ!!」

「誰に物言ってんのよこのクソガキ…!ヒナタちゃんと良い雰囲気なんかにはさせないわよハゲろバカ紅矢!!」

「んだとテメェ表に出やがれ!!今日こそぶっ倒してやらぁ!!」

「はっ、上等よ!後で泣き言言っても手加減なんかしてやらないわ!!」

『ちょ、ちょっとちょっと2人共ぉおおお!!』


赤の美男と青の美女は互いを罵り合いながらけたたましい音を立て会場から出て行ってしまった。そこに1人残されたヒナタはしばらく唖然とした後、何でこうなってしまうのだとガックリ肩を落とす。


(本当に…こんな場所でも遠慮なく仲悪いんだもんなぁ。ダイゴさんに申し訳ないよ…)


現に、紅矢と澪の騒ぎを見ていたらしい周囲の人々が眉を顰めたりクスクス笑ったりしている。その視線に恥ずかしくなったヒナタは俯きながらそそくさとその場から離れた。


「ま、マスター、大丈夫?」

「ヒナタ様!ご無事ですか!?」

『!疾風、蒼刃』


会場の端で壁にもたれ掛かっていたヒナタに駆け寄ってきたのは疾風と蒼刃。蒼刃は普段着としてスーツを着用することもあるが、疾風のスーツ姿を見るのは今日が初めてである。

美少年はスーツも似合うものなんだとヒナタは思わず溜め息を漏らした。それにしてもここでもヒナタへの配慮を怠らない彼等は、今の彼女にとって最高の癒しだ。


『大丈夫だよ、あたしより紅矢と澪姐さんの方が心配なくらいだし。あぁもうどうしよう2人がボロボロで倒れてたりしたら…!』

「ヒナタ様がそのようなご心配をなさる必要はありません!むしろヒナタ様に迷惑をかけたあの2人はいっそこの俺が生死をさ迷うくらいに痛めつけ、むぐっ!」

「そ、蒼刃!それは思っても言っちゃダメ!ほら、マスターが聞いたら、悲しむよ?」

「ぅ…そ、そうだな」

『?』


不穏なことを言う蒼刃の口を疾風が必死塞いで諭したが、ヒナタにはよく聞こえていなかったらしい。むしろこの2人は仲良しで良いなぁと優しい目で見つめていたくらいだ。

そうしてヒナタの心が落ち着きを取り戻した頃、会場に軽快な…そしてどこかムードのある音楽が流れ始めた。


『わ…!オーケストラだ!』

「僕が呼んだ有名な音楽隊だよ。さぁジェントルマンの皆さん!レディをエスコートして楽しくダンスを踊って下さい!」


ダイゴがそう声をかけると男性がパートナーの女性に手を差し出す。そしてはにかみながらその手を取った女性の腰に手を添え、音楽に合わせてステップを踏み始めた。


『すごーい!何か素敵だねー…』

「そうだろう?じゃあヒナタちゃん、僕達も踊ろ、」

「ヒナタ様!是非ともこの俺と!」

『あは、でもあたしダンスなんか出来ないよ?』

「心配ご無用です!俺にお任せ下さい!」

「…」

「だ、ダイゴさん、ゴメンね?」


しかし蒼刃は力強く任せろと言い切ったが、果たして彼自身もダンスの経験など皆無だろうに大丈夫なのだろうか。

蒼刃が手を差し伸べると、恐る恐るその手を取るヒナタ。その姿にクスリと笑んだ蒼刃は柔らかくヒナタの腰に右手を添え一歩踏み出した。


『わ…!』

「力を抜いて下さいヒナタ様。大丈夫です、俺に身を委ねて…」

『う、うん!』



「…何だろう、光景は健全なのに蒼刃のセリフが不健全に聞こえるのは僕がおかしいのかな」

「ふ、不健全?って?」

「…いや、疾風にはまだ早いから気にしないで」



ヒナタは呆気に取られると同時にとても感動していた。自分に任せろと言われた通り、蒼刃に軽く体を預けるとまるで自分の体ではないかのようにリズミカルに動くのだ。

音楽に合わせて自由に動く体に心までもがふわふわと弾んでくる。これは正しく蒼刃にリードされている状態で、未経験にも関わらず何故こんな動きが出来るのだろうとヒナタは首を傾げた。


『ねぇ蒼刃、蒼刃ってダンスの経験があるの?』

「いいえ、お恥ずかしながらこれが初めてです。ですがこういった体を使う動きは一度手本を見れば習得出来ます」

『え、すごっ!さすが運動神経抜群だね!』

「まさかこのような形で発揮出来るとは思いませんでしたが…今日ほど自分の身体能力が恵まれていることに感謝した日はありません!こうしてヒナタ様と夢の様な時を過ごせるのですから」

『えぇ!?もー、蒼刃ってば相変わらず大袈裟なんだから…!』


日頃から鈍いだの天然だのと評されているヒナタだが、さすがにここまで直接的な表現をされて狼狽えない筈もない。

ましてや相手は清廉潔白、質実剛健といった四字熟語にピッタリ当てはまるような蒼刃だ。勿論大袈裟だとも思うが、同時に蒼刃の人となりを知る者としては彼は本気で言っているのだと理解せずにはいられなかった。


「大袈裟ではありません!俺は本気で、」

『わ、分かった!分かったからもう…わ!?』

「いいえヒナタ様!」


添えられていた右手がグッと腰を引き寄せ、必然的に過度の密着状態になる。しかしそこには先程の紅矢の様な乱暴さは無く、まるで映画やドラマのシーンの如く様になっている所がさすが紳士的な蒼刃だとヒナタは思う。しかし一体この状況で何を言うつもりなのかと困惑気味で訝しんだ。


「常以上に美しく可憐な貴女を、こうして独り占めすることが出来るのです。だから俺は今世界一の幸せ者なんですよ、ヒナタ様」


などと、透き通る緋色の瞳で真摯に見つめながら言われてしまえば思わず呼吸が詰まってしまう。口から出るのはあ、だのう、だのと言った意味を為さない言葉ばかりで、ただただ赤面するばかり。


『……っそ、蒼刃の天然タラシぃいいいい!!』

「!?ヒナタ様!?」


あまりの羞恥に握っていた手を離して、ようやく発せた声で捨て台詞を吐きながらその場から駆け出してしまった。


(蒼刃は冗談であんなこと言わないって知ってる分、笑い流せないよ…!)


赤い顔を隠すように両手で頬を隠しうずくまるヒナタだったが、背後で何やら騒いでいる聞き慣れた声に気付き振り返る。


「お、落ち着くんだ蒼刃!別にヒナタちゃんは君を拒絶した訳じゃ…!」

「ヒナタ様ヒナタ様ヒナタ様…!貴女に嫌われた俺に生きる意味などありません…かくなる上は舌を噛み切って潔く…!」

「た、助けてマスター!蒼刃が死んじゃう!」

『何故!?』


ダイゴや疾風の制止が耳に入らない程悲しみに打ちひしがれ、暴挙に走ろうとする蒼刃に慌てて駆け寄ったヒナタ。

一体何が彼をこうさせているのかはよく理解していないが、唐突にこうして不穏なぶっ飛んだことを言い出す彼を見て必死に慰める辺り、やはりヒナタは蒼刃に甘いのであった。




『はぁあ…何かどっと疲れた…』

「あはは…お疲れ様、マスター」


『蒼刃のこと大好きだから死なないで!』というヒナタによる必死の説得の末、ようやく蒼刃の暴挙を抑えることに成功した。

当人は「ヒナタ様の前で何たる失態…!暫しこの堕落した精神を鍛え直して来ます!」と会場を出て行ってしまった。恐らく外の砂浜で鍛錬なりをするつもりなのだろう。それにしても招待してもらった内既に3名が会場にいないとはこれ如何なものか。


『…うわ、見てよ疾風。嵐志と氷雨ってばモッテモテだよ』

「あ…ほ、ホントだ。嵐志も氷雨も、女の人に優しいもんね」


そう、基本的に彼等はフェミニストだ。女性を決して蔑ろには扱ったりしない。そう言った部分に付け込んで媚びを売る女性もいないとは言えないのだが、そこは豊富な経験で上手くあしらって対処している。

しかし嵐志はともかく氷雨は人間嫌いなので、いくら女性と言えどあれだけの人間に囲まれて暴れ出さないかヒナタは心配していた。紅矢ではあるまいしそう言ったTPOは弁えているとは思うが、やはり彼の心情を汲んで考えてみても辛いものは辛いと思う。


(氷雨には後で声をかけてみよう。雷士は…あぁ、食事中なんだ。疾風もそうなんだけど雷士も意外と食べるんだよね…成長期なのかな?)


普段と変わらぬ無表情でもぐもぐと料理を平らげている姿も些か不気味だが、こんな大勢のいる中で爆睡される方が恥だと思うのでどうかそのまま食べ続けていてくれと願う。まぁ雷士の場合食べながらでも眠れるのだが。

もし雷士が咀嚼しつつ寝息まで立て始めたらどうしようと悩みつつジュースを啜っていると、派手な衣装に身を包み大きな花束を持った女性がステージに現れた。


『?何だろう…手品でも始まるのかな』

「あぁ、会場にいる男性客の中から最もプリンスに相応しい者を選ぶんだよ。彼女はその為に呼んだイベント会社の社員さ」

『へぇ…プリンスですか!』

「容姿、立ち振る舞い、身なり…全てにおいて上等だと選ばれた男性にあの花束を預けて、その男性にとってのお姫様に渡して貰うという流れだよ。中々楽しそうだろう?」

『その人にとってのお姫様ってことは…恋人とかですかね?』

「ばかりとは限らないよ?片思いの相手かもしれないし、たまたまこの会場で目についただけの女性かもしれない。けれどほら、見てご覧。女性達は浮き足立っているだろう?皆お目当ての男性に花束を貰えないかと期待しているんだ」


ダイゴの言う通り、会場の女性達は皆一様にこのイベントを心待ちにしているらしい。あの男性が好みだとか一体どんな麗しい人が選ばれるのだろうと言った会話があちらこちらから聞こえてくる。


(そっか…そりゃ皆が認める素敵な人から花束貰えたら嬉しいよね)


きっと物凄くカッコ良い人が選ばれるに違いないと予想しながらヒナタも発表を待つ。

そしてドラムの音に合わせ、縦横無尽に動き回るスポットライトが照らしたのは…


「…え、」


ヒナタのすぐ隣に立つ、疾風だった。


『……す、凄いよ疾風!この会場で一番だって!』

「え、ほ、ホントに、ボク?」

「…悔しいけれど本当だよ。さぁ疾風、花束を受け取っておいで」


審査員の女性が疾風をステージに上げて花束を渡す。その際に浮かべていた恍惚とした表情を見る限り、間違いなく疾風の容姿が好みなのだろう。

疾風が選ばれたことに対して周囲は何ら不満も無いようで、辿々しく受け取る彼に盛大な拍手を贈っていた。先程まで他の男性に熱を寄せていた女性達ですらうっとりと疾風を見つめている様子から、余程疾風の美顔の効果は絶大なのだろうとヒナタは思う。


(まぁ疾風は中性的な顔付きだし…ふっふっふ、これだけ女の人の注目集めちゃうなんて何だか鼻が高いかも!)


疾風への祝福の言葉も程々に、周囲の注目は誰に花束が渡るかということにチェンジされる。美しく着飾った女性達は、これ見よがしと前に出て希望を寄せた。

しかし疾風はそんな彼女達に興味が無いのか気付いていないのか、するりと間を抜け迷いなく歩く。

そして、ふわりと花束を差し出した。


『…へ?』

「ま、マスター、これ…」


ヒナタは差し出された花束と疾風を交互に見て、ついでに前後左右も確認する。しかしどう考えても花束は自分に向けられており、ひょっとしてあたしに?と問いかけた。


「う、うん、マスターに…」

『で、でも…あたしで良いの?』

「うん!だって…ボクにとってのお姫様って言ったら、マスターしか思い付かないから」


少しだけ照れ臭そうにはにかみながら花束を抱える疾風にハートを撃ち抜かれたのはヒナタだけに留まらないだろう。母性を擽る疾風の容姿や言動に心底悶えたヒナタは、負けず劣らず赤い顔をして花束を受け取った。


『あ、ありがとう疾風…!』

「ううん!…あ、」

『?』


疾風は何かを思い付いた様な表情をした後、次にヒナタの顔を見てニコリと微笑んだ。その笑顔に釣られて微笑み返すと、その直後ヒナタを襲ったのは突然の浮遊感。

衝撃で花弁がはらりと落ちたのが視界に映った瞬間、突如として耳を劈く様なはちきれんばかりの歓声と女性達の黄色い悲鳴が湧き上がった。

何が起きたのか目を白黒させるヒナタが横を向くと、先程まで見上げていた筈の疾風の顔がすぐ間近にある。そして自分の背中と膝裏を支えている彼の両腕…つまり、疾風に所謂お姫様抱っこをされている状態だ。

一体どういう状況なのか理解も追い付いていないが、それ以上にヒナタにとってはこの体勢が衝撃的過ぎて声も出ない。そんなヒナタを見て疾風は顔を赤らめながら微笑んだ。


「えぇと、女の子ってお姫様抱っこされるの嬉しいんだよ、ね?」

『う、嬉しいっちゃ嬉しいと思うけどでも、何もこんな所でしなくても…!ていうかどこでそんな情報知ったの!?』

「氷雨から!」

『あんの似非紳士ぃいぃいい!!』


先程氷雨がいた場所を恨みがましく睨み付けると、未だ嵐志と共に女性に囲まれていてこちらには気付いていないらしい。

真っ赤な顔をして慣れないお姫様抱っこをされているヒナタの姿を周囲の人々は微笑ましそうに見つめ、時折からかったような口笛も聞こえてくる。それが堪らなく恥ずかしいヒナタはひとまず大人しくして俯くことを決め込んだ。


「えへへ、マスター、嬉しい?」

『…う、嬉しい、よ』


何だか素直に認めたくはなくて無意識にこう言ってしまったが、ヒナタもごく普通の感性を持つ1人の少女だ。疾風ほどの美形に本物のお姫様の様な扱いを受けて不快な筈もない。

そんか心の内を知ってか知らずか、疾風は嬉しそうに笑ってヒナタに頬ずりした。


『っは、疾風って結構力あったんだね…』

「うーん…蒼刃や氷雨には負けるけど、でもボクだって鍛えてるし!それに、マスター軽いから何てことないよ?」

『かっ…!?』

「うん!あ、それとねマスター、」

『…?』

「マスターはいつも可愛いけど、今日はもっと可愛い!ボク、今だけでもマスターの王子様になれて嬉しい、な」

『〜〜〜っ!?たっ…タラシ師弟ぃいいいい!!』

「へ?」



「…ヒナタちゃん、気持ちは何となく察するよ」


どうしてそんな所まで蒼刃に似てしまったのだろう。いや、むしろ喜ぶべきなのかもしれないがいざ自分に向けられるとどうしていいか分からないものだ、とヒナタはうなだれる。

とりあえず疾風に余分な知識を与えた氷雨に八つ当たりしようと決心したのだった。


  
  back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -