人間など皆同じだ。身勝手で、自分さえよければいいと思っている醜悪な生き物。


…ずっとそれだけを思って生きてきたのに。ある日を境にして「悪い人間ばかりではない」という考えが生まれてしまった。

原因は僕の前に現れたたった1人の少女。か弱く無力である筈の少女に僕はいとも容易く心の内を変えられたのだ。







「ふむ…中々良い買い物が出来ましたね」


僕は立ち寄った街で束の間の休息を有意義に過ごす為、嵐志が見立てた服を着て本屋に来ていた。知識欲というものは人並みに強い方だと自負している僕は小説や論文を読むのが好きですから。


(確か嵐志と紅矢も出かけると言っていましたね…。紅矢はともかく、うるさい嵐志がいない内に読み終えたいものです)


購入した2冊の本を小脇に抱えて本屋を後にする。これでしばらく時間を潰せるでしょう。

早速もと来た道を戻ろうと踏み出した時、柔らかなオレンジ色が通りの向かいに見えた。あれは…ヒナタ君?

彼女はキョロキョロと辺りを見回しながら歩いている。大方目新しい街の探索をしているのでしょうね。

いつも頭か肩にいる雷士が見当たらない…ということは、今は1人なのでしょうか。全く…1人で出歩くなど声をかけてくれと言っているようなものでしょうに。

僕はわざとらしく溜め息をつき、危機感など全く持ち合わせていないヒナタ君の元へと出向いた。








「ヒナタ君」

『!あれ、氷雨だー!偶然だね!』

「何を呑気なこと言っているんですか、アホなんですね知っていますけど」

『い、いきなり超悪口言われてるあたし…!』

「で?雷士や蒼刃はどうしたんです。君を1人で外出させるなんて黙っていないでしょう?」

『雷士は爆睡中だし蒼刃は疾風と修行してるよ。大丈夫だってあたしも子供じゃないんだし!』


…やはりこの子は何も分かっていないらしい。周りにいる数人の男達が厭らしい目つきで自分を見ているというのに。


(…少し見せつけてやりましょうか)


クスリ、不敵に笑った(彼女にはそう見えるらしい)僕を見てヒナタ君は身構える。そんな彼女に構うことなく僕はその細い肩を抱いて引き寄せた。


『ぅ、え!?な、何々新しいイジメ!?』

「君ねぇ…もっと他に言うことないんですか」


口では軽口を叩きつつも周囲の男達への牽制は忘れない。軽く睨みを利かせれば呆気なく彼らは怯えてその場を去ってしまった。

この子への手出しはさせないとばかりに抱き寄せて歩けば周囲の目つきは途端に変わる。羨望の眼差しを向ける者、微笑ましそうに見つめる者。あぁそうか、今の僕達は端から見ればまるで恋人同士。

そういえば珍しく大人しくしている、と思いチラリとヒナタ君を見ると耳まで赤く染めて困ったように僕に合わせて歩いていた。

照れている…のも事実でしょうが、どちらかといえばどうしていいのか分からないという感情の方が大きいのでしょうね。それでも行き場のない手でギュッと僕の服を掴みついてくる姿を見ると何とも満たされた気持ちになる。


(これは仲間に抱く親愛ではない…そうだ、これが恋しいという感情だ)


まさかこの僕がよりによって人間に恋心を抱くとは…一体誰が予想したでしょう。でも抗うことはしません、確かに僕はあの日からこの子に惹かれているのだから。


(僕にもう一度憎しみ以外の感情を思い出させてくれた…そして僕の過ちに気付かせてくれた)


ヒナタ君にこの気持ちを何と伝えればいいのか…何かいい方法はないでしょうか。ただ口先だけの言葉では芸がありませんし…。

そんなことを考えつつ歩いていると、気恥ずかしいばかりでいたヒナタ君が何かを熱心に見つめていることに気付いた。

彼女の視線の先にあるのは…花屋?


「…ヒナタ君、花が好きなんですか?」

『うん、好きだよ。綺麗だし見てると癒されるし!』


…そうか、花…ですか。確かに女性はそういったものが好きみたいですね。彼女の好きな花を贈れば少しは喜んでくれるでしょうか。


「…寄っていきますか?」

『え、いいの!?』

「構いませんよ、急ぎの用もないですし」

『やった!ありがとー氷雨!』

「…いいえ」


両手を上げて喜ぶヒナタ君は本当に嬉しそうで、釣られて僕の口元も綻ぶ。


『…!』

「?どうしました?」

『あ、ううん、何でもない!早く行こ!』


…何でしょう今の顔。驚いたような…けれどどこか嬉しそうな表情。

不思議に思いつつも僕の腕を引き歩き出したヒナタ君についていった。



ーーーーーーーーーー



『わぁ…!これ可愛いー!』

(子供…)


店内に並べられた色とりどりの花達を眺めてハシャぐヒナタ君は無邪気な子供にしか見えない。ですがそんな姿も可愛いと思う僕も大概ですね。


『あ、見て見て氷雨!ダリアだって、綺麗だねー』


ヒナタ君が指差した場所に飾られていたのはピンクやオレンジ、白など多様な色を持った花。万重咲きの花弁が美しく、別段花に興味があるわけではない僕から見ても見事だった。

そして傍にある立て看板には商品説明と共に花言葉と呼ばれる花の持つ意味も書かれていて、それを見た瞬間僕の心は大きく揺さぶられたのだ。


「…ヒナタ君、先に店の外で待っていて下さい。僕もすぐに戻りますから」

『え…?あ、う、うん。分かった』


首を傾げていたが言う通りに店内を出ていくヒナタ君。そんな君を真似て僕も素直に気持ちを伝えようではありませんか。

僕は彼女が店を出るのを確認して店員を呼びつけた。



ーーーーーーーーーー



「お待たせしました」

『いいよー、でもどうしたの?何かあった?』

「えぇ、これを君にプレゼントしようと思いまして」

『へ…?』


キョトンとする彼女の目の前に後ろ手に隠していたダリアの花束を差し出す。すると彼女は一瞬の驚きの後、キラキラと擬音がつきそうなほど満面の笑みを浮かべた。


『これさっきのダリアだよね!?わ、ピンクだ可愛いー!』

「君確かピンク好きでしたよね?」

『うん大好き!嬉しいよありがとう氷雨!』


本当はこの子の髪と同じオレンジ色のダリアにしようとも思ったが、本人がピンク色を好んでいたことを思い出し後者を選んだことが吉と出たらしい。

こんなに喜んでいるヒナタ君を見るのは初めてで、僕の胸がじんわりと暖かくなる。するとヒナタ君がまたあの驚いたような顔をしたので今度は僕が首を傾げる番だった。


「僕の顔に何か?」

『あ、えっとね…氷雨が笑ってくれるのが嬉しくて』

「笑って…?」

『うん!最近の氷雨よく笑ってくれるから…それにその笑顔が嘘じゃないって分かるのが嬉しいの!』


…嘘。そうだ…仲間を失って以来僕はまともに笑うことが出来なくなっていた。作り笑いばかりが上手くなって心は闇に呑まれていく日々。けれどこの子に出会ったことでそんな世界に光が差し込んだのだ。

この子は僕を非難するでもなく、ただ受け入れてくれた。この子を見ているとこんな世界も悪くないと思わせてくれる…希望を持っていられる。

だからこそ僕はこの言葉を伝えたいのです。



「…僕に手を差し伸べてくれて、ありがとうございます」

『!あは、あたしも仲間になってくれてありがとう!』


太陽のような笑顔を浮かべる彼女を強く抱き締める。ダリアが潰れちゃう、と困ったように笑いながらも抱き返してくれたヒナタ君が愛しくてたまらなかった。



僕を救ってくれてありがとう。

僕に名前をくれてありがとう。

僕に、愛を教えてくれてありがとう。



(大好きですよ、ヒナタ君)



いつかこの思いが君に届くと信じて、僕はこれからも続く幸福な日々を送るのだ。



僕の世界を色付けた君へ
(心からの、感謝を)


end


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ダリアの花言葉:感謝

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