(酒も買った、甘味も買った…帰るか)


俺はコンビニで購入した酒とつまみ代わりの甘味をぶら下げ、今晩の宿であるポケモンセンターへと帰る途中だった。

元々1人酒が好きだったが最近では嵐志と氷雨という飲み仲間が出来、他人と飲むのも悪くねぇと思い始めている。勿論アイツらとは気が合うという前提だが。


(嵐志は服、氷雨は本を探しに行くっつってたな…俺だけ先に飲んで酔うのも癪だし面倒だが待っててやるか)


つーか昼間から飲むとヒナタと蒼刃がうるせぇし。…俺も随分丸くなっちまったもんだ。

それもこれも全てはあのバカ女のせいに決まっている。アイツといると妙にむず痒くて、用もねぇのに構いたくなっちまう。


(理由は…ムカつくが分かっている)


それは俺がアイツに惚れているからだ。多分アイツの手持ちになることを決めたあの瞬間から。

だがあのアホは俺の気持ちに気付きもしないで、俺が構うと文句を言いながらビクビク怯えて逃げちまう。

まぁアイツの怯えた顔は最高にクるんだが、やはり面白くない時は面白くない。以前嵐志に「こーちゃんが優しくしねーから姫さんも逃げんだって!」とか何とか言われたが俺は生憎誰かに優しくした記憶なんざねぇ。


(…クソ、何でこの俺がここまでアイツのこと考えなきゃならねぇんだ)


振り回されるなんて胸糞悪ぃと思うのに、どこか嫌じゃないと思ってる自分がいるのが何より気に入らねぇ。

1つ舌打ちをし、前から来た通行人に肩がぶつかったことにも目をくれず歩く。すると不意に甘いニオイが俺の鼻をくすぐった。


(…菓子の甘さじゃねぇ。コイツは…花?)


甘いニオイの正体に気付き前を向くと、少し離れた所に花屋が見えた。帰り道はここしかない為歩けば否応無しに漂ってくる蜜の香り。


(菓子の方がよっぽど良いニオイだな…花はほとんど食えねぇし)


花屋ではちょうどカップルらしき女と男が花を眺めていた。普段の俺ならそんなこと一切気にも留めないだろう。だが花屋の正面を通り過ぎようとした時、カップルの行動が視界に入り俺の足は止まった。

男の方がラッピングされた花を女に手渡すと、女はそれは嬉しそうに笑ったんだ。そのまま2人は寄り添うようにその場を去っていった。

何度も言うが普段の俺ならばそんな光景を見ても興味すら湧かない筈だ。むしろ唾でも吐きかけてやろうかと思う。それなのにその時俺の頭に浮かんだのは全く正反対の感情だった。


(…女は、花貰うと嬉しいのか)


確かにヒナタは以前テレビで特集されていた花畑の映像を見て綺麗だと言っていた。花が好きだとも。

少しの間躊躇ったが、我ながら有り得ねぇと思いつつ俺は花屋へと方向転換した。








(やっぱり変に甘ったりぃな…来るんじゃなかったぜ)


俺の人一倍利く鼻を花に囲まれた空間に晒すのはかなりキツい。早くも余計なことをするんじゃなかったと後悔したが、ふと目についた花がそれを片隅に追いやった。


(…アイツの髪の色に似てるな)


品名札にサンピタリアと表示されたその花はひまわりに少し似ていて、濃い黄色…つーかオレンジ色をしていた。

花の良し悪しなんざ一切分からねぇが、小ぶりながらも活き活きと咲いているこの花を見て色以外もアイツとそっくりだと口元が緩む。

品名札の説明を読んでいると、下の方に裏側には花言葉が記載されていると書かれていた。

花言葉…確かさっきの女も花言葉が良いとか喜んでたな。女っつーのはどうもそういうものを好むらしい。

手に取ったついでだ、と思い札を裏返す。そしてそこに書かれていたサンピタリアの花言葉を見た俺は思わず息を漏らした。


(…これに、するか)


迷わず花を抱えレジへ向かう。係の女が俺と花を交互に見てニコニコしていたのが妙に癪に触ったが仏心で許してやることにした。




ーーーーーーーーーー




『あ、紅矢おかえりー!』

「…あぁ」


俺がセンターに帰ると運のいいことに部屋にはヒナタしかいなかった。こんなに都合のいいことはねぇ、誰かいたら間違いなく邪魔されるからな。

呑気にテレビを見ながらココアを飲んでいるヒナタの前に立ちふさがり、花籠となったサンピタリアを差し出す。


『…え、この花どうしたの?』

「買ったに決まってんだろ。んでテメェにやる」

『…うぇええええ!?ちょ、どうしたの紅矢!?熱でもあるんじゃない!?』

「テメェ殺されてぇのか」

『よかった正常だった!!』


殴られると思ったのか、頭を守るように両手で隠しながら冷や汗を流すヒナタ。だが俺の差し出した花籠を受け取るとヘラリと笑った。


『可愛いね、ありがとう紅矢!』

「…ふん、気が向いただけだ。感謝しやがれ」

『はいはい分かってますよーキング…あ、そうだ!』


イタズラを思い付いたような顔をしたヒナタは花籠から1つ花を外し、あろうことかそれを俺の頭に挿しやがった。

何すんだとキレてやろうかと思ったがコイツが楽しそうに笑ってやがるからグッと押し止める。


『やっぱり!紅矢の赤い髪に似合うと思ったんだよねー、そうしてたら可愛いよ横暴キング!』

「テメェ…!」

『わわわわ暴力反対!』


やはり我慢出来ずヒナタの頭をわし掴むとジタバタ暴れて逃れようとする。その姿を見て脳裏に浮かんだのは嵐志の言葉。


(…俺が優しくしねぇから、か。だったら…してやろうじゃねぇか、なぁ?)


ゆっくり、ヒナタの頭から手を離す。そして俺の髪に挿された花を抜き取り、逆にコイツの髪に挿してやった。


『…?紅矢…?』


恐る恐る、そして不思議そうに俺を見つめるヒナタを見下ろし俺はニヤリと笑う。


「いいかヒナタ、俺は浮ついた言葉は好きじゃねぇ。だからこそ耳かっぽじってよく聞きやがれ」

『な、何?まさか予想以上にあたしに花が似合わないとかそういう悪口!?』


素っ頓狂な声を上げるヒナタの顎を掴み、鼻がくっついちまいそうな距離でこう言ってやった。





「可愛いぜ、ヒナタ」





『……………へっ!?』

「じゃあな、俺は菓子食ってくる」


バタン、花籠を抱えたまま真っ赤になって突っ立っているヒナタを残し部屋を出る。あぁクソ、口がにやけちまう。

嵐志もたまにはいいこと言うじゃねぇか。帰ってきたらしっかり礼を言わなきゃなぁ?


さて…アイツが俺のモンになるのも時間の問題、だな。


(…早く捕まっちまえ、そうしたらもっと優しくしてやるよ)


やっぱり振り回す方が性に合う。この俺から逃げられると思うなよ、ヒナタ?



恋が花を咲かせたら
(次に始まるのは、愛だろ?)



end



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サンピタリアの花言葉:愛の始まり、いつも愉快

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