※雷士視点
君と一緒に旅を始めてから、僕の心は徐々に歪んでいったのだと思う。
時刻は深夜1時、ここはとある町にあるポケモンセンターの一室。僕は昼間寝過ぎたことが祟り、中々寝付けないでいた。
実は旅を始めてしばらく経った頃から度々こういうことが起きている。以前はどれだけ寝ても夜にはまたグッスリ眠れていたのに。
(…まぁ、理由は分かってるけどね)
足音を立てないよう寝室を出て、別室へと向かう。僕達が寝ている部屋とは別に用意された部屋…そこで彼女は眠っていた。
原型のままではノブに届かないので擬人化し、静かにドアを開けると掛け布団が盛り上がっているのが見て取れた。僕は顔が見える位置までそっと近付いていき、目線が同じになるようしゃがみ込む。
(…人の気も知らないで)
スヤスヤ気持ち良さそうに眠る彼女とは反対に、僕の心の内に沸々と沸き上がる嫌なモノ。それはいつしか僕の理性まで浸食し、爆発する瞬間を今か今かと待っている。
辛うじてそれをせき止めている彼女への思いもいつ崩れるか分からない。正直既に危険信号が出ているから、ほんの些細なきっかけで暴走してしまうかもしれない。
(…出来れば傷付けたく、ない)
そう思うのも確かなのに、心のどこかではメチャクチャに壊して思い知らせてやりたいとも思ってる。僕はこんな性格だったろうか?
彼女の毛先だけ跳ねた柔らかい髪を一房掬う。以前この子は僕の髪を撫で、金髪がキラキラ光って綺麗だと言った。でも僕は太陽と同じ色をしたこの子の髪の方がよっぽど綺麗だと思う。
そう、彼女は太陽。僕を優しく照らすお日様。…少し前までは、そうだった。
『…ん…、』
(あ、起きたかな?)
毛先が頬に当たってくすぐったかったのか、彼女が身じろぐ。そして目を閉じたまま、小さく何かを呟いた。
『…そー、は…?』
「…っ!!」
昔、まだ僕と彼女2人きりだった頃、僕達は毎日同じベッドで寝ていた。無防備な彼女と共に眠るのは正直辛いものがあったけれど…それでもあの暖かい腕に優しく抱かれるとどうでもよくなった。
この腕も寝顔も、全て僕のものだと信じていたから。
でも…仲間が増え、僕達は同じベッドで眠ることはほぼ無くなった。彼女が望めば出来るけれど、それを盲目的な忠犬が強く止めるようになったからだ。
アイツが必死な顔をすれば彼女は狼狽えながらも受け入れる。これ以上アイツを心配させたくないと、優しい彼女は笑って僕の頭を撫で部屋を出て行く。
勿論僕だって子供じゃない。彼女がいないと一睡も出来ないとかそんなことはない。けれど明らかに寝付きの良さが違うのだ。
そんな僕の気持ちも知らないで、彼女はいつも安心しきった顔で眠る。それもまぁ…多少は気に食わないけれど。
でも何よりも、彼女が眠った後に時たまアイツが壊れ物でも扱うかのように優しくオレンジの髪を撫でるから…僕はそれが一番大嫌いだった。
「…もう、いいかな。我慢しなくても」
自分でも驚くほどの低い声で呟く。今の僕は一体どんな顔をしているのだろう。
静かに彼女を覆う布団を剥ぎ、ベッドが軋まないよう慎重に覆い被さる。
そして、彼女の細い首に優しく手をかけた。
(君が悪いんだよ、ヒナタちゃん)
よりにもよって僕達を引き離したアイツの名前を呼ぶなんて…許せる筈ないでしょ?
それは僕の最後の理性を崩壊させるには充分だった。
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