これは後の紅矢と出会った日、ヒウンシティで一泊する為ポケモンセンターに来ていた時の事。
『…あれま、雷士ってばいつにもなく爆睡してるね』
元々どこでも寝れる睡眠中毒な子だけど、昼間からここまで熟睡するのは珍しい。
(全然そう見えないけど雷士も結構疲れてるのかな…)
ほっぺをつついても尻尾を軽く引っ張っても全く起きない。というか反応しない。
こりゃ重症だ…。そんな事を考えていたら洗面所で顔を洗っていた蒼刃が戻ってきた。
『見て見て蒼刃、雷士爆睡中』
〈あぁ…本当に。こうして口を開かなければ少しは可愛げもあるのですが〉
『確かにね…一応この子世間じゃ大人気のピカチュウだから』
原型ですやすや眠っている雷士は本当に可愛い。けど喋る言葉は結構辛辣だったりするし。
『…あ、そういえば』
〈?〉
雷士が眠るベッドから離れカバンの中身をチェックする。やっぱり…思わず眉を下げると心配してくれたのか蒼刃が歩み寄ってきた。
〈どうされました?ヒナタ様〉
『うん…買い置きが無くなってきたなぁと思って』
傷薬や麻痺直しといった道具のストックがかなり減っている。いくら雷士と蒼刃が強いからといって無傷で済む事は少ない。街を離れる前に買いに行かないと…。
『よし、あたしちょっと買い出し行ってくるね』
〈!?お、俺も行きます!〉
『え?』
〈ヒナタ様をお一人で行かせるなど出来ません!お供させて下さい!〉
『いやただ買い物行くだけなんだけど…あぁあああシュンとしないで!分かったありがとう一緒に行こう!』
〈はいヒナタ様!〉
元々彼のシュンとした顔に弱いあたしはもはや了承するしかなかった。雷士は…まぁ起こすの可哀相だしソッとしとこうか。
こうして蒼刃と初めてのお出かけになったのです。
ーーーーーーー
『やー…わざわざ擬人化してもらって悪いね蒼刃!』
「いいえ、荷物を運ぶにはこの姿の方が楽ですから。ヒナタ様に重い物など持たせたくはありませんしね」
そう言ってニコリと微笑む蒼刃は騎士か!って感じだった。実際シンプルな紺色のジャケットは蒼刃の締まった体をお洒落に演出しているし、長い睫毛の下の赤い瞳は凛々しい眉と相まっていかにも美形だ。
(それに女の子達の視線も熱い…。隅におけないよねー蒼刃!)
本人は全く気にしていない様だけど…すれ違う女の子は皆一様に蒼刃を振り返って見つめている。うう、何か熱視線に混じって厳しい目であたしを見てる人もいるけど…。
「ヒナタ様?お疲れですか?」
『え、ううん!大丈夫だよ!』
「いいえ、少し休みましょう。ご無理をされてはいけませんから」
えぇ、意外と強引な所があるね蒼刃君。グイグイと背中を押され近くのオープンカフェの席に座らされた。
「何か飲み物を買ってきます。甘い物でよろしいですか?」
『は、はい…。よくご存知で』
「はい、ヒナタ様の事ですから!」
荷物をあたしの隣の席に置きレジへ注文しに行ってしまった。…何だろう、本当蒼刃モテそうだよね。
顔良いし優しいし、おまけに頼りになる。
(あんな子が傍にいてくれて幸せだけど…宝の持ち腐れかもね)
彼にはもっと美人でお淑やかで大人な女の人が似合うんじゃないかな。そんな事を考えていたら、不意に視界に影が出来た。
『ん?』
「ねぇねぇ君!今1人?」
「俺らと遊びに行こうよ!」
…誰だろうこの人達。とりあえずいかにもチャラそうな感じだ。何でいきなりあたしに声をかけてきたんだろう?
『えっと…あたし1人じゃないので遠慮しておきます』
「あ、友達?何ならその子も誘って良いしさ!」
『いえ、知らない人にはついていくなって言われてるので…』
「えーちょっとくらい大丈夫だって!行こう、楽しい所連れてってあげるからさ!」
『わ…!』
右手を掴まれ椅子を立たされてしまった。ちょ、ちょっと痛いんだけど…!ていうかまさかこの人本気なの!?
「…楽しい所とはどこだ?」
「え…ぐわっ!?」
『へ!?』
突然あたしの手を掴んでいた男の人が凄い勢いで吹っ飛んだ。何事かと驚いていると目の前に大きな手がかざされた。
『そ、蒼刃…?』
「…お怪我はありませんか?ヒナタ様」
あたしを守る様に男の人に立ちふさがる蒼刃。え、まさか今もう1人の男の人を吹っ飛ばしたのは蒼刃…?いや、蒼刃しかいないよね。
「な、何だお前…!その子の彼氏か?」
「違う。だが…この方をお守りする者だ」
そのまま一歩前に出て男の人に近付いていく蒼刃。前方に見える先に吹っ飛ばされた方の人は苦しそうに呻いていた。
後ろ姿だけでも分かる。蒼刃が怒ってる。まるでサンギ牧場でプラズマ団と相対した時の様だ。
「う…!や、やんのかコラァ!!」
『!』
勢いよく振り上げられた拳は造作もなく蒼刃に止められた。まぁ勝てる訳ないよね…彼は格闘タイプのポケモンだし。
「…貴様の様な薄汚い男がヒナタ様に気安く声をかけるなど言語道断。死にたくなければ今すぐ消え失せろ…!」
「ひっ…!?」
そのまま男の人の耳元で蒼刃が何か囁いたみたい…?後ろからだからよく分からなかったけど、男の人が青ざめて後ずさりしたからそうなんだと思う。
「早く、行け」
「う、うわぁああぁ!!」
そのまま倒れてた人も放って逃げ出してしまった。ちょ、仲間を見捨てるなんて酷い人だね…!
『蒼刃…あの人一応助けてあげた方がいいかな』
「無用です。急所は外してありますし、じきに動ける様になるでしょう。…貴女があんな輩の心配までする必要は無いのですよ?」
『う…は、はい!』
ビックリした、一瞬蒼刃が怖かった。でも原因はあたしだよね…正義感の強い蒼刃は見過ごせなかったんだろう。
『あの…ゴメンね蒼刃。心配かけて…』
「いいえ、とんでもありません。とにかくヒナタ様がご無事で良かった…」
腰を屈めあたしの目線と合わせ、髪を掬う様に頬を撫でられた。こんな近距離で微笑まれちゃさすがに緊張するよ…!
「…もうこんな時間ですか。帰りましょうヒナタ様、そろそろ雷士も起き出しますよ」
『あ、うん!…って、え?』
差し出された大きくて綺麗な手のひら。ポカンとしていたら蒼刃がクスリと笑った。
「よろしければお手を。またあの様な輩が現れてはたまりませんから」
『で、でも、片手で荷物持つのはキツいんじゃ…』
「大丈夫ですよ、俺は鍛えていますので。さぁヒナタ様、」
『…よ、よろしくお願いします!』
ギュウッと握れば改めて自分との違いを認識する。指の長さも、太さも大きさも何もかも違う。…これが、男の人の手なんだ。
『…蒼刃、モテるでしょ』
「!?い、いいえ、そんなことは…というか、考えたことがないのでよく分かりませんね…。ですが俺よりもヒナタ様の方が余程異性に騒がれると思います」
いいや絶対そんな事はない!だって、あたしも自分の顔に熱が集まっているのを感じているから。
「…貴女はもっとご自分は可愛らしいという事を自覚されるべきです。そうすれば危機感を持って頂けるかと…」
『…へ?』
「ですがどんな輩が現れても俺がお守りします!だから…出来ることならずっと俺をお傍において下さい、ヒナタ様」
『〜っ!?うぇ、えっと、えっと…!よ、喜んで!!』
(あぁ、本当に可愛らしいお方だ…)
その後目覚めていた雷士が繋ぎっぱなしだったあたし達の手を見て10まんボルトを繰り出して来た。…何で怒ってるんだろう。
ともかく、今日は蒼刃の天然タラシな一面を発見した日でした。
(いい度胸だね蒼刃…!ていうかこっち見なよ戻ってこいコラ!)
(ヒナタ様の手…小さくて柔らかかった…!)
end
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