連載番外編 | ナノ







それは樹のある一言から始まった。


「なーお嬢、そういやお嬢と雷士ってどうやって出会うたん?」

『え?』


昼下がり、リビングで擬人化状態の樹とテレビを見ていたら突然そう聞かれた。


「ワイ旦那の手持ちに加わったん最後やん?せやから雷士がどないしてお嬢のパートナーになったんか知らへんねや」


そっか、樹と初めて出会った時には雷士はもうあたしと共にいた。確かにこの家で知らないのは樹だけだ。


「(雷士も厄介なライバルやし…情報は知っときたいしな。)な、お嬢。教えてくれへん?」

『えー…何か恥ずかしいけど、まぁいいや!あのね…』


それは、今から6年前。あたしがまだカントーにいた時の事。



−−−−−−−−−−



当時のあたしはカントーのニビシティに住んでいた。あそこは博物館があってハル兄ちゃんにとっては良い研究材料を仕入れる事が出来たしね。

そんなある日あたしは家に誰もいないのがつまらなくて、トキワの森へ来ていた。

悲しいかな、同年代の子が周りにはいなくて人間の友達はゼロだったけど…その代わりポケモンとはすぐ友達になれた。

会話が出来る、というのが大きかったと思う。だからその時も森の虫ポケモン達と楽しくお喋りしていた。


段々と薄暗くなってきた頃、ポツポツと雨が降り出した。これはいけないとあたしはポケモン達への挨拶もそこそこに足早に森を出ようとした。

早く帰らなきゃハル兄ちゃんや皆が心配する。その時のあたしはその事で頭がいっぱいだった。

その日は随分と森の奥深くまで来ていたから出口までは遠い。ようやく半ばまで来た頃、目の前に何かが倒れていた。


『あれって…ピカチュウ?』


どうして倒れてるんだろう。まさか、どこか怪我でもしてるんじゃ…!

急いで駆け寄るとピカチュウは目を閉じてピクリとも動かなかった。嘘、そんな…!




と、思ったら。最悪の事態を想像したあたしの気配に気付いたのか、ピカチュウが静かに目を開けた。


〈…あ、寝てた〉

『寝てたの!?なーんだ良かった…って、やっぱり怪我してるぅうう!!』

〈あれ…君誰…っつ、いたた…何か足痛い〉

『そりゃ痛いよ怪我してるもの!うわわ、血が出てる…!と、とにかく雨宿り出来るとこ!』

〈ん…?君今僕の言葉に反応した?〉

『そうだけど何で君そんな落ち着いてるの!?』


怪我をしてる右足に触れない様ピカチュウを抱き上げ立ち上がる。

確かこの辺りに大木が左右に抉れて出来た穴があった筈。ちょっとした洞窟状になってたから雨宿りも出来るだろう。

ピカチュウの手当てをする為あたしは走り出した。



『…ふう、こんなもんかな』


何ともタイミング良く傷薬を持っていて良かった。スプレータイプのそれを右足に吹きかけ、着ていたブラウスの端を千切り包帯状に巻き付けた。


〈ありがとう。でも良いの?服破いちゃって〉

『んー?大丈夫だよ、君を助ける為だったって言えばハル兄ちゃんもきっと怒らないから!』


ピカチュウの頭を撫でて洞窟の中から空を見上げる。…雨はまだ止まない。おまけに雷まで鳴りだした。


『ねぇ、君どうしてあんな所で倒れてたの?』

〈んーと…確か木の上で寝てたら運悪く落ちちゃって、丁度落下地点にあった枝に引っかかって怪我したんだと思う。それで痛くて動けないでいたら眠くなって寝ちゃってた〉

『凄い図太いね君!』


何というマイペースなピカチュウ。そんなので野生としてやっていけるんだろうか…という考えは余計なお世話なので押し込めた。


〈ねぇ、だいぶ暗くなってきたけど帰らなくていいの?多分まだ雨止まないよ〉

『そうだよね…。もうびしょ濡れになるの覚悟で走って帰るしかないかなぁ』


きっともうハル兄ちゃん達は家に戻っているだろう。もしかしたら探しているかもしれない。もうこの天気の中ダッシュする他方法は無かった。


『じゃああたし行くよ。君も帰り気をつけてね!』

〈…うん、じゃあね。あと手当てしてくれてありがとう〉


一瞬、ピカチュウの眠たげな目が寂しそうな色に変わった気がした。気になって手を伸ばそうとしたら、突然耳をつんざくような羽音が聞こえた。


『!?な、何!?』

〈…!いけない、逃げて!〉


現れたのはスピアーの群れ。大群とまではいかないがそれでも結構な数だった。


(ここ、スピアー達の住処だったんだ…!)


逃げたくても入り口をスピアーに塞がれて出られない。せめてピカチュウだけでも守ろうと小さな体を抱え込む様に抱きしめた。


〈ーーー…っ!くそ…!〉


侵入者を排除しようと襲いかかってくるスピアー。もうダメ、そう思ったら足を痛めている筈のピカチュウがあたしの腕をすり抜けて飛び出した。


『ちょ、ダメだよ怪我してるのに…!』


それは一瞬だった。大きな音と共に視界が真っ白になり、瞬きをしたら目の前には気絶しているスピアー達がいた。


〈…こんな雨の日に技を出させるから手加減出来なかったね。大丈夫?ビックリさせてゴメン〉

『う、ううん…ありがとう。君凄いんだね!』

〈…そんな事ないよ、たまたま天気が味方してくれただけだし〉


あ、尻尾がピコピコ動いてる。…ひょっとして照れてるのかな?


『…あ!雨が止んだ!これで安心して帰れるよー!』


雷が去ったのか、まだ若干降っているけど雨も上がった。良かった、びしょ濡れにはならなくて済みそうだ。


〈…ねぇ、〉

『え?』


外へ出ようとしたら不意にピカチュウにスカートの裾を引っ張られた。…あ、またあの寂しそうな顔だ。


〈あのさ、僕…君ともっと一緒にいたいんだけど〉


初めてなんだ、人間に興味を持つのも…守りたいと思うのも。

そう呟いたピカチュウの顔はほんのり赤かった気がする。けどそれより、あたしの顔はとっても緩んでいただろう。


『〜っ可愛い!うんうん、あたしも一緒にいたい!』


思わず強く抱き締めてしまった。少し苦しそうだったけど、それでも離してあげる気にはなれなかったよ。


〈…ついて行ってもいいの?僕、君のポケモンになりたいって言ったつもりなんだけど〉

『勿論!やったぁ!初めてのポケモンだぁー!』


今まで友達のポケモンはいたけど、手持ちになってくれる子はいなかったしあたしもゲットしようとはしなかった。

けど…どうしてだろう。この子とはもっと、ずっと一緒にいたいと思った。


『あたしの名前はヒナタ、よろしくね!』

〈…うん、よろしくヒナタちゃん〉


こうして、無気力な雷の戦士があたしの相棒になったのです。



ーーーーーー



『…とまぁこういう感じかな。…あれ、何で泣いてるの樹?』

「な、何でもあらへん…!(何なん!?何なんその出会い!メッチャえぇやん羨ましいぃいい!!)」


どうしたんだろう樹…。お腹でも痛くなったのかな。


「あ、ヒナタちゃん見つけた。澪がオヤツ食べないかって呼んでたよ」


ドアを開けて入ってきたのは珍しく擬人化している雷士。外跳ねしている金髪が眩しい。


『了解!ありがとー雷士!』


ソファーから立ち上がりあたしは澪姐さんの元へと向かった。樹は可哀相だけどそのまま放置!雷士が何とかしてくれるとか思ったり。



「…何、どうしたの樹」

「雷士…お前とお嬢の出会いを聞いたんや。そしたら何やねん!お前完全にそん時からお嬢を…!」

「あぁ…その事。一応言っておくけど今でもそうだからね。分かったならヒナタちゃんの事は諦めなよ」


だってあの子は…僕のだからね。


「…え、ちょ、ら、雷士…?」

「ふぁあ…もう一眠りしようかなぁ」

「ま、待ちぃや!何や今の雷士らしからぬセリフはぁああ!!」


樹と雷士がこんなやりとりをしていたなんて、澪姐さんと美味しいオヤツを食べていたあたしは勿論知る由も無い。



end






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