連載番外編 | ナノ







私がシャワーズになったのは本当に偶然だったわ。イーブイの頃、水を飲もうとした川にたまたま落ちていた水の石に触れてしまったの。

進化の存在は知っていたから別段驚いたりはしなかった…シャワーズになって水辺で暮らすのにも何の抵抗もなかったし、不思議と水タイプとしての生き方も体が知っていたから。きっとあれが本能というものね。

ただ1つ失敗だったのは、自分が人間にとってそれなりに珍しいポケモンだったということ。

ほら、野生のシャワーズってあまりいないでしょう?だから時たま人間に見つかるとしつこく追い回されて傷付くことも多かった。

純粋に私をゲットしたいと思っていた人間もいたかもしれない。でも一方的に追われることの恐怖が強くて人間が嫌いだった。おまけに昔の私って臆病で気が弱かったから、きっとその性格も拍車をかけていたわね。

人間の中でも特に私は…小さな子が怖かった。ボールもポケモンも持っていないその子達は、私を見つけるとバトルが出来ない代わりに石を投げたり暴力を奮って来たりしたの。

…その子達にとっては暴力じゃなくてただ遊んでいただけなのかもしれない。でも、幼いが故に加減を知らないその無邪気な笑顔が私には悪魔に見えた。

私が痛い、やめてと鳴いても全然伝わらない…それ所か面白がってエスカレートしていく残酷な遊び。だから私は小さな子が怖くて大嫌いだった。


「…そんな時よ、私がハルマに拾われて…ヒナタちゃんと出会ったのは」


ある時、傷だらけで倒れていた私をハルマが見つけて看病してくれたの。それからハルマなら信頼出来ると思って彼の元にいることに決めた。

傷も癒えてポケモンセンターから退院し、この家に迎え入れられた時…私の目に映ったのは大嫌いな小さな子だった。

小さなヒナタちゃんは私を見てニッコリ笑ったけど、私は恐怖がフラッシュバックして思い切り後ずさったわ。

でもあの子だって好奇心旺盛な子供。初めて見るシャワーズに触れてみたかったのか、私に手を伸ばしてきたの。迫り来るその小さな手に怯えた私は…叫んでしまった。


〈私に…っ私に、近付かないで!!〉


生まれながらにポケモンの言葉を理解することが出来たヒナタちゃんにとって、それはどれほど悲しい拒絶だったのかしら。

でもあの子は一瞬泣きそうになった後、またすぐ笑って私から離れたの。それに安心したとは言え、本当は逃げたくて仕方なかった。

けどハルマに助けられた恩を返さないまま飛び出すのも嫌だったから…私は極力ヒナタちゃんを視界に入れないように過ごしたわ。ふふ、私ってヒドいわよね。


「そして当のヒナタちゃんはどうしたと思う?…本当に、何もしないのよ。少し離れた所から毎日見つめてくるだけで、一切傍に寄って来たり触れて来たりはしなかった」


そんな日々がどれだけ続いたのかしら…段々と私にも変化が現れた。話したそうに、傍に行きたそうに私を見ているヒナタちゃんに何だか申し訳なくなってきたのよ。


(私だって、私だって分かってる…この子は何も悪くない。悪いのは、いつまでも過去の悪夢に捕らわれている弱い私)


そう思うと無性に悲しくて涙が零れた。すると…それを見たヒナタちゃんが慌てて走り寄って来て、私のことを抱き締めたのよ。頑なに私の言ったことを守って来たあの子に触れられたのは、それが初めてだったわ。

当然驚いた私は咄嗟にその小さな体から逃れようとしたけど、顔を上げたヒナタちゃんがポロポロと泣いているのを見て動けなくなってしまった。


『…っなか、ないで…おねがい、なかないで…っ』

〈…!〉


どうして、どうしてあなたが泣いているの?どうして私に泣かないでと言うの?


私は知らなかった。今まで痛め付けることしかしないと思っていた人間の手が、こんなに暖かいなんて知らなかったのよ。


『あたし、シャワーズさんとなかよしになりたい。かぞくになりたい。だから、わらってほしいの…!』


…あぁ、私は本当にバカだわ。こんな小さな子を泣かして何をやってるのかしら。おまけにこうして、凍った心を溶かされている。

その後ヒナタちゃんの泣き声を聞いてハルマがすっ飛んで来るまで、ずっとそうしていた。

そしてヒナタちゃんを斉に預けてきたらしいハルマが、ぼんやりと座り込んでいた私に声をかけたの。


「…君の名前、そろそろ伝えてもいいかい?」

〈…名前…?〉


実は君が僕の家に来てくれると決まった時から決めていたんだ、と言ってハルマは笑う。そして私を撫でながら、ゆっくりと口を開いた。


「君の名前は、澪。サラサラと流れる水のように優美な女性の名前だよ。そして澪という字には海や川で航行する時の道筋、という意味がある。つまり導く者ということだ。僕は…君にヒナタを導いて欲しいと思っているよ」

(私が、導く…?)

「きっとこれから成長していくにつれ、男の僕では相談に乗ってあげられない悩みも出てくるだろう。そんな時…君にヒナタの助けになってもらいたいんだ。女性の深く大きな愛情であの子を包み、正しい道へと進めるように色々なことを教えてあげて欲しい。僕は君になら安心してお願い出来ると思っているんだよ、何故なら君は傷付けられる痛みを知っている。だから今まで誰かにやり返したり、理不尽に傷付けたりしなかったんだろう?それは臆病なんかじゃないよ、ただ強くて優しいというだけさ」


ハルマはただ嬉しそうに笑っていた。その顔はどことなくヒナタちゃんと重なったわ。

その日の夜、私は初めてヒナタちゃんの元へ訪れた。そして私から近寄ってきたことに驚いているヒナタちゃんの手に、恐る恐る鼻先で触れてみたの。

するとあの子は泣きそうな顔で笑った。ありがとう、ありがとうと何度も私にお礼を言った。

一体何のお礼なのかは分からないけど…ただ、その時のヒナタちゃんの笑顔がとっても眩しくて可愛くて。


(…何だ、ちっとも悪魔なんかじゃないじゃない)


それはまるで、天使のような笑顔だった。







「それからよ、私がこうして人の姿で過ごすようになったのは。それまで人間の姿なんて、と思って擬人化は避けていたから…でも吹っ切れたら結構気に入っちゃって」

「確か今のヒナタ溺愛っぷりもその頃からだったな。人が変わったかのようにヒナタを愛で始めたから俺も驚いたぞ」

「ふふ、私が一番驚いたわよ!ヒナタちゃんも澪姐さん澪姐さんってくっ付いて回るもんだからどんどん可愛く思えちゃって…本当に、妹が出来たみたいに」

「なる程…澪のヒナタ君好きにはそんな過程があったのですね」

「…私も、アンタ達みたいにあの子に救われた1人よ。だから守りたいの。あの子を悲しませるもの、傷付けるもの全てから」


私はきっとヒナタちゃんを守る為なら何だってする。私の名にはハルマの願いも込められているんだから。



『お待たせ澪姐さん!皆呼んできたよー!』

「…ふふ、じゃあ食べましょうか!ほらそこのガン付けワンコ、ヒナタちゃんの邪魔になるからさっさと座りなさい」

「喧嘩売ってんのかクソババァ…!」

『だ、ダメだよ紅矢!ほらケーキ!暴れたらケーキ潰れちゃうから!』

「紅矢貴様ぁあああ!!ヒナタ様のお手を煩わせるとは万死に値する!!」

「そ、蒼刃も暴れちゃダメだよ!マスターが、困るよ?」

「う…っ!」

「…なーんかさ、最近てっちゃんもそーくんの扱いに慣れて来たよな!」

「疾風も大人になっているということですよ」

〈何でもいいから早く食べようよ〉


…悔しいわね、ヒナタちゃんが何だかんだ楽しそうにしてるのはきっとこの一癖も二癖もある仲間達のお陰だわ。

揃いも揃ってヒナタちゃんにベタ惚れなのは少し気に入らないけど…まぁ、ちゃんと守ってくれてるみたいだから見逃してあげる。



…でも、




「言っておくけどアンタ達、ヒナタちゃんとどうこうなりたいならハルマの前に私を納得させることね!その時は本気で殺すつもりでかかってきなさい!」

『えぇえええ何か物騒な言葉聞こえたんだけど何の話!?』


私がそう言うとあからさまに嫌な顔をした面々へ向かって得意げに口角を吊り上げる。ふん、女ってのは強いのよ。舐めてかかってくるようなら容赦なく返り討ちにしてやるわ!


「はーあ…ワイどうしても澪に勝てる気ぃがせぇへんのやけど…」

「オ、オレは別にヒナタのことなんかどうでもいいけどでも、やっ、やってみなきゃ分かんねぇだろ!」

「そう言って何度も澪にコテンパンにされたのを忘れたのか?昴」

「…」



「ヒナタちゃん、ヒナタちゃん(の貞操)は私が絶対守るからね!」

『う、うん!何かよく分かんないけど澪姐さんカッコ良い!』

〈今確実に別の意味を含んだよね〉



そうよ、まだまだヒナタちゃんは誰にもあげないわ。いつかその時が来たとしても…簡単には譲ってやらない。


だってそうでしょう?私も、この子を愛しているんだから!



end







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