その日僕は1人で町を散歩していました。特に急ぐ用事もなく1日ゆっくり過ごそうという話になったので小説でも買おうかと外に出たのです。しかし相変わらず町には人間が溢れている。勿論ポケモンもいるのですが、それ以上に。やはりこの空気は好きになれませんね。まぁ、その人間と好き好んで一緒に行動している僕が言うのも何ですが。でもあの子は特別なのでいいとしましょう。
「…ん?」
そろそろ本屋に辿り着こうとしている時、視界の先に見知ったオレンジがしゃがみ込んでいるのが見えた。あれは…どう考えてもヒナタ君ですね。そういえば彼女も少しコンビニに行ってくるとか言っていたような。
「ヒナタ君、こんなところでどうしたのですか?」
『あっ氷雨!実は…』
そう言って目線を落とす彼女と同じように下を見ると、そこには1匹のヨーテリーが体を丸めて唸り声を上げていた。同時に尻尾も下げて怯えているのか小刻みに震えている。
『少し前に見つけたんだけどこの調子で…』
「ほう…?それで君もずっとここにいたんですか」
『ま、まぁね…。この怯えようだと多分人間に嫌な目に遭わされたんじゃないかって思って』
なるほど、見過ごせないとはこの子らしい。しかし…あまり帰りが遅いと蒼刃がうるさいでしょうに。全く、少し目を離すとこういう面倒事に巻き込まれるのですよね。
「なるほど。君のことですからどうせ保護するとか言うのでしょう」
『どうして分かるの氷雨様…』
「僕でなくともそれくらい察すると思いますよ。君1人では不安なので僕も付き合ってあげましょう」
『えっ本当!?ありがとう!』
ぱぁっと笑うヒナタ君とは対照的に、ヨーテリーはこちらの顔を交互に見ながら困惑している。このポケモンは鼻の利く種族だ。恐らく僕が人間でないことにも気付いているでしょう。故に僕とヒナタ君の関係性が分からず混乱しているのかもしれません。
「まずはここから出さなければ始まりませんね」
『そうだね。ねぇ、お腹空いてない?大丈夫だからこっちにおいで?』
〈い、嫌だ!人間は嫌いだ!〉
「!手を引きなさいヒナタ君!」
『い゛っ!』
僕の制止空しく、ヒナタ君は差し伸べた手をがぶりと噛まれてしまった。幸い血は出ていないようですが、指に噛み跡がついてしまっている。もし帰る頃までに消えなければ更に蒼刃が暴れますね。
「はぁ…だから言ったでしょう」
『ゴメン…』
傷がついていないとはいえ少し赤く腫れてしまっている。慰め程度のものですが、手のひらに微弱な冷気を纏わせてその指を握ってやったら多少痛みが和らいだらしい。こんな芸当が出来るのは仲間内で僕だけですから感謝してくださいね。
しかしこのヨーテリー、人間嫌いと言ってもまだ揺れているようにも見えますね。次は僕が話してみましょうか。
「君、僕が人間でないのは分かりますね?ポケモン相手にならばここにいる理由を話せますか?」
〈…やっぱりお前ポケモンなんだな。ニオイが違うからもしかしてって思ったけど…〉
やはり僅かばかり態度が軟化しましたか。ヨーテリーは少し考え込むような素振りをした後、ぽつりぽつりと語り始めた。
〈ぼく、トレーナーに捨てられたんだ。バトルさせても弱いから要らないって…〉
「…その傷はバトルで負ったものですか?それとも…」
〈両方だよ。バトルのもあるし、トレーナーに蹴られたりもしたから〉
『何それひどい!』
〈えっ?〉
突然声を上げたヒナタ君にヨーテリーが驚いている。それもそのはず、今の会話は普通であれば僕にしか分からないはずですから。
「気付きましたか?この子は僕達ポケモンの言葉が分かるのです。それにとてもお人好しですから怖がる必要はありませんよ」
〈そうなのか…?確かに怖い顔には見えないけど…〉
『大丈夫、あたしは君にひどいことしないよ。ただ心配なだけなの。その怪我も放っておけないし、とりあえずそこから出てきてくれるかな?』
「それに君は空腹なのでしょう。だから満足に動けないのでは?悪いようにはしませんからこちらに来なさい」
〈…〉
もう一度伸ばされた手をじっと見つめる。そして体を預ける決心をしたのか、そっとこちらに近寄ってきた。
『良かった…!ふふ、可愛い』
〈わっ!へ、変なやつ…〉
ヒナタ君がヨーテリーの痩せた体を掬い上げ、毛並みを堪能するように頬を寄せると驚いたようだが抵抗まではする気はないらしい。やれやれ、これで次に進めますね。
『とりあえず何か食べないとダメだよね。ちょうどポケモン用のおやつを買ったからあげるよ!』
人通りが多いそこから移動して近くの閑静な公園へ向かう。ベンチに座って手のひらに乗せたおやつを差し出すと、香しいニオイに刺激されたのかすぐにかぶりつき始めた。
『よしよし、いっぱい食べてね!』
〈…どうしてそんなに優しいんだ?〉
『え?』
〈だってぼくはお前に何の関係もないじゃないか。それにぼくは噛みついてしまったのに…他の人間はそれで怒ってすぐにいなくなったから〉
なるほど、一応ヒナタ君以前にも手を差し伸べようとした人間はいたのですね。しかし彼の行動に怒り見捨てたと。確かに分からなくもありません。施しを与えようとした相手に反発されて良い気分になる者などまずいないでしょうから。ですが同時に反吐が出るような気もします。「せっかく助けてやろうとしたのに」、そのように善意を装った同情心の押し付けや弱者を救うことで自分が優れた存在であると認識したいだけのエゴの塊のような人間は掃いて捨てるほどいますから。恐らく今ヨーテリーが話した者もそのタイプでしょう。
『うーん…難しいなぁ。確かに噛みつかれはしたけど別にそれは仕方ないと思うし…。人間にひどいことされたのにあたしが怖がらせたのが原因だもんね。敢えて言うなら、ただ放っておけないっていう気持ちだけかな?』
〈…それだけ?見返りもなしに?〉
『え、見返りとか考えたことも無かったから新鮮。だって人でもポケモンでも目の前で弱っていたらどうしても気になっちゃうんだもん。それに人間嫌いな子を見るとどこかの誰かさんを思い出すから余計にね!』
そう言ってこちらを見ながら悪戯っぽく笑う。ほう、それは僕のことですかね。僕のほうがこのヨーテリーよりよほど根深いと思いますが。
『でも君だって優しかったよね。本気であたしを傷つけようと思うならもっと強く噛み付けただろうにそうしなかったから。ただ自分の身を守ろうとしただけなんだよね。…人間のせいで悲しい思いをさせて、ゴメンね』
〈…どうして…〉
どうしてお前が辛そうな顔をするんだ、と呟いてヨーテリーは涙をこぼした。ヒナタ君はその涙を拭いながら優しく頬を撫でてやる。するとついに耐え切れなくなったか、それとも溜まっていた感情が爆発したか。ヨーテリーはわんわん声を上げて本格的に泣き出してしまった。
僕はその姿に少しだけ自分を重ねていた。僕がもっと早く、それこそこのヨーテリーくらい幼い頃にヒナタ君に出会っていれば。僕もこんな風に思い切り泣いて甘えられたのだろうか。そんなどうしようもないことを考えながら見つめていた。
−−−−−−−−−−
『本当にありがとうございますジョーイさん!』
「いえいえ、とんでもないです!こちらも可愛いボディガードさんが来てくれて助かりますから」
その後ヨーテリーを回復させようとポケモンセンターに立ち寄り、ついでに事情を説明するとジョーイさんが快く引き取ってくれることになりました。何でも回復させるに当たって詳しく状態を調べたところ、レベルも低くなく決して弱くなどないとのこと。恐らく彼を捨てたトレーナーのほうが実力不足で上手く戦わせられなかっただけなのでしょう。全く、自分を棚に上げて責任を押し付けるとは実に愚かなものですね。
とにもかくにもポケモンセンターでボディガードを務める程度ならば問題はないでしょう。ヨーテリーもジョーイさんの優しさに触れて心を許したようですし、頼られて自信を取り戻したのかやる気になっているようです。元々従順で勇敢な種族ですから向いているのではないでしょうかね。
「…おや、どうしました?」
ジョーイさんとヒナタ君のやり取りを遠目から見守っていると、ヨーテリーがとことことこちらに近寄ってきた。
〈さよならだから、お礼を言おうと思って。ここまで連れてきてくれてありがとう。お前がいなかったらぼくはあのヒナタっていう人間にも付いて行かなかったと思うから〉
「大したことはしていませんよ。僕だってヒナタ君の性格を知っているから手助けしたまでです」
〈…本当に自分のトレーナーが大好きなんだな。ぼくも、次はそうなりたいと思う。もう一度人間のことを信じてみるよ〉
「そうですか。君のその決断が報われることを願っていますよ」
ヨーテリーは笑顔で頷いてジョーイさんの元へ帰っていった。ヒナタ君も最後に別れの挨拶を交わし、満足気な様子で戻ってくる。そして彼らに見送られながら僕達はポケモンセンターを後にしたのだった。
『いやー本当に良かった〜!でもすっかり遅くなっちゃったから早く帰らないとね!』
「君が面倒事を引き込むからでしょう」
『う…ゴメンなさい』
「ふふ、冗談ですよ。まぁ蒼刃辺りが探しに来ても不思議ではありませんが」
『すごく有り得そうで怖いんですけど』
心配させたあたしが悪いんだけどさ〜とうなだれながら歩くヒナタ君がおかしくてつい笑みがこぼれる。しかし…今日の出来事で再確認しましたね。
「ヒナタ君、暗くなってきましたし手を繋ぎましょうか」
『…え!?い、いやあたしは別に、』
「おや、何か文句でも?」
『ありませんありがとうございます』
やれやれ、初めから素直に手を差し出せばいいのに。まぁそんなところも可愛いのですが。ぎゅっと握りしめた手はとても小さくて柔らかい。本当に…何て頼りないのでしょう。
(この子の優しさは分け隔てない。それは間違いなく美点だ。しかし同時に致命的な弱みにもなる)
人間にもポケモンにも等しく差し伸べられるこの手は相手を見誤れば確実に引きずり込まれるでしょう。優しさに付け込んで利用する輩もいるかもしれません。そうならないようにしっかり守ってやらなければ。
(…まぁ、そんな僕もギリギリの淵に立っているのかもしれませんが)
この子が僕を救ったあの日から、僕の世界はこの子で満たされている。ヨーテリーに見せた優しさも全て僕だけの物にしたいと思っている。一歩間違えれば僕はヒナタ君の手を引いて海の底にでも連れて行って閉じ込めてしまうかもしれない。
「それも悪くないのですが、やはり生きたヒナタ君のほうがいいですからね」
『えっ何!?何か恐ろしいこと考えてない!?』
「いえ別に?」
にっこり微笑むと胡散臭そうな顔をされてしまった。全く心外ですねぇ。ですが僕はそんな風にころころ表情の変わる君が好きなようですから許してあげましょう。
(君の優しさも笑顔も、僕がこうして守ってあげますから)
だから、ずっと手を繋いでいてくださいね。
優しすぎると溺れてしまうから
(どうか、この手を離さないで)
「…ん?」
そろそろ本屋に辿り着こうとしている時、視界の先に見知ったオレンジがしゃがみ込んでいるのが見えた。あれは…どう考えてもヒナタ君ですね。そういえば彼女も少しコンビニに行ってくるとか言っていたような。
「ヒナタ君、こんなところでどうしたのですか?」
『あっ氷雨!実は…』
そう言って目線を落とす彼女と同じように下を見ると、そこには1匹のヨーテリーが体を丸めて唸り声を上げていた。同時に尻尾も下げて怯えているのか小刻みに震えている。
『少し前に見つけたんだけどこの調子で…』
「ほう…?それで君もずっとここにいたんですか」
『ま、まぁね…。この怯えようだと多分人間に嫌な目に遭わされたんじゃないかって思って』
なるほど、見過ごせないとはこの子らしい。しかし…あまり帰りが遅いと蒼刃がうるさいでしょうに。全く、少し目を離すとこういう面倒事に巻き込まれるのですよね。
「なるほど。君のことですからどうせ保護するとか言うのでしょう」
『どうして分かるの氷雨様…』
「僕でなくともそれくらい察すると思いますよ。君1人では不安なので僕も付き合ってあげましょう」
『えっ本当!?ありがとう!』
ぱぁっと笑うヒナタ君とは対照的に、ヨーテリーはこちらの顔を交互に見ながら困惑している。このポケモンは鼻の利く種族だ。恐らく僕が人間でないことにも気付いているでしょう。故に僕とヒナタ君の関係性が分からず混乱しているのかもしれません。
「まずはここから出さなければ始まりませんね」
『そうだね。ねぇ、お腹空いてない?大丈夫だからこっちにおいで?』
〈い、嫌だ!人間は嫌いだ!〉
「!手を引きなさいヒナタ君!」
『い゛っ!』
僕の制止空しく、ヒナタ君は差し伸べた手をがぶりと噛まれてしまった。幸い血は出ていないようですが、指に噛み跡がついてしまっている。もし帰る頃までに消えなければ更に蒼刃が暴れますね。
「はぁ…だから言ったでしょう」
『ゴメン…』
傷がついていないとはいえ少し赤く腫れてしまっている。慰め程度のものですが、手のひらに微弱な冷気を纏わせてその指を握ってやったら多少痛みが和らいだらしい。こんな芸当が出来るのは仲間内で僕だけですから感謝してくださいね。
しかしこのヨーテリー、人間嫌いと言ってもまだ揺れているようにも見えますね。次は僕が話してみましょうか。
「君、僕が人間でないのは分かりますね?ポケモン相手にならばここにいる理由を話せますか?」
〈…やっぱりお前ポケモンなんだな。ニオイが違うからもしかしてって思ったけど…〉
やはり僅かばかり態度が軟化しましたか。ヨーテリーは少し考え込むような素振りをした後、ぽつりぽつりと語り始めた。
〈ぼく、トレーナーに捨てられたんだ。バトルさせても弱いから要らないって…〉
「…その傷はバトルで負ったものですか?それとも…」
〈両方だよ。バトルのもあるし、トレーナーに蹴られたりもしたから〉
『何それひどい!』
〈えっ?〉
突然声を上げたヒナタ君にヨーテリーが驚いている。それもそのはず、今の会話は普通であれば僕にしか分からないはずですから。
「気付きましたか?この子は僕達ポケモンの言葉が分かるのです。それにとてもお人好しですから怖がる必要はありませんよ」
〈そうなのか…?確かに怖い顔には見えないけど…〉
『大丈夫、あたしは君にひどいことしないよ。ただ心配なだけなの。その怪我も放っておけないし、とりあえずそこから出てきてくれるかな?』
「それに君は空腹なのでしょう。だから満足に動けないのでは?悪いようにはしませんからこちらに来なさい」
〈…〉
もう一度伸ばされた手をじっと見つめる。そして体を預ける決心をしたのか、そっとこちらに近寄ってきた。
『良かった…!ふふ、可愛い』
〈わっ!へ、変なやつ…〉
ヒナタ君がヨーテリーの痩せた体を掬い上げ、毛並みを堪能するように頬を寄せると驚いたようだが抵抗まではする気はないらしい。やれやれ、これで次に進めますね。
『とりあえず何か食べないとダメだよね。ちょうどポケモン用のおやつを買ったからあげるよ!』
人通りが多いそこから移動して近くの閑静な公園へ向かう。ベンチに座って手のひらに乗せたおやつを差し出すと、香しいニオイに刺激されたのかすぐにかぶりつき始めた。
『よしよし、いっぱい食べてね!』
〈…どうしてそんなに優しいんだ?〉
『え?』
〈だってぼくはお前に何の関係もないじゃないか。それにぼくは噛みついてしまったのに…他の人間はそれで怒ってすぐにいなくなったから〉
なるほど、一応ヒナタ君以前にも手を差し伸べようとした人間はいたのですね。しかし彼の行動に怒り見捨てたと。確かに分からなくもありません。施しを与えようとした相手に反発されて良い気分になる者などまずいないでしょうから。ですが同時に反吐が出るような気もします。「せっかく助けてやろうとしたのに」、そのように善意を装った同情心の押し付けや弱者を救うことで自分が優れた存在であると認識したいだけのエゴの塊のような人間は掃いて捨てるほどいますから。恐らく今ヨーテリーが話した者もそのタイプでしょう。
『うーん…難しいなぁ。確かに噛みつかれはしたけど別にそれは仕方ないと思うし…。人間にひどいことされたのにあたしが怖がらせたのが原因だもんね。敢えて言うなら、ただ放っておけないっていう気持ちだけかな?』
〈…それだけ?見返りもなしに?〉
『え、見返りとか考えたことも無かったから新鮮。だって人でもポケモンでも目の前で弱っていたらどうしても気になっちゃうんだもん。それに人間嫌いな子を見るとどこかの誰かさんを思い出すから余計にね!』
そう言ってこちらを見ながら悪戯っぽく笑う。ほう、それは僕のことですかね。僕のほうがこのヨーテリーよりよほど根深いと思いますが。
『でも君だって優しかったよね。本気であたしを傷つけようと思うならもっと強く噛み付けただろうにそうしなかったから。ただ自分の身を守ろうとしただけなんだよね。…人間のせいで悲しい思いをさせて、ゴメンね』
〈…どうして…〉
どうしてお前が辛そうな顔をするんだ、と呟いてヨーテリーは涙をこぼした。ヒナタ君はその涙を拭いながら優しく頬を撫でてやる。するとついに耐え切れなくなったか、それとも溜まっていた感情が爆発したか。ヨーテリーはわんわん声を上げて本格的に泣き出してしまった。
僕はその姿に少しだけ自分を重ねていた。僕がもっと早く、それこそこのヨーテリーくらい幼い頃にヒナタ君に出会っていれば。僕もこんな風に思い切り泣いて甘えられたのだろうか。そんなどうしようもないことを考えながら見つめていた。
−−−−−−−−−−
『本当にありがとうございますジョーイさん!』
「いえいえ、とんでもないです!こちらも可愛いボディガードさんが来てくれて助かりますから」
その後ヨーテリーを回復させようとポケモンセンターに立ち寄り、ついでに事情を説明するとジョーイさんが快く引き取ってくれることになりました。何でも回復させるに当たって詳しく状態を調べたところ、レベルも低くなく決して弱くなどないとのこと。恐らく彼を捨てたトレーナーのほうが実力不足で上手く戦わせられなかっただけなのでしょう。全く、自分を棚に上げて責任を押し付けるとは実に愚かなものですね。
とにもかくにもポケモンセンターでボディガードを務める程度ならば問題はないでしょう。ヨーテリーもジョーイさんの優しさに触れて心を許したようですし、頼られて自信を取り戻したのかやる気になっているようです。元々従順で勇敢な種族ですから向いているのではないでしょうかね。
「…おや、どうしました?」
ジョーイさんとヒナタ君のやり取りを遠目から見守っていると、ヨーテリーがとことことこちらに近寄ってきた。
〈さよならだから、お礼を言おうと思って。ここまで連れてきてくれてありがとう。お前がいなかったらぼくはあのヒナタっていう人間にも付いて行かなかったと思うから〉
「大したことはしていませんよ。僕だってヒナタ君の性格を知っているから手助けしたまでです」
〈…本当に自分のトレーナーが大好きなんだな。ぼくも、次はそうなりたいと思う。もう一度人間のことを信じてみるよ〉
「そうですか。君のその決断が報われることを願っていますよ」
ヨーテリーは笑顔で頷いてジョーイさんの元へ帰っていった。ヒナタ君も最後に別れの挨拶を交わし、満足気な様子で戻ってくる。そして彼らに見送られながら僕達はポケモンセンターを後にしたのだった。
『いやー本当に良かった〜!でもすっかり遅くなっちゃったから早く帰らないとね!』
「君が面倒事を引き込むからでしょう」
『う…ゴメンなさい』
「ふふ、冗談ですよ。まぁ蒼刃辺りが探しに来ても不思議ではありませんが」
『すごく有り得そうで怖いんですけど』
心配させたあたしが悪いんだけどさ〜とうなだれながら歩くヒナタ君がおかしくてつい笑みがこぼれる。しかし…今日の出来事で再確認しましたね。
「ヒナタ君、暗くなってきましたし手を繋ぎましょうか」
『…え!?い、いやあたしは別に、』
「おや、何か文句でも?」
『ありませんありがとうございます』
やれやれ、初めから素直に手を差し出せばいいのに。まぁそんなところも可愛いのですが。ぎゅっと握りしめた手はとても小さくて柔らかい。本当に…何て頼りないのでしょう。
(この子の優しさは分け隔てない。それは間違いなく美点だ。しかし同時に致命的な弱みにもなる)
人間にもポケモンにも等しく差し伸べられるこの手は相手を見誤れば確実に引きずり込まれるでしょう。優しさに付け込んで利用する輩もいるかもしれません。そうならないようにしっかり守ってやらなければ。
(…まぁ、そんな僕もギリギリの淵に立っているのかもしれませんが)
この子が僕を救ったあの日から、僕の世界はこの子で満たされている。ヨーテリーに見せた優しさも全て僕だけの物にしたいと思っている。一歩間違えれば僕はヒナタ君の手を引いて海の底にでも連れて行って閉じ込めてしまうかもしれない。
「それも悪くないのですが、やはり生きたヒナタ君のほうがいいですからね」
『えっ何!?何か恐ろしいこと考えてない!?』
「いえ別に?」
にっこり微笑むと胡散臭そうな顔をされてしまった。全く心外ですねぇ。ですが僕はそんな風にころころ表情の変わる君が好きなようですから許してあげましょう。
(君の優しさも笑顔も、僕がこうして守ってあげますから)
だから、ずっと手を繋いでいてくださいね。
優しすぎると溺れてしまうから
(どうか、この手を離さないで)
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