「ひーめさん!愛してるぜー!」


あたしは知っている。この飄々と愛の言葉を告げる嵐志が軟派者であるということを。そもそも出会いだって、いきなり運命だの何だのと言われ手を握られるようなものだったのだ。それにあたしは見てしまった。一緒に町へ買い物に出掛けたとき、知らない女性から声を掛けられて嬉しそうに笑っている彼の姿を。


だから…、


『騙されないんだからね!!』

「姫さん顔怖ぇ!!ど、どーしたんだよそんな眉間に皺寄せて…」

『嵐志には屈しないという意志の表れです』

「えー…?何かよくわかんねーけど、せっかくの可愛い顔が台無しだぜー?」

『っ!』


威嚇というほど物騒なものではないけれど、少しでも意志が固く見えるよう険しい表情をしていたのに…。あたしの眉間を指でツン、と小突いた後にそのまま頬を優しく撫でられた。そしてその指が唇に触れかけた瞬間、ハッと我に返り慌てて距離を取る。


「んな逃げなくてもよくねー?」

『だ、だって嵐志が変なことするから…!』

「んー?お、姫さん顔真っ赤でかーわいー!」

『!?あ…っ嵐志のバカぁああ!!』

「逃亡!?……ぶはっ、ホントかーわいーの」


危なかった、危なかった!その場から走り去って自分の部屋に逃げ込み、熱くなった顔を隠すようにベッドへダイブする。


(嵐志は誰にでもああいうことが出来るんだから、騙されちゃダメ…!)


そう、きっと誰にでも出来るのだ。呼吸をするのと同じくらい自然に、可愛いと言いながら触れられる。だからあたしが特別なわけじゃない。それにあたしなんかが嵐志の特別になれるわけが…


(って、これだとそうなりたいみたいじゃん!)


違う違う、そんなんじゃない。嵐志がいつも愛してるだの可愛いだの言うのは深い意味なんかないんだから。…うん、ちょっと落ち着いてきた。


(あまり気にしちゃダメ。変にギクシャクするとみんなに迷惑がかかるし…)


そもそも嵐志本人が全然気にしていないもんね。きっと女性にモテる彼にとってはただの軽口程度の認識なのだ。だったらあたしも振り回されないようにしなきゃ…。



−−−−−−−−−−



(よし、平常心平常心)


今日は再び嵐志と買い物に行くことになった。珍しく蒼刃も疾風も都合がつかなくて、こうして何の因果か2人きりになってしまったのだけど…。でも今のところ可愛いとか言われても何とかかわせているし、このままセンターまで平穏に帰ることが出来れば上々だ。

…と、思っていたのに。


『!?な、何…!』

「ん?何って…姫さんの右手が空いてたから繋いだだけだろ?」

『それは分かるけど!あたしが言いたいのは何でってことで…っ』

「そんなのオレが繋ぎたかったからに決まってんじゃねーか!」

『〜っ!!』


満面の笑みを浮かべる嵐志を見て急激に頬が熱くなるのを感じた。擬音をつけるとしたらボンッという感じだろうか。言葉だけならまだしも、こんなオプション?までつけられてはさすがに動揺してしまう。というか、まさか普段から色んな女の子にこんなことを…!?


『し、信じらんない!嵐志の不良!チャラ男!』

「ぶっは!まー確かに間違ってはねーかもな!…でもよ、そんなにオレと手繋ぐのイヤ?」

『えっ?……い、イヤでは…ない、けど…』

「なら何の問題もねーよな!姫さんマジ可愛い愛してる!」

『ちょっ、誤解されるから大きい声でそんなこと言わないでよ!』


ぎゃんぎゃん抗議するあたしを笑って一蹴し、最終的には減るモンじゃねーし!という言い分で打ち負かされてしまった。そりゃ本当にイヤではないよ?嵐志は仲間で家族だし、そういう意味でイヤじゃないって言ったんだけど…。でもチラリと見上げた嵐志は何故かとても嬉しそうで、もうこれ以上は言っても無駄かと諦めることにした。…顔の熱、早く引かないかなぁ。


「なーんか喉乾いたなー…。お、そこのカフェで休憩してこーぜ!」

『あ…う、うん。そうだね』


確かに近頃暑くなってきたせいか、このいい天気の中あたしの喉もカラカラだ。手を繋いだままは恥ずかしかったけれど、飲み物を飲んで心を落ち着かせることも出来るかもしれないと承諾した。店内に入ると中々に混み合っていて、ちょうど2席空いていたオープンテラスに案内される。本音を言うと冷房の効いた室内が良かったのだけど…我が儘は言えないよね。


『嵐志は何頼むか決まった?』

「んーとオレは…、」

「ねぇねぇ、あの人すっごいカッコ良いよ!」

(…ん?)

「本当だ。スタイルも良いしモデルみたい!」


オープンテラスのせいか外からの声がよく届く。町を歩く足を止めて嵐志に魅入っていたのは2人組の可愛らしい女性だった。同時にあたしのことも値踏みするかのように眺めているのが視界に入る。隣にあたしがいるから嵐志に声を掛け辛いと思われているのかもしれない。ともかく、あまり良い気持ちにはならなかった。


『…ねぇ嵐志、嵐志のことを見てる女の子がいるよ』

「あー、あそこにいる2人の子だろ。…かーわいーよな」

(…ん?)


自分のアイスコーヒーとあたしのアイスティーを注文し終えた嵐志に話しかけると、彼女達に気付いているにも関わらずどうしてかあたしの顔を見つめている。…というか、あたしに向かってあの子達が可愛いって言うなんて…。


(そうだよ、これが嵐志なんだよ。だから傷付いてなんてない。傷付く理由なんかない)


胸が軋むように痛んでいることは気のせいだ。そう自分に言い聞かせつつも、どうしても嵐志の顔を見たくなくて俯いてしまった。


「言っとくけど、可愛いってのは姫さんのことだぜ?」

『へ…?』


不意に嵐志に頭を撫でられて思わず顔を上げる。…今、何て言ったの?


「姫さんは気付いてねーのかもしんねーけど、今すっげー可愛い顔してんだぜ?困ったみてーに眉下げて、泣きそーな顔して…ヤキモチ焼いてるって顔」

『やきっ!?ち、ちが、そんなんじゃ…!』

「あの時もそう。前に町でオレが女の子に声掛けられた時、その時も姫さんは今とおんなじ顔をしてた」

『見てたの!?』

「そりゃ姫さんがオレの視界に入らないわけねーだろ!んで、その時にオレ思ったんだよ。もしかして姫さんもオレのこと好きなんじゃねーか…ってな。そー思ったら嬉しくてニヤけちまったけど!」


好き、その言葉にせっかく落ち着きかけていた心臓が再びドクドクと騒ぎ出す。そんな、あたしがそんな顔…!……ん?でも待って。今、嵐志…姫さんも、って言った…?


『そ、それって…』

「オレは姫さんが好きってこと。本気でアピールしてんのに中々警戒心解いてくんなかったけどなー。でもオレが何かする度に真っ赤になってすっげー可愛かった!」

『まっまたそんなこと言って…!嵐志はモテるからあたしのことからかってるだけ、』

「嘘じゃねーよ。それにオレは姫さんと出会ってから他の女の子と遊んだりしてない。ましてや好きでもねー子に愛してるなんて言ったりしない。証拠はねーし普段のオレを見てたら信じられねーかもしんねーけど、本当なんだ」


苦しい、どんどん胸が締め付けられていく。でもその痛みは先程のズキズキとしたものではなくて、キュウッとお腹の奥から込み上げてくるようなものだ。

どう答えたらいいのか分からなくて口ごもっていると、テーブルに置いていた手を嵐志にそっと握られた。いつもの嵐志はどちらかといえば体温は低い方なのに、今はその手がとても熱くてあたしにまで伝わってくる。


「姫さんはオレのこと、好き?」

『えっ!?え、えぇと…』

「いちおー言っとくけど、オレ本気で欲しいモンは絶対逃がさねーから」


そう言っていつもの快活な笑顔ではなく、どことなく氷雨に似た妖艶な笑みを浮かべた嵐志にうっと声を詰まらせる。…こんなのズルい、逃げられるわけがない。


(あたしは多分、認めたくなかっただけ)


今ならよく分かる。あたしは嵐志に他の女の子と同等に扱われるのが嫌で、自分の気持ちに気付かない振りをしたのだ。本当はもう全て分かっているのに言い訳ばかりしていた。でも…もう隠せない。隠す必要も、無い。


『あ、あたしも…好き…っ』

「…ん、よく言えました!」

『わっ!?』


小さな声だったろうけど、嵐志にはしっかり届いていたようだ。ニカッといつものように笑った後、突然握ったままのあたしの手を引いてその甲にキスをした。


『ちょ、こんなところで…!』

「これからは恋人としてよろしく頼むぜ?オレだけのお姫サマ!」

『――…っ!』



あぁもう、こんなの絶対敵いっこない!



好きになったら負けと思ってた
 (そんな言い訳、何の意味も無かったのに)

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