「失礼します、ヒナタ様。朝ですよ」

『…ん〜…ぅん…』

「あぁ…っ朝が弱いヒナタ様もお可愛らしいです…!貴女のその眠たげに眉根を寄せるお姿やむずがるお声が愛らしすぎて恐れながら俺は毎朝抱き締めたくなる衝動を抑えてぃむぐっ!?」

「はいはーいそーくんは通報される前にちょっと黙ろーな!」

〈毎朝毎朝このやり取り疲れるんだけど。ヒナタちゃんも早く起きなよ〉

『ぃったぁっ!?』


バチッ!と弾けるような音と衝撃が指先から奔り、あたしは目を剥き体を跳ねさせた。

衝撃の正体は言わずもがな雷士の静電気。掛け布団から少しだけ覗いていたあたしの指先をキュッと握った雷士が流し込んだものだ。勿論最大限の手加減をしているので重大な危害は無いのだろうけど、無防備に眠っている時に突然そんな刺激を与えられては堪ったものじゃないと目に涙を浮かべ思った。


『雷士くん…君の中にもっと優しい起こし方は存在しないのかな』

〈爽やかな朝だね、朝食はオムレツがいいな〉

『清々しく無視!!』


表情は相変わらず眠たそうだし、とても爽やかだと思ってるようには見えないよ…おまけに結局食い気だし。あぁ、毎朝こんな起こされ方してたらいつか死んじゃうかもしれない。…いやまぁ、あたしがしっかり寝坊せずに起きればいいだけの話ではあるんだけど。

静電気の刺激があったとはいえ、未だ頭は寝起きでぼんやりとしている。でもここで起きない2発目が来ることは容易に想像出来るので、だるい体を動かし起き上がった。


「おはよーさん!ぶはっ、姫さん寝癖ついて…うぉわっ!?」

『えぇええどうしたの蒼刃!?』

「貴っ様ぁ…!この俺より先にヒナタ様へ朝の挨拶をするなど許さん!!」

「それで躊躇なく右ストレートとか罪重すぎんだろ!?」

「軽すぎるくらいだ馬鹿が!ヒナタ様のことを最もお慕いしているこの俺を差し置いて、おはようという1日の始まりの言葉を最初に交わすなど本来なら万死に値する愚行だ!!」

『何それどこの次元の話!?』

〈蒼刃は今日も通常運転だね〉


嵐志の胸倉を掴んでギリギリと締め上げている蒼刃の目は本気…だったと思う。でも死人(?)を出すわけには勿論いかない。どうすれば落ち着いてもらえるのか分からなかったけれど、とにかく蒼刃は挨拶に拘っているようだから駄目元で『おはよう蒼刃!』と挨拶してみる。すると一瞬動きを止めた後、すぐに嵐志から離れて「おはようございますヒナタ様!!」と晴れやかな笑顔で返してくれた。…何故かあたしの両手をギュッと握りながらというオプション付きで。


(うーん…どうして挨拶だけで宥められたのかよく分からないけど、とりあえず嵐志の命を救えたから良かったかな!)

〈またヒナタちゃんが悪意の無い鈍感力を発揮してる気がする〉

「だな…つーかそーくんマジひでーよ…」


ん?鈍感力…?雷士の言うことに首を傾げると、何でもないと言い残してさっさと部屋を出ていってしまった。相変わらず言葉が少ないね雷士くん…。まぁずっと考えていても仕方がないし、皆お腹を空かせてるだろうから朝食を取ることにしよう。



「あ…おはよう、マスター!」

『おはよう疾風ー!あぁ癒される…!』

「わ…っ」


他の皆が待つリビングへ行くと、疾風がそれはそれは可愛い笑顔で挨拶をしてくれた。雷士の愛の無い起こし方のせいで、心なしかやつれていたあたしに自然と笑顔が戻っていく気がする。もうアレだよ、きっと疾風からマイナスイオン的な浄化作用物質でも出てるんだよ。思わずギュウ、と抱き付くと、驚きつつもはにかむところがまた可愛いよね!


「全く、朝からだらしない表情ですねぇ…僕が直々に氷水を提供して差し上げますのでその弛んだ顔を洗ってきてはいかがですか?」

「やっと起きやがったかアホヒナタ。次1分でも遅れたら俺が噛み付いて起こしてやるから覚悟しとけよ」

『出たよあたしの心をやつれさせる原因ツートップ。しかも2人共何かしらの傷を負わせようとしてるよ』

「紅矢、挨拶もせずに口答えをするこの子にはどんなお仕置きがいいと思いますか?」

『おはようございます氷雨様に紅矢様!!』

「はい、よろしい」

「はっ…相変わらず弄り甲斐のあるヤツだ」


色々な意味で、撃沈。あたし多分一生この2人に敵わないと思うんだ…。あ、あとやつれさせる原因第3位の雷士にもね。まぁ詰まるところドSトリオな訳だけど…。


「だ、大丈夫?マスター。ボクも氷は苦手だから、氷雨の氷水は辛い、よね…。紅矢の牙もすっごく痛そうだから、ダメだと思うけど…」

「元気をお出し下さいヒナタ様!貴女の為ならばあの不届き者2人は俺が成敗します!」

『ありがとう良心コンビ…2人が労わってくれるだけであたしは嬉しいよ!』


優しい言葉をかけてくれる蒼刃と疾風の手を握り、ありったけの感謝を込めてお礼を言う。ありがとう、君達のお陰で救われた…!

疾風はともかく蒼刃にはたまに困らせられることもあるけど、それはあたしを思っての行動が空回り気味になってしまったというだけ。だからドSトリオよりも余程可愛いものだと思う。


「おーい姫さーん、らいとんが腹減りすぎてドアの前で力尽きてるぜー?」

『え!?わーゴメン!すぐ着替えるから!』


しまった、雷士は大食いだからすぐお腹空かせちゃうことを忘れてた…!こうやって起きてから朝ご飯に至るまでに1時間近くかかってしまうことも恒例なんだけど、いい加減どうにかしないといけないよね…。うん、まずは早起きから頑張ろう。

慌てて寝間着から着替え、嵐志の言う通り玄関ドアの前で力尽きていた雷士を回収して部屋を後にした。ゴメンね雷士、きっとご飯が食べたすぎて部屋の出入口であたし達を待ってたんだよね…!雷士は今日オムレツが食べたいって言ってたし、朝食にオムレツが出てることを祈ろう!

こうしてあたし達は毎朝恒例のやり取り?を終え、ようやく朝食へと向かったのだった。




−−−−−−−−−−−−−−−




『良かったねー雷士、念願のオムレツだよ!』

もぐもぐもぐもぐ

『あぁうん、一心不乱に食べ続けるくらいお腹減ってたんだよね…すみませんでした』


ほっぺをパンパンに膨らませて食べ続ける雷士に罪悪感が募ってくる。あ、でも心なしか嬉しそう…?良かった、美味しい物を食べてだいぶ復活したみたい。

それにしても本当にポケモンセンターって有難いなぁ。トレーナーカードがあればタダでポケモンを回復してくれる上に部屋も貸してくれるし、おまけにこうして美味しい食事まで出してくれるなんて!と、自分用に頼んだサンドイッチにかぶりつき味を噛み締めた。


「なー姫さん、今日はどこ行くんだ?」

『ん?うーん、そうだなぁ…』

「甘ぇモンが食いてぇ」

『紅矢のそれはいつもでしょ…あ、そういえばメイちゃんからPWTに行くからおいでよって連絡もらってた!」

「PWT…?」

『割と最近出来たばかりみたいだし、多分嵐志と氷雨は行ったことないもんね。正式名称はポケモンワールドトーナメントって言って、色々な地方から集まった強いトレーナーとバトル出来るところなの!』

「ボクね、そこで初めてバトルに勝てたんだよ!」

『そうそう!…あ、確かアクロマさんっていう不思議人物に初遭遇したのもあそこだったなぁ…』

〈何でテンション下がってるの?〉

『いや、何か…あの人と話してたらどっと疲れたことを思い出しちゃって』

「へー、イッシュ以外の地方からも来んのか…何か面白そーだな!」

「あぁ、それに修行にはうってつけの場所だったぞ」

「そういや最近あんまりバトルしてねぇな。体が鈍ってしょうがねぇ…」

「そうですねぇ…ヒナタ君、急ぎの用が無いのであればそこへ行くのはいかがです?」

『うん、OK!あたしもトレーナーとしての修行しなきゃだし、メイちゃんにも会いたいし!』


今日は特に用事を入れていなかったし、皆も体を動かしたいみたいだからPWTに行こう。行き先を決定したあたし達は朝食を終え、そのまま出発の為の準備をする。そしてチェックアウトをしにセンターの受付へ行ったとき、ニコニコと微笑んでいるジョーイさんに話し掛けられた。


「ふふ、あなた達素敵ね」

『え?』

「ゴメンなさい、朝食を食べている時のあなた達がすごく楽しそうだったから、つい様子を見てしまっていたの」

『も、もしかしてうるさくしてしまいましたか?』

「ううん、大丈夫だから気にしないで。ねぇ、あなたは自分が幸せそうな顔をしてるって気付いてた?」

『え!?…う、うーん…いつも通りの会話でしたし、毎日一緒にいるから…正直自分がどんな顔をしてるかまで考えてなかった気がします…」


勿論皆のことが好きだし一緒にいて楽しいけれど、普段の光景や会話の1つ1つにまで何かを思うことはなかったかも…。

うーんと唸ってそう答えたあたしに、ジョーイさんは驚くでも残念そうにするでもなく…ただ優しく微笑みかけた。


「ふふ、多分そうよね。私も毎日タブンネと一緒にいて仕事をしているけれど、もし誰かに同じ質問をされたら…きっとあなたと似たような答えを言うと思う。だってポケモンと一緒にいるのが当たり前になってしまって、普段それ以上のことはあまり考えないもの」

『はい…そうですね』

「でもね、私あなた達みたいな子を見ると気付かされるの。一緒にいるのが当たり前って思えるようになるのは、とても幸せなことなんだって」

『…!』

「この世界には数えきれないほどのポケモン達が生きている。あなたはその途方もない数の中からたった6匹…あの子達と出会って仲間になったのよ。そしてそれはあの子達も同じ。それぞれ別々の場所で生まれ育ってきたポケモン達が、この世にたった1人しかいないあなたというトレーナーを選んだ。ね、すごいことでしょう?」


隣にいたタブンネをジョーイさんは優しく撫でる。タブンネはその暖かさを感じているのか、目を閉じながら一声鳴いた。そんなタブンネに微笑みかけてジョーイさんは続ける。


「出会って、会話して、心を寄せ合って、あなた達は共に生きることを望んだ。いつも一緒にいることが当たり前って、色々な奇跡が集まって初めて生まれる幸せだと思うのよ」


ジョーイさんの言葉を受けて、あたしはたまらず外で待っている仲間達の方を見た。…きっとその通りだ。あたしがあの時トキワのもりに行かなかったら、雷士とは出会っていなかったかもしれない。イッシュ地方に引っ越して来なかったら、皆と出会えていなかったかもしれない。何度も繰り返している今朝の騒々しいやり取りだって、出来なかったのかもしれない。そんないくつもの可能性を乗り越えて、あたし達の今があるんだ。


「あなた達の「当たり前」を、どうか大事にしてあげてね。それは誰もが手に入れられるものじゃないから。…ゴメンなさい、お節介ばかり言ってしまったわね」

『いいえ…!ありがとうございました、ジョーイさん!』

「こちらこそ、お話出来て楽しかったわ。気を付けていってらっしゃいね!」

『はい、行ってきます!…あ、そうだ。さっきタブンネちゃんも、ジョーイさんのことが大好きって言ってましたよー!』




「…まぁ、ふふっ!ありがとう、私もあなたが大好きよ」

〈はい!〉








『皆、お待たせー!』

〈遅いよヒナタちゃん、何してたの〉

「ご無事で何よりですヒナタ様ぁああ!!何か問題でもあったのかと俺は気が気ではなく…!」

「オレそーくんが暴れ出しそーなのを必死で止めてたんだぜ!」

『ご、ゴメンね!ちょっとジョーイさんに良い話をしてもらってて…』

「良い話、とは?」

『ふっふー、秘密!』


別に隠すことでもないんだけど、何となく恥ずかしいので内緒にしておく。あ、でもこれだけはどうしても言いたい!



『ねぇ皆、あたし皆が大好きだよ!』



そう言って笑うとそれぞれが目を見開いたり顔を赤くしたり、とにかく驚いたような表情をしていた。それもそうか、だっていきなりこんなことを言ったんだからね。



『さて、遅くなっちゃったけど…出発しようか!』

「お、おー…何かよく分かんねーけど、姫さんと一緒ならどこまでも!」

「ぼ、ボクも!」

「な…っヒナタ様!俺は一生貴女のお傍にいます!」

「はっ、ぶれねぇヤツらだ。」

「蒼刃は少しニュアンスが違いますがね」

〈…でもまぁ、一緒なんて今更でしょ〉


さらりとこう言えてしまえる皆がいる。だからこそジョーイさんの話を聞いて、皆に好きだと伝えたくてたまらなくなった。もっと大切にしたいと思った。…本当に。こんな素晴らしい仲間達が一緒にいてくれるなんて、何て有難いことなんだろう。


(自分が幸せそうな顔をしてるって気付いてた?)


いつかまた誰かにこう聞かれたら、次ははっきりイエスと答えられる。


あたしにとっての当たり前が、かけがえのない宝物なのだから。




当たり前の幸福
(大切に抱き締めて、明日へと進む)

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