「ひーめさん!」
『おぉっとさすがに本日3回目は驚かないぞチャラお兄さん!!』
「ぶっは!そのドヤ顔かっわいー!!」
『ぅぶっ』
いつものように背後から現れた嵐志を華麗にかわしたはず、だったのに。何やかんやと結局抱き込まれてしまって撃沈。うぐぐ、何度も言うけど本日3回目なのに悔しい…!
「なー姫さん、ヒマならDVD見よーぜ?面白そーなの借りてきたんだよなー」
『え…う、うん!見る見る!』
片手で胸に抱き込んでいたあたしを解放して、もう片手に持っていた黒いレンタルショップの袋を掲げた。最近知ったことだけど、嵐志は完全なアウトドア派かと思いきや実はインドアもいける両刀派だったらしく、いつの間にかこうしてDVDを借りてくることがよくある。そして流行に目敏くセンスの良い彼だからなのか、DVDにおいてもやはり面白く評価の高いものを間違いなく選んでくるのだ。
そんな嵐志に初めて一緒に見ようと誘われた日から、必ずと言っていい程2人(時たま疾風や氷雨を誘って)でDVD観賞を続けてきた。嵐志が面白そうと言うのならきっと面白いのだろう。だからとても楽しみだったのに。
『ねぇねぇ、今回はどんなやつ?』
「んー?やっぱ何と言っても夏だし…じゃん!」
『……え、』
白い歯を見せて笑う嵐志が袋から取り出したDVDをあたしに向ける。そのパッケージは全体的に暗くおどろおどろしていて、爛れたように黒ずんだ正常とは思えない無数の人間の手がこちらに向かって伸びている。そして極めつけのキャッチコピーは【この地獄からは、逃げられない】…。
『―――…っこ、ここここれホラーじゃん!しかもR15って!!割とリアルにグロいタイプのやつじゃないの!?』
「やーでも中々評判良いみたいだぜ?ストーリーもしっかりしてるしホラー描写も手が込んでるらしーし…だーいじょーぶだって姫さん!どーせ作りモンだしな!」
『いやいや無理無理無理…!そのパッケージからして怖さが伝わってくるしあたし怖いの駄目だし…!』
「えー…でもオレ、姫さんと一緒にギャーギャー怖がるのも楽しーと思って期待してたのにな…」
『うぐ…!』
な、何と言うことだ…!蒼刃や疾風だけでなく、嵐志までこのしょんぼり攻撃を覚えてしまったの!?何なの、我が家の良心トリオは何でこんなにあたしに対してあざといの…!で、でもでも、やっぱり怖いものは怖いし…せめて誰かもう1人圧倒的な安心感を持てる人が一緒にいてくれたら何とか…!あぁでも、雷士は寝てばっかだし疾風は可愛いからこんなの見せるの可哀想だし蒼刃は意外と絶叫系にも弱くてホラーなんか見たら心臓麻痺起こしちゃいそうだし氷雨はこういう時に限って外出してるし…っ
「…おいアホヒナタ、テメェ何いつも以上のアホ面晒してやがんだ」
『……へ?』
飲み物でも取りに来たのだろう、ポッキーをくわえた紅矢が怪訝そうにあたしを見やる。そしてお互い見つめ合うこと、5秒。あたしは思わず拳を握り、勢いよく叫んだ。
『…っい、いたぁあああ!!ここにいたよ氷雨の他にもう1人鉄の心臓を持ったお方が!!もうこの際横暴でも暴君でも鬼畜でもドSでもいいからお願い!!一緒にホラー映画見て下さい魔王紅矢様!!』
「とりあえずテメェが俺をどう思ってんのかはよく分かった。歯ぁ食いしばれ馬鹿女」
「まーまー姫さんも必死なんだから落ち着けってこーちゃん!」
主に嵐志の頑張りで紅矢を宥め甘い物フルコースで何とか承諾を得たあたしは、覚悟を決めてテレビの前に腰を下ろしたのであった。
−−−−−−−−
パッケージや煽り文句から大体予想はしていたが、やはりこの映画は所謂パニックホラーというものらしい。肝試しとして廃病院に忍び込んだ若い男女達を突如襲った恐ろしいゾンビの大群。捕まれば最後、ゾンビに噛み殺されると同時に同じくゾンビになってしまい仲間や恋人を襲うというありきたりな内容ではあるが、嵐志の言う通りゾンビは細部まで恐ろしく不気味に出来ているし血や死体の表現もリアルで背筋が凍ずにはいられない。あたしは何とか中盤まで耐えていたが、そろそろ限界らしく体はブルブルと震えていた。
「…ぶはっ、姫さん生まれたてのシキジカみてー」
『そんな可愛いもんじゃないよこっちは心肺停止っていう命の危機感じてるんだから…!』
「んなに怖ぇなら見なきゃいいだろうが」
『だ、だって、せっかく嵐志が一緒に観ようって借りてきてくれたし!』
「さっすが姫さんマジ愛してる!んじゃ、姫さんが少しでも怖くなくなるよーにいつもの定位置で観るか!」
『!』
ソファに座って正面から画面を見るよりも、床にクッションを敷いて少し下から見た方が怖さが紛れるかもしれない。そんな低レベルな考え…まぁ実際大して紛れてはいないけれど、それでも少しだけマシだと思ったあたしはその通りクッションを敷いた床に腰を下ろしていた。
するとソファで寝転んでいた嵐志がおもむろに起き上がり、そのまま床に座り込むあたしの膝に倒れたのだ。これはつまり膝枕なのだが、確かに嵐志の言った通りあたし達がDVDを見るときはいつもこの体勢に落ち着いていたと思う。最初にされた時はさすがに驚いたが、昔から昼寝ばかりする雷士を膝枕していたあたしはすぐに慣れてしまい、むしろ成長するにつれ雷士にも殆どしなくなった膝枕にどことなく懐かしい気持ちになったものだ。
柔らかいカーペットが敷かれているから膝に乗せている頭より下の肌触りも良いとはいえ、それでもソファの心地好さには及ばないはずなのに…本当にあたしを安心させる為だけに嵐志はこうしているのだろう。そしてあたしの頬に触れてニカリと笑った。これは、ずるい。ただでさえ嵐志の笑顔は安心すると言うのに、骨ばった大きな手に触れられると恐怖も治まってきた気がする。
……と思ったが、痛々しい悲鳴とグロテスクなシーンをばっちり見てしまったあたしは情けなくも恐怖を再発してしまった。思わずビクッ!と跳ねた体を見て、キッチンテーブルでジュースを飲みながら映画を観賞していた紅矢が舌打ちをする。
「…ちっ、手のかかるガキだ」
『え…?』
心底面倒くさそうな顔をしてこちらに歩み寄ってくる紅矢につい身構える。でも別段何もされることはなく、紅矢はあたしが凭れかかっているソファにどかりと腰を下ろした。そしてあたしを挟むようにその長い足を広げる。
「この俺が後ろについてんだ、何もビビることなんざねぇだろ」
『…!』
そう言って自分の足の間にあるあたしの頭をグシャグシャと撫でた。まるでペットにするかのような体勢が少しだけ面白くないけれど、これもまた普段からよく取る定位置だったりする。肩に触れる男性らしい筋肉のついた足や、彼なりに加減しているのだろう力で触れてくる手のひらから紅矢の温かい熱が伝わってくる。紅矢が持つ圧倒的な強さとこの熱が相まって、嵐志とはまた違った力強い安心感があたしを包むのだ。
「何々ー?こーちゃんってばやっさし〜。オレだけじゃ心配ってか?」
「うるせぇ黙れ。これはテメェだけの役目じゃねぇだろうが」
『…あはっ、』
下からの挑発に上から牙を剥く。あたしを挟んで喧嘩しないでほしいとも思うが、このいつも通りの光景があたしを喜ばせているのもまた事実だ。それが何だか嬉しくて右手で嵐志の頭を撫で、左手を伸ばして未だあたしの頭に乗っていた紅矢の手を握った。
突然触れた感触に珍しく驚いたような顔をした2人。その様子を見てつい吹き出した時には、あたしの中にあった恐怖心など綺麗さっぱり消えてしまっていたのだ。
まったり指定席
(これからもずっと、変わらないでいて)
『おぉっとさすがに本日3回目は驚かないぞチャラお兄さん!!』
「ぶっは!そのドヤ顔かっわいー!!」
『ぅぶっ』
いつものように背後から現れた嵐志を華麗にかわしたはず、だったのに。何やかんやと結局抱き込まれてしまって撃沈。うぐぐ、何度も言うけど本日3回目なのに悔しい…!
「なー姫さん、ヒマならDVD見よーぜ?面白そーなの借りてきたんだよなー」
『え…う、うん!見る見る!』
片手で胸に抱き込んでいたあたしを解放して、もう片手に持っていた黒いレンタルショップの袋を掲げた。最近知ったことだけど、嵐志は完全なアウトドア派かと思いきや実はインドアもいける両刀派だったらしく、いつの間にかこうしてDVDを借りてくることがよくある。そして流行に目敏くセンスの良い彼だからなのか、DVDにおいてもやはり面白く評価の高いものを間違いなく選んでくるのだ。
そんな嵐志に初めて一緒に見ようと誘われた日から、必ずと言っていい程2人(時たま疾風や氷雨を誘って)でDVD観賞を続けてきた。嵐志が面白そうと言うのならきっと面白いのだろう。だからとても楽しみだったのに。
『ねぇねぇ、今回はどんなやつ?』
「んー?やっぱ何と言っても夏だし…じゃん!」
『……え、』
白い歯を見せて笑う嵐志が袋から取り出したDVDをあたしに向ける。そのパッケージは全体的に暗くおどろおどろしていて、爛れたように黒ずんだ正常とは思えない無数の人間の手がこちらに向かって伸びている。そして極めつけのキャッチコピーは【この地獄からは、逃げられない】…。
『―――…っこ、ここここれホラーじゃん!しかもR15って!!割とリアルにグロいタイプのやつじゃないの!?』
「やーでも中々評判良いみたいだぜ?ストーリーもしっかりしてるしホラー描写も手が込んでるらしーし…だーいじょーぶだって姫さん!どーせ作りモンだしな!」
『いやいや無理無理無理…!そのパッケージからして怖さが伝わってくるしあたし怖いの駄目だし…!』
「えー…でもオレ、姫さんと一緒にギャーギャー怖がるのも楽しーと思って期待してたのにな…」
『うぐ…!』
な、何と言うことだ…!蒼刃や疾風だけでなく、嵐志までこのしょんぼり攻撃を覚えてしまったの!?何なの、我が家の良心トリオは何でこんなにあたしに対してあざといの…!で、でもでも、やっぱり怖いものは怖いし…せめて誰かもう1人圧倒的な安心感を持てる人が一緒にいてくれたら何とか…!あぁでも、雷士は寝てばっかだし疾風は可愛いからこんなの見せるの可哀想だし蒼刃は意外と絶叫系にも弱くてホラーなんか見たら心臓麻痺起こしちゃいそうだし氷雨はこういう時に限って外出してるし…っ
「…おいアホヒナタ、テメェ何いつも以上のアホ面晒してやがんだ」
『……へ?』
飲み物でも取りに来たのだろう、ポッキーをくわえた紅矢が怪訝そうにあたしを見やる。そしてお互い見つめ合うこと、5秒。あたしは思わず拳を握り、勢いよく叫んだ。
『…っい、いたぁあああ!!ここにいたよ氷雨の他にもう1人鉄の心臓を持ったお方が!!もうこの際横暴でも暴君でも鬼畜でもドSでもいいからお願い!!一緒にホラー映画見て下さい魔王紅矢様!!』
「とりあえずテメェが俺をどう思ってんのかはよく分かった。歯ぁ食いしばれ馬鹿女」
「まーまー姫さんも必死なんだから落ち着けってこーちゃん!」
主に嵐志の頑張りで紅矢を宥め甘い物フルコースで何とか承諾を得たあたしは、覚悟を決めてテレビの前に腰を下ろしたのであった。
−−−−−−−−
パッケージや煽り文句から大体予想はしていたが、やはりこの映画は所謂パニックホラーというものらしい。肝試しとして廃病院に忍び込んだ若い男女達を突如襲った恐ろしいゾンビの大群。捕まれば最後、ゾンビに噛み殺されると同時に同じくゾンビになってしまい仲間や恋人を襲うというありきたりな内容ではあるが、嵐志の言う通りゾンビは細部まで恐ろしく不気味に出来ているし血や死体の表現もリアルで背筋が凍ずにはいられない。あたしは何とか中盤まで耐えていたが、そろそろ限界らしく体はブルブルと震えていた。
「…ぶはっ、姫さん生まれたてのシキジカみてー」
『そんな可愛いもんじゃないよこっちは心肺停止っていう命の危機感じてるんだから…!』
「んなに怖ぇなら見なきゃいいだろうが」
『だ、だって、せっかく嵐志が一緒に観ようって借りてきてくれたし!』
「さっすが姫さんマジ愛してる!んじゃ、姫さんが少しでも怖くなくなるよーにいつもの定位置で観るか!」
『!』
ソファに座って正面から画面を見るよりも、床にクッションを敷いて少し下から見た方が怖さが紛れるかもしれない。そんな低レベルな考え…まぁ実際大して紛れてはいないけれど、それでも少しだけマシだと思ったあたしはその通りクッションを敷いた床に腰を下ろしていた。
するとソファで寝転んでいた嵐志がおもむろに起き上がり、そのまま床に座り込むあたしの膝に倒れたのだ。これはつまり膝枕なのだが、確かに嵐志の言った通りあたし達がDVDを見るときはいつもこの体勢に落ち着いていたと思う。最初にされた時はさすがに驚いたが、昔から昼寝ばかりする雷士を膝枕していたあたしはすぐに慣れてしまい、むしろ成長するにつれ雷士にも殆どしなくなった膝枕にどことなく懐かしい気持ちになったものだ。
柔らかいカーペットが敷かれているから膝に乗せている頭より下の肌触りも良いとはいえ、それでもソファの心地好さには及ばないはずなのに…本当にあたしを安心させる為だけに嵐志はこうしているのだろう。そしてあたしの頬に触れてニカリと笑った。これは、ずるい。ただでさえ嵐志の笑顔は安心すると言うのに、骨ばった大きな手に触れられると恐怖も治まってきた気がする。
……と思ったが、痛々しい悲鳴とグロテスクなシーンをばっちり見てしまったあたしは情けなくも恐怖を再発してしまった。思わずビクッ!と跳ねた体を見て、キッチンテーブルでジュースを飲みながら映画を観賞していた紅矢が舌打ちをする。
「…ちっ、手のかかるガキだ」
『え…?』
心底面倒くさそうな顔をしてこちらに歩み寄ってくる紅矢につい身構える。でも別段何もされることはなく、紅矢はあたしが凭れかかっているソファにどかりと腰を下ろした。そしてあたしを挟むようにその長い足を広げる。
「この俺が後ろについてんだ、何もビビることなんざねぇだろ」
『…!』
そう言って自分の足の間にあるあたしの頭をグシャグシャと撫でた。まるでペットにするかのような体勢が少しだけ面白くないけれど、これもまた普段からよく取る定位置だったりする。肩に触れる男性らしい筋肉のついた足や、彼なりに加減しているのだろう力で触れてくる手のひらから紅矢の温かい熱が伝わってくる。紅矢が持つ圧倒的な強さとこの熱が相まって、嵐志とはまた違った力強い安心感があたしを包むのだ。
「何々ー?こーちゃんってばやっさし〜。オレだけじゃ心配ってか?」
「うるせぇ黙れ。これはテメェだけの役目じゃねぇだろうが」
『…あはっ、』
下からの挑発に上から牙を剥く。あたしを挟んで喧嘩しないでほしいとも思うが、このいつも通りの光景があたしを喜ばせているのもまた事実だ。それが何だか嬉しくて右手で嵐志の頭を撫で、左手を伸ばして未だあたしの頭に乗っていた紅矢の手を握った。
突然触れた感触に珍しく驚いたような顔をした2人。その様子を見てつい吹き出した時には、あたしの中にあった恐怖心など綺麗さっぱり消えてしまっていたのだ。
まったり指定席
(これからもずっと、変わらないでいて)
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