捧げ物 | ナノ





※夢主がスーパー鈍感&疾風が攻め気味です







はぁ、と大きな溜め息が零れる。もう何度目かすらも分からない。それほどにボクは心を悩ませていた。

ボクの向かい側に座って美味しそうにお菓子を食べているマスターを盗み見る。大好きなチョコを頬張り、時折テレビ番組を興味深そうに見ては笑っていた。マスターの目の色は琥珀色って言うんだって、氷雨が教えてくれたけど…そのキラキラ輝く彼女の瞳を見つめると胸がキュウッと痛くなるんだ。この痛みの正体は、もう知っている。


(…マスターが、ボクを好きになってくれたら、いいのに)


キミが笑うと、ボクも嬉しくなる。

キミを守る為なら、きっとどんなことだって出来る。

キミを、誰にも取られたくない。

キミが、…好き。


マスターのことは出会って間もない時から好きだったと思う。初めは単純に主人として好きなのかと思っていたけど…一緒にいればいるほど好きの気持ちが膨れ上がっていって、それは恋心なんだって理解した。

恋愛感情なんて、マスターと出会うまでは考えたことなかった。けど一度気付いてしまえば、あぁこれが恋なんだって驚くほどすんなり納得してしまって。でもこの感情を一体どう伝えたらいいのか分からなくて、ずっとモヤモヤし続けているボクがいた。


(…氷雨なら、分かるかな)


ボクに色々な知識を教えてくれる、物知りな彼の顔を思い浮かべる。よくマスターには要らないこと教えるなって怒られてるけど、きっと氷雨ならこの気持ちの伝え方も知っていると思う。……あぁ、でも、やっぱりダメ、だ…。


(だって、氷雨もマスターのこと、好きだから)


いや、氷雨だけじゃない。ボクの仲間達は皆マスターのことが大好きだ。勿論、ボクと同じ意味で。だからマスターに好きだって伝えるにはどうしたらいい?なんて、聞けるわけない。もしそれをしたら同じ気持ちでいる皆を傷付けてしまうだろうし、何より…ボクが、イヤだ。

誰の手も借りずに、自分の気持ちを伝えたい。自分の中にこんな感情があったなんて知らなかった。お母さん、今のボクを見たら驚くだろうなぁ。泣き虫で臆病だったあのボクが、好きな女の子の一番になりたくて…誰にも負けたくないって、思ってるなんて。


『疾風?』

「っ!?な、何…?」

『や、何かさっきから難しい顔してたから…。具合でも悪い?』

「…!」


テーブルを挟んで身を乗り出したマスターが、ボクの額に小さな手のひらを押し当てた。その柔らかくて暖かい感触に驚いた体が微かに震える。


『んー…熱は無いみたいだね』

「だ、大丈夫!ちょっと、ボーッとしてただけだから…」

『そう?それなら良かった!』

「…っ」


ボクに熱が無いことを確認したマスターがにっこり笑う。その笑顔が可愛くて、心臓の鼓動が大きく跳ねたのが分かった。マスターのことを考えてたなんて、少しも気付いてないんだろうなぁ…。

マスターは、優しい。それにとびっきり可愛い…と、ボクは思う。だからマスターを好きになる人がたくさんいるのも仕方ないのかもしれないけど、やっぱり…この笑顔を独り占め出来たら良いのにって思ってしまう。


(…でも、思うだけじゃ、ダメなんだよね)


失うことや、拒絶されることが怖くて積極的になれないのはボクの悪いところだ。マスターにボクだけを見てほしいと思うなら、気付いてもらうのを待つだけではいけない。マスターが鈍感なのは、ボクも知ってるし…尚更自分から動かないとダメなんだ。

どうすればいいのかはまだよく分からないけど、きっと行動すれば結果はついてくる、と思う。その点は、バトルの修行と同じだよね…?他の皆は夕方まで出掛けるって言ってたし、今日が絶好のチャンスだ。

やっぱりハッキリと言うのが一番だよ、ね?というか、ボクの頭では他の言い回しが思い付かないし…。だから、まずはマスターにボクがどう思ってるのかを伝えよう。


「…あ、あのね、マスター!」

『ん?』

「ぼ、ボク…マスターが、好きだよ!」


言った。多分、今のボクの顔は真っ赤になっていると思う。恥ずかしさから逃げ出したくなる気持ちを抑え、膝の上でギュッと拳を握り締める。マスター、どう思ったかな…?


『あたしも疾風のこと好きだよ?可愛い弟みたいだし!』



……あ、ダメだったみたい。



『え、あれ?急に落ち込んでどうしたの!?』

「な、何でもない…」


そうだ…正直忘れていたけど、マスターってボクのことをあんまり意識してなかったんだっけ…。普段から可愛い可愛いって言って、よく頭を撫でたりしてくれるけど…ここでそれが障害になるとは思っていなかった。弟みたい、なんて…ハッキリ言われると、さすがにヘコむなぁ。

マスターが可愛いって言うのは、ボクを男として見ていないからなのかな…。多分、そうだよね。だって氷雨や紅矢には、可愛いなんて言わないし。

そこまで考えて、マスターに対するドキドキとは違う胸の痛みがボクを襲う。ボクから見ても、紅矢達はカッコ良いって思うんだから…女の子のマスターもそう思うに決まってる。だから、どうしたって勝てないんじゃないかって。


(…っだ、ダメだよ!敵前逃亡は男の恥って、蒼刃も言ってたし…!)


悪い考えを払拭するようにブンブンと頭を横に振る。そうだ、さっき自分で頑張るって決めたばかりじゃないか。マスターが大人組って呼んでる3人とボクでは、歳も違うし積んできた経験に差があり過ぎる。でも、それでも、マスターを好きって気持ちは負けたくない。


「ま、マスター!ボク、本当にマスターのこと、好きだよ!」

『何々どうしちゃったの?でも嬉しいよー、疾風ってば本当可愛い!』

「…」


マスターに可愛いって言われるのは、嫌いじゃないんだけど…ここまで来ると、ちょっと複雑な気持ちになってきちゃった…。

…そうだ。好きって言うのがダメなら、他の言葉はどうだろう?確か前に見たテレビドラマで、女の子が男の子に可愛いって言われて照れてたけど…マスターも、嬉しいのかな。好き、より可愛い、の方がボクも緊張しないで言えるし…可愛いと思ってるのは本当だから、これを言ってみよう。


「あ、あのね、マスター。マスターって、可愛いよね!」

『…へ!?』


あ、何かさっきと反応が違う…もしかして、効果があったの、かな?

少しの期待を持って、マスターの様子を窺う。すると驚いたような顔をしていたマスターが、今度はぷっと吹き出して笑い始めた。


『あはっ、本当にどうしたの?お世辞でも嬉しいけどね!』

「え、いや、あの…お、お世辞とかじゃ…!」

『でもね、あたしは疾風の方がずっと可愛いと思う!髪はサラサラだし、目はパッチリ二重で大きいし、肌はすべすべで奇麗だし!』

「…あの、マスター、もう充分だから…」

『え、そう?疾風の可愛さはまだまだ語り尽くせないのに!』


無邪気に笑うマスターの言葉にがっくりと肩を落とす。これ本気で言ってるんだよ、ね…。ダメだ、この方法はボクが女顔だって再認識させられただけだった…。

今ボクが言われた言葉は全部、マスターの方にこそ当てはまると思うのに。あ、髪だけは…マスターの場合、サラフワ?って感じだけど。とにかく、言葉だけじゃマスターには伝わらないのは、分かった。


(それに…ボクもちゃんと男なんだって、認識してもらうのも大事かもしれない)


単純な考えだけど、女の子との決定的な違いは…やっぱり体つきかな、って思う。ボクはマスターよりも背が高いし、手も大きいし、蒼刃達には勝てないけど、筋肉だって普通にあるから…柔らかくはない。そういう違いに気付いたら、ボクを男として意識してくれるかな。


(や、やっぱり…触れるのが一番だよ、ね?)


さすがに少し恥ずかしいけど、今なら2人きりだし…勇気を出して、やってみよう。緊張でドキドキと高鳴る鼓動を感じながら、テレビに夢中になっているマスターの隣へ移動する。そしてそれに気付いたマスターがこちらへ振り向いて、不思議そうな顔をしながらボクを仰ぎ見た。


『疾風…?』

「っあ、あの、もし嫌だったら…殴っていいから!」

『へ!?』


ボクの言葉にマスターが目を丸くしたのを視界の端に捉える。でも、かと言ってそこで止めてしまっては何の成果も出せないと思って、ボクは正面からマスターを抱き締めた。

ボクや雷士は細身なんだけど、腕を回した体は更に細くて小さくて、自分でしておきながらつい驚いてしまう。けど、それなのに…すごく暖かくて、柔らかかった。


(…それで、抱き締めたのはいいけど…本当に殴られたら、どうしよう…)


こういうことを考えてしまう時点で、ボクはまだまだ臆病なんだと思う。でも、こればかりはどうしても拭いきれない感情だ。ボクは、マスターに嫌われるのが…一番怖い。

知らず知らずの内にマスターを抱き締めている両腕に力が入ってしまい、それが苦しかったのか彼女がモゾモゾと身動ぎをした。慌てて力を弛めると、マスターがぷは、と小さく息を吐く。見ると髪が少し乱れてしまっていて、ボクのせいなんだけど…その姿がいつもより幼く見えて可愛いな、と思ってしまった。


『ビックリしたー…本当に今日はどうしちゃったの?』

「そ、それは…。というか、マスター…この状態、嫌じゃないの…?」

『え?全然嫌じゃないけど…。むしろいつもはあたしの方から抱き付いてるくらいだし!』


そう言ってイタズラっぽく笑ったマスターを見て、またボクの顔に熱が集まっていくのを感じた。よ、良かった…嫌がられては、ないみたい。

ただ、それは良いとして…全然照れてる様子もないのはちょっと複雑、かな?確かに普段なら、マスターの方からよく抱き付いてくれるんだけど…初めてボクから抱き締めたこの状態に、何も感じてくれてないのかな…。


「ね、ねぇマスター…ボク、男だよ?」

『へ?う、うん…知ってるけど…?』

「体も、硬いでしょ?」

『そうだね、この前よりも筋肉ついた感じがするし…でも紅矢とか氷雨と比べたら細いかな?』

「…っま、まだ背は伸びてるし、これからもっと筋肉だってつくもん…」

『ぶっは!もんとか疾風くん可愛すぎ!まぁ確かに大人組はもう完成されてるけど、疾風は成長期だからって前に斉も言ってたから…きっと大きくガッシリした感じになるんじゃないかな?』


逞しい疾風はあんまり想像出来ないんだけどね、と苦笑を浮かべたマスター。そ、それは…悲しいけど、ボクも同じかなぁ。でもやっぱり、強くて大きな体になりたいな…。そうしたらきっと、もっとマスターを守れるから。


『んー…よく分からないけど、今日はちょっと甘えたなのかな?可愛いからOKだけど!』

「っ!」


そう言って笑ったマスターが、手持ち無沙汰にしていた両手をボクの背中に回してくれた。お互いが抱き合う体勢になって距離もぐっと近くなり、マスターの柔らかい体と密着したことで全身が熱くなっていく気がする。それに…


(…マスター、何だか良いニオイがする…)


ボクの口の下くらいにマスターの頭があるんだけど、そこからふわりと良いニオイが香ってくる。同じシャンプーを使ってるのに、何でだろう…マスターは、それとは別にほのかに甘いニオイをさせてるんだよね。

その甘いニオイと、心地良い体温。そして本当にボクが甘えているだけだと思っているのか、何も言わずに背中をぽんぽんと叩く優しい手のひら。全てがたまらなく愛しくて、涙が出そうになるのをぐっと堪える。


今は、ただの弟みたいな存在だと思われていても。

それでも、やっぱりボクは…諦めたく、ない。



「大好き、だよ。…ヒナタ」



……それから、数秒後。堰を切ったようにボクの顔がカーッと赤くなったのが分かった。し、しまった…自分で言っておいて何だけど、すごく恥ずかしい…!まさか、好きって言うよりも名前を呼ぶ方が照れるとは、思わなかった…。流れで、というか…自然と口から出たんだけど、やっぱりまだ名前で呼ぶのは難しそうだなぁ。


「…っご、ゴメンねマスター。いきなり変だったよ、ね…?」


マスターが何も言わないから不安になって、抱き締めていた両腕を離し、謝罪の言葉を口にしながらその表情を見ると…あ、あれ?


『――――〜…っ!』


マスターの顔が、ボクに負けないくらい真っ赤になっていた。眉も困ったように下がっていて、目元まで紅潮している。更に少しだけ開いていた唇は心なしか震えているし、これは…もしかして、照れてる…?


「あ、あの、マスター…?」

『っ!ご、ゴメン!ちょっとビックリしちゃって…!疾風に初めて名前で呼ばれたからって、あたし…な、何でこんな…っ』


マスターは赤い顔を誤魔化すかのように、両手でパタパタと扇いで火照りを冷まそうとしてる。対してボクは…何も言葉が出てこないくらい、頭の中が嬉しさでいっぱいだった。まさか名前を呼ぶことでこんなに真っ赤になってくれるとは思っていなかったから、初めてマスターに意識してもらえたのかもって…。


『た、多分…いきなりだったし、何か声もいつもより低かった上に耳元で言われたからだと思う、うん!だから疾風も気にしな…わっ!?』


マスターがボクから距離を取ろうとする前に、もう一度思い切り抱き締めた。苦しがるかもしれない。でも、照れた理由を話す姿も可愛くて…こういうのを、ベタ惚れ?って言うのかな。

彼女はやっぱり少し苦しそうだったけど…照れ臭さも少し治まったのか、クスリと笑ってまたボクの背中に手を回してくれた。


「ねぇ、マスター。ボク…頑張ってカッコイイ男に、なるよ」

『それは楽しみ過ぎる。でも大丈夫だよ、疾風は絶対カッコ良くなると思うから!それに…いつもは可愛いって言ってばかりだけど、今のままでも充分カッコ良いと思ってるし!』

「…ま、前に雷士がマスターのこと厄介って言ってたけど、何となく理由が分かった気がする…」

『え、厄介って何!?絶対褒め言葉じゃないよね!?』


全く雷士め…!と怒り気味なマスターだったけど、確かに…褒め言葉ではないの、かな…?だって、ボクの気持ちには全然気付いてくれないのに…ボクはどんどん好きになっていってしまうから。だから、マスターは本当にある意味で厄介なんだと思う。

でも、好きなんだ。どうしようもなく、キミが。ボクは強くなるよ。強く、カッコ良くなって、キミを守るから。


…だから、


(お願い。早くボクのこと、好きになって?)


キミがボクを好きになってくれるように、ボクも頑張るから。


ボクは彼女の柔らかな頬に唇で触れて、両手で強く抱き締める。


…今のキスで、マスターがもう一度赤面したように見えたのは…気のせいじゃないと、いいなぁ。



end


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