捧げ物 | ナノ





よく晴れた清々しい朝。太陽が燦々と照りつけるこの日に、ヒオウギシティのとある家では似つかわしくない黒いモノが渦巻いていた。


「……っアカン!!アカンもう我慢出来へん!!ワイはお嬢を迎えに行く!」

「オレも行くぜツッキー!可愛い姫さんがヤローの毒牙にかかる前に!!」

「何言ってるのよダメに決まってるでしょチャラ男コンビ」

「「ぐふぉっ!!」」

「はは、相変わらず澪の回し蹴りの威力は凄まじいな」

〈斉、多分笑い事じゃないと思うよ〉


立ち上がり部屋を出て行こうとした嵐志と樹を荒技で仕留めたのは澪。彼女の手にかかれば大の男とは言え敵わないのはもはや周知の事実だ。

美脚に秘められた怪力は、さすがシャワーズである原型時のアクアテールで磨かれた賜物か。床に転がり倒れた2人を見下ろし、美しく括れた腰に手を当てフンと鼻を鳴らす彼女は正しく女王であった。


「いいからアンタ達は大人しくしてなさい!ヒナタちゃんが玉の輿になれるチャンスなんだから!」

「それがアカン言うてんねや!あぁいう優男程信用ならんもんやで!?」

「そーなんだって澪ちん!だってよ、前もアイツ姫さんをやらしー目で見て…!」

「黙れっつってんでしょ節操無し共。黙らないなら今すぐ溺死か凍死か選びなさい」

「おやおや、澪は中々僕と気が合いそうですねぇ」

「お前らいい加減にしろよ…。そりゃヒナタのことがし、し、心配…なのは分かるけど、な」


慣れないことを言って、少し紅潮した顔を隠すように俯いた昴をチラリと見やった澪はまた不満そうに眉を寄せた。


「はぁ…本当にバカばっかりね。いい?アンタ達。ヒナタちゃんは今幸せの道を歩もうとしてるの!金持ちでイケメンで権力もあるなんて最高の相手じゃない!何が文句あるってのよ!?」

「う…っ澪ちんのバカヤロォオオオ!!」

「ワイの方がお嬢を幸せに出来るわボケェエエエ!!」

「に、逃げちゃった…。2人共大丈夫かな、蒼刃?」

「何も心配するな、ヒナタ様を誑かす輩は俺が必ず抹殺する。お前に見せるには酷な光景になるだろうからな…ついて来るなよ疾風」

「僕は君の頭の方が心配ですよ蒼刃」


喚いていないだけマシかもしれないが、こう平然と物騒なことを言い放つ蒼刃も呆れたものだと澪は深く溜め息を吐いた。

まぁ愛して止まない筈の彼女を門限付きとは言え、何とか送り出しただけでも譲歩したと言えるのかもしれないが。


「ギャーギャーうるせぇな…ヒナタが帰って来てから思う存分いびってやりゃいいだろうが」

「アンタも何サラッと物騒なこと言ってんのよ単細胞ワンコ」


ポッキーをかじりながら常の態度を崩さない紅矢でさえ、眉間にはいつも以上に皺が寄っていることから内心穏やかではないのは間違いないか。

ここまで愛されるのも些か問題があると斉も澪に並んで苦笑した。ここにまたヒナタを溺愛しているハルマが揃っていたら更に面倒だったことだろう。


「雷士、君は珍しく何も言いませんでしたね。ヒナタ君が他の男と2人きりで出掛けるなど許さないと思いましたが…」

〈周りがこれだけ乱心してたら逆に冷静になるよ。それに…まぁ勿論面白くはないけど、相手は見ず知らずの男でもないしね〉

「そうですか、では僕達はこのお馬鹿達が暴挙に出ないように見張っているとしましょう。あぁでも、帰ってきたヒナタ君を尋問することは忘れないで下さいね?」

〈当然でしょ〉


結局アンタ達も根本的には同じじゃない、と澪は言いたかったが。これ以上男共の相手をするのはただ疲れるだけなので口を噤んだ。


(…でもヒナタちゃん、何かあったらちゃんと連絡するのよ)


あの男を認めてはいるけれど信用はしていない。所詮澪もヒナタを溺愛する1人なのでそこは譲れないようだ。

快晴の空に輝く太陽を見上げ、澪はライブキャスターをギュッと握り締めた。









ヒオウギシティの自宅が阿鼻叫喚の図となっていた頃、当事者であるヒナタは待ち合わせの場所へと急いでいた。

何だか出発するのに少しだけ時間がかかってしまったと思いつつ、指定された場所であるサンギ牧場へと向かう。

普段からあまり発揮していない脚力を酷使して目的地へと近付いた時、視界に映ったのは見覚えのある灰銀色だった。


『お、お待たせしましたダイゴさん!!』

「!いや、僕も今さっき着いたばかりだよ」


サンギ牧場で無邪気に戯れる小さなポケモン達を眺めていた彼は、自分を呼ぶ少女の声に振り返った。そしてその姿を目に映すと何とも柔らかな表情を浮かべる。


『ご、ゴメンなさい…ちょっと一悶着ありまして…!』

「はは、気にすることはないよ。むしろ僕が迎えに行っていたら余計に戦争になりそうだしね」

『?』


意味をよく理解していないのか、コトリと首を傾げるヒナタはとても可愛らしいとダイゴは思う。彼もまた初めてハードマウンテンで出会ったあの日から、人知れずヒナタに惹かれていた。

確かにこれだけ可愛げのある子が妹(血の繋がりは殆ど無いが)であれば、我が旧友がシスコンになるのも無理はないだろうと密かに笑みを零す。


「さて、それじゃ行こうかヒナタちゃん。前も言ったけれどあのお店はかなりの人気でね、急がないと売り切れてしまうかもしれない」

『は、はい!』


ダイゴが今日ヒナタを誘ったのは、ヒウンシティに最近オープンしたというパンケーキ専門の店に連れ出す為であった。

連絡をしたのは昨日で、急な誘いだから断られることも予想していたが…甘い物に目がないヒナタは喜んで了承したのである。

ただ彼女には大変過保護な仲間達がいて、もしこの場にいようものなら最悪全面戦争が勃発していただろう。

しかしそこは百戦錬磨で口の達者なダイゴが上手だった。あまり大人数でいるのは苦手だから2人きりにしてくれないかとヒナタに申し出たのだ。

するとお人好しなヒナタのこと、分かりましたと一つ返事で胸を叩き皆には1人で大丈夫だから留守番していてくれと伝えた。

愛しい彼女からの言葉に少なからずショックを受けた面々に、更に追い打ちをかけたのはハルマ家紅一点にして最強の澪。

彼女もまたハルマの手持ちとしてダイゴを古くから知る1人である為、彼の財力や外面はヒナタにとって申し分ないと判断していた。故にヒナタには喜んでGOサインを出し、ブーイングを出す男性陣は拳で黙らせたのである。

こうして見事意中の少女と2人きりのデートにかこつけたダイゴは意気揚々と今日を楽しもうと思っていた。

早速腰のホルダーから2つボールを取り出し、宙に投げると中から飛び出してきたのは立派なエアームド。初めて見るポケモンに興味津々といった顔でエアームドを見つめるヒナタに思わず吹き出してしまう。


「僕が移動する時に世話になっているんだよ。さぁ乗ってヒナタちゃん、彼らにヒウンまで連れて行ってもらおう」

『あ、ありがとうございます…!えと、じゃあ…よろしくお願いしますエアームドさん』

〈おう、任せときな嬢ちゃん!ダイゴを乗せるよりよっぽど楽な仕事だぜ!〉

『おぉう…!頼もしいですねアニキ!』

(一体何を話しているんだろう…)


会って数秒で自分のエアームドと心を通わせてしまったヒナタは凄いとダイゴは心から思う。元々人懐こい種族ではない為少し羨ましいとも。

堅い鋼の体ではあるものの、ほんのり温もりを感じるエアームドに跨がるとその感触が心地良くヒナタは口元に笑みを浮かべる。

一声甲高く鳴いた2体のエアームドはダイゴとヒナタを乗せ高らかにヒウンまで飛び立った。




その2人を牧場の茂みからひっそりと覗いていた人物がいたことにも気付かずに―――――。








目的の店へと到着した2人は店員に個室へと案内された。本来そのような案内はしないのだが、ダイゴの権力を使い容易く個室を用意させたのである。

噂のパンケーキが運ばれて来て、そのあまりに魅力的な姿にヒナタはキラキラと目を輝かせて早速かぶりついた。


『あーあ、ハル兄ちゃん何で今日出張なんだろう…せっかく久し振りにダイゴさんと会えるチャンスだったのに!』

「はは、ハルマもその筋では優秀な学者だからね。あちらこちらと引っ張りだこで忙しいのさ」


というかハルマがいない日を狙って君を誘ったから好都合なんだけれどね、とはさすがに言わなかった。

リーグチャンピオンの上に御曹司であるダイゴの情報網は計り知れない。友人とは言え、ある意味最大の敵であるハルマには絶対に今日この日のことは知られたくなかった。(彼を怒らせたらさすがのダイゴでも血を見ることになるだろう)


「そんなことよりヒナタちゃん、パンケーキ美味しいかい?」

『はいとっても!生地のフワフワ感もさることながら、生クリームとベリーの絶妙なバランスがたまりません!!』


全身でその美味しさを表現するヒナタを見てダイゴの心に暖かな灯が灯る。パクパクと頬張る姿だけで連れて来て良かったと素直に思えた。


(不思議な子だ、この笑顔を見るとこちらまで嬉しくなる。とっても女の子らしくて可愛いのに、媚びた表情や仕草をしないから惹かれるんだろうね)


流麗な手付きでヒナタの頭を撫でたダイゴは、手元のコーヒーを飲み干し手洗いに行くと言って席を立った。


(ダイゴさんには感謝だけど…やっぱり皆にはちょっと悪い気がするなぁ。特に紅矢なんかこのパンケーキ食べたら絶対喜びそう!)


せめてもの気持ちだ、帰りに何かお土産を買って帰ろう。そう思いどんな物がいいか思考を巡らせていた瞬間、



『っぅ、ぐっ!?』



突然背後から布で鼻と口を塞がれた。何かツンと鼻の奥をつく臭いを嗅いでしまった途端、目の前が霞み意識が朦朧としてくる。

苦し紛れに必死に暴れたが抑えつける力は間違いなく男性の物で、次第にヒナタの体から力が抜けていきとうとうダラリと全身が投げ出されてしまう。

完全に意識が没する時倒れ行くヒナタの目に映ったのは、下卑た顔で笑う2人組の男だった。










「ただいまヒナタちゃ…ん?」


手洗いから戻ったダイゴが見たのはもぬけの殻の個室テーブル。パンケーキも食べかけ…ということは、彼女も手洗いに行ったのだろうか?


(…いや、あの子はとても遠慮深い性格だ。別にそんなことは気にしなくてもいいのだけれど、きっと僕に声をかけずに席を立ったりこの場に誰もいなくなったりするのはダメなことだと考えるに違いない)


だとすればおかしい。何故ならばヒナタは財布の入った自分のカバンすら椅子に置きっ放しなのだ。

何かが変だと不審に思ったダイゴはヒナタが腰掛けていた周辺を探った。するとカバンの下に白い紙切れが挟まれていることに気付き腰を折る。

折り畳まれたそれを取り出し開けてみると、そこには衝撃的なことが綴られていた。



【連れの女は預かった。返して欲しければヒウンシティ西の空きビルまで来い。警察を呼べば女の命は保証しない】



ありきたりな脅迫文の文句に露骨に顔をしかめ、グシャリと紙を握り潰す。最後に描かれていた薔薇のマークは…確か以前デボンの下請けとして雇っていた企業のロゴだったか。

けれどそのグループはダイゴの調査により悪質なブラック企業として摘発した筈だった。ということは…逆恨みでダイゴを脅しおびき寄せ、復讐でも果たそうという魂胆なのだろう。


(たまたま一緒にいただけのヒナタちゃんを巻き込むなんて…僕もまだまだ甘かったな)


狙われやすい立場である意識が薄れていた自分を戒めるのは後回しにし、ひとまず連れ去られてしまったヒナタを救うことに集中する。

…だが、さすがに彼女の保護者達に黙って自分だけで向かうのは如何なものだろうかと思う。不測とは言えこのような事態を招いたのは明らかにダイゴの不注意が原因だ。

連絡すらも入れないのはあまりにも不躾で、詫びの1つもしないと申し訳が立たないと判断しダイゴはヒナタのライブキャスターを拝借して自宅へとかけた。







「!ヒナタちゃんからだわ!」

「何ぃ!?ワイにかわってぇな澪!」

「ウザいわね黙ってなさい!もしもしヒナタちゃん?私、よ…?」


樹を踏みつけたまま着信に出た澪は画面に表示された人物がヒナタではなくダイゴであることに眉をしかめた。

ダイゴの神妙な面もちにただならぬ事態が起こったことを理解し、この場にいる全員に聞こえるよう通話音量を最大にセットする。

そしてダイゴが苦々しく説明した現状を聞き終えた時、すかさず席を立ち上がったのは言わずもがなヒナタの手持ち達だった。

皆一様に不安と焦りをない交ぜにしたような表情を浮かべ、そして隠しようのない怒りを顕わにしている。

彼等が何をしようとしているのかは誰が見ても一目瞭然。数多くの猛者と対峙してきた筈のダイゴでさえ、画面越しでもその殺気に気圧されそうであった。


〈…斉、君達はここで待ってて。ヒナタちゃんは僕達で助ける〉

「雷士、お前…」

「…そうね、私達全員が不在にしちゃハルマから連絡があった時に面倒だもの。いい?アンタ達、絶対ヒナタちゃんを助けるのよ!」

〈当然〉


ダイゴとヒウンシティで落ち合うこととし通信を切る。一秒でも早く到着する為に疾風以外はボールに戻り、そのボールを抱えて疾風がヒオウギを飛び立った。


どうか、どうか無事でいてほしい。そして…ヒナタを人質にした輩は決して只では済まさない。


それが雷士達全員の意志だった。



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