ということでマジュちゃん大変身作戦を立てたものの、いつまでもセンターの受付で立ち話をしているわけにもいかず、ひとまずあたし達が取っていた部屋へ移動することにした。
〈…で?どうするつもりなの〉
『んー、まずは服からかな?というわけで…、』
ごそごそとカバンを漁って取り出したのは一着の白いワンピース。つい先日ヒオウギの自宅に帰った際にたまたまクローゼットで眠っていたところを発見したのだけど、今のあたしには少しサイズが小さくて着られないので、旅の道中で売却するなりして処分する為にちょうど持ち出していたのだ。
〈あぁ、これ懐かしいね。確か2、3年前に買ったってやつだっけ。でも1回くらいしか着てないんじゃなかった?〉
『そうそう!よく覚えてるねー。それもあって見た感じは汚れもほつれも無さそうだし…良かったらマジュちゃんにどうかなって!』
「良いじゃないか、よく似合いそうだ」
「あたいこんなの着たことないぞ!」
「だから良いのでは?あなた普段からスカートなんて穿かないでしょう」
『おぉっ、期待大ですね!じゃあマジュちゃん、こっちで着替えてくれる?』
「う〜…分かった…」
雷士に嵐志と疾風のボールを預けて部屋を移動する。彼らは男の子だからマジュちゃんの着替えを見せるわけにはいかないもんね。特に嵐志には…うん、絶対にダメだ。ていうかそんなことをしたらあたしまでエンテイさん達にボコボコにされちゃうよ。
炎と雷で黒焦げにされて、更には凍らされちゃったりしたら最悪だなぁ…なんてゾッとしながらマジュちゃんを手伝い、そして無事に着替え終わったその姿を見て思わず息を呑んだ。
『わぁ…!マジュちゃんやっぱり可愛いよ!』
「そう、なのか…?あたいよく分かんねー」
唇を尖らせる姿がまた可愛くて、ついつい頭を撫でてしまった。でも思った通りサイズもピッタリのようだ。ふわりと揺れる白い生地と、腰で蝶々結びにした黒いリボンがよく似合っている。当時のあたしよりも着こなしているよね、絶対。
『でも!マジュちゃん大変身はこれで終わりじゃないんだよねぇ。ちょっとここで待っててね!』
「へ?」
あたしだけ部屋から出てきたことに不思議そうな顔をしているエンテイさんに笑いかけつつ、いつの間にボールから出たのかは知らないけれどライコウさん達と談笑していた嵐志と疾風をマジュちゃんの待つ部屋に誘導する。あれ、そういえば2匹はマジュちゃん一行とは初対面だっけ。多分嵐志から話しかけたのだと思うけれど、もう仲良くなっていたからさすがだよ…すごいなぁ。
「ひ、姫さんどーした?」
『ちょっと2人に頼みたいことがあってね!マジュちゃんお待たせー!』
「ん?お、初めて会うヤツだな!ヒナタのポケモンか?」
「えっ、ボク達がポケモンだって、分かるの?」
「おう!ニオイがするからな!」
『そっか!マジュちゃんはずっとポケモン達と暮らしてきたからそういうのも分かるんだね』
「ぶはっ、こーちゃんみてーだな!」
「こーちゃん?」
『前に会ったウインディの紅矢のことだよ。そうそう、紹介するね!こっちがゾロアークの嵐志で、隣がフライゴンの疾風です!』
「嵐志と疾風か!あたいはマジュ、よろしくな!」
「う、うん!よろしくね」
「んじゃマーちゃんだな!よろしく頼むぜー!」
なるほど、マジュちゃんはマーちゃんね。嵐志がつけるあだ名はいつも分かりやすくて良いなぁ。…まぁ、あたしに対する姫さんっていうのは未だに納得していないけれど。そして初めて知ったことだけど、どうやらマジュちゃんの手持ちにもゾロアークがいるらしい。そんな偶然ってあるんだね!今度はその子にも会えると嬉しいな。
「んで、オレらは何をすればいいんだ?」
『あ、ゴメンね!実は2人の技術を貸してほしくて…』
「技術?」
『うん!』
首を傾げる彼らに向けて、ワックスやヘアスプレーなどのスタイリングセットと、自前のコスメポーチをバッグから取り出し見せる。それだけで比較的察しの良い2人はピンと来たようだ。
「あーなるほどな、んじゃオレは髪の方を担当するぜ!化粧は正直よく分かんねーしなー」
「ぼ、ボクもあんまり自信はないけど…。えぇっと、どんな風にするのが良いのかな?」
『そうだねー…あ、こんな感じでどうかな!』
「わ、分かった。出来るだけ、頑張ってみるね!」
「んー?なぁヒナタ、どういうことだ?」
『ふふっ、マジュちゃんをもっと可愛くするってことだよ。大丈夫、嵐志と疾風に任せておけば何も心配いらないからね!』
「え?あ、おいヒナタ!?」
じゃあよろしくー!と言い残して部屋を出る。あたしはあたしで別にやりたいことがあったのだ。ゴメンねマジュちゃん、疾風もいるし多分嵐志も変なことはしないだろうから我慢して…!
そうして時折マジュちゃんの小さな悲鳴が聞こえつつも、1時間ほどで完成したらしく嵐志からOKサインが出たので彼女を迎えに行った。
『ふおぉ…!か、可愛いー!最高!』
「ぅぶっ」
上から下まで全身図を眺めてから、その完成度の高さに感動して思い切り抱き締める。マジュちゃんはあれこれ弄られて疲れてしまったのか、軽く身じろぎはしたもののあたしにされるがままになっていた。
「どーだ姫さん!オレとてっちゃんの自信作だぜー!」
『うんうんさすがだよ!もう嵐志も疾風も最高!素敵!』
「えっ…!」
「…あー…と、うん、サンキュな…」
〈疾風はともかく、何で嵐志まで本気で照れてるの〉
「いやだってよー、姫さんがオレに対してあんなキラキラした顔でストレートに褒めてくれんの珍しいっつか…」
〈気持ち悪い〉
「らいとん!?」
『あれ、雷士いつの間にこっちに来てたの?』
〈君が奇声を発したところくらいからだよ〉
奇声ってひどいね雷士くん…。でも確かに感動のあまり変な声が出たことは事実だから何も言えなかった。
『よし、じゃあ気を取り直してエンテイさん達に見せに行こうか!』
「えっ、これを見せるのか?」
『勿論!その為に張り切ってもらったんだからね〜!さぁ行こう!』
あからさまに嫌そうな顔をするマジュちゃんを引っ張り、エンテイさん達が待つ部屋へと戻る。バンッと勢いよく扉を開けると案の定彼らは驚いていたけれど、すぐにその視線は着飾ったマジュちゃんへと向けられた。
「ま、マジュ…っお前…!」
「これはこれは、見違えましたね」
「すげー…別人みてぇだ」
『ふふふ、どうですか?我が家のダブルスタイリスト渾身の出来栄えですよ!』
〈また調子乗って…〉
雷士はそんな風に溜め息吐くけどさ、これは嵐志と疾風の功績だし自慢くらいさせてほしいよ!…それにしても、改めて彼女をじっくり眺めると本当に2人の器用さが際立っている。
マジュちゃんのほとんど痛みのない金髪(恐らくスイクンさんの手入れの賜物)は嵐志の絶妙な力加減でゆるく巻かれていて、いつも付けているらしい黒いリボンは可愛いからそのまま使用。あたしが着せたワンピースにもたまたま同じ色のリボンが巻かれていたしちょうどバランスも良い。
そしてメイクは年相応さを残しつつも普段より少し大人っぽい感じに。元々目はパッチリ大きいし、軽くマスカラをつけてアイラインを引くだけで十分みたい。あっ、眉も整えてもらったのかな?ていうか肌もちょっとファンデーションしてチーク乗せただけなのに綺麗だね…羨ましい。それと仕上げにピンクのリップね!さすがは疾風、細かい部分まで丁寧にやってくれているなぁ。
「素晴らしいな、これをお前達がやってくれたのか!」
「おう!まー元が良いしな、大した手間はかかんなかったぜー!」
「こういうのを人形みたいって言うのか?」
『その通りですライコウさん!』
一見エンテイさんが一番喜んでいるようにも見えるけれど、ライコウさんとスイクンさんも同じ気持ちのようだ。こんなに喜んでくれてこちらまで嬉しくなってくる。
「で…マジュ、多少は女としての自覚は出たか?こんなに綺麗な姿になればさすがのお前も…」
「やっぱりよく分かんね!動きにくいしいつもの服が良い!」
〈あ、エンテイの目が死んだ〉
「らいとん実況すんなって…」
『あはは…確かにいきなりは難しいかも』
「…でも、」
「ん?」
今にも脱いでしまいたいと言わんばかりのマジュちゃんだったけれど、少し考え込んだ後にパァッと輝くような笑顔を見せて言った。
「皆がそんなに笑ってくれるってことは、きっと良いことなんだよな!だったらあたいも、ちょっとくらいなら頑張るぞ!」
『……天使……』
「ま、マスター!大丈夫?」
〈そのまま転がしておいても良かったんじゃないの〉
「雷士はヒナタに冷たすぎじゃね!?」
「あーまぁ、これもらいとんの愛情表現だから気にすんな!」
マジュちゃんのあまりの天使っぷりについ眩暈がしてよろけたところを疾風が支えてくれた。ありがとう疾風、冷たい雷士と違ってあなたは本当に優しいね。嵐志の愛情表現がどうとかいう言葉は正直信じられないけれど。ていうか見てよほら!エンテイさんだってもう涙ぐんじゃってるよ!
「す、すまない…この歳になると涙腺がつい緩んでしまってな…」
『大丈夫ですよエンテイさん、分かります!』
「エンテイとヒナタは中々相性が良いようですね」
「正直意外だったな!」
「なー、もう脱いでもいいか?それにあたい腹減ったぞ…」
「ぶはっ、やっぱりまだ色気より食い気か!」
〈ま、今すぐ変わるなんて誰も不可能でしょ〉
空腹を訴えるマジュちゃんを見て皆が微笑んだ。うん、確かに雷士の言う通りだよね。人間すぐには変われないし、別に無理に変わる必要もないし。今のお人形さんみたいなマジュちゃんも勿論可愛いけれど、素のマジュちゃんだってまた可愛いのだ。彼女がそうしたいと思ったタイミングで、両方の良いとこ取りをしていければいいんじゃないかな?それにさっきの言葉で十分マジュちゃんは頑張ってくれたと思うしね!
“お知らせをします。ヒナタさん、ヒナタさん、ポケモンの回復が終わりましたので受付までお願い致します”
『あっ、蒼刃達のこと迎えに行かなきゃ!』
〈何か僕もお腹空いてきたな〉
「んじゃ姫さん、そーくん達引き取ったらオレらもメシにしよーぜ!」
『そうだね!…あ、もし良ければマジュちゃん達も一緒にご飯食べる?』
「いいのか!?やったー!」
「前回といいお世話をかけてすみませんね」
『いえいえ、大勢で食べるのは楽しいですから!』
ご飯と聞いたマジュちゃんは大喜びしながら着替える為に部屋へ戻っていった。やっぱりいつもの服じゃないと落ち着かないのかな?
「お前達、こちらの要望で手間をかけさせて悪かったな。だが本当に感謝しているぞ」
「マジュもヒナタといると嬉しそうだしな!」
『いえいえ!あたしもすごく楽しいです!』
「そう言ってもらえると助かる。あとは…今回のことでマジュ自身が多少身なりに気遣うようになってくれれば万々歳なんだがな」
「せめてもう少し服を汚さないようにして頂けると有り難いですねぇ」
小言を漏らしつつもその表情は柔らかい。エンテイさん達のお願いを叶えられたかと問われるとあまり自信が無いけれど、少しでも役に立てたのなら嬉しいな。
「おーい!早く行くぞ!」
『うん!』
いつもの服に戻ったマジュちゃんに手を引かれて部屋から出る。あ、でも髪型とかメイクはそのままだから雰囲気が違うかも。うんうん、ワンピースじゃなくても可愛い。
そういえば我が家のメンバーで氷雨だけはマジュちゃん達と会ったことなかったっけ。じゃあ食事の時に紹介してあげないとね!
偶然の再会を経てグンと距離が縮まったあたし達は、まずは預けた仲間を迎えに受付へと向かう。そしてその後の食事会でも大いに盛り上がり、束の間の楽しい時を存分に過ごしたのだった。
end
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