「こちらの3匹ですね、お預かりします。でもちょうど混み合っていて…回復までお時間を頂くことになるけれど問題ないかしら?」
『はい、大丈夫です。お願いします!』
傍らに控えていたタブンネちゃんに蒼刃、紅矢、氷雨が入ったボールを渡し、治療室へと運ばれて行く姿をそっと見送る。今日バトルをした相手のポケモン達はノーマルタイプや虫タイプ、地面タイプが多かったからなぁ…3匹には随分無理をさせちゃった。ジョーイさんが言った通り混んでいるみたいだけど、幸い急ぎの用事もないからゆっくり休んでもらおう。
『さてと…あたし達はこれからどうしようかな』
〈もう昼食は食べたし、呼ばれるまでそれぞれ自由で良いんじゃない?〉
そう言って雷士が大きな欠伸をこぼした。うん、まぁ君は寝たいだけだろうけどね…。でも特に異論はないしそうすることにしようかな。
『じゃあ皆にもボールから出てもらっ、』
「ヒナタ!?」
『…て?』
突然センター中に響き渡るような大きな声で名前を呼ばれた。何となく聞き覚えがあるような…と思いながら後ろを振り向くと、
「やっぱり!ヒナタだ!」
『マジュちゃん!?』
そこにいたのは思った通り、以前森の中を散歩している時に出会ったマジュちゃんという女の子だった。
「お、雷士も一緒か!元気だったか?」
〈君は確か…この姿でも言葉が分かるんだっけ。うん、まぁまぁ元気だよ〉
『マジュちゃん、エンテイさん達は一緒じゃないの?』
「一緒だぞ!ほら!」
『ん?』
そう言ってマジュちゃんが自分の背後を指差すと、少し離れたところから猛スピードでこちらに走ってくる人が見えた。え、まさかあれがエンテイさん達…!?
「まーじゅーっ!!お前!突然どこへ走り出したかと思えば…!!」
「全く…っあなたは馬鹿みたいに足が速いんですから、急には追い付けないんですよ…!」
「おう、わりかった!」
「わりかったじゃない!大体いつもいつも猪突猛進過ぎるんだ!!」
『あ、あの、とりあえず落ち着いて…!ほら、周りの人が見てますから…』
大の大人3人に囲まれて怒られている少女がいたら当然気になってしまうだろう。ましてやここは多くの人々が集まるポケモンセンター。もう既にチラチラと何ともいえない視線がこちらに向けられている。それを小声で伝えると、ハッとしたようにエンテイさん達は咳払いをして気持ちを落ち着かせようと努めていた。
『皆さん、大丈夫ですか?』
「ふぅ…あぁ、もう心配ない。お前は確かヒナタだったか?世話をかけたな」
「なるほどな、マジュはヒナタを見付けて追っかけてったわけだ」
「元々私達もセンターに向かっていたので結果的に良かったものの、これで別方向に走り出していようものならどうしようかと思いましたよ…」
『そ、そうだったんですね…』
スイクンさんがハァ、と大きな大きな溜め息を吐いた。けれどそのお顔も相変わらず美しいから羨ましいな。なんて、そんなことを言ったら怒られてしまうだろうか。
(…それにしても、)
ライコウさんに小突かれているマジュちゃんの姿を盗み見る。着ている服や髪が所々汚れていて、あたしはそれがどうしても気になってしまっていた。あれは砂…とか泥、かな?初めて会ったときも木の上から降りてきたくらいだし、多分ここに来るまでの道中でも似たような移動手段を取っていたんだろうなぁ。マジュちゃんらしくて良いとは思うのだけどね。
相当心配していただろうエンテイさん達の様子も想像してしまって、思わずふふっと笑い声が出てしまった。それに気付いたマジュちゃんが不思議そうに首を傾げる。うん、こうして見ると絶対美少女なんだよね…!
〈今ヒナタちゃん、邪悪なこと考えたでしょ〉
『いやいやあたしを何だと思ってるの!?』
〈可愛い子好きの変態〉
『変態は全力で否定する!!』
「否定はそこだけでいいんだな」
「あははっ、ヒナタは面白いな!」
「…ところで、」
『え?』
不意にエンテイさんがまじまじとあたしのことを眺めていることに気付いた。え、え、何?伝説のポケモンさんに見つめられるの正直怖いんですけど…!
〈…ちょっと、何のつもり?〉
「む?…あぁ、すまない。ヒナタは身なりをきちんと整えているのだと思ってな」
『身なり?えっと…そうですね、その辺は昔からうるさく言われていたのでそれなりには…』
何といっても我が家には斉と澪姐さんがいたからね。身だしなみで人となりが分かるんだって言って気を付けるように教わってきた。まぁ…ハル兄ちゃんはそういうことに無頓着だから余計にうるさくなっちゃったのかもしれないけれど。
『…あ、でも髪の毛先は癖が取れなくてこれが限界なんですけどね!』
〈悲しい現実だね〉
『うううるさいな、雷士だって擬人化したらピョンピョン跳ねてる癖に…!』
〈そこはピカチュウの耳の部分だからいいんだよ〉
『何その謎理論…』
「いや、その程度何の問題もない」
「…エンテイ?」
「ヒナタ…頼みがある」
『へっ!?』
ゆっくり近付いてきたエンテイさんがガシッとあたしの両腕に手をかけた。その衝撃で肩に足をかけていた雷士がずり落ちた気配がする。でもそれに気付いていても今のあたしにはどうしてあげることも出来ず、ただエンテイさんの言う頼みとやらをジッと聞くことしか出来なかった。
「出会ってから日の浅い者にこんなことを願い出るのは失礼かもしれんが、この慣れない地方で頼れるのはお前しかいないんだ。頼む…!マジュに女としての自覚を持たせてやってくれ!」
『……え?』
「エンテイ、言いたいことは何となく分かりますがヒナタが呆然としていますよ」
「!す、すまない…」
「あー…つまりアレだ。見ての通りマジュは服とか汚れても気にしてなさそうだろ?実際お前と出会った時だって木登りしてたから汚れまくってたし」
〈確かに今もあちこち汚れてるね〉
『こ、こら雷士!』
「いいのですよ、本当のことですから。私も常に目を光らせて整えてやってはいるのですが…如何せん本人が自衛しないのでどう頑張っても追い付かないのです」
「むー、そんなこと気にしなくてもいいじゃんか」
『あはは…』
マジュちゃんには申し訳ないけれど、ちょっとだけなるほどと思ってしまった。伝説さん達がここまで苦々しい表情をするのだから切実な思いだということが伝わってくる。
「そういうことだ。だからヒナタ、マジュに少しでも年頃の娘だという自覚を持たせてやることは出来ないだろうか?せっかく整った顔で生まれてきたのに身なりがボロボロでは持ち腐れだ…」
〈結構親バカなんだね〉
『だ、だからそんなこと言っちゃダメだって!というかエンテイさんの言う通りだよ。マジュちゃんはすっごく可愛い顔してるもん!』
「そうか?あたい全然分かんねー」
ふむふむ、そっちの意味での自覚もないわけね…。それに小さい頃から森でポケモン達と過ごして来たって聞いたから、普通の女の子達が好むようなものにあまり興味が湧かなかったのかもしれない。そう思うとエンテイさん達のお願いとは別にしても、純粋に綺麗な格好をさせてあげたいって気持ちになるね!そしてあわよくば綺麗な服は汚さないようにしようっていう意識が生まれてくれれば一番良いのかな?
『よし、分かりました!どこまで出来るか分かりませんけどやってみます!』
「ほ、本当か?恩に着るぞヒナタ!」
〈はぁ…また面倒くさいこと引き受けちゃって〉
『まぁまぁ良いじゃない、元々急ぎの用事もなかったんだからさ!』
「ヒナター、あたいもそういうの面倒だぞ…」
『あははっ、ゴメンね。でもマジュちゃんは今のままでも十分可愛いけど、手をかけたらもっと可愛くなると思うんだよね。あたしはそれを見てみたいんだけど、少しだけ付き合ってもらえないかな?』
「う…っわ、分かった…」
「おぉ、マジュが負けた!」
「ヒナタのような女性への免疫があまりありませんからねぇ」
〈あとヒナタちゃんってたまに恥ずかしいことサラッと言っちゃうタイプだし〉
「確かにアレは断れねぇわ…」
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