捧げ物 | ナノ





「…どうやら嵐志は上手くやったようだな」


嵐志が作り出した幻覚に紛れ、男達の間をすり抜けた蒼刃達は奥の階段を駆け上がり2階へと到達していた。


「ヒナタちゃんはいないね…もっと上?」

「あぁ、まだ波動が少し薄い…上階にいらっしゃるのは間違いないか」


そこまで言った蒼刃が素早く3階への階段を睨み付けた。紅矢もピクリと反応し舌打ちする。

気配を察知することには疎い雷士も、何事かは分からないがきっと良くない者が近付いて来ているのだと悟った瞬間、先程と同様に大勢の黒ずくめの男達が取り囲んだ。ただ1つ、男達が手にモンスターボールを握っていることだけが先程とは違う点だった。


「警察は呼んでいないが…仲間は呼んだという訳か、あの御曹司は。くそ…っとことん俺達をコケにしやがって!!」

「…貴様達とあの男に何があったかは知らないが…ヒナタ様だけはどんな手を使っても返してもらう。致命傷を負いたくなければ、失せろ…!」


鋭く吊り上がった蒼刃の赤い瞳に周囲の男達がたじろぐが、数の差に自分達が有利だと信じて疑わない彼等はすぐに平静を取り戻した。


「ふ…っ失せるのはお前達の方だ!!」

「!」


男達が一斉にボールを投げ上げ、中から現れたのはグラエナやゴルバットといった如何にもなポケモン達。皆一様に雷士達を睨み付け、襲いかかる瞬間を今か今かと待っている。

確かに数で言えば雷士達は不利でしかない。だが誰1人として焦燥感を見せることはなかった。


「はっ…!丁度良いじゃねぇか、人間相手じゃ肩慣らしにもならねぇと思ってた所だ」

「珍しく意見が合ったな紅矢、俺もヒナタ様を人質に取られたこの憤りをどこにぶつけようか考えていた」


鋭い犬歯をチラつかせ凶悪な笑みを見せる紅矢と、拳を鳴らし強く相手を睨み付ける蒼刃が前に出る。

普段は相性の悪いコンビだが、身内の中でバトルにおいては最強と名高い2人を見て、こういった時は大変頼りがいがあると雷士と氷雨はほくそ笑んだ。


「そうですねぇ、ここは2人に任せて問題ないでしょう。先に行きますよ雷士」

「うん。」

「!?い、行かせるなレパルダス!!」


まるで自分達のことなどお構いなしといった雷士達の様子に少なからず狼狽えながら、みすみす見逃す訳にはいかないとレパルダスをけしかける。

だが雷士に向かってレパルダスが飛びかかった瞬間、叩き付けられるような鈍い音と共にそのしなやかな体が宙に吹き飛んだ。


「な…っルカリオ!?そうかコイツら…!」

〈仲間の邪魔はさせない。行け!雷士、氷雨!〉

「了解。…あぁそうだ君達、1つ教えてあげる」

「…?」


3階への階段に足をかけた雷士が男達に振り返り、意味深に口角を吊り上げた。


「その2人を相手にして…タダで済むとは思わない方がいいよ?」


ゾクリと大の男の体に戦慄が走り、目の前の雷士達が酷く危険な存在であるのではないかという考えが脳裏によぎる。だがここまでやってしまった以上、下手に退く訳にもいかなかった。

ひとまず雷士と氷雨を追うことは諦めたらしい男達は、原型に戻った紅矢と蒼刃を片付けることに集中する。


「あんな言葉はハッタリだ…!恐れるなお前達!」

〈恐れるな、か…良い心がけだ。だが、それは無理な話だろうな〉


トレーナーの言葉に再び蒼刃と紅矢へ身構えるポケモン達。そして蒼刃も拳を握って腰を落とし、紅矢は鋭い牙を剥き出しに低い唸り声で威嚇した。


「行けグラエナ!ウインディにかみくだくだ!」

「ゴルバット!ルカリオにエアスラッシュ!」

〈来るぞ紅矢…!〉


自身に向けて繰り出された攻撃を巧みに避けて反撃する蒼刃。だがその時視界に映ったのは、グラエナの牙を避けることなく真正面から受けた紅矢だった。

容赦なく食い込むその牙に蒼刃は目を見開き、何故攻撃を避けなかったのかと声を張り上げる。普段の紅矢の実力を持ってすれば、避けることはおろか返り討ちにすることなど造作もないことであるのに。

グラエナのかみくだくが決まったことに気を良くした男は、いいぞもう一度だと指示を出す。その言葉を聞いたグラエナは指示通り紅矢から牙を抜こうとした。


…が、それは叶わなかった。


〈…!?〉

〈どうしたクソガキ、抜いてみろ〉


牙が、抜けないのだ。いくら飛びかかった足に力を入れて離れようとも、紅矢の体に突き立てた牙がピクリとも動かない。

男はグラエナが狼狽えているのにも気付かず、一体何をやっているんだと声を荒げている。その傍でゴルバットを打ちのめした蒼刃は成る程と1人口角を吊り上げた。


〈紅矢の奴…筋肉でグラエナの牙を締め付け抜けないようにしているのか。全く…大概侮れない男だな〉


通常では有り得ないことだろう。だが類い希なる戦闘の才と肉体を有する紅矢にとって、トレーナーにも恵まれなかった凡才なグラエナの温い牙など取るに足らない攻撃だったのだ。


〈甘ぇな…教えてやるぜ、かみくだくってのは…こうやるんだよ!!〉

〈―――っ!!〉


自身にぶら下がるグラエナを振り上げ、宙に浮いたその体に食らいついた紅矢は強く牙をめり込ませる。そして苦しげな悲鳴を上げたグラエナをそのまま床へと叩き付けた。


「ぐ、グラエナ!」

〈いいかテメェら…ヒナタに傷1つでもついてやがったらこの程度じゃ済まねぇぜ。俺のモンに手ぇ出したこと、死んで後悔させてやる…!〉

〈ヒナタ様はお前の物ではない!…だが、〉

「く…!レパルダス!ルカリオにシャドークローだ!」


紅矢の常軌を逸した強さに少なからず怯え始めた男は、攻撃の手を蒼刃に切り替える。レパルダスが素早い動きと共にシャドークローを繰り出し蒼刃へ襲いかかった。

だがそれも無駄な足掻きに過ぎない。ヒラリとシャドークローをかわした蒼刃はすぐさましんそくでレパルダスを吹き飛ばし、為す術もなく舞い上がった所に間髪入れずはどうだんを叩き込んだ。


〈…殺してやりたい程腸が煮えくり返っているのは俺も同じだ。この者達全員無傷では帰さん…!〉

〈はっ…テメェも大概容赦ねぇな蒼刃〉

「な…っ何なんだコイツら!?何故トレーナーがいないにも関わらずこんな…!!」

〈それは逆だな、ポケモンがいなければ満足に戦うことも出来ないのは貴様達の方だ。だからここで俺達に負ける…恥を知れ悪党共!!〉


最早まともな判断など出来なくなった男達は滅茶苦茶な指示をポケモン達へと出す。勿論そんなバトルが蒼刃と紅矢に通用する筈もなく、多勢に無勢であった戦力差はあっと言う間に覆されていった。


prevnext




×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -