10万打 | ナノ

『日用品は買ったし、あとは…みんなの傷薬類かな?』

「でしたら1階ですね、行きましょうヒナタ様!」

「ま、マスター、重いでしょ?ボク、片手空いてるし持つよ?」

『え、いいの?ありがとう疾風!じゃあ1つだけ持ってくれる?』

「なっ…ヒナタ様!俺もお持ちします!貴女に箸より重い物を持たせるわけにはいきません!!」

『貧弱過ぎるよ!?』


今あたし達は大型デパートのR9で絶賛買い物中。手持ちの道具が心許なくなってきたので買い出しに来たのだけど…思っていたより必要な物が多くて大変だ。だから蒼刃と疾風の2人がお供してくれて本当に助かった。…まぁ、さっきからこのやり取りが続いてるのがちょっと厄介だけど…。

そもそも蒼刃は既に3つも買い物袋を持ってくれているからこれ以上は申し訳ないなと思う。疾風は片手が空いていてまだ余裕があるとのことだったからお願いしたんだけどね…。というか箸なんかより皆が入っているモンスターボールとか、そもそも毎日肩に乗っている雷士の方が重いからあたしは全然大丈夫なのになぁ。

…そういえばあの電気ネズミくんは今も爆睡中なのだろうか。大人組は3人揃って出掛けてしまったから本当は雷士も連れて4人で買い物に行こうと思っていたのに、耳元で叫んでも揺すっても全く起きなかったので仕方なくポケモンセンターに置いてきてしまった。まぁ雷士なら何も気にしてないだろうし、むしろあたし達が帰って来ても寝ているとは思うけれど。


「疾風、どちらがよりヒナタ様のお役に立てるか勝負だ!」

「え…!ぼ、ボク、負けないよ!」

(…でも、やっぱりこの2人だと安心だなぁ)


1階へ下るエスカレーターに乗りながら、蒼刃と疾風の後ろ姿を見てそんな風に思った。2人はとにかく優しいし真面目だし、さっきみたいに凄く気を遣ってくれるし…そこは申し訳ないからそんなに気にしないでとは言うものの、やっぱり嬉しいと感じる。さすが我が家の良心コンビだよね。こんなに心穏やかに買い物が出来るなんて他のメンバーじゃ正直あり得ないことだから。


「ヒナタ様、足元にお気を付け下さい」

『う、うん、ありがとう…』


エスカレーターから降りる時でさえ蒼刃はあたしに気遣ってくれる。まるでお姫様のような扱いには毎度恐縮するけれどね…。というかあたしってそんなに危なっかしく見えるのかな?そんなにか弱いつもりは全然ないんだけどなぁ。

蒼刃と疾風に見守られながらエスカレーターを降り、あたし達は1Fへと到着した。このフロアはトレーナーやそのポケモン達の為の道具を幅広く扱っていて、利用者も多いからか最も広い造りになっている。みんながいくら強くても消耗は避けられないし、どんなときも困らないようにしっかり買い溜めしないとね!


『すごいきずぐすりと、なんでもなおしと…、』

「ね、ねぇマスター、あれは何?」

『ん?』


陳列棚から目当ての道具を探して籠に入れていると、不意に疾風があたしの服の袖を引っ張った。彼はある方向を興味深そうに見つめていて、あたしも何だろうとそちらに視線を向ける。すると薬類から少し離れた場所に置いてあるその棚には「バトル用品」と表示されていた。所謂ポケモンが持つことで効果を発揮する道具のことだ。


「バトル、ってことは…ボク達が使う物なんだよね?」

『うん、そうだよ。気になるなら見てみる?』

「い、いいの?じゃあ、ちょっとだけ…」

「ヒナタ様、俺もバトルで使用する道具ならば気になります!」

『あはっ、蒼刃のバトルはいつも本気だもんね!あたしも勉強になるし見てみよっか!』


そのコーナーにはあたし達以外のお客さんも大勢集まっていた。ほぼ間違いなくみんなトレーナーなのだろう。そういえばライモンシティにはバトルサブウェイというバトル専門の施設があって、そこで勝利する為に道具にも拘るトレーナーが多いと聞いたことがある。今のところそのバトルサブウェイに挑戦するほどの意志は持っていないけれど…みんなと一緒に可能な限りバトルで勝ちたいとは勿論思うから、色々道具の知識も増やしておいた方がいいよね。


『こうして見ると色んな道具があるんだね〜。みんな何も持たなくても充分強いし、今まで真剣に道具のことを考えたこと無かったから新鮮だなぁ』

「いいえヒナタ様、俺達が強いのではありません!ヒナタ様のご指示が的確だから勝てるのです!」

『いやいやそれはないよ!みんな出会ったときから強かったもん!特に蒼刃や疾風は今も自主トレーニングしてるからあたしの指示が無くたって強いと思うよー』

「そ、そうかな?でもボクは、後ろにマスターがいてくれるって思うから、安心してバトル出来るんだけど…」

『くっは…っ可愛い…!ジャスティス疾風くん…!』

「ヒナタ様!?(ぐっ…疾風め…!)」


あたしが全力で否定したことを更にレシーブしてきた疾風に見事打ち破られました。こんな可愛いことを本気で言ってくれているのだから天然って怖いよね…。思わずよろめいたあたしにすかさず手を伸ばしてくれた蒼刃にはお礼を告げて、きょとんとした表情を浮かべている疾風には少しだけ恨めしさを込めて苦笑を返した。


『じゃあ気を取り直して…あ、これ蒼刃に似合いそう!』

「ほ、本当だ。この前テレビで見た、空手の人と同じだね!」

「くろおび…。なるほど、かくとうタイプの技の威力が上がる道具なのですか。さすがはヒナタ様、俺にふさわしい道具を見立てて下さるとは有り難き幸せ…!やはりヒナタ様は素晴らしいお方です!!」

『褒めすぎだと思うよ!?も、勿論くろおびの効果もピッタリだなーとは思ったけど、あたしは単純にこれを巻いた蒼刃はカッコいいだろうなって思っただけで…!』

「え…、」


あたしに詰め寄った蒼刃に多少気圧されつつも、正直に思ったことを伝えると何故か彼の動きがピタリと止まった。そして一言だけ発して目を丸くした疾風のことも不思議に思い、あたしは何かおかしなことを言ったのだろうかと不安を感じていると…


「…ヒナタ様…っ!!」

『わぁっ!?』


突然蒼刃に思い切り両肩を掴まれた。そして正しく目と鼻の先の近さまで顔を近付けて、真っ直ぐにあたしと視線を交わらせる。不意の至近距離に驚きなのか何なのか心臓が忙しなく音を立て始めるから困ってしまう。横にいる疾風やあたし自身もどうしていいのか分からず固まっていると、耳まで赤くして唇を噛み締めていた蒼刃がやっと震えるように声を絞り出した。


「―――…っか、カッコいいなどと勿体ないお言葉…!!花のように可憐で俺の最愛である貴女にそのように想われるとはこれ以上の至福はありません!!ヒナタ様からの気持ちを胸に俺は一生涯お傍でぅぐっ!!」

『待って待って落ち着いて蒼刃くん!!周りの人達がすっごい見てるから!!大声は迷惑になるから!!』

「ま、マスター、気になるのはそこなんだ…?」


正直肩を掴まれた時からチラチラ振りかかる周囲の視線が気になってはいたのだけど、蒼刃が大声を出した瞬間に完全にガン見され始めて耐えられなかった。蒼刃の口を両手で塞いで阻止出来たことに申し訳ないけど内心ホッとする。近距離で叫ばれ過ぎて正直あまり聞き取れなかったんだけど…この場合はまぁ仕方ないと思いたいかな…。


「も、申し訳ありませんヒナタ様!俺としたことが感激のあまりつい取り乱してしまい…!」

『(感激…?)いいよいいよ、落ち着いてくれたならもう大丈夫だから!でもビックリするから大声は控えてね?』

「はい!」


大きく頷いてくれた蒼刃に笑顔を返して、本来の目的である陳列されている道具達へ意識を戻す。でもその時あたしの隣にいた疾風が初めと同じように遠慮がちに袖を引っ張ってきて、どうしたのかと顔を向けると彼にしては珍しく僅かに眉間に皺を寄せ、何となく拗ねたような表情を浮かべていた。


『疾風?』

「っあ、あのね、マスター…。ボクには、どれが似合うと思う?」

『え?……あ、道具のことね!うーん、そうだなぁ…』


似合う、という言葉で一瞬ファッションのことかと思ったけれど、蒼刃とのやり取りもあったしこれはきっと目の前のバトル道具のことを言っているのだと理解する。どうやらその考えは当たっていたようで、疾風は途端に瞳を輝かせてあたしの動向を見守り始めた。多分蒼刃と同じように自分に合った道具を見つけたいのだろうけど…あたしの意見を聞いてくれるところとか本当に疾風らしくて可愛いよね!


『あ、ねぇこれは?多分いい感じになりそうな気がするんだけど!』

「ど、どれ?」

「これは…スカーフですね」

『うん!』


自然と目に留まったのは、こだわりスカーフという道具。普通にお洒落だし疾風なら似合いそうだなぁと思うのだけど…肝心な彼の反応はどうだろう?


『身につけてもいいって書いてあるから試しに巻いてみようか?』

「う、うん!」

『じゃあゴーグルは頭にかけてくれる?スカーフを首に巻いた方がいいだろうし!』


せっかくだから1枚手に取って試着?してみることにした。いつも疾風が首に下げているゴーグルを頭に掛けてもらって、こだわりスカーフを優しくその首に巻いて結びつける。いつ見ても綺麗な肌だよね…傷もシミもないし羨ましいなぁ。


『出来た!さてさてどんな…、』


普段は着用する機会が無くてほとんどファッションと化していたゴーグルを掛けるのに多少手間取ったようだけど、無事に疾風も自分の頭に装着出来たらしくおずおずと顔を上げた。そして完成図を拝もうとしたあたしとバッチリ視線が交わる。

…すると、今度はあたしがピタリと動きを止める番だった。


「…ま、マスター…?ボク、変かな?」

『はっ!い、いやいや全然そんなこと…!ていうかむしろ似合いすぎて言葉が見つからなかったっていうか…!!」

「ほ、本当?じゃあ…ボク、カッコいい…?」

『うんうん!すっごくカッコいいよー!』


というかカッコ可愛いって感じかな?とにかく思った通り疾風によく似合っている。爽やかな色合いのスカーフが疾風の美少年さを更に引き立てていて、もはやバトルの為の道具だということを忘れてしまいそうなくらいだ。それによくよく考えるとゴーグルを頭に掛けた彼を見るのも初めてで、普段とは違う溌剌とした印象を抱いた。


「そ、そっか、えへへ…。マスターに、カッコいいって言ってもらえると…嬉しい、な」

『あぁもうちょっと待ってそこでその笑顔は反則だって!!可愛すぎる…っ!!』

「なっ…ヒナタ様!?」

「…も、もう可愛いに戻っちゃったの…?」

「く…っ疾風お前、俺がヒナタ様に褒めて頂いたからこんなことを…!!」

「だ、だって、蒼刃のことは尊敬してるけど…でも、ボクだって負けたくないから…っ」


疾風のあまりの可愛さに再び軽い眩暈に襲われてしまった。大袈裟でもなんでもなく、胸の奥をギュッと掴まれたようなこの感じをきっと胸キュンというのだろう。彼のはにかんだ笑顔はそれほどの破壊力を有しているのだ。だからあたしは現実に意識を戻すことに必死で、蒼刃と疾風がどんな会話をしていたかなど全く耳に入っていなかった。


『はー…危うく気絶するところだったよ…。でもゴメン2人共!物凄く買いたいのに、もう持ち合わせがほとんど無いのが悔しい…!』

「そ、そのお気持ちだけで充分ですヒナタ様!既に俺達の為に薬などを買って下さっていますし…それに俺は道具に頼らずとも、ヒナタ様と力を合わせればどんなバトルにも勝てると信じています!」

「ぼ、ボクも!強くなるなら、マスターと一緒がいい!」

『うぅ…っありがとう2人共!好き!』

「「!?」」


何て優しい子達なのだろう。感激のあまり思わず2人の首に手を回しまとめて抱き締めてしまった。でも当然驚かせてしまったようで…蒼刃は硬直し、疾風はどう反応していいのか分からないのか両手をうろうろと動かしている。そしてゴメンゴメンと解放すると、2人共耳まで真っ赤に染まっていた。蒼刃も疾風もあたしより背が高いから、首を引き寄せられて前のめりになる体勢が苦しかったのかな…悪いことしちゃった。


「あ、あの…ヒナタ様、つかぬことをお聞きしますが…。その、ヒナタ様は俺と疾風どちらの方が…、」

『ん?』

「いっいえ、何でもありません!お気になさらず…」

(ぼ、ボクも気になるけど…まだ、怖くて聞けないなぁ…)


んん?2人共難しい顔をしてどうしたのだろう…?あたしに何かを聞こうとしたみたいだけれど、何でもないと言われてしまったらそれ以上突っ込めないし…とりあえず気にしないでおこうかな。


「そ、そういえば、このこだわりスカーフってどんな効果があるの?」

『えっと…バトル中に最初に出した技しか使えなくなる代わりに、素早さがぐっと上がる道具みたい』

「なるほど、少し癖はありますが上手く扱えば有用な道具ですね」

『そうだね!でもどの技を選ぶかが難しそう…。疾風ならじしんとかかな?ダブルバトルだと他のみんなもダメージ受けちゃうから、使うならシングルでだけど』

「う、うん…ボクも、出来ればじしんは1対1で戦うときがいいなぁ…。あ、素早さが上がるなら…嵐志よりも早く動ける、かな?嵐志と一度手合わせしたとき、スピードでは全然勝てなかったから…」

『多分いけると思う!…嵐志がこうそくいどう使っちゃったらちょっと厳しいかもだけど…』


単純な素早さだけで見ると、我が家では雷士が1番なのだけど2番目の嵐志も相当速いんだよね…。というかこうそくいどうされたら嵐志がぶっち切りになる。ちなみに雷士も本当はこうそくいどう出来る癖に滅多にしないから使わないものとして算出。理由は単純に電気を出すよりも疲れる技だから…とのこと。本当に物臭だよね!


「ヒナタ様、確かに嵐志は素早いですが…少々打たれ弱いと俺は思います!ので、奴にはこの道具は如何でしょう?」

『ん?きあいのタスキ…?』

「体力が万全の場合に限り、どんな攻撃を受けても倒れることなく必ず耐えることが出来るものだそうです。これがあれば嵐志の軟弱な精神も鍛えられるかと!」

『へぇ…!じゃあもし先手を打たれて大ダメージを受けたとしても、絶対にこちらからも攻撃出来るんだ。嵐志のナイトバーストは強力だから当てたいもんね!』


蒼刃が手に持って見せてくれたはきあいのタスキ。確かに嵐志は素早いし技の威力も相当あるけれど、強い攻撃には耐えきれなかったりするんだよね…。そういえば以前気まぐれで蒼刃とバトルをしたときも、手加減の欠片もない全力のインファイトで一発KOされてしまったことがあったっけ。元々格闘タイプが個人的に一番苦手だと言っていたし、きっとあれで更にトラウマになっちゃったんじゃないかな…。でもこのきあいのタスキがあれば一矢報いることは充分出来そうだよね!


「あ、ねぇマスター!このいのちのたまって道具は、紅矢にいいんじゃないかな?どんな技でも威力が上がるって、書いてあるから…これがあれば、紅矢の攻撃力がもっともっと、高くなるってことだよね?」

『うわ何それ相手にとっては地獄じゃん…ただでさえ紅矢様の攻撃力はとんでもないのに更に最強(最凶)になっちゃうじゃん…!』

「ん…?ヒナタ様、いのちのたまにはデメリットとして攻撃する度に自分もダメージを受けるとありますが…」

『えっ!それだと良し悪しだね…。ほら、紅矢ってフレアドライブとか反動技が好きでしょ?もし相手が物凄くタフだったら、いのちのたまプラス反動技のダメージで自分が先に倒れちゃうってことがあるかも…』

「そ、それは…紅矢が可哀相、だね。それにそんなことになったら、紅矢すっごく怒りそう…」

『あたしも思った。そして絶対あたしに八つ当たりしそうだよね』

「万が一そのようなことになれば俺がヒナタ様をお守りします!」

『ありがとう蒼刃…!頼りにしてるよ!』


まぁ悲しいことに万が一どころかほぼ間違いなく八つ当たりされると思うけれどね!…ん?でもあたしの判断で道具を持たせるのだから八つ当たりではない、のかな…?

ともかく紅矢は自分が傷付いてもあまり気にしない戦闘狂で、バトルのときにはフレアドライブやワイルドボルトを好んで使いたがるのだけど…。その理由はまず技の威力が高いからということと、自分の体全てを使って相手を捩じ伏せることが出来るから楽しいとのこと。うん…本人が満足しているなら何も言わないけどさ、でもがんがん体力が削られていく様子を見るのはトレーナーとして胸が痛むんだよね…。だから反動技以上にダメージを受けるのならいのちのたまは却下で!


『こうして色々考えるだけでも面白いね〜。じゃあ氷雨は…電気技が飛んでくるイメージが強いから、このとつげきチョッキとかどうかな?雷士もそうだけど電気タイプって10まんボルトとかかみなりを使う子が多いしね!』

「攻撃技しか使えなくなる代わりに特殊耐久が上がる道具ですか…なるほど、確かにこれなら俺のはどうだんのダメージも抑えられてしまいますね。その程度の障害、この俺が相手では無意味なものになるかと思いますが!」

「で、でも…氷雨は攻撃技以外で戦うのも好きだって言っていたから、もしかしたら要らないって言うかも…」

『え、そんなこと言ってたの?』

「うん!えっとね…うたうで相手を眠らせて、無抵抗の状態にしてからが一番楽しいとか、相手の手持ちがラスト1匹になったときにほろびのうたを使って、自分は悠々?と控えと交代する瞬間が良いって、言ってたよ!」

『ただの鬼畜!!』

「俺はつるぎのまいを使うのは闘争心が高まって好きですが、氷雨のような闘い方は…あまり…」

「あ…!で、でもね、ぜったいれいどでガンガン追い詰めるのも良いって言ってたから、きっと攻撃技も好きだよ!」

『うん、氷雨はもうどうしようもないとしても疾風はそのままでいてね…』


疾風の言い分はあまりフォローになっていない気もするけれど可愛いからOK。というか氷雨め…また疾風に余計な話をしたんだね。もう、疾風がそのバトルスタイルを真似しちゃったらどうするの!?悪いとは言わないけれど、そんな風になったら何かあたしがショックだよ!


『氷雨様がこれ以上身体的にも精神的にも武闘派になったら危険なので道具の所持は却下にしまーす。あとは雷士かぁ…。あ、そういえば昔ハル兄ちゃんが雷士に一番いい道具はでんきだまだって言っていたような』

「でんきだま…?」

「確かピカチュウ専用の道具だと聞いたことがありますが…」

『そうそう、ピカチュウの攻撃能力が2倍になるすごい物なんだよ!でもかなり希少だから売り物にはならないだろうって…。たまーに野生の子が持っていたりするらしいから、人の手では作れない物なのかもしれないね』

「なるほど…確かに雷士のかみなりやボルテッカーの威力が2倍になればとてつもない攻撃になりますね。もしも雷士が手にする機会があれば是非とも手合わせしたいところです!」

『あはは、さすが蒼刃!……はっ、でもちょっと待って!』

「ま、マスター?どうしたの?」

『もしもでんきだまを持った雷士が、いつもの調子であたしに攻撃してきたら……!死ぬ!間違いなく死んじゃうよねあたし!?』


静電気でさえ痛いと思っているのに、でんきだまの威力が上乗せされた状態でそんなことされたら…っあぁああ怖い!怖すぎる!!

その様子を想像してしまって思わずうろたえると、疾風が「ボクには電気効かないから、マスターのこと守るよ!」と言ってくれたので涙が出そうになった。本当に何ていい子なのだろう…。こんな疾風に余計なことを教える氷雨をちょっと憎らしく感じてしまうよ。


『はー…あ、結構時間経っちゃったね』

「そうですね…そろそろ行きますか?」

『うん、ちゃちゃっと残りの買い物しちゃおうか!』


ついつい時間が経つのを忘れてしまって、気付けばこの売り場に長居してしまっていた。蒼刃達にも荷物を持ってもらっているままだし、早く買い物を済ませて…そうだ、そのあと少しだけ休憩しようかな?


(2人がいっぱい協力してくれたからお礼もしたいしね!)


確かこのモールの中には美味しいドーナツ屋さんがあったはず。あたしは無事に買い物を済ませたあと、2人には荷物番としてベンチで待っていてもらい、評判のドーナツを買いに走った。いつもは行列が出来るほどの人気店なのだけど、今日はたまたま運が良かったらしくあまり混雑していない。そして蒼刃には抹茶味、疾風にはイチゴ味、自分の分はチョコレート味のドーナツを購入し2人の元へと戻った。


『お待たせー!』

「ヒナタ様!!よくぞご無事で…っ!!」

『ドーナツ買いに行っただけだからね!?』

「わぁ…!美味しそう、だね!」

『でしょでしょ?みんなで食べよう!』


荷物を除けてあたしもベンチに腰掛けようとすると、何故か蒼刃と疾風に挟まれる形で真ん中に座らされた。あたしは別に端っこで良かったのだけど…まぁいいか。

気を取り直して自分のドーナツにかぶり付く。チョコ味の生地に更にチョコがコーティングされたチョコ尽くしだけど、甘ったるい程ではなくてとても美味しい。両隣の蒼刃と疾風もそれぞれ美味しそうに口に運んでいた。というかイケメン男子ってドーナツを食べているだけで絵になるんだね…。


『蒼刃、そのドーナツ美味しい?』

「はい、とても!抹茶で程良い甘さになっているので、これならばいくらでも食べられそうです」

『本当?蒼刃はあんまり甘過ぎるのは苦手だから、これならどうかな?って思って買ったんだけど…喜んでくれて良かった!』

「〜…っヒナタ様…!!貴女が俺のことを考え俺の為に買って来て下さったこのドーナツ!!一生味を忘れないよう大切に噛み締めて味わわせて頂きます!!」

『普通に美味しく食べてくれればいいから!!』


あたしそんなに感動させるようなことを言ったのかな…?いやいやそんなことはないよね普通だったよね。蒼刃はいつでもオーバーだなぁ、勿論こんなに喜んでもらえたらあたしも嬉しいけれど。


(…ぼ、ボクの為にも、買って来てくれたんだけどな…)

『ねぇ、疾風の方も美味しい?』

「!う、うん、美味しいよ!ボク、甘酸っぱい方が好きだから…あ、」

『ん?どうかした?』

「あのね、口元に…。ちょっとジッとしてて?」


そう言って疾風が手を伸ばし、唇の端を優しく拭った。驚いて目を丸くするあたしを余所に「はい、取れたよ!」とにっこり微笑む。あぁ、ドーナツの欠片を取ってくれたんだ…と、それだけで済めばまだ良かったのに。


『!?はっ疾風!?ななな何して…っ!!』

「え?何って…?」

「お、お前…っ!何故!ヒナタ様の口元から取ったものを!そのまま食べる必要があるんだ!!」

『そこ強調しないでお願いだから!!』

「え、えぇと…食べ物だし、勿体ないと思って…。い、嫌だった…?」

『嫌、ではないけど…!汚いと思われたかもというか…』


そう、嫌ではない。嫌ではないんだけれど、あの綺麗な指で食べ物の欠片を取ってもらっただけでも申し訳ないのに…まさかそれをそのまま食べられてしまうとは思わなかった。みっともなかったよね、何だか物凄く恥ずかしい。


…だけど、


「どうして?マスターは、綺麗だよ!」

『……もう色んな意味で死んじゃう…』

「え!?」

『いやね、気持ちは有り難いんだけど!さすがに言い回しが恥ずかしすぎるというか、変に深読みしちゃうしあたしには勿体無さすぎる言葉だから!』

「なっ…ヒナタ様ご謙遜を!疾風に便乗するのは癪ですが、美しい貴女に汚い個所など塵1つ分もありません!!」

『追い打ちをかけないでタラシ師匠!!』

「タラシ師匠!?」


そうだよタラシの師匠だよ、だって元祖天然タラシは蒼刃だからね!というか綺麗とか汚いとか、そういう容姿的な意味で言ったんじゃなかったんだけど…。まさかの方向に捩じ曲がってしまって結果的にあたしがキャパオーバーした。もうやだこのタラシ師弟。疾風は無邪気に綺麗とか言うし、蒼刃は真剣な顔でそれに追い打ちをかけるし…この2人といるとこういう居た堪れない羞恥に晒されることもあるんだよね。

…同時に嬉しいとも、思ってしまうけれど。


『(勿論お世辞とは分かってるんだけどね…)さ、ドーナツ食べたしそろそろ行こっか!みんなもきっとセンターで待ちくたびれてるだろうしね』

「うっうん、そうだね!楽しくて、時間が経つの忘れちゃってた」

「雷士は相も変わらず熟睡していそうですが…」

『あはは、確かに!…あ、そうだ。ドーナツ食べたことはみんなに内緒ね?』

「どうして?」

『蒼刃と疾風へのお礼だから!自分も食べたいっていう気持ちもちょっとはあったけど…。でも、あたし達3人の秘密ってことで!』


そう言ってわざとらしく片目を瞑ると、何故か2人がビシッと固まってしまった。心なしか顔も赤い気がするんだけど…気のせいかな?

ともかく特に紅矢が怖いから黙っておいてもらうに越したことはない。少し意地悪かもしれないけれど、たまにはこういうのもいいよね。


『じゃあ帰ろ!着いたらすぐに夕飯の支度しなきゃ』

「は、はい!俺も手伝いますヒナタ様!」

「ボクも!」

『ありがと〜!やっぱり2人は優しいね!』


本当に、さっきみたいに不意打ちを食らうこともあるけれど…蒼刃と疾風はあたしの癒しだなぁ。さてさて、今日の夕飯は何にしよう?必要になるであろう食材はざくっと買ったけれど、せっかくだからここも2人の好物を作ろうかな。


(それと、今度お金に余裕が出来たらみんなでバトル用品を買いに来よう!)


今日の買い物で色々興味も湧いたし、どの道具がいいかはみんなの意見も聞いた方がいいと思う。それでもっともっと強くなって、トレーナーとしてどんな相手とも戦えるようにならなきゃね。よし、その為にまずは出来るところから節約して…他の道具の知識も身に付けよう。


(…それで、この2人と一緒に成長していけたらいいなぁ)


あたしの少し後ろで、顔を見合わせて何やらヒソヒソ話をしている2人をチラリと振り返る。大人組はほぼ完成形だろうけれど、きっと蒼刃と疾風はまだまだ伸びしろがあるのだと思う。…雷士はまずやる気を出すところからかな。でもあたしにも頑張らなければならないところはたくさんあるし、これから過ごしていく中で一緒に強くなっていきたい。

だから頑張ろう。そんなことを考えながら、あたしは人知れずグッと拳を握り締めたのだった。



「さ、さっきのウインクしたマスター…すごく、可愛かったね」

「激しく同意だ…!いいか疾風、あの可憐なヒナタ様も留守番組には秘密だぞ」

(何を話してるんだろう…?)



end

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -