10万打 | ナノ

※蒼刃視点。ちょっとヘタレ気味かも?






「ヒナタ様!お疲れではないですか?そろそろ休息を取るのが良いかと思うのですが…」

『んー…そうだね、ちょっと休憩しよっか!』


泥のついた手で汗を拭ったのか、額が汚れてしまっているヒナタ様に微笑みかける。汚れ仕事は俺がやりますと申し上げてはいたのだが、それでは自分の気が済まないと土壁を触られてばかりだったからな…。俺にとっては然程重労働でもないが、朝も早かったことだしヒナタ様にはそろそろ休憩して頂いた方がいいだろう。



遡ること3時間前、俺とヒナタ様の2人はネジ山へとやって来た。その理由は簡単に言うとハルマさんの研究の手伝いだ。ネジ山では時折珍しい石や化石が採掘されるという情報をダイゴから得られたらしいハルマさんは、喜び勇んでネジ山へ向かおうとしたのだが…どうやら急ぎまとめなければならない資料があったらしく、泣く泣くネジ山へ行くのを諦めていた。

そこへ帰省(この立場で言うのはおかしいが)していた俺達が通りかかって、ヒナタ様が代わりに行って探して来ようか?と提案したところ物凄い勢いで是非お願いしますと返されたというわけだ。そうと決まればと早速色々道具を借りて準備をしていたのだが、そこでヒナタ様はあることに気付かれた。それは1人で野生ポケモンがたくさんいるネジ山に行くのは危ないのでは、ということだ。

それで同行する者を募られ、俺は当然いの一番に立候補した。ヒナタ様をお守りする者としてお一人で行かせるわけにはいかないからな。ちなみにヒナタ様は俺以外のメンバーにも声をかけられていたが、これがまぁ散々な結果だった。斉達はハルマさんの資料まとめの手伝いや身の回りのお世話をしなければならない為に除外。嵐志はファッションに疎い疾風の為に服を見立てると言って、2人で出掛けてしまっていたからこれも致し方ない。問題は残りの3人だ。


「この僕に肉体労働をさせるおつもりですか?お断りします」

「あ?ンな面倒くせぇことするわけねぇだろうが」

〈頑張ってねヒナタちゃん、おやすみ。すぴー…〉


くっ…思い出すだけで腹が立つ…!ヒナタ様も初めからあまり期待はされていなかったようだが、それでもせめて多少なりとも考えるべきだろうが!……だがまぁいい、ヒナタ様にはこの俺がいるのだからな。ヒナタ様も『蒼刃は優しいし頼りになるよね…ありがとう!』と有り難くも仰って下さった。あぁ、あの時の花が綻ぶような笑顔を思い出せば不届き者3匹へ抱いた怒りなど一瞬で浄化される。

こうして薄情者の3人に留守番を任せ、俺とヒナタ様の2人でネジ山へと出発した。…あぁそうだ、ヒオウギからネジ山までの移動は昴に頼んだのだが…


〈クソ!オレだってハルマの手伝いが無けりゃ一緒に…!〉と言い残して若干涙を滲ませながら戻っていった。…ヒナタ様にはあまり聞こえていなかったらしく不思議そうに首を傾げていらっしゃったが、俺はそれで良かったと心底思っている。夕方にはまた迎えに来るとのことで、それは確かに有り難いが邪魔はいない方がいいに決まっているからな。



『はい蒼刃、冷たいお茶だよ』

「あ、ありがとうございますヒナタ様!貴女からこのような気遣いを頂くなど恐悦至極…!」

『いや大袈裟だからね!?』


お茶1杯で畏まらなくていいよ!とヒナタ様は仰るが…どうも俺には難しい。確かに俺ももう少し距離感を縮められたらとは思うが、大切で大切で仕方ない主相手なのだからと言いわけ染みたことも考えてしまう。


(まぁ、今思えば留守番組にはある意味感謝しなければならないかもな…。こうしてヒナタ様と2人きりになれるとは思っていなかったのだから)


隣に座って水筒のお茶を飲んでいるヒナタ様を横目で盗み見る。

暗い洞窟内でも目を引くオレンジ色の髪、透き通った大きな瞳、形の良い唇、お茶を飲む度に動く細い喉…上げたらキリがないが、目に映すどれもが可愛らしくて魅入ってしまう。だがそんな俺に気付いたのか、ヒナタ様がこちらに目を向けた為に慌てて視線を反らした。


(変に思われなかっただろうか…?)


妙に緊張して速まる鼓動に不安を感じたが、どうやらそれは杞憂に終わったらしい。ヒナタ様は不思議そうに軽く首を傾げただけで何も仰られなかったので、俺は気付かれぬようホッと息を吐いた。


(2人きりになれたのは嬉しいが、ご本人に好意を抱いていることが伝わってしまうのは正直気まずい…)


そう、俺はヒナタ様に恋愛感情を抱いている。今まで他の誰にもこんな気持ちが湧いたことはなく、当初は恩義と親愛から来る情だろうかと思ったが、ふとした瞬間にヒナタ様に触れたいなどという不埒な感情を抱いてしまい否が応にも自覚した。だからどうしてもヒナタ様のお傍にいたかったのだ。

嵐志や疾風もあの場にいれば間違いなく共に来ただろうが、故にこの状況を生み出せたのは奇跡に近い。2人きりだからといって何をするというわけでもないのだが、とにかくこの時間を楽しもうと思っていた。洞窟で発掘作業など、女性のヒナタ様にとってはあまり情緒的とは言えないかもしれないが。

ヒナタ様には気付かれないように苦笑を溢した瞬間、俺の体が何かを察知して微かに震える。それを視界に捉えたヒナタ様が慌てた様子で俺に声をかけられた。


『そ、蒼刃…何かあった?』

「しっ…ヒナタ様、少々お静かに」

『っ!』


そう告げるとヒナタ様が慌てて手で口を塞がれる。…駄目だ、集中しなければならないのにそのお姿が愛らしくて一瞬精神が乱れてしまった。


「…強い。しかしこの波動、どこかで…」

『え?』


気を取り直し全神経を集中させて一方向を見つめる。これは間違いなく生き物の波動…しかも全身を震わすような強さの持ち主だ。それと同時に微かに2つの足音も聞こえてくる。靴音とそうでない足音だから、恐らく人間とポケモンだろう。

徐々に近付いてくる足音に知らず知らず強張っていたヒナタ様をお守りする為、素早く原型に戻り自分の背に隠すようにして前に出る。その瞬間、暗がりから足音の主が静かにその姿を現した。


〈!〉


目の前に現れたのはやはりポケモンだった。それも何の偶然か俺と同じ種族のルカリオだ。だが何故こんなところに?いや、それもだがコイツどこかで…。


〈…!やっぱり!やっぱりヒナタさんでしたか!〉

〈!?〉

『へっ!?え、嘘、その声ってまさか…っ』


恐る恐る様子を窺っていたヒナタ様の顔を見た瞬間、ルカリオがパァッと瞳を輝かせて嬉しそうに彼女の名前を呼んだ。その声にヒナタ様も聞き覚えがあるらしく驚いたお顔をされている。そして俺も2人の様子を見て1つの結論を即座に導き出した。そうだ、直接面識があるわけではないがコイツは…


『ゲンさんのルカリオくん!?』

〈はい、そうです!お久し振りですヒナタさん!〉


やはり、以前にも一度ここネジ山で出会ったルカリオだったらしい。それにしてもヘラヘラと笑う奴だ。俺は自分が知る限りこんな風に笑ったことはないだろう。


〈ゲン様!早くこちらに来て下さい!〉

「お前がそんなに嬉しそうな声を出すなんて…よほどヒナタちゃんのことを気に入っているんだね」

『あ…!』


ルカリオが声を弾ませると、その後ろから苦笑しながらゲンという男が現れた。以前ボールの中から見ていた時と同じく、特徴的な青い帽子とスーツに身を包んだソイツは優しげな視線をヒナタ様へと向ける。懐かしいという程でもないだろうが、恐らくそう感じられているのだろうヒナタ様は輝くような笑みを浮かべていた。…そのお顔、俺だけに向けては下さらないだろうか。


「やぁヒナタちゃん、元気そうで何よりだ」

『お久し振りです!まさか前と同じ場所でもう一度会えるなんて思いませんでした!』

〈ヒナタ様、この者達はセッカシティに着く寸前に出会った…、〉

『そうそう、ゲンさんとルカリオくんだよー!ていうかさすがだね、あの時は直接顔を合わせたわけじゃなかったのに分かるんだ!』

〈はい!ボールの中からでも波動は感じられますので!〉

「へぇ…この子がヒナタちゃんのルカリオか。うん、しっかり鍛えられていてとても強そうだね!」

『あ、ありがとうございます!この子は蒼刃っていうんですけど…あたしの指示なんか無くてもすごく強くて、いつも頼りにしてるんです。親バカなんですけどね!』

〈ヒナタ様…っ!何と勿体無いお言葉!!貴女の信頼にお応えし一生お守りすることを誓います!!〉

『うんすっごく有り難いんだけど近過ぎるかな!!』


あまりにも有り難いお言葉を頂き、つい目尻を潤ませながらヒナタ様の両肩を掴んでしまった。その華奢な感触に内心ドキリとして、その上気付けば鼻先が触れそうになるほどの近距離だったことに慌てて体を離す。心なしかヒナタ様のお顔も赤くなっていたように見えたのは気のせいだろうか…?


「ははっ、蒼刃…だったよね?随分ヒナタちゃんに懐いているんだな」

『そ、そうですね、有り難いことに…。申し訳ないくらいにあたしを守ろうとしてくれるんです』

〈いいえヒナタ様、俺はヒナタ様のポケモンですから当然です!〉


自分で言っておきながら、同時に少しの切なさを胸の奥に押し込めた。ヒナタ様のポケモン、か…。それは間違いなくその通りだし、俺はトレーナーとしてもヒナタ様を慕っているのは言うまでもない。だが…、


(…“トレーナーとポケモン以上”を望むのは、俺の我が儘だろうか)


たまに考えることがある。大昔は人間とポケモンが結ばれることも多々あったようだが、今の世ではそれも稀なことらしい。だから人間であるヒナタ様にとって、俺のこの気持ちは迷惑なのかもしれないと。

その答えを聞くのが怖くて、ヒナタ様には想いを告げるどころかまともなアピールも出来ていない。それでもしも嫌われてしまうのなら、今の関係に満足して秘めておきたいと願う俺は臆病なのだ。心身の強さを求めて日々修行を積んでいる癖に何と情けない男だろう。


「そういえばヒナタちゃん、君達はどうしてここに?」

『発掘作業です!あたしの兄が考古学者なんですけど、このネジ山では珍しい石や化石が採れるらしくて…研究の手伝いの為にそれを探しに来ました』

「へぇ、それはすごいね!目ぼしい物は見付かったのかい?」

『ちょっとだけ…ですかね。でもまだ時間はあるので、もう少し粘ってみようと思ってます!』

「そうか、感心だね。でも大変だろう?女の子には重労働だろうし」

『あはは、確かにそうですね!蒼刃が一緒なので良かったですけど、やっぱり慣れてない作業だし疲れますね…』

〈っヒナタ様!どうかご無理はなさらないで下さい!!貴女に擦り傷1つでも負わせてしまったとしたら俺は…っ!!〉

『だ、大丈夫だって!全然無理してないし怪我したとしても蒼刃のせいじゃないから!』

〈私も心配です…。ゲン様、ヒナタさんのお手伝いをしたいのですがいいでしょうか?〉

「ん?」

〈!?〉

『るっルカリオくんまで…!』


先程と同じようにヒナタ様に詰め寄った俺を見てか、何とゲンのルカリオまでもが不安げな表情をし始めてしまった。おまけに手伝いたいだと…!?

ゲンもルカリオの言葉は通じていない筈だが、さすがトレーナーで波動使いといったところか。ゲンの顔を窺う表情だけで察したのか、にこりと笑ってルカリオの頭を撫でた。


「はは、そんな顔をしなくても大丈夫だよルカリオ。私も同じ気持ちだからね」

『ゲンさん…?』

「ヒナタちゃん、実は今から昼食を買いに一度街へ行こうと思っていたんだけど…迷惑でなければ戻るまでルカリオの面倒を見ていてくれないか?ルカリオも君のことが好きみたいだからね。その代わりといっては何だけど、きっと君達の即戦力として作業を手伝ってくれると思うよ。なぁルカリオ?」

〈…!はい、勿論です!ありがとうございますゲン様!〉

『え!?で、でも…!』

〈ヒナタさん、しっかりお役に立ってみせますのでよろしくお願いします!〉

『うっ…!』


ゲンに許しをもらえて嬉しいのか、尻尾をパタパタと振りながら笑顔を浮かべるルカリオ。こ、これは不味い…!そっとヒナタ様のお顔を見上げると、やはりほんのり頬を赤く染めながら何かに耐えているようだった。

俺とてヒナタ様のことはある程度知り尽くしている自負がある。例えば一般的な女性の例に漏れることなく、彼女も可愛いとされる物に非常に弱い。仲間内でいえば疾風がそれだ。俺にはとても真似出来ない笑顔や態度に悔しく思うこともある。そしてヒナタ様の表情を見る限り、恐らくこのルカリオの仕草も彼女にとって可愛く思えるものなのだろう。今までの経験からすると、このままでは…


『…わ、かりました…こちらこそ責任持って預からせてもらいます!』

(や、やはり押し切られた…!)

『せっかくの2人からの厚意だからね、有難く受け取ろう蒼刃!』

〈…ヒナタ様が、そう仰るなら…〉


正直に言うと2人で作業をしたかった。だがヒナタ様はお優しいから、これも致し方ないのかもしれない…。俺はこの方のそんなところも好きなのだから。

まぁ実際に作業が大変なのも本当だ。か弱い女性であるヒナタ様にご無理をさせて怪我を負わせるわけにはいかない。ここはヒナタ様の仰る通り、ルカリオに協力させる方がいいだろう。


『あ、でも…ゲンさんは街まで1人で大丈夫なんですか?途中で野生のポケモンに遭遇したりしたら…』

「ん?あぁ、問題ないよ。それほど距離があるわけでもないし…いざとなったらいくらでも対応出来る術は持っているからね!」

〈そうですよヒナタさん!ゲン様はただの無しょ、じゃなくて穀潰…いえいえ、引きこもりなどではなくて、自身をも常日頃から鍛えられている方なので心配要りません!〉

『待って!!ルカリオくん色々と待って!!』

「ん?ルカリオが何かおかしなことでも言ったのかい?」

『あっゴメンなさいやっぱり何でもないです!』


…今、何やらルカリオが自分の主に対して失礼千万な物言いをした気がする。ヒナタ様もそれに気付いておられるようで、思わず声を挙げたがゲンの反応を見て慌ててやり過ごされた。恐らく、ゲンにルカリオの言葉までは通じていないのだから敢えて指摘するのはお止めになったのだろう。さすがはヒナタ様、2人の間に無用な確執を生ませることのない聡明なご判断です…!

それにしてもルカリオの奴、様子を見る限りゲンのことを本気で慕ってはいるのだろうが…今のは本音なのか?ニコニコ笑いながら言うものだから呆気に取られてしまった。


「?じゃあヒナタちゃん、私は行くけど…遠慮なくルカリオのことを頼ってくれ。ルカリオもヒナタちゃんの言うことをよく聞くんだぞ!」

〈はい!行ってらっしゃいませ!〉

『気を付けて行ってきて下さいねー!』


ゲンは俺達に手を振って出口の方向へと歩いて行った。この場所からだとセッカシティが近いからそこへ買い出しに行ったのだろうか?この際あの特徴的な服装で街へ繰り出したことは気にしないでおこう。ヒナタ様ならばいざ知らず、ゲンのことは俺には関係ないからな。


『さて、それじゃあたし達もやろっか!』

〈お任せ下さいヒナタ様!この者の手を借りずとも俺がいれば問題ありません!〉

〈わぁ、蒼刃さんは逞しいんですね!〉


…改めて俺とルカリオを比べてみると、同じ種族でも随分タイプが違う。俺はこんな風に締まりのない顔で笑ったりはしないしな。とはいえ波動で感じた通り、コイツの能力は相当高いものだ。だからこそヒナタ様が見ておられる前で醜態を晒すわけにはいかない。むしろ俺の方が優れているのだと思って頂けるよう良い働きをしなければならないだろう。

そんなことを考えながら、俺はより気合いを入れて作業に向かったのだった。


『じゃあルカリオくんはこれを使ってくれる?』

〈はい!〉

「そういえばお前、こういった作業の経験はあるのか?」


ヒナタ様がルカリオに道具を手渡されようとした時、既に擬人化していた俺はふと気になったことを問い掛ける。そういえばそこは全く確認していなかったなと思い言ったのだが、ヒナタ様も同じくハッとしたお顔でルカリオに目を向けられた。コイツに決して負けたくないと思っているとはいえ、同じ土俵に立っていないまま勝負するのは不公平だろう。俺とてハルマさんの手伝いをする中で最近やっと様になってきたばかりなのだ。

ゲン達の言葉を何の疑問も持たずつい受け入れてしまったが、実際のところルカリオはどうなのだろう。しかしヒナタ様が申し訳なさそうにルカリオの表情を窺った時、奴は意外にも何の問題もなさそうに微笑んだ。


〈全く同じとは言えないかもしれませんが、似た経験ならば何度か!〉

『え、そうなの?』

〈はい!ゲン様のお友達に発掘のお仕事もされている人がいまして、修行を兼ねてゲン様と一緒にお手伝いしたことがあるのです!〉

『すごい、それならバッチリだね!』

「く…っ良いのか悪いのか…!」

『ん?どうしたの蒼刃?』

「い、いえ…ヒナタ様はどうかお気になさらず…」


不思議そうに首を傾げたヒナタ様を見て慌てて握り締めていた拳を下ろす。自分で言っておいて何だが、ここでルカリオが未経験だと言えばさり気なく協力の申し出を断れるかもしれないと思ってしまった。駄目だな…ヒナタ様が関わることにおいての俺はどんどん狭量になってしまっている。

それにしても山や洞窟に籠りがちだというゲンにそんな友人がいたのは意外だった。基本的には鋼鉄島を本拠地としているとのことだが、その友人も同じシンオウ地方の者なのかもしれない。…そういえばルカリオという種族が初めて学術的に発見されたのはシンオウ地方だと聞いたことがある。一度ヒナタ様と2人きりで出向いてみたいものだ。


〈…あ、お手伝いするなら私も擬人化した方がいいですよね〉

『へ?』


俺がぼんやりと思考に耽っていると、ヒナタ様から道具を受け取ったルカリオが不意にそう呟いた。そして一瞬で人の形へと姿を変えて…


「これでバッチリです!さぁ、始めましょうヒナタさん!」


俺には到底真似出来ないような、毒気を抜かれる満面の笑みを浮かべた。


『……っか、かわ…っ可愛い…!!』

「なっ!?ヒナタ様…!?」


ヒナタ様から震えた声が絞り出された。悔しいが、確かに俺が擬人化した姿などより可愛げがあると思う。外見は俺よりも多少幼く見えるが雰囲気は疾風に似ている気がする。普段から疾風のことを天使だと呼んでいるヒナタ様からすれば間違いなく愛でる対象なのだろう。俺からすればヒナタ様の方が余程天使だというのに…いや今はそれよりも!このままでは非常に不味い…!俺よりもコイツの方が良いなどと思われたらそれこそ死ぬ!


「可愛い、ですか?そんなことを言われたのは初めてです…」

『…あ、ゴメン!もしかして嫌だった?』

「いいえ!でも私はヒナタさんの方が、」

「ヒナタ様!!時間が迫って来ています、張り切ってやってしまいましょう!!」

『わっ…!?え、あっ…そ、そうだね!手伝わせて申し訳ないけど、ルカリオくんもお願い出来るかな?』

「は、はい!(今蒼刃さんに思い切り睨まれたような…?)」


あ、危なかった…!俺の勘ではあるが、今確実にコイツはヒナタ様を褒めようとしたに違いない。言われる前にヒナタ様の小さな手を握りこちらへ引き寄せて意識を逸らすことに成功した。勿論ヒナタ様はその優しさと美しさで老若男女問わず褒め称えられるべきお方だが、この俺の目の前で他の男がその言葉を口にするのはやはり気に食わないのだ。あぁ、こんな器の小さい俺をどうかお許し下さいヒナタ様…。


『あ、あの、蒼刃?これじゃ何も出来ないんだけど…』

「っ!も、申し訳ありませんヒナタ様!」


しまった、危機回避したことに安堵してヒナタ様のお手を握ったままだったことを忘れていた。慌てて手を離し、困ったように笑うヒナタ様に深く頭を下げる。正直あの小さく柔らかな感触を手放すのは寂しく思うが、ヒナタ様がお困りになるのなら贅沢は言えない。もういいから、とヒナタ様が仰りそっと顔を上げると、彼女はどこか気まずそうに頬を赤くしながら目線を泳がせていた。や、やはり迷惑だったのだろうか?

…駄目だ、今はあまり時間がないから考えるのは後にしよう。ヒナタ様も作業に戻られた以上、俺が上の空でいるなど許されない。心の底では認めたくないがルカリオも擬人化して乗り気のようだし、ゲンが戻ってくるまでに1つくらい成果を出しておかないとな。




……と、考えていたのだが…。



「ヒナタさん!これはどうですか?」

『わっ凄い!それはかいの化石だよー。あたしの生まれた地方ではメジャーなんだけど、久し振りに見たからハル兄ちゃんも喜ぶかも!』

「本当ですか!でしたらもっとたくさん見付けますね!」

『うん、ありがとうルカリオくん!』


ヒナタ様が、俺に構って下さらない。

悔しいことに現時点では俺よりコイツの方が成果が多く、それも比較的貴重とされる物ばかりを掘り出す為ヒナタ様の意識が完全にそちらへ向いてしまっている。更にはこのルカリオ、当初から感じていたことだが明るく話し好きのようで、ヒナタ様も楽しそうにしていらっしゃるのだ。正直かなり悔しい。挽回する為にも負けじと手を動かすのだが、空振りが多く思うように事が運べない。


(くそ、このままでは本当にヒナタ様を奪われてしまう…。それに俺自身が無性に苛立っているのが分かる。これが嵐志の言っていたフラストレーション…つまりは欲求不満ということか)


ルカリオに悪気がないのは分かっているのだ。だが今の俺はどうしても寛容ではいられなかった。当然そんな俺に気付くはずもなく、ルカリオは尚もヒナタ様にニコニコと話しかけている。

…そういえば、ゲンがルカリオはヒナタ様を気に入っていると言っていた。それは確かに一目瞭然。だが、その感情はただの友愛か?先ほどは発言を阻止したが、コイツは少なくともヒナタ様を可愛いと思っている…。


(…まさか、)


「ヒナタさん!今度はこんな、」

「おいルカリオ」

「え?」


再びヒナタ様に声を掛けようとしていたのを遮り、俺の方を振り返ったその瞳を真っ直ぐ見つめた。ヒナタ様も突然どうしたのかというお顔でこちらを見ていらっしゃる。本当は、ヒナタ様の前で問うべきではないのかもしれないが…


「お前、ヒナタ様のことが好きなのか」

『へ…?あ、あたし?』

「ヒナタさんですか?はい、勿論!ゲン様がいなければ是非トレーナーになって頂きたいくらいです!」

『ゲンさんが聞いたら泣く!!』

「あっ大丈夫ですよ、勿論いなければの話なので!でもヒナタさんは優しくて可憐で、とても美しい波動をお持ちで…一緒にいられる蒼刃さん達を羨ましく思うのです」

『えぇ…えっと、うん…そんなことはないけど、そう言ってもらえるのはあたしも嬉しいかな…!』


照れていらっしゃるのか、ほのかに赤面したヒナタ様がルカリオの頭を撫でた。すると瞳を輝かせて喜んだルカリオがヒナタ様の手にぐりぐりと頭を押し付ける。

今のはハッキリとした返答ではなかったかもしれない。だがそれでも、敵意を抱くには十分過ぎるルカリオの言葉と、目の前に広がるこの光景に…溜まっていたものが一気に爆発した気がした。


『きゃ…っ!?』


分かっている。ヒナタ様には勿論、ルカリオにも悪気などないと。それでもヒナタ様を奪われたくない一心で、気付けば彼女を俺の胸へ引き寄せていた。


『そ、蒼刃!?』

「…お前に、渡すものか…!」

「え?」

「ヒナタ様は俺のものだ!!お守りするのもお慕いするのも俺1人でいい!!相手が貴様だろうと誰だろうと、ヒナタ様だけは絶対に渡さん!!」


俺の声が洞窟内に響き渡る。はぁ、はぁ、と荒くなった息を整えてから深く吸い込み、少しだけ気を落ち着かせてルカリオを睨み付けた。売られて買ったことは多々あるが、自分から喧嘩を売ったのは初めてかもしれない。だがそんなことはどうでもいい。こちらから好意を確認する問い掛けをしておいて勝手だと言われるだろうが、俺は敵なのだと認識される方が色々都合がいいのだ。


(平たく言えば、正々堂々の方が容赦なく戦えてやり易い)


さぁ来るなら来い、同じルカリオならば力で奪い取れ。俺は絶対に負けないがな。その思いを込めてグッと拳を握り締めた。


『…あ、あの、蒼刃?』

「ご安心下さいヒナタ様、貴女は何の心配もなさる必要はありません」

『や、じゃなくて…ずっとこの体勢なのは、ちょっと…』

「…っ!?ま…またもや申し訳ございませんヒナタ様ぁあああ!!」

『土下座!?いやそこまでしなくていいから!!』


しまった、ずっとヒナタ様の肩を抱いたままだった…!

ルカリオに啖呵を切った勢いのまま意識がそちらに向いていたが、まだヒナタ様のお気持ちも聞いていないのに出過ぎた真似だっただろうか…。


「ど、どうかお許し下さいヒナタ様…!」

『許すも何も怒ってなんか…って、ていうか…今のって…、』

「え…?」


段々ヒナタ様の声がしぼんでいくことに気付き、地面に手をついたまま恐る恐る顔を上げる。すると彼女のお顔はマトマの実のように真っ赤に染まっていた。


(…波動で分かる。この方は今、お怒りではない)


読み取れる感情は動揺と喜び…。確かに突飛な発言だったから動揺は多いに理解出来る。だが、喜びとは…


(まさか、そんな。こんな都合のいい解釈があるものか)


どくん、どくんと煩い心臓の音が全身に伝わる。いい方に考え過ぎだと思ってはいるのだが、僅かな希望を捨て置くことも出来ず、頬を紅潮させたままのヒナタ様にゆっくりと手を伸ばした。



「ただいま皆!戻った…よ?」

「あ、ゲン様!」

「おやルカリオ、お前の擬人化は久し振りに見た気がするね。それにしてもヒナタちゃんと蒼刃はどうかしたのかい?」

『いっいいえ!何でもないです!!』


ヒナタ様に向けて伸ばした手は届かずに宙でピタリと止まった。俺も気配を察知するのが遅れたが、ゲンのやつ何故今はほとんど足音も立てずに現れたんだ…!互いを見つめ合って顔を赤くしている俺達が不思議だというのは理解出来るが、何となく邪魔をされた感覚を覚えて静かに怒りを抱いてしまった。


「もう、駄目ですよゲン様!せっかくお2人が良い雰囲気だったんですから!」

「なっ…!?」

『るるるルカリオくん!?』

「良い…?へぇ、なるほど。2人はそういう関係だったんだね!」

『「〜〜〜…っ!!」』


ルカリオの言葉にふむふむと納得したゲンがニヤリと笑った。対して俺とヒナタ様は口ごもってしまい何の反論も出来ない。それでもとりあえずどうしても言いたいことが1つあり、赤い顔のまま俺はルカリオをキッと睨み付けた。


「貴様…っ俺の気持ちを知っていて馬鹿にしたのか!?」

『ちょ、蒼刃…!』

「ちっ違いますよ!私はこういうことに疎くて、つい先程の蒼刃さんの真剣な表情を見て察したばかりです!それにヒナタさんも満更では、」

『わ―――っ!!もうやめてルカリオくん!!』

「す、すみません!ですがお2人の邪魔をしてしまったようで…」

「〜…っも、もういい…。俺も声を荒げて済まなかった」


どうやらルカリオは俺を挑発していたわけではないらしい。無自覚でヒナタ様に擦り寄っていたならそれはそれで腹立たしいが、まぁこの際良しとしよう。しかし、今ルカリオが言いかけたことが事実だとしたら。本当にそんな夢のようなことがあっていいのだろうか。


「そうだルカリオ、ちゃんとヒナタちゃん達の手伝いは出来たのか?」

「はい!たくさん発掘出来ました!」

「そうかそうか、それなら良かった。ではヒナタちゃん、私達は昼食を取ってから修行を再開するつもりだからそろそろ戻るよ。ここから離れた場所に荷物も置いたままなんだ」

『そ、そうですか…。あの、ルカリオくんがいてくれて本当に助かりました!ありがとうね、ルカリオくん』

「いいえ!お役に立てて嬉しいです!」

「そう言ってもらえて私も安心したよ。ではまたねヒナタちゃん、気を付けて帰るんだよ!」

『はい、ゲンさんも気を付けて!』

「…あの、蒼刃さん」

「ん?」


ゲンと握手を交わしているヒナタ様を見守っている時、ルカリオが小声で話し掛けてきた。一体何を言うつもりなのかと不思議に思いながら耳を傾ける。


「私がヒナタさんのことを好きなのは本当です。でもそれはあくまで人としてですから、蒼刃さんのように恋心を抱いているわけではありません。だから安心して頑張って下さいね!」

「な…っ!!」

「じゃあルカリオ、行くぞ」

「はいゲン様!ではお2人共、また会いましょう!」

『う、うん!ばいばいルカリオくん!』


にこにこと無邪気に笑いながらルカリオは行ってしまった。…恐らく俺よりも1つか2つ年下だろう相手に応援されるなど情けない。有り難いといえば有り難いのかもしれないが…。


『…えっと、じゃああたし達もそろそろお昼にしよ…わっ!?』

「!ヒナタ様!!」


何となく気まずい空気が流れたまま、ヒナタ様が俺の後方に置いてあるリュックへ歩き出そうとした瞬間。足元に露出した石につま先を引っかけバランスを崩した。だがそこをすかさず抱き止め、お怪我をされなかったことに安堵する。


『…っあ、ありがとう、蒼刃…』

「い、いいえ!貴女がご無事で何よりです…」


……今気付いたが、これは今日1番の密着加減だ。だがヒナタ様はこれまでと違いご自分から離れようとはされない。それが何故かはひとまず置いておいて、ともかく嬉しいと感じた俺は抱き締める力を強くした。ヒナタ様の小さな体から心地良い体温が伝わってくる。…離したくない。やはり俺はどうしようもなくこの方が好きなのだ。


『…ね、ねぇ…蒼刃。さっきのって、本当…?』

「さっき…というと…?」

『だ、だから…あたしのことは渡さない、とか…そういう…』

「っそ、それは…!」


俺がルカリオに啖呵を切った時の言葉だ。勿論全て偽りない事実…だがそれを伝えてしまっていいのだろうか。

彼女を抱き締めたまま言い淀んでいると、そのヒナタ様が俺の服をぎゅっと握り締めたのが分かった。苦しいのか、と顔を下に向けると見えたのは赤く染まった耳。俺の胸に顔をうずめていて表情までは窺い知れないが、その耳を見ただけで心臓が激しく脈打った。


「…本当、です。ずっと言えずにいましたが…俺は、貴女が好きなんです…」

『…っそ、れは…トレーナーとして…?』

「勿論そういう意味もありますが…その…。お、お怒りになるかもしれませんが、女性として…ヒナタ様を、お慕いしています」

『――――っ!!』

「!?」


歯切れのいい物言いではなかったかもしれない。だが俺の言葉はしっかりと伝わったようで、突然ヒナタ様が勢いよくお顔を上げた。その表情は俺と同じくらい真っ赤で、目尻を潤ませながら色々な感情がない交ぜになったようだった。


「あの、ヒナタ様…!」

『あたしも好きだよ!』

「え?」

『本当はずっと言うタイミングを探してた。いつもあたしのことを考えてくれて、守ってくれる蒼刃が好き!こんな思わぬ形になっちゃったけど…でも、蒼刃があんな風に思ってたなんて知らなかったから。すごく嬉しかったよ!』


そう言って赤い顔のままヒナタ様が微笑んだ。そのお顔を見た途端、更に愛しさが溢れ出して再び強く抱き締める。すると遠慮がちに俺の背中に腕を回されて、これが夢ではないのだと思い知らせてくれた。


「す、きです…っ愛しています、ヒナタ様」

『愛…っ!?そ、それはさすがにオーバーじゃないかな…?』

「いいえそんなことはありません!俺は本気でヒナタ様を、」

『わ、分かった分かったってば!恥ずかしいよ!』

「しかし…!」

『…っふ、あははっ!』


互いを抱き締め合いながらのやり取りに、おかしくなったのかヒナタ様が声を上げて笑った。それを見た俺も釣られて笑みを浮かべる。するとヒナタ様がぽすん、と俺の胸に再び頭を預けられた。俺もその柔らかな髪に頬を寄せ、優しい温もりを全身で包み込む。


(悔しいが…ゲンとルカリオに感謝しなければならないな)


特にルカリオは俺よりも一枚上手だったようだ。次に会う時は是非手合わせしてみたいと思う。その前に礼を言わなければだがな。


『じゃあ蒼刃、とりあえずお弁当食べよ!夕方には昴が迎えに来てくれるし、それまでもうひと頑張りだね!』

「はい!お任せ下さい!」


ぱぁっと輝くような笑顔で仰ったヒナタ様に俺も大きく頷き返す。するとヒナタ様が俺の手を握って歩き出した。あまりない彼女からの接触に心臓が跳ねて、嬉しそうに笑うヒナタ様の横顔を見るとどうしようもなく胸が熱くなる。帰ってハルマさんにどう説明しようかと考えもしたが、今はとにかくヒナタ様と2人きりでいたかった。


幸福は、いつも隣にあったのだ。



end

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