long | ナノ







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「…そうか、そんなことが…」

『うん』


翌日、帰宅したハル兄ちゃんと斉にこれまでの出来事を話した。トウヤさんやNさんのこと、キュレムさん達伝説のポケモンのこと、そしてプラズマ団とゲーチスさんのこと。全てを理解するのは大変だったと思うけれど、さすがは学者さんと言うべきか。あたしの拙い説明でもしっかり飲み込んでくれたようだった。


『それでね、ハル兄ちゃんにお願いがあって…。分かる範囲で大丈夫だから、あたしの両親について教えてほしいの』


その言葉を聞いてハル兄ちゃんの手がぴくりと震えたのが分かった。斉も心配そうな視線を投げかけてくる。それも無理はないだろう。実はあたしはこれまで自分から両親の話題を出したことはほとんど無い。勿論ハル兄ちゃんからも。多分、一種のトラウマになってしまったあの事件を思い出すのが怖くて無意識の内に触れないようにしていたのだと思う。そんなあたしの気持ちを彼らは分かっていてくれたのだろう。


「…大丈夫なのかい?」

『分からない。…でも、知りたいの』


いつまでも怯えるだけの子どもではいられない。あたしはもっと両親のことを…特にお母さんのことを知らなくてはいけない。ゲーチスさんの言葉の意味を理解する為にも。


「…そうか、分かったよ。でもゴメンね、僕も詳しいことはあまり知らないんだ。何せユタカさんに至っては会ったことすらないし、アキナさんにしても幼い頃に一度姿を見たくらいで…」

〈ユタカ?〉

「ヒナタの父親の名だ。そしてアキナが母親だな」

『ハル兄ちゃんとは遠縁だって言っていたけど、親戚付き合いみたいなものはほとんど無かったってこと?』

「…っそう、だね。2人共そういうことは苦手だったみたいで…」

「ハルマ」


不意に斉がハル兄ちゃんの言葉を遮った。そしてじっとその思慮深い瞳で彼を見つめる。


「持ち得ている数少ない情報を誤魔化さなくていい。例えヒナタの為だとしても、当の本人がそれを望まないだろうということはお前も分かっているはずだ」

『斉…?』


誤魔化す、とはどういう意味だろう。ハル兄ちゃんは斉の言葉にバツが悪そうな顔をした後、ゆっくりと口を開いた。


「そうだね…ゴメン。あのねヒナタ、これは出来るだけ君の耳には入れたくなかったのだけど…。君の母親…アキナさんは、自分の親や親戚、そして周囲の人々からずっと避けられていたそうなんだ」

『…え?』

「僕も昔大人達が話していたことを耳にしただけだから詳しいことは分からないけれど、どうやら…その、」


そこで口籠ったハル兄ちゃんの様子を見てぴんと来るものがあった。そうか、あたしには言い辛い、お母さんが避けられていた理由というのは多分…


『お母さんも、ポケモンと話すことが出来たから?』

「!どうして…」

『それもプラズマ団のゲーチスさんが言っていたの。やっぱり本当なんだね…』

「…うん。美人だけどどこか浮世離れした雰囲気を纏っている女性だったと聞くし、中々周囲に理解され辛かったのかもしれないね」


悲しそうに目を伏せるハル兄ちゃんを見るとあたしの心が痛んでくる。きっとお母さんと同じ能力を持つあたしを傷つけまいとしてその事実を黙ってきたのだろう。…でも考えれば仕方がない事だとも思う。だって、


『ポケモンの言葉が分からないのが"普通"…だもんね』

「…っ」


正直麻痺していた気がする。ハル兄ちゃんを始め出会う人皆がすんなりと受け入れてくれたから…。でも、そうではないのだ。異質なのはあたし達。お母さんの周りの人達がそうであったように、理解されなくても不思議ではない。


『わっ!?』


そこまで考えたところで突然背後から誰かに抱きしめられた。ソファの背もたれ越しに伸ばされた細腕、そしてあたしの頬に触れる長い水色の髪。それは澪姐さんだった。表情は窺い知れないけれど、何も言わずにギュウと抱きしめてくるその姿だけで彼女の気持ちはちゃんと伝わってくる。


『…あたしは大丈夫だよ、ありがとう澪姐さん』


これは本音。あたしは大丈夫。だってこの力で悲しい気持ちになったことなんてないもの。むしろ良いことばかりだった気がする。思うところがあるとすれば、お母さんとNさんもそうだったら良かったのに、というくらいかな。そっと腕に触れてお礼を言うと、澪姐さんがホッとしたように微笑んでくれたのが分かった。そう、良いことばかりだった。あたしはとても恵まれている。本来普通ではないことを普通として受け入れてくれた、あなた達に出会えたのだから。


(それにお母さんのことをまた1つ知ることが出来た。もっともっと知りたい。良いことも悪いことも全て)



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