long | ナノ







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〈消えろテメェら!!〉

〈おのれ…っヒナタ様を返せ!!〉


敵の攻撃を避けつつ、手加減の欠片もない反撃を繰り出す蒼刃と紅矢を横目で見る。2匹共が元々敵に容赦はしない性格だけど、それでもここまで力任せで理性のない戦い方をするタイプではない。それだけ頭に血が上っているということだろう。


(ま、それも当然か…何せ自分の命よりも大切なヒナタちゃんが目の前で攫われたんだから。紅矢もそんな態度は見せないけど多分似たようなことは思っているだろうし。)


かく言う僕も気持ちは同じ。今のところ何とか冷静に敵の対処は出来ているけれど、腸は当然の如く煮えくり返っている。でも何に一番ムカついているかって、それは僕自身にだ。あの時ヒナタちゃんの肩から飛び下りずそのまま傍にいれば、守ることが出来たかもしれないのに。


〈己を責めるなタンポポ小僧。〉

〈!〉


僕の気持ちを見透かしたように言葉を発したレシラム。純白の体躯に炎を纏わせ、襲い来る敵を薙ぎ払いながら続けた。


〈お前は眼前に現れた無数の敵を迎え撃つべく動いた。その時その瞬間正しい行動を取った上で、私達の誰もが予期していなかった事態が起きたのだ。やむを得ず阻止出来なかったことにいつまでも囚われるな。嘆くだけならば阿呆にも出来る。ミカン娘を救いたければ、次にやるべきことへ頭を切り替えろ。〉

〈…アンタやっぱり、むっかつく。〉


よりによってレシラムに諭されるなんてね。そんなこと言われなくたって分かっているけど、まぁ…一応礼を言っておくよ。心の中でね。


〈お前達も同じだ、怒りのあまり無駄な動きが多くなっているぞ。腕に覚えがあるのならばそれに見合った戦い方をしろ。〉

〈貴様に言われずとも分かっている!だが一刻も早くヒナタ様をお救いしなければならないのにこの数では…っ!〉


レシラムが文字通り暴れている蒼刃と紅矢にも諫言したけれど、やっぱりあの2匹はすぐには冷静になれないらしい。氷雨はいつだって落ち着いているけどね。でも確かに蒼刃が言うように、そもそも圧倒的にこちらの方が数の差で不利な状況だ。いくら僕達が強くてもこれでは切りが無い。そもそもレシラムとゼクロムが揃っているのに馬鹿正直に真っ向から戦ってやる必要があるのかな。


〈ねぇ、君達伝説のポケモンなんでしょ?本気出したら一網打尽に出来るんじゃないの。〉

〈そうだぞ!すっごく強いんだろ?〉

〈無論造作も無いこと。…しかしそうは出来ぬのだ。〉


ゼクロムの答えを聞いて、一瞬僕だけでなくケルディオの動きまで止まったのが見えた。何だ余裕なんじゃん、と思った途端に落とされてしまったのだから無理もないと思うけれど。でもどうして出来ないのか?その理由は僕が問いかけるよりも前にレシラムが続けて語った。


〈簡潔に述べるならば場所が悪いといったところだな。私とゼクロムの力は確かに絶大だが、今ここで解放すればジャイアントホールが崩落しかねん。それに巻き込まれた時お前達は辛うじて耐え抜けるやもしれんが、Nやトウヤの人間の体では最悪命を落とすだろう。〉

〈…それはつまり…、〉

〈あぁ。洞窟内に捕われているミカン娘もまた然り、だ。〉


珍しく口元から笑みを消して言ったレシラムを見て、それはあまりにもハイリスクな賭けなのだと悟る。紅矢と蒼刃、そして氷雨も苦々しい表情を浮かべていた。

…絶対にダメだ。ヒナタちゃんを今以上に危険な目に遭わせるわけにはいかない。でも、じゃあどうすればいい?


〈…そういえば…何故トウヤは自分のポケモンを出していない?〉


蒼刃の呟きに僕自身もハッとする。そうだ、トウヤも凄腕のトレーナー。エンブオーはとても強そうだったし、きっと他のポケモン達だって鍛え上げられているに決まっている。なのにさっきからトウヤからは何の指示も聞こえて来ない。一体どうしたのかと敵の攻撃を避けながら彼の方を見ると、何故か手にボールを握り締めたまま立ち尽くしていた。


〈おいN、トウヤに伝えろ!テメェの手持ちも頭数に入れれば随分マシになる筈だってな!!〉

〈やめなさい紅矢。…恐らくそれも無理なのでしょう。〉

〈何だと…!?〉


僕が何かを言う前に痺れを切らした紅矢が噛み付いた。僕達の言葉が通じるNに伝達係をさせようとしたのだろう。でもそれを制した氷雨の言葉で余計にトウヤへの疑問が深まる。無理って…どういう意味なの?

氷雨はその理由を悟っているような視線をトウヤに向けている。すると僕達の会話を聞いていたであろうNが重々しく口を開いた。


「氷雨の言う通りだよ。トウヤ…皆を出せないんだね?」

「…あぁ。」


呟くように返事をしたトウヤが手の中のボールを力強く握り締めたのが分かった。そのボールの中からは彼の相棒であるエンブオーが悔しげな顔をしているのが見える。これって…まさか、


「俺としたことが…まんまとしてやられたよ。」


俯いた状態からゆっくりと顔を上げたトウヤは、僕達ですらゾクリと背筋が冷えるような暗い瞳をしていた。静かな声色だけど…間違いなく怒っているよね。そしてそのまま彼の視線は洞窟の奥へと向けられる。すると次の瞬間、革靴のような靴音を響かせて暗がりから人影が現れた。



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