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『…本当にここまで誰もいませんでしたね。』
あたし達の現在地はジャイアントホールの入口から入ってすぐの開けた場所。キュレムさんのパワースポットだからなのか、洞窟内はとてもひんやりとしていて少し肌寒い。もうここは敵の巣窟と言ってもおかしくはないだろうに、冒頭の通りプラズマ団の姿はただの1人も見掛けなかった。
「そうだね…ボクとしては正直拍子抜けな気もするけれど。」
「でもあのアクロマとかいうヤツの話からすると、ここへ転送されたキュレムの傍には間違いなく団員達がいる筈だ。このまま慎重に進もう。」
そうだ、警戒を解いてはいけない。それにまだアジトからの追手が到着していないだけかもしれないし…油断は禁物だよね。
トウヤさんの言葉で気を引き締め直していざ突入しようとした、その時。
『わっ!?』
ベルトにセットしたボールから手持ちのみんなが飛び出してきたのだ。え、何々一体どうしたの?と困惑するあたしを余所に、一番最初に傍へ飛んできたのは蒼刃だった。
〈ヒナタ様!ご無事で何よりです…!アジトではお役に立てず申し訳ありませんでした!!〉 『ちょっ大丈夫だから落ち着いて!ね?あれは蒼刃のせいじゃないんだから…。』
本当に申し訳なさそうで、そして悔しそうな表情をしているから慰めるようにその頭を撫でる。彼のことだから、アジトでボールから出られなかったことを物凄く気に病んで心配してくれたのだろう。でもあれは予期せぬ妨害に遭ったせいなのだから気にしなくてもいいのに…。だからありがとう、と伝えるとやっと安心したように微笑んでくれた。
『もしかしてみんな心配して出てきてくれたの?』
〈う、うん!ずっと出ていけそうなタイミングを探してて…今なら大丈夫かなって、思ったから。〉
〈こーちゃんもちゃんと出て来るとか、意外とアジトでのこと気にしてたんだな!〉
〈燃やすぞテメェ…。俺はただ閉じ籠ってんのに飽きただけだ。〉
〈おやおや、紅矢は素直じゃないですねぇ。〉
それぞれの反応が微笑ましくて思わず笑ってしまう。何というか…これから敵陣(というと大袈裟かもしれないけれど)に乗り込むという時に、いつも通りのやり取りを見せてもらうと逆に安心出来る気がするなぁ。
「へぇ…ヒナタの手持ちはみんな強そうだね。それに君のことが大好きみたいだ。」
『あ、ありがとうございます!大好きかどうかはまぁ…自分ではよく分からないんですけど…。』
「何を言うミカン娘、誰がどう見てもお前は愛されていると思うがな。特にこの忠犬小僧には鬱陶しい程に。」
〈貴様に言われなくとも当然だ!俺ほどヒナタ様に忠誠を誓っている者などいない!〉
(鬱陶しいって言葉はスルーなんだ。)
「…む?ルカリオ…ルカリオか。」
『?ゼクロムさん、蒼刃がどうかしましたか?』
レシラムさんに食ってかかる蒼刃を見ながら、ゼクロムさんは考え込むように顎に手を当てる。そしてしばしそうした後、うむ、と小さく頷いて口を開いた。
「ルカリオ…いや、蒼刃といったか。そなたに1つ頼まれてもらいたいのだが。」
〈何だ?〉
「念の為にジャイアントホールの中にある生き物の気配を探ってほしいのだ。そなたの可能な範囲で構わん。頼めるか?」
「ほう…なるほどそういうことか。私達はキュレムの気配は察知出来ても、その他のポケモンや人間の気配までは困難。しかし波動使いであるこの忠犬小僧ならば出来るというわけだな。」
『そっか!それ良いと思います!蒼刃、お願い出来るかな?』
〈はい、ヒナタ様のお望みとあらば喜んで!〉
ゼクロムさんが考え付いたのはこういうことだったんだね。トレーナーのあたしが真っ先に気付けなかったのは情けないけれど…確かに蒼刃の力ならどんな風に隠れていたって波動で察知出来るだろう。
〈…なーらいとん、レシラムよりゼクロムの方がまとも?だよな。〉
〈僕もそう思う。アイツより落ち着きがあるよね。〉
『ちょ、何てことを…!しーっ!』
〈でも本当だし。ヒナタちゃんもそう思うでしょ?〉
『そっ、んなこと…無い、よ…?』
〈姫さんバレバレだぜー!〉
「…何か、ヒナタを見ていると楽しいね。」
「だろう?それに優しいからボクは彼女が大好きなんだ。」
「…ふぅん…。」
ニヤニヤと面白そうに笑っている嵐志に、せめてもの仕返しとして恨めしそうな視線を送りつけた。それはまぁ、確かに…悪戯好きなレシラムさんよりも、ゼクロムさんの方が口調や雰囲気が落ち着いているように見えるけれど。でももしレシラムさんに聞こえていたら絶対怒られるのはあたしなのだから、正直この場でそれを口に出すのは勘弁してほしい。
〈では…、〉
ゼクロムさんからの依頼を引き受けてくれた蒼刃がゆっくりと目を閉じる。後頭部にある房のようなものがふわふわと浮いているのは神経を集中させている証拠だ。いつ見ても不思議だなぁ、どういう原理なのだろう?
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