long | ナノ







1

「…まさかあのような方法で逃げられてしまうとは…。」


ヒナタ達が去った後、大穴の開いた天井を見つめてアクロマ達は立ち尽くしていた。完璧に取り囲んだ筈だったのに…と少なからず悔しく思うが、想定外の出来事が多かったのも確か。何よりゼクロムを所持していたトウヤという少年の乱入は大きかった。


「致し方ありません、ですがある意味好機とも言えましょう。当初はNを誘き出してからが計画の本番でしたが、上手くいけばゼクロムも捕えることが出来ます。彼等は必ずやジャイアントホールに向かう筈…。残っている動ける者達も全てあそこへ向かわせなさい。」

「かしこまりました。到着までに妨害電波も更に改良しておきます。」

「えぇ、今度は突破されぬようにお願いしますよ。ではワタクシも録画映像を確認しながら出向くとしましょう。すぐに用意を。」

「おや?アナタ様の気になさるような点は特に無かったと思いますが…火急なのでしょうか。」

「ワタクシにとってはとても。あの娘のことで色々と…ね。」

「…?では私もお供致します。」


トウヤに向けたような憎しみの感情とはまた違う、底知れぬ暗い笑みをゲーチスは浮かべている。彼が言うあの娘とはヒナタのことだろう。確かに彼女は自分にとっても非常に興味深く面白い存在ではあるが、一体このお方が何をそこまで気にしているというのか。しかし今は時間がない。考えても仕方がない事とし、アクロマは歩き出したゲーチスの背中を追った。




−−−−−−−−−−−−




「ヒナタ…ヒナタ、」

『…ん…。』

〈あ、起きた。〉

〈ヒナタ!大丈夫か!?〉

『ケルディオくん…。あれ、あたし…?』

「少しの間だけど気を失ってたんだよ。ゴメン、多分怪我はさせていないと思うけど…怖かったよね。」


困ったように眉を下げたトウヤさんの顔を見て慌てて首を振った。確かに怖くなかったと言えば嘘になるけれど、トウヤさんを始め雷士達もいてくれたから安心出来たのも事実だ。うつ伏せの状態から上体を起こし、大丈夫ですと伝えるとホッとしたように微笑んでくれた。


〈でも僕もさすがに驚いたよ。あれってハイパーボイスだよね?〉

〈あぁ!すっごい威力だったぞ!〉

『ハイパーボイス…!トウヤさん、あの時ハイパーボイスで天井を壊したんですか!?』

「うん、そうだよ。電撃を使えば俺達まで被害を受けるし…でもあれならいけるって思ったんだよね。」


すごい…。この口振りだと一か八かの賭けに出たような感じなのに見事にやってのけてしまったんだ。結果こうして無事に脱出出来たわけだし、トウヤさんとゼクロムさんの間にはNさん達のように確かな信頼関係があるのだろう。


『あっそうだゼクロムさんにもお礼言わないと…!あの、少しゼクロムさんと話しても大丈夫ですか?』

「話す…?ははっ、そっか君はポケモンと話せるんだもんね。」

『え?な、何か変なこと言ったでしょうか…?』

「いや、素敵な表現だと思うよ。俺には擬人化しないと無理だから…少し羨ましい。きっとゼクロムも喜ぶと思うから、どうぞ。」

『あっありがとうございます!』


空を飛んでいる状態では声が届きにくいから少し前へと移動する。乗り心地は疾風よりもゴツゴツした感じだけど…体が大きいからかな?多少動いても素晴らしい安定感だ。


『ゼクロムさん、助けてくれてありがとうございました!』

〈気にするな、礼には及ばん。それよりもそなたに聞きたいことがあってな。〉

『はい、何でしょう?』

〈そなたから微かにレシラムのニオイがするのだが…どこぞで会ったのか?〉

『あ…っそ、そうなんです!あたしNさんとレシラムさんに頼まれてゼクロムさん達を探してたんですよ!』

「Nに?ヒナタはNに会ったの?」

『はい!初めて会ったのはもうだいぶ前のことですけど…何度か会う内にレシラムさんのことも紹介してもらえて、プラズマ団がキュレムさんを使って何かをしようとしていることも教えてもらいました。それでキュレムさんを止める為にはゼクロムさんの力も必要だってことで、自分達はキュレムさんを追うから代わりに迎えに行ってほしいって頼まれたんです!』

「ふぅん…Nが他人をそう簡単に信じるとも思えないけど、でもヒナタが言うなら本当なんだろうね。」

〈儂らがプラズマ団のアジトに現れることも知っておったということか?〉

『あっいいえそれは本当に偶然なんです…。レシラムさん達からセイガイハ付近にいるってことは聞いていたんですけどね。でもそこで偶々出会ったケルディオくんがアジトに乗り込むということで、それに付いて行ったらトウヤさん達に出会えたというわけです。』

「ケルディオが?」

『はい。ジャイアントホールでキュレムさんと決闘中にプラズマ団が突然乱入してきたみたいで、その時捕らえられたキュレムさんの居場所も彼が知っていたんです。それで1人で助けに行かせるなんて出来なくてあたし達も付いて行ったんですけど…。あ、キュレムさんを助け出して決着を付けたいっていうのがケルディオくんの目的なんですよ。』

「あぁ、確か一人前と認められるには強者に勝利しないといけないんだっけ。なるほどね…どうして俺以外の侵入者がいたのか納得がいったよ。聖剣士の後継者であるケルディオが傍にいたから、初めから悪人じゃないとは思っていたけどね。」

〈オレが聖剣士見習いって知ってるのか!?〉

『あはは、ケルディオくんが見習いだって知っているのかって驚いてますよ。』

「ん?まぁ神話レベルで聞いたことがあるだけだけどね。でも一度だけ聖剣士のリーダーと言われるポケモン…コバルオンには会ったことがあるんだ。」

『〈コバルオンに!?〉』

「あ、ヒナタもあるんだ?」

『はい!』

〈ていうか2人共驚き過ぎでしょ。〉


声が揃ったあたしとケルディオくんを見て、雷士は呆れ顔を浮かべトウヤさんは可笑しそうにクスクスと笑った。いやだって普通に驚くよ!コバルオンだってそんなこと言っていなかったし…。


「まぁ会ったといっても一度だけ。俺は昔ポケモン図鑑っていうのを埋める為にも旅をしていて、その収集の一環でコバルオンが住む洞窟に行ったんだけど…対峙して分かったんだよ。アイツは何か固い意志を持っていて、その為に人間に捕らわれるわけにはいかないって顔をしていた。だから俺は捕まえるのを止めたんだ。でも今はそれで良かったと思ってる。ゼクロムは自分の意志で俺のボールに入ってくれたけど、そうはしたくないポケモン達もいるんだ。伝説級以上になると特に…ね。」


そう言ってトウヤさんはゼクロムさんの背中を優しく撫でた。コバルオンの固い意志とは…聖剣士としてこのイッシュ地方を守るという使命だろうか。


「キュレムもコバルオンと理由は違えど、無理やりボールに入れていい存在なんかじゃない。ましてやあのプラズマ団が狙っているなら尚更ね。それをゼクロムは勿論、恐らくレシラムも感じ取ったからこそNも動いたんだろう。」


本当にトウヤさんには感嘆しか出来ない。2年前のイッシュ地方をプラズマ団から守ったというだけでも凄いことなのに、再び立ち上がって奮闘している。そしてあのアクロマさんやゲーチスさんに怯むことなく立ちはだかり、こうしてあたしを庇いながらも彼等を出し抜いてしまった。それに今の話…きっとトウヤさんは物事の本質を見極めて、自分がどうすべきかを知ることが出来るのだ。強く賢く、勇気と優しさを兼ね備えた人。まさしくゼクロムさんの求めていた理想の英雄なのだろう。


『そう…ですね。コバルオンも、不穏な気配がするから住処を出てイッシュを回っていると言っていました。ケルディオくんだってキュレムを助ける為に一生懸命です。そうやってポケモン達が動いているのに、あたし達トレーナーが黙っているわけにはいきません。絶対、何かの役に立ちたいと思います!』

「…そうだね。うん、あの人間不信だったNが君を頼った理由が分かる気がするよ。」

〈あぁ。ヒナタ嬢よ、そなたはひた向きな人間だ。キュレムに歩み寄ろうとした姿を見た時から思っていたが、そなたは奴を恐れつつも救いたい気持ちには何の躊躇いも無かった。だからこそ思慮深いコバルオンが心を開き、レシラムも信頼に足る人間だと判断したのであろう。〉

『そ、そんな…トウヤさんもゼクロムさんも良く言い過ぎですよ。』

〈そんなことないぞヒナタ!だってオレもヒナタが大好きだからな!〉

〈ま、素直に受け取っていいんじゃないの?〉


まさかトウヤさん達にそんな風に言ってもらえるとは思わなくて、思わず顔が赤くなるのを感じる。勿体無い言葉だけど本心はとても嬉しい。雷士の言う通り、素直に喜んでもいいのかな…?


「Nだけじゃない、俺からもよろしく頼むよ。君の力を貸してほしい。必ずプラズマ団を止めよう!」

『…!はい、勿論です!』


トウヤさんの言葉にゼクロムさんが頷くのが見えた。あたしの身も引き締まる思いだ。あの恐ろしい人達の思い通りにしてはいけない。絶対に、絶対に止めなくちゃ!



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