long | ナノ







1

ギ、ギギ、と低く鈍い音を立て、重厚な扉が開かれる。鍵でもかかっていたらどうしようかと思っていたけれど、たまたま運が良かったらしく杞憂に終わった。

プラズマ団の下っ端さんから聞いた扉を開けた先にあったのは、ガラス窓と金網が張られているだけの小さな部屋だった。椅子やテーブル、機械類といった物だけでなく、視界を遮る物も何もない。ただ周りを見渡す為…いや、床一面に張られた金網を見る限り、何かを見下ろす為だけに作られたと感じさせる簡素な部屋だった。


〈あ…ヒナタ!下を見てみろ!〉

『え?』


室内の異質さに気を取られていた間に、ケルディオくんが何かを見つけたらしい。言われるがまま視線の先を追った瞬間、あたしは息が詰まるような感覚を味わった。目に入ったのは用途が分からない無機質な機械類に幾重にも張られたワイヤーのような紐。そして…空間の真ん中に鎮座する、異様な威圧感を放つ大きなポケモンだった。


『…もしかして、あれがキュレム…?』

〈そうだぞ!〉


ケルディオくんはキュレムを見付けて気が高ぶっているらしく、忙しなく前足を踏み鳴らしている。キュレムの方はこちらに気付いてはいないようだけど…。


(あれ?)


キュレムの足元まで覆っているワイヤーを目線で辿っていると、右前足に擦り傷のようなものが見えた。遠目だけどそれなりに大きそうな傷だ。きっとプラズマ団に捕らえられたときに付いたものなのだろう。通常野生のポケモンはバトルなどで傷付いたとき、自分の住処でジッと動かず力を蓄えるとか、知識のある子は効能のある木の実を食べるとかして怪我を癒すらしいけど…こんなところにいてはそれも出来ないはず。


『早くポケモンセンターに連れて行くなり薬を使うなりしないと…あのままじゃ傷が悪化しちゃう。どうにかして近付けないかな?』

〈このガラスをぶち破ろう!それが1番早いぞ!〉

『いやいやさすがにそれはマズイと思うな!』


どうしよう、ケルディオくんが紅矢の影響を受け始めている気がする…!いやそれよりも、ぶち破るのは絶対ヤバいよね!多分さっき出会った団員さんなんかよりずっと怖そうなプラズマ団がドヤドヤ押し掛けてくる気がする。


〈でもヒナタちゃん、キュレムがいる部屋に直接入る方法が分からない以上はガラス窓ぶち破るしか仕方ないんじゃないの。〉

『いや、うん…そりゃそうなのかもだけどさ。でも出来るだけ穏便に済ませたいじゃん?』


さて、どうしたものか…







「よろしければ私がお手伝い致しましょうか?」

『わぁあああああっ!?』

〈ちょ、いきなり大きな声出さないでよヒナタちゃん。〉

『あたしを責める前にツッこむことあるでしょ!?』


突然背後から肩を叩かれ声をかけられたものだから、当然のごとく心臓が止まるかと思うほど驚いた。ついでに雷士の鉄のハートにもね…。あれ?ていうか…!


『あっ…アクロマさん!?』

「こんにちはヒナタさん、先ほど振りですね!」


突如音も無く現れ、明るい声色で話すアクロマさんに驚きを隠せない。だって今アクロマさんも言った通り、この人とはついさっき海辺の洞穴で別れたばかりだ。おまけにアクロマさんはあたしの進行方向とは逆で、セイガイハの方へ向かって歩いて行ったはずなのに。それが一体どうしてこんなところに…いやそれもだけど、アクロマさんはここがプラズマ団のアジトだと知っているの…?


〈なぁヒナタ…コイツ、洞穴で会ったヤツだよな?〉

『う、うん…。』

「…やはり、アナタはポケモンの言葉がお分かりになるのですね。」

『っ!』

「あぁ、私はそれをとても素晴らしいことだと思っておりますのでご安心を!むしろ羨ましいくらいです!初めてお会いしたときから薄々感付いてはおりましたが…アナタは実に興味深い。アナタのその能力があれば、ポケモンの真の力を引き出すことも可能なのでしょうね…。」


そう言いながらアクロマさんは目を細め口元に笑みを浮かべる。その目に見つめられた瞬間、何故かあたしの背筋がぞくりと震えた。どうしてだろう…ポケモンの言葉が理解出来るということを特別隠していたわけじゃないから、今更アクロマさんに知られたところで大きな問題なんてないはずなのに。それにアクロマさんは今、あたしに対して好意的なセリフを言ってくれたのだから気味悪がられているわけでもないと思う。


(…それなのに、どうして…。)


どうしてあたしは今、この人に知られたということに不安を感じているんだろう…?



prev | next

top

×