long | ナノ







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「ところでアナタのお名前は何と仰るのですか?」

『あ…ヒナタ、です。』

「ヒナタさん!良いお名前です!」


相変わらずハイテンションな人だ。洞穴内にビリビリ木霊する低い声が否が応でも耳を通り抜ける。

この人とはホドモエで一度バトルしているけれど…結局いまいちどんな人なのかよく分からなかったんだよね。確か科学者さんってことくらいしか知らない。

…というか、どうしてここにいるんだろう。こんな所に用がある人なんてほぼいない筈、だと思うけど。だってこの洞穴の先にあるのはひたすらに海や岩場だけだ。街なんかがあるわけじゃない。

科学者というくらいだからもしかしたら何か調査の為に足を運んだのかもしれないけど…同じく研究を生業とするハル兄ちゃんが洞窟などで調査をする時の様子を見てきたあたしからすると、アクロマさんのそれは軽装としか思えない。

悪い人ではないのだろうと思うけど、何となく警戒してしまったあたしに気付いたのかアクロマさんは小さく笑んだ。そして洞穴には不釣り合いな革靴の音を鳴らしてこちらへ近付いてくる。


「ヒナタさん、アナタはポケモンの力は何によって引き出されるのだとお考えですか?」

『え…?』

「かのプラズマ団は言いました…ポケモンの可能性を認め、人間から解放すべきだと。ですが私はそうは思いません。アナタは、どう思われますか?」


プラズマ団という言葉と、眼鏡の奥で光るアクロマさんの金色の瞳に微かにたじろぐ。質問の真意は分からないけれど、あたしはその問いかけに暫し考えた後口を開いた。


『えっと…あたし個人としてはアクロマさんと同じでポケモンと人間を引き離すのは変だと思います。あたし達はきっとポケモン達と上手に支え合っていける筈だから。だから、ポケモンの力はポケモンと人間の気持ちが重なった時に引き出されるものであってほしいです。』


言葉を聞き漏らさないようにかアクロマさんがジッとあたしを見つめている。何だか居心地が悪くて言い終わった後つい目を背けると、あたしの隣に立っていたケルディオくんと目が合って嬉しそうに笑ってくれた。


「なるほど、やはりアナタは人間との絆が大切だと仰るのですね。実に素晴らしい!…ただ…、」



眼鏡のブリッジを指で押し上げたアクロマさんが、意味深に微笑んだ。



「私と同じ、というのは…少し違うかもしれませんが。」

『…?それって、どういう…』

「そう言えばヒナタさん!アナタは何故ここに?」

『っえ、あ…ちょ、ちょっと探検です!セイガイハには来たばっかりなので!』


び、ビックリした…!突然声が大きくなるから。プラズマ団のアジトに乗り込む為だなんて本当のことは言えないので、何とか咄嗟に誤魔化してみたけど怪しまれてないだろうか。


「そうですか…。この辺りにはレベルの高い野生ポケモンもいますし、何やら怪しげな人影を見かけたという話もあるようですから重々お気を付け下さいね。」

『あ、怪しげな…?』

「…えぇ、ちょうどこの先に…謎の船を見かけたとか何とか。」

『…!わ、分かりました。お気遣いありがとうございます!』

「いいえ、とんでもございません。私はただ…興味を抱いているアナタの助けになれればと思ったまでですので。」


…興味、とは。一体どんな意味だろう。まるで値踏みするかのようなその視線に、純粋な厚意とは別の何かが含まれているような気がした。


「では私はこれで失礼致します!ヒナタさん、またお会い出来るのを楽しみにしていますよ!」

『あ…は、はい!』


そう言ってアクロマさんは洞穴を出ていってしまった。あの人がやって来た方に視線を送ると出口と思しき光が見える。きっとあの向こうにプラズマ団のアジトがあるのだろう。アクロマさんが言った怪しげな人影と船…間違いない筈だ。


『…あ、結局アクロマさんがここにいた理由聞きそびれちゃった。』

「なぁ、ヒナタ。」

『ん?どうしたのケルディオくん。』

「今の人間…いいヤツか?」

『え?ど、どうだろう…少なくとも悪い人には見えないけど…。』

〈うん…ヒナタちゃんがそう思うのも分からなくはないけど、僕はアイツのこと信用出来ないんだよね。〉

「雷士もそうなのか?オレも…何だかアイツを見た時に少しだけザワッとしたんだ。何だろうな、この感じ…。」


ケルディオくんが語り出すと同時に雷士もまた口を開いた。確かにアクロマさんと話している時に雷士があたしの髪を力強く握っているのが伝わってきたから、何かを感じているのだとは思っていたけれど。

確かにアクロマさんは謎多き人だ。初めて出会った時はあっと言う間に去ってしまって碌に言葉を交わすことが出来なかったから、ただ単に不思議な人だなぁと思っただけだった。でも先程のようにゆっくりと時間を共有すると雷士とケルディオくんの言うことも何となく理解出来る。


(…でも、今はどれだけ考えても分からない。アクロマさんのことをよく知ってるわけでもないし…。)


それにここでいつまでも考え込むのは良くない。あたしはもっと別の目的があってここまで来たんだから。

ひとまずアクロマさんのことは置いておき、軽く頬を叩いて思考を取り戻す。そして本来の目的の為、あたし達は光の差し込む洞穴の出口へと向かった。



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