long | ナノ







1

「お待たせ致しました、季節のフルーツタルトでございます」

「あ、ありがとうございますぅ…っ!」




『…ねぇ嵐志、あの人本当に人間嫌いなのかな。超素敵な笑顔なんだけど』

「役者だなー、さめっち」


あ、さめっちとは氷雨のあだ名です。言わずもがな命名嵐志。

そしてあたし達2人は氷雨の様子を店内の壁の陰からコッソリ観察していた。何故そんなことになったかと言うと…話は少し前に遡る。




〜1時間前〜




『わ、結構お客さんいる…!急いで準備しないと!』


あたし達は約束通り、ポケモンセンターを出た後アオイさんの喫茶店へお手伝いする為に戻ってきていた。

雷士達にも再び擬人化してもらい、燕尾服に着替え店内へ。まぁ疾風にはあたしの男装メイクをしてもらわなきゃいけないからまだ残ってもらっているけれど…。


『ゴメンね疾風、手間かけさせちゃって…』

「う、ううん、気にしないで。結構楽しいし…それよりほら、動くと失敗しちゃうからジッとして?」

『イエッサー!』


それはマズいと、慌てて顔を固定する。それにしても疾風ってば本当器用だなぁ…燕尾服の解れてた所だってちょちょいと直しちゃったし。

優しくあたしの頬に触れる手が気持ち良くて、思わず目が細まる。するとそんなあたしを見て微笑した疾風と目が合ってしまい、何となく気恥ずかしい。ていうかこんな綺麗な顔が間近にあるってのがまず辛いんだよね…確かに目の保養にはなるけども!

そんなこんなでメイクも終盤に入った頃、脱いだショートパンツのポケットに入れていたボールから氷雨が出てきた。うわぁああ広いお店でよかった…!ラプラスって体大きいし!


『…ていうか、どうしたの氷雨?』

〈少々興味深いものでして。なるほど…こうして君は男性の姿に変わったのですね〉


鏡越しにあたしをマジマジと見つめ1人納得している。初対面が男装だったしなぁ…そりゃ女だって分かった時はビックリさせちゃったよね。


「…よし、終わったよマスター」

『ありがとう疾風!それじゃ後半行きますかー!』

〈待ちなさい〉

『え?』


メイクが終わってあたし達も仕事に行こうとした時、氷雨に止められてしまった。え、何々?あたしどっか変?


〈…僕も手伝います。燕尾服とやらはまだ余っているのでしょう?〉

『…へ、』
 
「え、えぇと…確かにあと一着あるみたいだけど…」

〈でしたら問題ありません、すぐに着替えます〉

『ちょ、ちょっと待って!氷雨分かってる?今から行く所には人間がいっぱいいるんだよ?』

〈何を今更、そんなことくらい分かっていますよ。君は僕を馬鹿にしているのですか?〉

『いやそうじゃないけど怖い怖い絶対零度の笑顔で見つめないで下さい氷雨様!!』


何てことだ…我が家にもう1人鬼畜メンバーが増えてしまったようです。雷士は無表情、紅矢はガン飛ばし、氷雨は笑顔で苦しめるタイプか…何このラインナップ超泣きそう。


『そうじゃなくて…氷雨はさ、その…人間嫌いでしょ?』


あたしには普通に接してくれるようになったけれど…それでも簡単に克服出来るものじゃないだろう。それなのに人がいっぱいいる喫茶店に行くなんて、


〈…ヒナタ君、どうせ僕が無理しているんじゃないかとでも思っているのでしょう〉

『う…な、何で分かるの!?』

「た、多分…マスターが心配そうな顔してたからじゃない、かな?」

『え…、』


疾風が苦笑いで指摘すると、氷雨が小さく溜め息をついた。


〈全く…君に気を遣われるほど僕はヤワではありませんよ〉


そう言って目を閉じた氷雨は姿を変えていく。数秒光に包まれた後、目の前に現れたのは…


「人間は大嫌いですが…少しくらいの罪滅ぼしならばしなければならないでしょう?」


何とも色気漂う妖艶な美形さんでした。


『…な、何でウチの子達はこう…女の子の需要に応えるのばっかりなの…!』

「じゅ、需要…?」

「馬鹿なこと言ってないでさっさと行きますよ。ほら、あのアオイとか言う人間もてんてこまいのようですし」

『そ、そうだね…』


いつの間に着替えたのか、氷雨は燕尾服姿が恐ろしく似合っている…多分このメンバーの中で1番様になっているんじゃないだろうか。

群青色の混じった水色の髪は光に反射し輝き、歩く度にフワフワ揺れている。引き締まった体に長い足…そして何よりも、


「…僕に見惚れているのですか?ヒナタ君」

『っ!?べ、べっ別に…!』


氷雨の、長い睫毛に縁取られた切れ長の瞳。思わず否定したけれど、確かにあたしは見とれていたと思う。あの目で見つめられると何となく動けなくなるような気がして怖い…それくらい艶めかしいから。


『と、とにかく行こう!バリバリ働こう!』

(…マスター、ちょっと顔赤い…羨ましい、な)

「…ふふ、退屈しない子だ」


氷雨がぎこちなく歩くあたしを背後から意味ありげに見つめていただなんて、勿論あたしは知らない。




…で、皆で接客を始めたわけだけど…




「お帰りなさいませお嬢様、空いているお席にどうぞ」

「は、はい!!」



『…う、うわぁ…あの子目が完全にハートだよ…』

「胡散臭い笑顔で騙すとは…あの女性達も哀れですね」

『いや、うん…蒼刃も充分女の子メロメロにしてるけどね』

「?俺は特に何も…」


しまった、蒼刃は自覚あり嵐志と違って天然タラシだった…。全然分かっていないみたい。


「あぁもう素敵…!あのラプラスがこんなに美形だった上に接客も上手だなんて知らなかったわ!ナイスよヒナタちゃん!」

『あ、あはは…よかったですお役に立てて…』


アオイさんは喜んでいるけれど…本心を知るあたし達からしたらちょっと複雑だ。


…とまぁこんな感じで冒頭に戻る訳です。



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