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…お母さん?お父さん…?
どうしたの?どうして起きないの?
ねぇ、目を開けてよ…ねぇ、
(本当は、分かってる)
(いくら揺すっても目を覚まさないってことくらい)
(ただ、現実を受け入れたくないだけ)
…寂しいよ。
『いた…っ』
傷自体は大したことないけれど、脂肪の少ない部位だからか地味に痛い。早く消毒しないと蒼刃とか心配しそうだなぁ…って、今はそれどころじゃないか。
〈…汚らわしい人間め、たとえ子供と言えど容赦はしませんよ〉
『…っ』
冷たい目…。間違いない、この子が人を襲うと言われているラプラスだ。
どうしよう…今のあたしに仲間はいない。このままじゃやっぱり、まずい…よね。
〈久し振りですよ…ここに近付く人間は。余程僕を苛立たせたいらしい〉
『っち、違うよ!あなたを傷付けに来たわけじゃない!』
あたしが反論するとラプラスは軽く目を見開く。きっと言葉が通じたことに驚いているんだ。でも彼にとってそれは大した問題ではないらしく、すぐに元の険しい表情に戻った。
〈黙れ!人間など皆同じだ!皆己の私欲の為に非道の限りを尽くし、自分達が絶対の存在だと思い上がっている!あの時もそうだった…っ僕の仲間達をまるで物のように傷付け、奪っていった!〉
『…!』
紅矢の言っていたことは本当だった。ラプラスは仲間を乱獲されて…だから人間が嫌いなんだ。
〈…どうやら他にもかなり人間が来ているようですね。君を片付けたら…残りも始末しに行きましょうか〉
『!だ、ダメ!』
しまった、感づかれた。ここでラプラスにお店を襲われたら大変なことになる…それに、
『そんなことしたらあなたはもっと傷付くことになる!心が磨り減っていくだけだよ!』
傷付けることで、傷付いていく。その負の連鎖はあまりにも悲しすぎる。
〈…僕の心配をするのですか?人間の君が?〉
『そ、そりゃ…』
〈だったら…初めから、僕の家族を奪うな!!〉
『!』
大きく開かれた口の中で多数の氷の塊が作られていく。そしてそれは真っ直ぐあたしに向かって撃たれた。
(こ、こおりのつぶてだ…!どうしようこんなの避けられない!!)
四方八方から襲いかかってくる礫の前では逃げ場などない。足も震えて動くことすら出来ない。
その時、咄嗟に喉の奥から搾り出された微かな声で呼んだのは…相棒の名前。
『―――っ雷士…!!』
〈頭下げてて、ヒナタちゃん〉
…え?
〈な…っ!?〉
あたしに向かってきたこおりのつぶては激しい電撃によって跡形もなく消えてしまった。
今のは間違いなく、雷士の攻撃。あたしの前に降り立った小さな背中にどうしようもなく安堵してしまう。
『ら、雷士…!』
〈全く…気をつけろって言われたでしょ〉
いつもは困り物の雷士のマイペースさはこういう時に安心させてくれる。だって雷士は下手に取り乱したりしないから。
「ヒナタ様!ご無事ですか!?」
「姫さん!」
『み、みんな…!』
後から他のみんなも駆け付けてくれた。うぅ、面倒くさいって顔をしているけれどちゃんと紅矢もいる…!ありがとうみんな大好き!
〈…仲間がいるのですか、それもポケモンの…。ふん、益々気に食わない〉
「ま、マスター、このラプラスって…」
『うん…アオイさんの話していた子で間違いないと思う』
「…人間を憎んでる、って顔してんな。姫さんに大事が起こる前に間に合ってよかった」
「いや…そうでもねぇぜ」
『わ!?』
紅矢に怪我をしている方の手首を掴まれ目前に上げられる。う、蒼刃がやっぱり凄い顔してる…!
「ヒナタ様!そのお怪我は…!」
『え、えと、大したことないから大丈夫!』
「…見栄張んなバカが。勝手に傷付けられてんじゃねぇよ」
『うひゃう!?』
「ちょ、こーちゃん!?何それ唾つけときゃ治る論!?」
びびび、ビックリした…!紅矢に傷舐められた…!いやいや普通に治療してくれないかなせめて!
〈…随分と仲がよろしいようで。良いご身分ですね、人間如きが〉
『!』
そうだ、この子を何とかしなくちゃ。出来れば助けてあげたい…。
このラプラスは少しだけ、あたしに似ているから。
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