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『いやーさすが紅矢様!もう楽勝だったね!』
〈当たり前だ、俺を誰だと思ってやがる〉
「勝利のご褒美がジュースって意外と安いなこーちゃん!」
紅矢の手にはお馴染みモモンジュース。確かに安いけれど…初めてあげた日からお気に入りになったみたい。
それにしてもあんな大勢の前で勝ち取った勝利ってのも中々いいものだね!あの後色んな人に話しかけられちゃったし。
そんな浮かれきったあたしを見て溜め息をつく紅矢。…けれどその直後、顔つきが変わった。吊り上がった目を見開いたかと思えば、次いで舌打ちをする。
『紅矢…?』
〈…ちっ、このニオイは…〉
「…やはり…お前だったか」
…誰、だろう。突然あたし達の前に現れたその男性は紅矢を見てお前と言った。
暗い笑みを浮かべて近付いてくる…一体何なの?
〈…前、話しただろ。俺はトレーナーを捨てたってな〉
『え…う、うん』
「え、マジ?そんなことあったんだ」
〈…それがコイツなんだよ〉
え、ということはこの人が…紅矢の前のトレーナー!?
固まるあたしをチラリと一瞥したその人は、すぐさま紅矢に視線を戻す。
「変わっていないな…その鋭い目つき。それこそがお前の強さの象徴だった。恐ろしく強いガーディがいたと聞いてまさかとは思ったが…一目見て確信したよ。間違いなくお前だとな」
…何だろう、この人。口元は笑っているけれど目は全然笑っていない。
その顔を見てあたしは何だか嫌な予感がした。
紅矢もいつも以上に眉間にシワを寄せている…ここまで苦い顔をする紅矢は初めて見た。嵐志も付き合いはまだ浅いながらに何かを感じ取っているみたい。
「…ずっと探していたんだ。俺のパートナーはお前しかいない…だから戻ってこい」
『!』
やっぱり…紅矢を連れ戻しに来たんだ。どうしよう、もし紅矢がこの差し出された手を受け入れてしまったら。
〈…ヒナタ、俺の答え…分かってんな?〉
『え…』
「―――っ!!」
次の瞬間、紅矢が差し出された手に噛み付いた。男性が声にならない悲鳴を上げたのが表情で分かる。幸い流血はしていなかったけれど、それでも激痛に変わりはないだろう。
『こ、紅矢!さすがにいきなりそれは…!』
〈バカか、コイツにはこんぐらいで丁度いいんだよ〉
痛みに顔を歪ませていた男性は、紅矢からあたしに視線を移した。
「…っ君は…ガーディの何だ?まさかトレーナーとでも言うんじゃないだろうな」
『あ、そのまさかなんですけど…』
気まずそうに言うあたしにその人が驚きを隠せないという顔をする。…紅矢の性格上、新しいトレーナーを作るなんて思ってもいなかったのだろうか。
再び苦悶の表情を浮かべた男性はキツく拳を握りしめ、歯を食いしばりながら小刻みに震えていた。
「…認めない…俺は、ガーディがいなくなったあの日からずっと探し続けていたんだ!俺に真の勝利をくれるのはお前しかいない!お前こそが俺の作り上げた最高傑作なんだ!」
〈…だからテメェは見限られるんだよ〉
…そう呟いた紅矢が一瞬だけ、悲しそうな顔をした気がした。
男性は顔を上げるとあたしを鋭く睨み付ける。そして懐からボールを取り出した。
「…ガーディを返して貰おう。コイツは君の物ではない…そしてガーディの力を引き出せるのは俺だけだ。嫌だと言うなら…力付くで取り戻す!」
『な…!?』
何それ…何なのその勝手な言い分!?突然現れて好き放題喋って、自分の非に気付きもしないで…!
「…やっちゃえよ姫さん、オレもこーゆうヤツは嫌いだ」
〈相変わらずどうしようもねぇクソ野郎だな…いくぜヒナタ、再起不能にしてやる〉
『…再起不能って…まぁでも、あたしも少し頭にきたからね』
何より、あたしは嫌がっている紅矢をそう簡単に渡すつもりはないよ。
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