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(ゴメン…皆。せめてボールだけは、守ってみせるから)
息も出来ないほどのスピードで落下していく体。以前リゾートデザートの流砂に巻き込まれた時とは訳が違う…多分、助からないだろう。
頭をよぎるのは先ほどの墓荒らしを捕まえたかったという事、慰霊の鐘を鳴らしたかったという事。そして…仲間達の事。
ハル兄ちゃん達や雷士達との思い出が脳裏を駆け巡る。走馬灯、ってよく言うけれど…こういう事なのかな。
やはり相当高い塔なだけあって落下までの時間がやけに長く感じる。色々な事を考えていると、何だか目の前がフワフワしてきた。それと同時に涙も溢れ出す。う…情けない。
皆が入ったボールを何とか空中で取り出し胸に抱えギュッと抱きしめる。お願い、皆だけは助かって…!疾風も無理せずに逃げるんだよ!
…そう、1人あの場に残してきてしまった事が無念でならない。
(疾風が飛ぶ所…見たかったな…)
溢れる涙でぼやける視界。うっすらと目を開けると…何か緑色の大きな体が勢いよくこちらへ向かってくるのが見えた。
(何…?お迎え…?)
天使がどうか分からないけれど、お迎えの人って緑色なんだ…と的外れな事を考えていると、次の瞬間あたしの体は大きな音を立てて着地した。
『―――…っあれ?痛くない…』
来るべき痛みは来ず、恐る恐る体を起こすとあたしはやっぱり空中にいた。けれど…
『…飛んで、る?』
何で?そう思いキョロキョロと見渡すと、細長い首と尻尾、そして大きな双翼が目に入る。
〈マスター、大丈夫?〉
『…え、もしかして…疾風?』
〈うん!そうだよ〉
翼を羽ばたかせ優雅に飛ぶフライゴン。少しだけ低くなっているけれど…間違いない、この声は疾風だ。
『…っ疾風、飛んでる、飛んでるよ!』
〈うん、進化したからかな…ボク、マスターを乗せて飛んでる!〉
『うわぁああん!おめでとう疾風ぇえええ!!』
〈わ…あははっ、苦しいよ、マスター〉
どうしよう、ハンパなく嬉しい。
疾風の長くなった首に思い切り抱き付く。苦しいと言われたけれど離してあげられそうにないよ!
〈…マスター、とりあえずあの人を捕まえないと、ね〉
『う、うん!お願い疾風!』
そうだ、墓荒らしの件が終わっていない。もうあの場からは逃げ出してしまったかもしれないけれど、それでもまだ間に合う筈!
そのまま掴まっていて、と言われギュッと首にしがみつく。すると一気にスピードを上げて再びタワーオブヘブンの頂上へと向かう。
うわ、凄い…!これが進化した疾風のスピードなの!?
ほぼ一瞬とも言える時間で辿り着き、空中から墓荒らしを探す。すると幸いにも先ほどのバトルで崩れた床に足止めされ、未だその場所に留まっていた。
急いで疾風と墓荒らしの元へと向かう。向こうも空から降りてくるあたし達に気付いたようだ。
「な…何!?」
『階段の所で降ろして!』
逃げられないよう先回りして着地する。墓荒らしはまさかの展開に冷や汗を流し、それでも打破しようと再びドリュウズへ攻撃の指示を出す。
「くそ…っドリュウズ!ドリルライナーだ!」
『やっちゃえ疾風!』
〈うん!〉
疾風の爪が鋭い光を放ち、そのまま切り裂くように振り下ろすとドリルライナーをものともせずドリュウズを吹き飛ばす。
『わ…これってドラゴンクロー!?』
進化して新たに使えるようになったらしいドラゴンクローは凄まじい威力だった。ドリュウズは目を回して完全にノックアウト。さぁ、もう逃げられないよ!
「う…っ」
観念したらしく、その場にへたり込む墓荒らし。疾風に見張ってもらってあたしはフウロちゃんを呼びに行く。
彼女は驚いていたけれど、すぐにジュンサーさんに連絡をとってくれた。そして数十分ほどで来てくれたジュンサーさんによって墓荒らしは無事に逮捕されたのである。
−−−−−−−−
「本当にありがとうねヒナタちゃん!あなたのお陰で皆安心してお墓参りが出来るよ!」
『ううん、フウロちゃんが教えてくれなかったらあたしも警戒していなかったし…。それに床とか崩しちゃってゴメンなさい!』
「大丈夫大丈夫、あれくらいすぐ直るから!あ、それでお礼と言っちゃなんだけど…頼まれたお墓の費用ね、全額こちらで負担させてもらえないかな?」
『え…で、でもそんなの悪いよ!』
「それくらいの事をしてもらったんだから当然だよ!ね、お願い」
う…そんな顔でお願いされちゃ嫌とは言えない、かな。
眉を下げ両手を合わせるフウロちゃんを見たらあたしは頷く事しか出来なかった。申し訳ないけれど、ここはありがたく厚意に甘える事にしようか。
『良かったね疾風、お墓が出来たらお参りに来ようね!』
〈うん、マスター!〉
「ジムリーダーとしての仕事もあるから、それなりに時間がかかっちゃうかもしれないけれど…完成したら真っ先に連絡するよ。だから待っててね!」
その後フウロちゃんと連絡先を交換し、彼女は仕事が残っているからとジムへ帰っていった。
〈…ねぇマスター、今から鐘を鳴らしに行ってもいい…?〉
『あ、それあたしも聞こうと思ってた!あは、行こう行こう!』
今度は直接疾風に乗って鳴らし損ねた慰霊の鐘へと向かう。凄いな、あっという間だった。
『…よし、』
グッと力を入れて鐘を鳴らす。すると辺り一面に澄んだ音が鳴り響いた。
〈…綺麗な音、だね。本当に、マスターの心を表しているみたい…〉
『そ、そうかな…?』
閉じていた目をゆっくり開いて微笑む疾風。何だか進化して顔付きがしっかりしたような気がする。
〈うん、マスターの優しい心は、きっとここに眠っているポケモン達を癒しているよ。…それに…、ありがとうマスター、マスターがいたから…ボクはこうして、飛べるようになった〉
『あは、大袈裟だよ疾風。飛べたのは疾風の力でしょ?』
〈ううん、マスターが信じてくれたから、だよ。…あの時…マスターがいなくなると思ったら、すごく怖くなった。ボクは大切なヒトを、2度も失う所だった…〉
…疾風はあたしの事をそんな風に思ってくれていたんだ。あたしもね、助けにきてくれて本当に嬉しかったよ。
〈…ボクはもう、失いたくない。今のボクにとって何よりも大切なのは、マスターなんだ。だから…守ってみせるよ〉
『…!あたし、だって…疾風の事守るよ!』
何だか恥ずかしい事を言われたような気がするけれど、嬉しいのは確か。そして…優しい疾風はやっぱり強くなった。
あたし達はどちらともなく笑い合い、鐘の音が鳴り止むまで大空を見上げていた。
to be continue…
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