long | ナノ







2

アイツはあの頃…とにかく無防備なヤツだった。







(…ここ、どこだ?)


オレはある日住んでいた森の中にある川で水を飲もうとして、濡れた石に滑って落ちてしまった。急な流れに巻き込まれてどんどん流されて…命からがら陸地に這い上がると、そこはもう見知らぬ土地だった。


(参ったな…帰れるかな)


ずっとその場にいる訳にもいかず、オレは探索を始めた。しばらく歩いていたら、前方に大きな城の様なものが見えてきた。


(うわ、デケー…。アレって人間の家、だよな?)


それはほんの興味本位だった。オレは城へ行き、壁に絡み付いていたツタを足場にして1番近くにあった窓から中を覗いてみたんだ。


(何か変な部屋だな。お?誰かいる…)


中にいたのは10歳くらいの少年だった。森を感じさせる深緑の髪が綺麗だ、それが第一印象。でも…どことなく何かが欠落しているとも思った。


「…あ、」

〈…!!うわぁあああ!!〉


しまった、ドジ踏んだ。

少年と目が合い、気付かれた事に動揺したオレは足を滑らせて落下してしまったのだ。川といい今といい…今日は厄日だ。


〈いってー…くそ、ツイてねーな…〉


幸い怪我はしていないがそれでも痛いものは痛い。もう帰ろう…と言ってもここは知らない土地なのだが。

ともかく帰れないなら帰れないで今晩眠る場所を探さなくてはならない。その場から立ち上がり離れようとした、その時。


「キミ!大丈夫かい?」


アイツが…オレに声をかけた。無視しても良かったのだが、その時のオレは何故だか足を止めてしまった。


「あぁ良かった、どこも怪我はしていないみたいだね」


膝をついてオレの汚れを軽く払う。その安堵した表情にオレも不思議と安心してしまった。


「ところでキミはどこから来たの?この辺りじゃ見ないポケモンだね」

〈…オレはここよりずっと山の方の…って、言っても分かんねーか〉

「いや、分かるよ」

〈!?〉

「ボクはトモダチ達の声が聞こえるから。だからキミの言葉も分かる」


そう言って儚げに笑う。驚いた…ポケモンと話せる人間がいるなんて。

そこでオレはコイツにこれまでの経緯を話し、帰り道が分からないと知ったら城に連れて行かれた。そして先ほど覗いていた部屋に辿り着き、今日からここで暮らせば良いと言われたんだ。

部屋にはオレ以外のポケモン達もたくさんいた。…みんな所々傷を負っていたのが妙に印象的だったけれど。

それからオレはしばらくの間、その城に住む事になった。無防備に笑うアイツの傍にいるのは心地良かったんだ。




−−−−−−−−−−




出会いから数年が経ち、オレはある事に薄々気付いていた。

ここにいる人間達は、どこかおかしい。

以前プラズマ団と名乗っているのを聞いた事があるが…一体何をしているのだろうか。それと初めは少なかったのに今では城にいる人間の数がどんどん増えてきている。

それと比例する様に、Nの部屋に連れて来られる傷ついたポケモンの数も増えた。

そういったポケモンを見る度にNは酷く心を痛める。まーオレだって何も思わないわけじゃねーけど、アイツは特別そうだった。


「どうして…どうしてヒトはこんな酷い事をするの…?トモダチを…傷つけるなんて…」

〈…〉


Nは涙を流す度に心をすり減らしていった。そんなアイツを見るのがオレは辛かったんだ。


そんなある日、事は起きる。


その日は城の人間が皆一カ所に集まって何か儀式の様なものを行っていた。Nも同様に連れて行かれ、オレは気になってコッソリ後を着いていった。

辿り着いた場所の中央に見えるのは…玉座?


(あ、Nだ。何だアイツ…王様みたいだな)


王冠をその頭に乗せて玉座に座すアイツは、今までとどこか違って見えた。そしてアイツはこう高らかに叫んだんだ。


「ポケモンを…トモダチを、ボク達の手でヒトから解放する!!」


解放…?何だ、それ。

よく理解出来ないでいると、1番近くにいた団員達の会話が聞こえてきた。


「くく…N様もご立派に成長されたものだ。まぁあれだけ傷ついたポケモンとばかり一緒にいたらまともな人間にはなれないだろうがな」

「あぁ、これも全てゲーチス様のご手腕だな。化け物となったN様の力で…やっと我らが世界を征服する時が来たぞ!」


…何を、言っている?ポケモンを解放するって事が世界征服に繋がるのか…?

わけが分からなかった。そしてそのままアイツは城を後にしてどこかへ行ってしまった。オレに、見向きもせずに。

その時オレは理解した。アイツは変わってしまった…いや、変えられてしまったのだ。己の私利私欲の為に動く嫌悪すべき人間達によって。


(…違う、違うぜN。アンタは化け物なんかじゃない)


オレは知っている、アンタがどれだけポケモンを大切にしていたか。アンタがオレに向ける笑顔がどれほど優しいものだったか。

だからオレは必ずあの頃のアンタを取り戻してみせる。たとえアンタがオレを忘れてしまったとしても、オレはアンタを覚えている。


〈…もう1度、あの顔で笑ってくれよ〉


それがあの日の誓いと、最初の願い。



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