long | ナノ







3

〈よし、とりあえずオレが手本を見せてやる。よーく観察しろよ!〉

〈う、うん!〉


昴が大きな翼を広げ空へと翔ける。あたしはいつもああやって自由に空を飛ぶ昴が羨ましかった。うん、相変わらず綺麗だ。


〈…と、まぁこんな所か。1回やってみるか?〉

〈うん!〉


ビブラーバくんはやる気満々だね。バッと羽を広げ羽ばたき始める。小刻みに震えるそれは地面の砂を巻き上げ土埃を起こす。


〈よし、浮いてきたぞ!そのまま続けろ!〉 


ビブラーバくんが大きく羽ばたくとドンドン体が浮いていく。2mくらいはいっただろうか。何だ全然余裕そう!よし、飛べる…!


そう思った時、


〈―――っ!!〉

『あ…!?』


突如ビブラーバくんは羽ばたくのをやめてしまった。当然重力に沿って落下していく体。けれど昴が素早く受け止めてくれたから事なきを得た。


〈…っゴメンなさい、ボク…!〉

〈まだ始めたばかりだろ、気にせず続けようぜ〉


…昴は意外と面倒見が良いのかも。彼に任せておけば大丈夫…だと思うけれど。


(ビブラーバくん…高いのが怖い、のかな…?)


高く浮き上がった後、一瞬下を見た彼は酷く怯えた顔をした。もしかしたら高所恐怖症なのかもしれない。


(それなら確かに飛べないよね…でも1度ちゃんと聞いてみないと)


憶測で決め付けるのは良くない…と、ハル兄ちゃんや斉に教えられた。ビブラーバくんとしっかり話してみよう。それにもう1つ気になる事があるし。



−−−−−−−−−



〈…ふぅ、〉

『やほービブラーバくん!特訓お疲れ様!』

〈わぁ!?あ…お、お姉さん〉


木陰で休息をとっている所を見計らい声をかけた。ちなみに昴は家の中にいて今ここにはいない。だから完全な2人きりだ。


『どう?何とかなりそう?』

〈えっと…感じは掴めてきたんだけど…まだ上手くいかない、かな…〉

『そっか…』


悔しいのか、徐々に潤んでいく彼の目を見て頭を撫でる。少しだけ笑ってくれたけれどやっぱり表情は晴れない。


『…ねぇビブラーバくん、ちょっと聞いても良いかな?』

〈な、何…?〉


ビブラーバくんと出会った時、とても大事な物だと言った彼の宝物。お母さんから貰ったというその押し花があたしはどうしても気になっていた。


『前にビブラーバくんが見せてくれた押し花って、お母さんに貰ったんだよね?』

〈…うん、昔…砂漠に来た人間が持っていた花を見て、ボクが良いなぁって言ったんだ。砂漠にあんな花は咲かないから…そ、そうしたらお母さんがどこか遠くで摘んできてね、無くさないようにって、押し花にしてくれたんだよ〉


お母さんとの事を語るビブラーバくんの目に涙はもう無い。とても大切な思い出なんだね。でも…すぐにまた悲しげな表情を浮かべた。


〈…お母さん、ボクのせいで亡くなったんだ〉

『え?』

〈ぼ、ボクがまだナックラーだった頃、リゾートデザートの崖から落ちちゃったことがあるんだけど…お母さんがすぐに気付いて、助けに来てくれた。で、でもその時に翼を岩壁にぶつけて怪我してね、飛ぶ事が出来なくなって…咄嗟に崖の上に投げ上げてくれたから、ボクはこうして助かったんだけど。…お母さんは、そのまま落ちて亡くなった。だ、だから…ボクのせいなんだ。お母さんはボクを助けてくれたのに、ボクはお母さんを、助けられなかった…っ〉


…あぁ、もしかして…
 

『…お母さんが落ちていく所を思い出しちゃうから、飛ぶ事が怖いんだね?』

〈…っ〉


ポロポロ流れる涙をハンカチで拭ってあげる。そして背中を撫でていると、しゃくり上げてはいたけれど涙は止まったみたい。


〈…ボク、このままじゃダメだって、分かってる。だから、すぐじゃないかもしれないけど…お母さんや昴みたいに、いつか立派に飛べるようになってみせるよ〉

『うんうん、その意気だよ。大丈夫、君は絶対飛べる。あたしは信じてるから!』

〈…!ありがとう、お姉さん!〉


その後戻ってきた昴と再び特訓を再開した。ビブラーバくんは必死に飛ぼうとしている…そんな彼にあたしは何をしてあげられるのだろう。


「ここにいたのかいヒナタ」

『あ、ハル兄ちゃん!』


ハル兄ちゃんが出てきた部屋は研究室。早速色々調べ始めたんだろうなぁ。


「あのビブラーバは頑張っているみたいだね」

『うん!…あたしは昴みたいに特訓してあげられる訳じゃないから…信じる事しか出来ないけど』

「良いんだよそれで。ヒナタはただ信じてあげれば良い。何も心配要らないよ、ポケモンは僕達よりずっと凄い力を持っているんだからね」


髪をかき混ぜるように撫でるハル兄ちゃんの手は魔法みたいだ。不思議だなぁ、あたしはいつもハル兄ちゃんの優しい言葉に安心してしまう。


『…うん、そうだよね。あたしが不安がってたって仕方ないもんね!』

「あはは、その通りだよ。あ、そろそろお昼だね。昴とビブラーバを呼んできてくれないかい?僕は資料を片付けて行くから」

『分かった!おーい昴ー!ビブラーバくーん!ご飯だよー!』



ビブラーバくんが飛べる日はきっと遠くはない筈。彼はとても頑張り屋だと知ったから。今はその日を夢見て一緒に頑張ろうね。



to be continue…


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