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『皆、体の具合はどう?』
〈万全です!ご心配おかけして申し訳ありませんでした、ヒナタ様〉
ぐっぐっと手足を伸ばしながら元気よく答えてくれた蒼刃を始め、他の皆もそれぞれ問題ない様子でホッとした。トウヤさんの判断でレシラムさん達がなるべく目立たないよう静かな町を選んでくれたのだけど、人気が少ない分ポケモンセンターも混んでいなくて並ぶことなく回復できたから万々歳だ。
「さて…俺達はこのままここに一泊するつもりだけど、ヒナタはどうするの?」
『あたしは…いい機会なので一度家に戻ろうかと思います。しばらく帰っていないので心配させてるでしょうから』
「そうか、それがいいね。確か家はヒオウギ…だったかな?」
『そうです!小さいですけど兄が使っている研究所も併設されているので分かりやすいと思います。良かったら遊びにきてくださいね!』
「うん、ありがとう。俺達も明日くらいはまだ滞在する予定だから、何かあったらここに訪ねてきてね」
『分かりました。トウヤさん達もゆっくり休んでくださいね!』
トウヤさんとNさん、そしてレシラムさんとゼクロムさんに一時の別れを告げる。そして全回復した疾風の背に跨ってヒオウギに向け飛び立った。うん、やっぱり疾風の乗り心地が一番しっくり来る気がする。そうだ、また斉に怒られてしまうから道中でちゃんと帰る旨を伝えておかないとね。ハル兄ちゃん達に会えるの楽しみだなぁ。
「…トウヤ」
「何?」
「本当に…これで終わったと思うかい?」
「…嫌な予感はするね。でも何よりアイツのあの言葉…ヒナタがそれをどう受け取ったのかが一番心配かな」
−−−−−−−−−−
『ただいまー!』
「!お帰りヒナタちゃん!」
玄関のドアを開けるとまず出迎えてくれたのは澪姐さんだった。到着する前にライブキャスターで聞いたのだけど、どうやらハル兄ちゃんと斉は別の町に所用で出かけているみたい。今日は帰れないって言っていたからすぐには会えなくて残念…。でも明日になればお出迎え出来るから我慢しなきゃね。
「お嬢――っ!会いたかったでぇ!」
『ぅ゛っ!!』
〈みぞおち入ったかな〉
そしてキッチンから現れてそのまま突撃してきた樹。その衝撃でそのまま転がり回りそうなところだったよ。でも樹も元気そうで何より…。
「はー全く浮かれちゃって…さ、こんなバカは放っておいてリビングでゆっくりしましょ?」
『あはは…。あ、昴!』
「!」
リビングに向かう廊下の途中で2階から降りてきた昴と目が合った。ただいま!と手を振ると短くお帰りと返してくれる。しかしその表情は何故か少し硬いようにも見えた。
「さぁヒナタちゃん!ちょうど美味しいお菓子を貰ったからお茶淹れるわね」
『ありがとう澪姐さん!昴と樹も一緒に食べよー!』
「…そうだな」
「?なーにむっすりしとんねん。お嬢が帰ってきたんやでもっと喜びや!」
「ばっ、やめろ!」
樹にがっちり腕を掴まれてずるずるとリビングに連行されていく。今思えば昴はこの時すでにあたしの心情に気付いていたのだろう。当のあたしは知る由もなかったのだけど。
−−−−−−−−−
「あらヒナタちゃん、そろそろお休みかしら?」
『うん、雷士達もみんな眠ったし…あたしも今日は色々あって疲れちゃったから』
「せやなー、お嬢らはイッシュを守る為にエグい戦いしててんもんな!ゆっくり休みや〜」
『ありがとう!おやすみなさい』
澪姐さん達に今までの出来事をたくさん話していたら結構遅い時間になっちゃったな。その間に睡眠ラブな雷士はいの一番に、それに続くように他のみんなも先に就寝してしまった。それにしてもウチに空き部屋があって良かった…。ちょうど少年組と大人組に分かれて眠ることが出来たからそれほどストレスもないだろう。さすがにあたしの部屋でみんなと寝るわけにはいかないしね。
(…うん、我ながらよく我慢した)
自室に入ればこの力も抜くことが出来る。最後まで気を緩めないように注意しながら、静かに部屋のドアを開けた。
『…え?昴…?』
「よう。勝手に入って悪いな」
しかしそこに立っていたのは昴だった。え、でもどうして?いつの間にかリビングからいなくなっていたから、てっきりもう眠ってしまったのだと思っていたのに。困惑するあたしを他所に昴はとても落ち着いている。そして彼は開けっ放しだったドアを代わりに閉めて、そのままあたしの腕を引っ張って自分の胸に押し付けるように抱きしめた。
『え、ちょっ…!?』
「溜め込んだもん全部吐き出せ」
『へっ?』
「どうしても話したくないならそれでもいい。でも無理はすんな」
顔をほぼ胸に押し付けられている状態だから少し苦しい。昴にこんなことをされたのは生まれて初めてだ。ただでさえ普段から彼は必要以上に近寄っては来なかったのに。想像もしていなかった状況でパニックになってしまう。しかしそれ以上に昴の温かい体温が全身に伝わってきて心を揺さぶられる。
「…ヒナタ」
(どうしてそんな優しい声で呼ぶの)
もう、限界だった。
『…っひ、く…っうぅ…っ』
堰を切ったように大粒の涙がどんどん溢れ、頬を伝って次々と零れ落ちる。あぁ、昴の服も濡れてしまった。止めたいのに止まらない。ぎゅっと服を握りしめながら少しずつ言葉を吐き出していく。
『お、お母さんが…昔プラズマ団の王様候補だったって…一番悪い人が…!』
「…それ本当か?」
『分からない…で、でも、嘘とも思えなくて…っ』
そう、全てが真実かは分からないが、同時に嘘とも言い切れないほどにゲーチスさんの言葉は堂々としていた。彼の言葉をどうしても否定出来ない。それが出来るほどあたしはお母さんのことを知らない。その突き付けられた現実がとても辛くて仕方がないのだ。
『どうしよう…どうしよう…っもしお母さんが悪い人だったとしたら…!』
「ヒナタ!」
『っ!』
「オレはお前の両親のことは知らない。でもこれだけは分かる。お前はすぐ泣くし鈍臭ぇけど、仲間思いで優しいヤツだ。今日だって雷士達を心配させない為に不安なのをずっと我慢してたんだろ。そんなお前を産んだ母親が悪い人なわけない。オレはそう思う」
頭を押し付けていた手が離れ、代わりにそっと持ち上げるように両頬に添えられた。交わった視線の先にある昴の瞳はとても真剣で、真っ直ぐにあたしを射抜いてくる。
「それに思い出せ。お前の記憶にある母親はどんな顔してた?確かにお前は短い時間しか一緒にいられなかっただろうが、それでも全く覚えていないわけじゃないだろ」
その言葉を受けて少しの間考え込む。あたしの記憶の中のお母さん…。正直全てをハッキリと思い出すことは難しい。あたしはまだ幼かったし、あの事件の衝撃のせいか所々モヤがかかったようになってしまうからだ。それでも昴の言う通り、全く思い出せないことはない。そうだ、お母さんは…
『笑ってた…あたしのこと抱きしめて、頭を撫でてくれたよ…!』
「…なら、それが答えだ。プラズマ団だったのが本当だとしても、多分何か理由があったんだろ。お前はお前の知っている母親を大事にすればいい」
普段はあまり笑わない昴が眉を少しだけ下げて優しく微笑んでくれた。それを見て先ほどとは違う意味の涙が溢れてくる。真実が分からない限り不安はやはり拭えない。でも縋るものが出来た。それだけで前に進もうとする力が湧いてくる気がする。
今度はあたしからギュッと抱き付いて胸に頬をすり寄せると途端に昴が慌て出した。あれ?元々は昴がしてきたことなのに…変なの。
『ありがとう、昴。ずっと昔から知ってることだけど…やっぱり昴は優しいなぁ』
「ばっ、馬鹿なこと言うな!オレはただ…お前が帰ってきてからずっと変な顔してるから気になっただけで…!」
『いや変って…。あはは、昴にはお見通しだったんだね』
「…そりゃずっとお前のこと考えてるからな…」
『ん?今何て言ったの?』
「何でもねぇ!もう離れろ!」
そう言ってべりっと引き剥がされた。え、何?さっきまで大人しかったのに何事!? そしておやすみ!と言い残して赤い顔のまま部屋を出て行ってしまった。えぇ…一体どうしたのかな…。
(でも…昴のおかげで頭がスッキリしてきたかも)
あたしがどうしたいのか。これから何をすべきなのか。それらが定まってきた気がする。
(まずは…明日ハル兄ちゃんが帰ってきたら、分かる範囲でお母さんのことを教えてもらおう)
そういえば結構泣いてしまったから目が腫れてしまうかな。でももういいや、あたしは明日に備えて寝る!そう謎に意気込んでベッドに入る。昴からの思わぬ激励を受け不安を吐き出せたあたしは、体が疲れていたこともあってすぐに眠りについたのだった。
「…は〜…」
「ちょっと、大きな溜め息吐かないで。聞き耳立ててたのヒナタちゃんにバレちゃうじゃない。昴は幸い気付かずに行ってくれたけど…」
「澪…お嬢が思い詰めてんの気付いてたか?」
「確証はなかったわ…。何となく、調子が悪そうと思ったくらいね」
「せやなぁ…ワイもそんなもんや。お嬢はいつも通り笑てたけど…はぁ、まさか昴にあぁも先越されるとはなぁ…」
「…そうね。本気の恋愛感情であの子を見ていれば違ったのかもしれないわね」
「はぁ?それ…どういう意味やねん」
「さぁね、自分で考えなさい」
to be continue…
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