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「ヒナタ、よく頑張ったね。ひとまず戦いは終わったよ」
『トウヤさん…』
それはトウヤさんの手だった。あたしよりも大きなそれと優しい声。その2つを体で感じてようやく張りつめていた力が抜けた気がする。
「そうだよ、ありがとうヒナタ。彼らはもうこの地で悪事を働くことは出来ないだろう」
『…そうですね、まだ何か企んでいる感じでしたけど…それでもイッシュ地方が守られたなら本当に良かったです』
柔らかく微笑みかけてくれたNさんに同じように笑い返す。その時ふと彼の頭に砂汚れのようなものが付いているのが見えた。こんな場所にいるのだからそれも無理はないだろう。Nさんの髪はとてもキレイな黄緑色で汚れも目立つしね。
『Nさん、少しだけ屈んでもらっていいですか?』
「え?うん…」
そのままでは身長差もあって届かないから頭の位置を下げてもらう。そして手を伸ばして髪を撫でるように汚れを払った。
〈なっ…!ヒナタ様!貴女がそのようなことをする必要など!〉
〈まーまー落ち着けってそーくん!〉
『よし、落ちた。ありがとうございますNさん!』
背後で蒼刃が嵐志に取り押さえられていることなど露知らず、自分の手に付いた汚れも払ってNさんに笑顔を向ける。しかし当の彼は何故か口を開けたまま驚いたような顔をしていた。
『…Nさん?』
「っ!あ、あぁ…ゴメンね、ありがとうヒナタ」
「N、どうかしたの?」
「いや…ボクの勘違いかもしれないのだけど…」
今のヒナタの顔、そして髪に触れた手つき。ボクはそれを知っている気がする。
彼はそう呟いた。しかしこの時は誰もまだその意味を知る由もなかったのである。
〈しかし…よく人間の手を取る気になったな、キュレムよ〉
〈それだけではない。私達が共闘するなどイッシュ地方創造以来の珍事だろうな〉
『いや珍事ってレシラムさん!』
とんでもない物言いに思わず突っ込んでしまった。確かに彼らが分裂したのは元々互いと戦う為だったみたいだしその通りなのかもしれないけれど…。キュレムさんは少しだけ考え込むような素振りをしてから、ゆっくりと口を開いた。
〈我自身も驚愕している…。だが小娘の言葉で気付いたのだ。我はこの存在を認められたかっただけなのやもしれぬとな〉
そう言って彼はあたしの方へ向き直った。
〈ヒナタ…と、言ったか〉
『!はい』
〈そうか…我が英雄ヒナタよ、改めて礼を言おう。貴様はイッシュの地だけでなく我の誇りも身を挺して守った。心より感謝する〉
その言葉に胸がじんわりと熱くなる。大したことは出来なかったかもしれないけれど、それでも頑張って良かったと思えた。それにどうしてかな、キュレムさんの口から「心」という言葉が出てきたのがとても嬉しい。やっぱりキュレムさんは虚無だけの存在ではなかったのだ。
〈全く本当に変わったものだ…これもヒナタ嬢の力か〉
「ふん…。それで?お前はどうするのだキュレム。私達のように見初めた英雄と共に行動するのか」
人型のほうが動きやすいからなのか、いつの間にか擬人化していたレシラムさんが問う。それはつまりあたしの仲間としてボールに入るかどうなのか、という意味なのだろう。
〈…我は正直なところ、まだその覚悟は出来ておらぬ。ヒナタを従うべき存在であると認めたのは真だが、人間への積年の負の念を取り払うには今しばらく時が必要であろう。それが成されるまではこの場に留まろうと思う。存外居心地は悪くないのでな〉
『無理をすることもないですし、あたしはそれでいいと思います。ここに来ればキュレムさんには会えますしね!』
そう言って笑うと、キュレムさんも少しだけ微笑んでくれた気がする。原型の彼の表情は正直分かりにくいので、本当に気のせいかもしれないけれど。
〈うっし!じゃー話もまとまったことだしそろそろ出よーぜ〜!〉
『うん、そうだね!みんな疲れてるからボールに戻る?』
〈え、と…そうしてもいい、かな…?〉
〈そうですね。さすがにもう危険はないでしょうから〉
あたしとしてもそうしてほしかったから、みんなが割とすんなりボールに戻ってくれて内心ホッとした。傷だらけだしやっぱり辛かったよね…本当にありがとう。あ、ちなみに蒼刃だけは最後までごねていたけれど氷雨に説得してもらいました。
『雷士も今日くらいはボールの中で休んだほうがいいよー』
〈ねぇヒナタちゃん。君…無理してない?〉
『え?あたしは特に怪我もしていないし大丈夫だと思うけど…』
〈…そういう意味じゃないけど、君がそう言うならまぁいいや。僕は定位置で帰るから平気だよ。寝るから外に出たら起こしてね〉
『言い終わった瞬間に寝るとか早すぎる!!』
話しながら定位置というあたしの肩に上ってきたかと思えば、秒で寝息を立て始めるものだからトウヤさん達まで苦笑いしている。何か恥ずかしいよ雷士くん…。まぁこの姿を見ると本当に戦いは終わったのだなと安心出来るのも事実なのだけど。
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