long | ナノ







3

「何という…!実に素晴らしいですよヒナタさん!やはり人との絆でポケモンは想像以上の力を発揮するのですね!!」


そういえばアクロマさんはそういう内容の研究をしていたんだっけ…。喜ばれているけれど今はあまり嬉しくないです。ゲーチスさんの方はさして興味はないらしく、こちらを睨み付けたままニヤリと笑った。


「性能の低いポケモンが何匹束になろうと無駄です!キュレム!全てを蹴散らしゼクロムを石になるまで痛めつけなさい!」

『…っ!』


キュレムさんが激しく咆哮する。それはとても迫力があって恐ろしく、普通なら敵と対峙した際の雄叫びに思えるだろう。でもあたしにはすごく苦しそうな叫び声にしか聞こえなくて、「やっぱり」というのが率直な気持ちだった。


〈…レシラムの、気配…〉

「ゼクロム!狙われているのはお前だ、ボールの中で少しでも休んでいてくれ」

〈ヒナタ嬢…〉

『!』

〈微かだが感じる…レシラムは、奴の中で抵抗している…っ〉


トウヤさんの英断によってボールに戻される寸前、ゼクロムさんがあたしに残した言葉。きっとレシラムさんは完全に意識を飲み込まれたわけではないのだろう。今この瞬間もキュレムさんの中で戦っているんだ。

でも藻掻いているのはレシラムさんだけじゃない。キュレムさんもまた望まぬ戦いに心を痛めている。あたしはそう確信していた。だってあの時、あたしが疾風に抱えられてキュレムさんの真横を通り抜ける時、しっかり聞こえたもの。


(我を止めよ…って、キュレムさんはそう言った…!)


とても小さな声だったけれど、それがキュレムさんの本心に間違いない。彼は憎悪の対象である人間に助けを求めてくれた。誇り高いキュレムさんにとっては屈辱以外の何物でもないだろう。でもだからこそ、その心に触れられた気がする。もうこんな悲しいことは終わりにしなくては。大昔からずっと傷つき続けたキュレムさんに、もう二度と辛い思いをさせない為に!


「!?ダメだヒナタ!今のキュレムに近付いたら…!」


突然キュレムさんに向かって飛び出していったあたしを見てNさんが狼狽えている。ゴメンなさいNさん、また心配をかけてしまうかもしれません。でもどうしても伝えたいことがあるんです。初めて会った時やゼクロムさんから話を聞いて受けたキュレムさんの印象、そしてここジャイアントホールに来て感じたこと。それらが今ようやく確かな言葉となってあたしの胸の中にすとんと落ちた。ちゃんと届くかは分からないけれど、力ではなく心でキュレムさんの誠意に応えたい。


「全く何をするつもりなのやら…。キュレム!」

『!』


いでんしのくさびと呼ばれる物体が輝き出し、その光に呼応するかのようにキュレムさんが攻撃モーションに入った。しかしすかさず雷士達がそれぞれの技で妨害する。


〈コールドフレアとやらはもう撃たせませんよ〉

〈はぁ…ヒナタちゃんも結構な無鉄砲だよね〉

〈無駄口を叩くな!ヒナタ様だけは必ずお守りしろ!〉

〈だけ、かよそーくん!〉


あの大技はある程度力を溜めないと発動出来ないようだから、皆のこの援護射撃はとても有りがたい。この隙にもっとキュレムさんの傍まで行かないと!


「小賢しい…!ダークトリニティ!」

「「はっ!」」


どこに隠れていたのか、ゲーチスさんを支えているのとは別の2人組が現れてジュペッタとアギルダーを繰り出した。しかしいつの間にかトウヤさんがボールから出していたらしいエンブオーとウォーグルに一撃を食らわされる。


「残念、俺が相手になるよ。N、今の内にコバルオン達を回復させてほしい」

「分かった!」


傷薬が入っているのであろうバッグがNさんに託された。良かった、これでケルディオくん達も大丈夫だろう。こうして皆が助けてくれている。だからあたしも頑張らないと!


『キュレムさん!聞いてください!』

「まさかこの期に及んで対話をしようなどと考えているのですか!?くっ、はっはっはっは!!面白い!届くものならやってご覧なさい!!」


ゲーチスさんの心底馬鹿にしたような声。アクロマさんのほうは表情を見る限り嘲笑とは少し違う感情でこちらを伺っているようだけど…何にせよ邪魔をされないならそれが一番だ。雷士達が抑え込んでくれている今しかチャンスはない。


『キュレムさん、あなたがここに身を隠していたのはどうしてですか?これはあくまであたしの予想ですけど…その力がこうして悪用されるのを防ごうとしたからじゃないですか?』


自分の力は自分が一番よく分かっている。もし再び人間の手にこの力が渡れば次はもっと大きな戦争が起きてしまうかもしれない。そもそも彼が憎悪を抱いているのは人間のみ。仮に戦争が起きればイッシュ地方に住む数多くの罪のないポケモン達が巻き込まれてしまう。それはキュレムさんの望むところではなかったのだろう。だからキュレムさんはジャイアントホールを選んだ。ここならば野生ポケモンはともかく人間は滅多に入り込めないから。


『人間の欲で生み出されたのに無いもののように扱われて、その上こうしてまた傷つけられて…憎むのは当然のことだと思います。それでもあなたは身を隠し続けることを選んだ。あなたの力があればいつでも人間達に復讐出来ただろうに、それをしなかった。あなたはあなたなりのやり方で、この世界を守っていてくれたんですよね』


どうしようもない憎しみを抱きながら、それを抑え込んでじっと耐え忍ぶことを選んだ。自分の為ではなくポケモン達が生きる世界の為に。光も届かないようなこの場所で、気の遠くなるような長い孤独を生きてきたのだろう。


『それなのに、あたし達人間はあなたにとても酷いことをしました…。謝っても許されることじゃないと思うけど、本当にゴメンなさい。でもどうか、最後に1つだけ言わせてください』


キュレムさんには理性も分別もある。決して空っぽなんかじゃない。レシラムさん達と同じで、気高く心優しいドラゴンだ。


『あなたもこのイッシュの英雄です。あたしはそんなあなたを、心から尊敬します』


あたしの偽りない思いの丈が少しでも届きますように。そしてどうかキュレムさんの心が満たされますように。そう強く願った。



to be continue…



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