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「馬鹿な…っキュレムの氷を破壊するなど!!」
ゲーチスさんの言葉もこの時ばかりは最もだった。一体誰がそれを予想出来ただろうか。それもこの場にいる者の中で最も小さな体である雷士が、なんて。そしてあたしは同時に困惑もしていた。雷士と出会ってから約10年、あんなにも怒りに満ちた顔を見たのは初めてだったから。
〈雷士…!?〉
〈はっ、どうやらテメエより先に雷士がぶち切れたらしいな〉
雷士の全身から未だバチバチと音が鳴っている。先ほどの攻撃はかみなりだったのだろうか。そうだとしても信じられない迫力だ。軽やかに地面へ降り立った雷士は、息つく間もなく火花を纏ったままこちらに向かって突進してきた。
「!キュレム…っ」
ゲーチスさんが指示を出すよりも早く、雷士はキュレムさんの真横を一直線に走り抜ける。そしてゲーチスさんの目前まで迫ると飛び上がり、電気袋からより一層激しく火花を散らした。
「ゲーチス様!!」
(普段は疲れるとか言ってこうそくいどうは使わないのに…って、まさか雷士、ゲーチスさんを狙ってる!?)
据わったような目線は真っ直ぐ、叫び声を上げたダークトリニティには見向きもせずゲーチスさんのみしか捉えていないように見える。でもさすがにそれは不味い。雷士の本気の電撃なんて浴びたら絶対に死んでしまう!
『だっ、ダメ…!』
〈雷士!!それではヒナタ君まで巻き込んでしまいます!!〉
〈っ!〉
氷雨の声に反応したのか、一瞬だけ体を強張らせた。それでも紙一重で放たれた電撃は容赦なく襲い掛かる。しかし命中したのはゲーチスさんではなく、彼の持っていた杖だった。
〈疾風!!嵐志!!〉
電撃を浴びて杖が粉々に砕け散った瞬間、雷士の声に呼応するようにボールから疾風と嵐志が勢いよく飛び出してくる。そして疾風が素早くあたしを抱えてトウヤさん達の元へ飛び、応戦しようと仕向けられたダークトリニティのキリキザンを嵐志がかえんほうしゃで一蹴した。
〈――――…、〉
(…えっ?今…)
あたしは無事に皆の元へ届けられ、ゆっくりと降ろしてくれた疾風にお礼を告げると涙を浮かべて微笑んでくれた。ゲーチスさんの杖を破壊してしまえばボール操作は妨害されなくなる。雷士は2匹の名前を呼んだだけなのに一瞬でその意図を汲み、口を挟む余地もないほどの連携を見せたことに思わず感心してしまう。
〈ほ、本当はいつもみたいに背中に乗せたかったんだけど、間に合わなくて…でも、良かった…!〉
『大丈夫だよ!疾風の腕も安定感抜群だったし、ありがとう!』
〈ホントな!でも姫さん、こーちゃん直伝のオレのかえんほうしゃもカッコ良かっただろ?〉
『うんうん!敵も一撃で倒したしすごい威力だったね!』
〈俺は教えてねぇし勝手に覚えたんだろうが〉
〈いやー見て盗むのも似たよーなモンだって!〉
疾風の優しい声に嵐志の明るい笑顔。実際に離れていたのは短い時間だったはずなのに、あぁやっと皆に会えたのだと安心する。
〈やれやれ…しかし雷士があれほど我を忘れるとは。こちらはヒヤヒヤしてしまいましたよ〉
〈正直本気で殺そうと思ったから不本意といえば不本意だけど。でも、ありがとう氷雨〉
『あたし震えて声が上手く出せなかったから…本当に氷雨がいて良かった。雷士も、あたしの為に怒ってくれてありがとうね』
小さな体の前にしゃがんでお礼を言うと、雷士はふっと優しい笑みを浮かべてくれた。うん、やっぱり雷士はこの眠たそうないつもの目でいてくれるほうがいいなぁ。
(…でも、さっきの言葉…)
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