long | ナノ







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「さすがは元英雄…状況判断がお早くて助かります。」

〈!アイツ、また…!〉


現れたのはやはりアクロマだった。彼の登場に周囲の団員達が攻撃の手を止めたのは有り難いけれど、正直厄介なことこの上ない。アジトでの仕返しのつもりだろうか?今はアクロマの方が余裕の笑みを浮かべている。あの時とは立場が逆だ。


「お察しの通り、アナタのポケモン達をボールから出すことは不可能ですよ。このスイッチを切らない限り…ね。」


アクロマの手には小さなリモコンが握られていた。あれでアジトの時のように、ボール操作を妨害する電波とやらを出しているのだろう。


「迂闊だった…ジャミングを発せられるのはゲーチスの杖だけじゃなかったのか。」

「えぇ、そうですよN様。そしてアジトからの道中で妨害電波を大幅に改良しましてね…今ではざっと1km程の範囲内で効果を発揮するのです。そう、ちょうど洞窟の再奥からこの場所までの距離くらいでしょうか?」

「…やっぱり俺達は誘導されたってことか。」


使えない以上手に持っていても無意味だと思ったのか、ボールをベルトに装着し直したトウヤがアクロマを睨み付ける。今のはつまり…妨害電波が届く位置までおびき寄せられたって意味でいいんだよね。だから入口からここまで誰にも邪魔されずに辿り着けたんだ。


「!じゃあ蒼刃や紅矢が気配を察知出来なかったのも…!」

「あぁ、それはこの装置の影響ですね。」


アクロマが横に立っていた団員の装束から何かを取り外し、上に掲げて僕達へと見せつける。それは小さな四角い機械で、先程のリモコンと同じようにスイッチのようなものがついていた。


「スイッチを入れると生命エネルギーを覆い隠す特殊な電波が流れ出し、同時にポケモンの嗅覚を狂わせる香りを噴射する仕組みです。実はヒナタさんがルカリオとガーディを所持していたことを思い出しましてね…。その探索能力を使って進んで来るかもしれないと思い至り、それを逆手に取れないかと以前から別用途として開発していたこの装置を特別に改造したのです。すると私の狙い通り見事2匹の能力は鈍らされ、この瞬間まで気配を悟られずに誘導出来たのですよ。」


アクロマの不敵な笑みを見て、蒼刃と紅矢が激しい怒りを含んだ唸り声を上げる。なるほどね…生命エネルギーというのは波動のことで、それを蒼刃に見せないよう電波で妨害し、尚且つ鼻の利く紅矢にはあの変なニオイで対応したってことか。それにあの装置のオンオフを切り替えることで、完全に気配を消すのではなくこの先に何かがあると匂わせて誘導しやすくしたのかもしれない。事実僕達は起きていることを不審に思いつつも強く警戒することは無くここまで来てしまった。

そしてボールが使えない状態にして一斉に取り囲み、圧倒的な戦力の差を生み出した。更にはヒナタちゃんを人質に取られるなんて…正直考えが甘かったと認めざるをえないかもね。ムカつくけれど、あんな機械を作れたり蒼刃達のことを見越して策を練る辺り、コイツはやはり天才ってヤツなのだろう。


「ふふ、しかしまさかこんなにも容易いとは意外でした。もう少し捻りが必要かと思っていたくらいですが…。」

「お前の御託はもういいよ。ヒナタを拐って何のつもり?」

「ゲーチス様のご命令なのです。そもそもここまで仰々しい作戦を立てたのも、1つは混乱に乗じてヒナタさんからアナタ方を引き離す為だったのですよ。お気の毒ですが彼女にはそれほどの利用価値があるようですね。」

〈そんな…ヒナタ…っ〉

「今ヒナタはどこにいるんだい?」

「アナタ方も薄々感付いてはおられるでしょうが、ここから更に進んだ最深部ですよ。あぁ、怪我はさせないよう丁重に扱っておりますのでご心配なく。今頃はゲーチス様やキュレムと語り合ってなどいらっしゃるかもしれませんね。」


何が可笑しいのかクスクスと笑いながら言うアクロマ。悪いけど全然面白くないよその冗談。ていうかあんな風に攫っておきながら丁重とか…本当反吐が出る。


〈やはり再奥にキュレムがいるか…。〉

〈ゲーチスもです。彼が傍にいるということは、あの杖もまたヒナタ君の傍にあるということ。ということは…疾風達もボールからは出られないでしょうね。〉


疾風と嵐志が一緒にいるから彼女を助けてくれるかもしれない、という淡い期待は氷雨の言葉で消え去ってしまった。まぁ…何となく流れから予想はしていたのだけど。もしもの時の為にとボールに入れたままだったのに、守ることすらままならないとなれば今頃2匹も怒りに震えていることだろう。


…でも、


「たとえボールからは出られなくても…仲間が傍にいるだけできっとヒナタの心持ちは違う筈だ。それにあの子は強いよ。決してキミ達には屈しないだろう。」

〈N…。〉


氷雨の言葉を聞いて、更に僕の言わんとしたことを察したかのようにNが言う。正直驚いた、まさかこの人に代弁されるだなんて。


「そうだろう?皆。」

〈当然だ!貴様に言われるまでもない!〉

〈…ふん。〉

〈だな!ヒナタは負けないぞ!〉

〈おやおや、つい先程まで怒り狂って暴れていたというのに…調子の良いことです。〉


全く氷雨の言う通りだね。そう思って少し呆れていると、レシラムが僕の方を見てニヤニヤ笑っていたからムカついた。何かゼクロムとトウヤも妙に優しく微笑んでいるし…何なの本当に。


(…ま、別にいいけどね。)


それより今はヒナタちゃんだ。あの子のことはかなり心配だけど、きっと大丈夫だとも思っている。疾風と嵐志が傍にいるだけで心の支えになるだろうし、何より結構芯は強いからね。ただ不安と恐怖は抱いているに違いない。それでも頑張って耐えていると思うから、僕達は一刻も早く助け出してあげないと。



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