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疾風と嵐志にはボールに戻ってもらい、残りの人数でジャイアントホールを進んで行く。結果的には全員と然程変わりのない人数になってしまったけれど、氷雨も何も言わないからまぁ特に問題は無いのだろう。そういえば今はどの辺りなのかな?もう10分以上は歩いていると思うのだけど…。
「もうじき洞窟の中間くらいの位置に着くかな。ヒナタ、疲れてない?」
『大丈夫です!ありがとうございます、トウヤさん。』
トウヤさんはあたしを気遣ってくれたのだろう。返事を聞いて安心したのか優しく微笑んでくれた。それに先程気付いたばかりだけど、わざわざあたしの歩くペースに合わせながら隣を歩いてくれているようだ。対プラズマ団の時のトウヤさんは容赦が無くて正直敵に回したくないと思う。でもあたしやポケモン達に対する態度はとても優しくてホッとする。きっとトウヤさんみたいな人を頼りになる人と言うのだろうなぁ。
〈…失礼しますヒナタ様。〉
『ん?どうしたの蒼刃?』
〈不穏な気配を察知したのでお傍に参りました。〉
『え、不穏って…!』
「蒼刃は何か感じたの?」
〈煩い話しかけるな気が散るだろう!〉
『突然厳しいね!?』
紅矢と共に周囲を探りつつ先頭を歩いていた蒼刃が何故か後退してきて、そのままあたしとトウヤさんの間に割り込んだ。その理由を問いかけたトウヤさんにいきなり一喝するものだから思わず声を上げてしまったけれど、当のトウヤさんは自分には聞こえていないからと特に気にしていないみたい。でも申し訳ないですトウヤさん…。
それと蒼刃が感じたという不穏な気配だけれど、プラズマ団なのかと聞くとそうではないらしい。じゃあ一体何だったのかな?
「…おいN、良いのか?トウヤや忠犬小僧に先を越されてしまうぞ?」
「え?」
「レシラム…己の主を無駄に惑わせるようなことを言うものではない。」
「ふん、コイツは外野が口を出さねばままならぬのだからこれで良いのだ。」
〈アンタは絶対面白がってるだけだと思うけどね。〉
「…相も変わらず口が過ぎるようだなタンポポ小僧。」
あれ?何だか雷士とレシラムさんの間の空気が不穏な気が…。蒼刃のことで気を取られている間に何かあったのかな。
しかしあたしがその理由を聞いてみようと口を開こうとした時、隣を歩く蒼刃の歩みが突然ピタリと止まった。
『蒼刃?』
〈…これは一体…どういうことだ?〉
『え?』
「ヒナタ君、紅矢も何かを察知したようです。」
独り言のように呟いた蒼刃に聞き返した直後、前を歩く氷雨の言葉で今度は紅矢へと目を向ける。すると紅矢もキョロキョロと辺りを見回しながらニオイを探っているようだった。
〈何か紅矢の様子もおかしいね。〉
『うん…いつもならあんなにあちこち嗅いだりしないのに。蒼刃、おかしなことでもあったの?』
〈はい。この先に波動らしき反応を多く感じたのですが、それらが消えたり現れたりと不安定なのです。〉
「対象が何らかの理由で弱っているからではないのですか?」
〈いや…それは違うだろう。体内を流れるエネルギーである波動が文字通り消えてしまうのは死ぬ時だけだ。ただ衰弱しているだけならばそうはならない。現に弱っていたケルディオを発見した時も、弱く乱れてはいたが波動は常に感じられた。〉
蒼刃の言う通りならば消えてしまったという波動は誰かの死を意味することになる。でもそれなら、その消えた波動の後に現れた波動はどういうことなのだろう?
あたしの表情を見てその疑問を感じ取ったのか、蒼刃は眉間に皺を寄せながら続けた。
〈もう1つ不可解なことは、消えた波動とその後に現れた波動が同じものだということです。先程言った通り、人もポケモンも死と同時にその波動は消える。だというのに全く同じ波動を直後に察知するなど有り得ません。〉
「なるほど…つまりは蘇る筈の無い死者が再び生を受けたと同様の現象が起きているということか。」
レシラムさんの言葉を聞いて背筋がぞくりと震えた。もし本当にそうだとしたら、この先にいるのは一体何なの?まさか幽霊…なんて言わないでほしいのが本音だ。
〈…紅矢はどうなの?〉
〈蒼刃と似たようなもんだ。人間らしきニオイも微かにするが、それを覆い隠すみてぇに妙なニオイが充満していて邪魔しやがる。〉
『妙なニオイ?』
〈何かは分からねぇ…だがずっと嗅いでいたら鼻がおかしくなりそうなニオイだ。ちっ、胸糞悪ぃ。〉
「そもそもこの洞窟内には野生のポケモン達のニオイも蔓延っているのだろう。儂等は何も感じぬが…鼻の利くそなたが意識して研ぎ澄ますとより辛かろうな。」
「紅矢の嗅覚が使い物にならなくなっては困りますね。これ以上は危険だと判断したらどうにか自分で守って下さい。」
〈テメェ他人事だな。〉
「おや人聞きの悪い、紅矢の身を案じての発言ですよ。」
『ま、まぁまぁ…。』
一触即発になりそうな雰囲気の紅矢を何とか宥めていると、トウヤさんが解説を求めてきたので蒼刃と紅矢が話した内容を通訳した。
「ふぅん…謎の波動に謎のニオイ、ね。プラズマ団が何か良からぬことでもやっているのかな。」
「レシラム、キュレムの居場所はこの先で大丈夫かい?」
「あぁ、動いた気配はない。このまま真っ直ぐだな。」
〈ならば進みましょうヒナタ様、恐らくこの奥に人間が潜んでいるのは間違いないと思います。もう少し近付いて探れば、それがプラズマ団なのかや不可解な波動の正体も分かるかもしれません。〉
『そう…だね。トウヤさん、Nさん、このまま進んでも大丈夫ですか?』
「うん、行こう。まぁ進むしかないって感じなんだけどね。」
「安心したまえヒナタ、何が現れてもボク達がキミを守るよ。」
〈オレも!だからオレから離れちゃダメだぞ、ヒナタ!〉
〈き、貴様…っ俺がヒナタ様にお伝えしようとしていたことを…!!〉
『あはは…ありがとうね2人共。Nさんも、すみませんがよろしくお願いします!』
優しく笑うNさんにあたしも微笑み返し、皆と歩みを進めて行く。そしてしばらく進んだ後、ドーム状に広がっている空間が前方に見えてきた。
〈…ん?〉
『蒼刃?』
〈ヒナタ様、やはりおかしいです。先程の波動が全く見えなくなりました。〉
『え?さっきみたいにまた現れたりしないの?』
〈はい、ここに来て忽然と。俺の集中力は乱れていない筈ですが…。〉
「ヒナタ、何かあった?」
『蒼刃が感知していた波動達が消えたそうです。今はもう全く見えないみたいで…。』
「そう…、もしかしたらあそこに何かあるのかもしれないな。」
トウヤさんの言うあそことはやはり前方に見える空間のことだろう。ここから見ただけでもかなり広そうな場所だし、仮にプラズマ団が隠れていたとしても不思議ではない。…まぁ、蒼刃や紅矢の探索能力を以てして見付けられないとは思えないのだけど。
ともかく一本道なこともあってあたし達は前に進むしかない。何かが分かるかも、という緊張と期待を込めてその場所に足を踏み入れた。
『来てみるともっと広く感じるね…。』
〈う…っ〉
『!紅矢!?』
けれどそこへ着いた途端、普段あまり聞かないような声で紅矢が呻きを上げた。慌てて駆け寄り様子を窺うと、歯を食い縛りながら顔をしかめているのが分かる。
『どうしたの?大丈夫?』
〈ここが一番あの妙なニオイが強い場所だ…クソっ、気持ち悪ぃ。〉
〈オレにはよく分からないけど、紅矢すごく辛そうだ…あんまり無理したらダメだぞ!〉
『ケルディオくんの言う通りだよ。人の姿だと少し嗅覚が鈍るんだよね?だったら無理せずに擬人化して、』
〈いいから聞け。さっきよりもニオイが濃くなって分かったが、多分これは自然物じゃねぇ。色んな薬品がごった煮になったみてぇな感じだ。〉
『え?それってつまり…、』
〈…っ!ヒナタ様!!〉
『!?』
薬品と聞いて真っ先に浮かんだ悪い考えを口にしようとしたその時だった。
突然大声を出した蒼刃が、すかさずあたしを守るように前へと飛び出す。それに続くように雷士も肩から飛び降り、レシラムさんやゼクロムさんも眼光を鋭くさせた。多分何事かが起こったのだと判断して警戒態勢を取ったのだろう。
そして一体何が、と考える間もなく、辺りの岩陰から一斉に多くの黒い影が飛び出してきた。
『プラズマ団…!!』
「…謀られたか。」
数多くのポケモン達と一緒に現れたのはやはり彼等だった。セイガイハのアジトで襲ってきた時とは比べ物にならないほどの人数で、ボールの中の疾風と嵐志を含めても10人強しかいないあたし達はあっという間に取り囲まれてしまう。
「どういう方法を取ったのかはよく分かりませんが、僕達をここで待ち伏せていたのは間違いないでしょう。」
〈僕も耳はそれなりに良い筈なんだけど…物音1つ聞こえなかった。よっぽど上手く隠れてたんだろうね。〉
〈ちっ…この胸糞悪ぃニオイもコイツらのせいか。〉
「トウヤ、どうする?」
「…さすがにアジトの時のように天井を壊すなんてことは無理だし、洞窟内じゃ逃げようにも限界がある。となると戦って突破するしかないだろうね。氷雨もそれでいいかな?」
「えぇ。本当は無駄な体力を使うべきではないですが…こうして邪魔が入るのも敵地では当然のことですしね。」
トウヤさん自身が認める頭脳の持ち主だから氷雨にも同意を得たのだろうか。何にせよ頼られているのは事実だろうから鼻が高い。
あたし達が敵対の意思を示していることを察して、周囲を取り囲むプラズマ団達もこちらへにじり寄って来た。それにしてもどうして蒼刃と紅矢の2匹共が見付けられなかったのだろう?これだけの大人数が傍にいたのなら、いくら何でも波動や嗅覚に引っかかっていたと思うのに。
(…ダメ、今は考えている余裕は無いよね。)
最優先すべきは、今にも飛びかかってきそうな雰囲気でこちらを睨み付けている敵ポケモン達とプラズマ団を撃退することだ。いくら雷士達が強いといっても、この数の差では万が一があるかもしれない。少しでも勝率を上げる為に、あたしは疾風と嵐志もボールから出そうとベルトに手をかけた。
「――――動くな。」
『っ!?』
訳も分からぬ内に手首に鈍い痛みが走る。あまりの急展開に理解が追い付かず、何者かに後ろ手に捻り上げられたのだと気付いたのは数秒後のことだった。
〈ヒナタ様!?〉
「っ、キミ達は…!」
あたしの異変に気付いた面々が一斉にこちらを振り返る。当然驚いていたけれど、Nさんとトウヤさんの反応は他とは少し違っているように見えた。
「…ダークトリニティか。」
トウヤさんがゾッとするような低音で呟いたのは初めて聞く言葉だった。Nさんも知っているようで、彼には似つかわしくないような険しい表情を浮かべている。一体どんな風貌なのだろうと思い、あたしも掴まれた手首の痛みに耐えながら出来る限りで背後に目を向けた。
『…っ』
一言で表現するならば「異様」だろうか。1人ではなく3人組だったことにも驚いたけれど、何より不気味だと思ったのは全員が感情の見えない無表情な瞳をしていることだった。この状況とトウヤさん達の反応からして彼等もプラズマ団なのだろう。でも纏っている装束のデザインは全く異なり、同じだとすれば黒い服ということくらいだ。何より普通の団員とは明らかにオーラが違うから、この組織の中でも腕の立つ別の部隊?のようなものなのかもしれない。
そう考えていたら不意にあたしを拘束している相手と目が合って、その無感情な瞳に見つめられると底冷えするような気がした。
〈ヒナタ…!〉
〈貴様…っヒナタ様を離せ!!〉
〈!2人共!〉
あたしを助ける為に近付こうとした蒼刃と紅矢に向かって背後から攻撃が繰り出されたのが見えた。けれど間一髪、素早く反応した氷雨がれいとうビームで相殺する。しかしそれを皮切りとして、周囲のプラズマ団達が一斉にこちらへ駆け出してきた。あちこちからシャドーボールやエナジーボールなどが飛んできて、この場がどんどんと混乱を極めていく。
『皆!!…ぅっ!』
「ヒナタ!?」
体をよじって振り解こうとすると、更に強く手首を捻られて思わず呻き声を上げてしまった。何て力なの…っあたしではビクともしない。
「この娘は連れて行く。」
『え…!?』
「取り返したくば、この場を切り抜け最奥へと進むがいい。」
「くそ…っ!」
レシラムさんやゼクロムさんまでもが原型に戻り応戦している今、誰もこのダークトリニティと呼ばれる彼等を阻止することは不可能だった。
〈ヒナタちゃん!!〉
雷士があたしを呼んでいる。彼があんなに大きな声を出すなんて、年に数回あるか無いかというくらい珍しいことなのに。
…なのにあたしは、その声に応えることが出来なかった。
to be continue…
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