long | ナノ







3

Nさんは何と声を掛けていいのか迷っていたのだろう。少し困ったように眉を下げたまま、顔が俯きがちになってしまっている。

…けれどそんなNさんの手を、トウヤさんが掬い上げるように握った。


「元気そうで良かった。また会えて嬉しいよ!」

「…っ!う…うん、ボクも嬉しい…!」


満面の笑みを浮かべたトウヤさんを見て、Nさんもまたホッとしたように微笑む。遠慮がちだった握手もすぐにしっかりと握り合うものへ変わった。Nさんは過去の過ちを許されたように感じたのかもしれない。でもあたしには、トウヤさんがただ純粋にNさんとの再会を喜んでいるように思えた。

プラズマ団のアジトでトウヤさんが見せた、誰かを懐かしむようなあの表情。あたしはそれによく見覚えがある。嵐志がNさんを、Nさんがトウヤさんを思って浮かべていた顔と同じだ。そんな顔をする人が大切な友達との再会に喜ばない筈がない。現に今のトウヤさんはあたしに見せる大人びた笑顔ではなくて、無邪気な子どものような笑顔を浮かべている。


Nさんは以前トウヤさんに出会えて変わることが出来たと言っていたけれど、きっとトウヤさんにとってもNさんはかけがえのない存在なのだ。


(何だか嵐志とNさんの再会を思い出して嬉しくなるなぁ…。)

〈ていうか、レシラムとゼクロムは互いに気配を察知出来るんだからもっと早く再会出来たんじゃないの?〉

『台無しだよ雷士くん!!』


それを言われると確かに、とも思ってしまうけれど。でもせっかく凄く良いシーンだったのに!


「ふ、相も変わらず冷めているなタンポポ小僧。お前の言うことも尤もだが…生憎それは今この時まで叶わぬことだったのだ。」

『え?』

「ボクとレシラムはこの2年間イッシュ地方を離れて旅をしていたんだよ。あの戦いの後、狭い世界に囚われ続けていたボクの視野をもっと広げたくてね…。戻ってきたのも最近のことなんだ。」

〈そうか!気配が分かるのはイッシュにいる時だけってゼクロムが言ってたもんな。〉

「うむ、儂とトウヤもイッシュにいたりいなかったりと不規則でな…。儂もレシラムに会うのは久方振りだ。と言うても、長い時を生きる儂らにとっては些末な年月ではあるが。」

「私は2年も経てばどこかしら変化があると思っていたのだがな。しかしお前はいつ見てもその重苦しい装い…たまには違う色も纏ってみてはどうだ?」

「儂はこれが落ち着くのだ。そういうそなたこそ昔から白一色ではないか。」

「白ではなく純白と言え。高貴な私に最も似合う色なのだぞ、故に私はこれで良い。」

〈高貴な色って確か紫じゃなかったっけ。〉

『こら雷士!しーっ!』


さっきから全くこの子は…!
 
でも、今のレシラムさんとゼクロムさんのやり取りは少し微笑ましいと思った。大昔に双子の英雄が仲違いをしたという時から、力を貸す立場であった彼らも恐らく対立し続けていたのだろうけれど…本当は何だかんだと仲が良いのかもしれない。


「まぁまぁ、何はともあれこうして合流出来たんだからいいだろ?他ならぬヒナタのお陰でさ。」

「そうだね。キミには大変なお願いをしてしまったのに…見事やり遂げてくれた。本当にありがとうヒナタ!」

『いっいえ、とんでもないです!』

「いいやお前はよくやったぞミカン娘。どれ、褒めて遣わそう。」

『わっ!?』

〈ちょっと何するの。〉

『ひぃっ!?』

「おっと。ふふん、お前の電撃など取るに足らんな。」

〈ムカつく…もう少しだったのに。〉

『いや電撃しないで危ないから!!』

「レシラムもやめろ、あまりからかうものではないぞ。」

〈ヒナタっ大丈夫か?〉

『うん、何ともないから平気だよ。ありがとうケルディオくん!』


レシラムさんにぐりぐりと頭を撫でられて髪が思い切り乱れてしまった。一応褒めてくれたのかな…?でもさっき弄り甲斐があると言われたばかりだし、やっぱりゼクロムさんの言った通りからかわれただけなのかもしれない。ただ、別に嫌というわけでもないから雷士も過剰反応しなくてもいいのにと思う。それよりもあたしにまで電撃が当たった時の方が困るんだけどね!


「すまんなヒナタ嬢。」

『いえいえ大丈夫です!』

「…さて、喜ぶのはここまでにして…俺達もそろそろ動かないとな。今のところ追手の姿は見えないけど時間の問題だろうし。」

「追手?」

「うん、俺達セイガイハの外れにあるプラズマ団のアジトに潜入してたんだ。そこで同じくキュレムを助けに来ていたヒナタと出会ったんだけど…あれ、知らなかった?」

『あ。』


ヤバい、と率直に思った。そういえばあたしNさん達に無茶はするなって言われてたっけ…。


「…ほう…ミカン娘よ、私はプラズマ団に単身乗り込めなどとは頼んでいない筈だが…?」

『ごごごゴメンなさい!!それには事情がありまして…!』

「問答無用。全く…この私が称賛してやったというのにお前という奴は、」

〈待ってくれ!ヒナタはオレを心配して一緒に来てくれただけなんだ!〉

「?そういえばキミは…ケルディオだよね。キミはどうしてここに?」

『えぇと、それも色々と訳があるんですけど…。』

「はいはい、理由を聞くのは後回し!今はあまり時間が無いんだからさ。」

〈そこは僕もトウヤに賛成。モタモタしてると見つかるかもよ。〉

「そう…だね。結果的にはトウヤとゼクロムを連れて来てくれたのだし、レシラムもヒナタを怒らないであげてくれないか。」

『すみません…。』

「…ふん、私はそこまで狭量ではない。だがもう二度とそのようなことをしてくれるなよ。」

『は、はい!』


そう言うとレシラムさんはくるりと背を向けて歩き出してしまった。やっぱり怒られちゃったなぁ…ケルディオくんやトウヤさん達と出会えたわけだし後悔はしていないけれど、結果的に約束を破ったのは事実だから反省しないと…。


「ヒナタ、そんなに落ち込まないで。」

『え?』


不意に耳元で聞こえたのはNさんの囁き声。慰めてくれたのかな?と思いそちらへ顔を向けると、Nさんだけでなくゼクロムさんもどこか優しい笑みを浮かべていた。


「レシラムはキミを心配したんだよ。そんな素振りは見せないけれどね。」

「だろうな。あれでいて気に入った者には甘い部分もあるのだ。」

『そ、そうなんですか?』


2人の言葉であたしの心がジワジワと温かくなっていくのを感じた。そういえばセッカシティで一旦別れる時も頭を撫でてくれたけれど、その手付きは少し乱暴ながらも優しさがあった気がする。

…うん、レシラムさんも優しいんだよね。Nさんの言う通りあたしのことを心配してくれたのだ。だったら尚更、次は勝手な行動をしないようにしないと。


「よし、準備はいいよね。慎重にジャイアントホールに入ろう。」

「うん。ボク達もさっき到着したのだけど、付近をざっと見渡した限りプラズマ団の姿は確認出来なかった。待ち伏せされている様子もないし…突入するなら今だ。」


レシラムさんとゼクロムさんがそれに同調するように頷いた。ケルディオくんも強い瞳でジャイアントホールを見据えている。

…大丈夫、このメンバーならきっと。2人の英雄とドラゴンが再び揃ったのだ。何も怖いものなんて無い。あたしだって絶対に役に立ってみせる。


「さぁ、行こう!」


トウヤさんの言葉を合図に、あたし達はジャイアントホールの入口へと向かった。






−−−−−−−−−−






「ゲーチス様、あと5分程でジャイアントホールに到着致します。」

「そうですか、分かりました。」

「…道中ずっと食い入るように見つめておられましたが…この映像が如何しましたか?」


プラズマ団のマークを施した飛行船が目的地へ向かう間、アクロマが怪訝に思う程にゲーチスは目の前の映像を注視していた。いや、正確には映像の中のヒナタの姿だ。ゲーチスはその問いに答える為か、より鮮明にヒナタが映っているシーンを一時停止して彼女の顔が分かるよう拡大した。


「アクロマ博士。この娘の名はヒナタで間違いありませんね?」

「えぇ。」

「そしてNと同様に原型のポケモンと会話が出来ると。」

「そのようです。私も何度もその姿を目にしました。」

「…ふ…くくくく…っそうですか、やはりそういうことなのですね…。」


突然噛み殺すように笑い声を上げたゲーチスにアクロマは僅かに目を見開いた。このような姿はプラズマ団に入ってから一度も見たことがない。N以外にポケモンと会話する者がいたという事実に食い付いているのだろうか?確かに極めて珍しい能力ではあるが…と考えながら次の言葉を待つ。


「アキナ…アナタという人はどこまでもワタクシの邪魔をしてくれる。」

(…アキナ…?)


アクロマにとって初めて聞く名だった。恐らく女性の名だろうが、一体誰のことなのか。しかしそれを問うよりも先にゲーチスが口を開いた。


「これは使えますね…。ダークトリニティよ、」

「「「はっ。」」」」

「!」


突如気配もなく室内に現れた3人組の男。全身黒ずくめの装束に顔まで隠して異様な風貌をしている。このダークトリニティと呼ばれた男達はゲーチスの忠実な僕だ。彼らが己の前で跪く姿を見つめながら、ゲーチスは不気味に口端を釣り上げ命じた。



「この娘を捕らえなさい。」




to be continue…



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