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「そうだ、俺達を迎えにって言っていたけど…Nとどこで合流するかは聞いてるの?」
『……あっ!そ、そういえば合流場所は…聞いていない気が…。』
〈そうだね…確かにレシラムも言ってなかったよ。全く、偉そうな癖に肝心なところで抜けてるんだから。〉
〈まぁそう言ってやるな。それに案ずることも無さそうだぞ。どうやらレシラム達も真っ直ぐジャイアントホールへ向かっているようだ。〉
『え…ゼクロムさん、分かるんですか?』
〈うむ、儂らの力が満ちているイッシュ地方限定ではあるが…気配を感じることが出来るのだ。無論レシラムの方もな。〉
「ゼクロムは何て?」
『Nさん達もジャイアントホールへ向かっているそうです。お互いの気配が分かるみたいで…。あ、だからレシラムさんもゼクロムさん達の居場所を知ってたんですね!』
〈そういうことだ。儂とレシラム、そしてキュレムは元々1体のポケモンであったからな…。こうして3体に別れてしまった今でも理屈では説明出来ぬ繋がりがあるのだ。〉
『…え?キュレムさんってゼクロムさん達の子どもじゃないんですか!?』
「ぶはっ!」
〈な、何故そうなる!?〉
〈ヒナタちゃん、さすがにそれは無いでしょ…。〉
あたしの発言にトウヤさんが吹き出し、ゼクロムさんは鋭い瞳を見開いて驚いた。雷士も呆れてるし…うわ、ケルディオくんまで何とも言えない苦笑いを浮かべてるんだけど!?初めて見たよ君のそんな顔…。
『だ、だってキュレムさんはゼクロムさんとレシラムさんから生まれ落ちた存在だって聞いたから…!それでてっきり2人の子どもなのかなって…。』
〈気色の悪いことを言うな…それはただの間違った言い伝えに過ぎん。正しくは、儂とレシラムが分離する際に排出された余りということになろう。〉
『排出?…余り?』
〈言い方は悪いがな。遥か昔…イッシュ地方を統べる双子の英雄が仲違いをし、どちらが正しいのかを決める為の戦争を起こした。その際に1体のドラゴンポケモンであった儂らも分裂することとなったのだが、よもや3体に分かれてしまうとは思わなかったのだ。結果レシラムは真実、儂は理想、そしてキュレムは何も持たぬ虚無を司る存在となった。〉
『キュレムさんが虚無…。』
「あぁ、それね。俺もゼクロムから聞いて初めて知ったんだ。イッシュの歴史に載っているのはあくまで2人の英雄と2体のドラゴンポケモン…。レシラムとゼクロム両方の力を秘めていながら、ただの残り物とされたキュレムは表舞台から忘れ去られている。…何だか可哀相な話でもあるよね。」
人が起こした戦争によって生み落とされた虚無のドラゴン。日陰者となってしまった後、一体どれだけの長い時間を過ごして来たのだろう。
…あぁ、そうか。
(多分、キュレムさんの怒りは…。)
〈ヒナタ?〉
『っあ、何?ケルディオくん。』
〈大丈夫か?何だかボーっとしてたぞ?〉
〈ヒナタちゃんがボーっとしてるのはいつものことだよ。〉
『雷士には言われたくないよね!』
「ははっ、ピカチュウ…えっと雷士だっけ?何を言ったのか俺には分からないけど、君達を見てると面白いよ。」
もう、雷士のせいでトウヤさんに笑われたじゃん。せっかく考えがまとまりそうだったのに…。
〈む…ジャイアントホールが見えてきたぞ。〉
『本当だ!トウヤさん、このままジャイアントホールまで進みますか?』
「…いや、一度降りよう。ゼクロムの姿が目立ち過ぎる。それにアジトの件で奴らは空を警戒しているかもしれない。」
『わ、分かりました!』
なるほど、確かにゼクロムさんに乗って脱出したのだからそのまま向かってくると踏んでいる可能性がある。地上から迎撃されたら戦い辛いだろうし…トウヤさんの言う通りだ。
「ギリギリまで近付いてから徒歩で突入しよう。でもその前にNと合流だね。」
『はい!』
一時着地する場所はジャイアントホールから少し離れた森の中になった。この距離ならプラズマ団に待ち伏せされる危険も薄そうだ。あたしが降りやすいように深く屈んでくれたゼクロムさんにお礼を言うと少しだけ微笑んでくれた。
『えっと…Nさん達はどこにいるのかな。』
「あちらの方角だ。すぐ近くにいるぞ。」
『本当ですか!じゃあ行きま…、っ!?』
「…む?どうしたヒナタ嬢。」
『い、いえ…ゼクロムさん、ですよね?』
「そうだが。…あぁ、この姿を見るのは初めてか。」
あたしの隣に立っていたのはやはりゼクロムさんで間違いないらしい。一体いつの間に擬人化したんだろう…。
黒の短髪に黒の服。そしてうんと見上げないといけない程に背は高く、体付きも斉と同じくらいガッシリしている。服装も含め全体的に純白で、更に長髪の細身だったレシラムさんとは正反対の容姿だ。でも精悍な顔立ちのゼクロムさんもとても神々しくて、その点では2人はよく似ているとも思った。
「レシラムやキュレムの気配を辿ってもらう必要があるとはいえ、ここで原型のまま出しておくわけにはいかないし人の姿を取ってもらった方がいいからね。」
『なっなるほど!』
「確かに私達の姿は高貴過ぎて目立ってしまうだろうな。」
『そうですね、高貴過ぎて…って、え?』
〈げ。〉
今の声…ゼクロムさんでもトウヤさんでもない。第一に一人称が私ではないし。けれど聞き覚えのある低音、凛としていて深く染み入るようなこの声は…そして何より雷士のこの反応は、
「久しいな、ミカン娘にタンポポ小僧よ。」
『れっレシラムさん!』
〈出たよ白の暴君…。〉
いいいいつの間に!?あたしの反応が可笑しいのか、ニヤニヤとした笑みを浮かべているレシラムさんを見て思わず後ずさってしまった。本当に一体いつからこの場にいたのだろう。
「全くそなたは…気配を消して近付くのは止めろとあれほど言った筈だが。」
「ふん、私がどうしようと勝手だろう。それにミカン娘は中々弄り甲斐があるからな、気に入りなのだ。」
『それって喜んでいいんでしょうか…。』
「へぇ、やっぱりヒナタってポケモンに好かれるんだね。伝説級のポケモンなんて特に気難しいのに…本当に凄いことだと思うよ。」
『あ、ありがとうございますトウヤさん!』
何故だろう、トウヤさんに褒められると凄く嬉しい。トウヤさん本人があたしにとって雲の上のような存在だからかな?出会ってからまだほんの数時間だけど、心から尊敬出来る人だしね…。
「まっ待ってよレシラム!1人で先に行くなんて酷いじゃ、」
『!Nさん!』
「ヒナタ!」
頬を突かれたり伸ばされたりと完全にレシラムさんのオモチャにされていると、不意に背後からヨロヨロとNさんが現れた。体の所々に葉っぱを付けていたり、靴が土で汚れていたりするから…慌ててレシラムさんを追い掛けて来たという感じかな?その姿が何だか可愛らしくて、無意識の内に笑みを浮かべてしまっていた。
「お前が鈍いだけだろう。しかし見よ、無事にもう1人の英雄と再会出来たぞ。」
「あ…。」
「…久し振りだねN。」
「う、うん…2年振りだ。」
その時あたしはトウヤさんよりもNさんの方に緊張感が走ったのを感じた。これは憶測だけど…Nさんは2年前プラズマ団の王としてトウヤさんと対峙したから、その当時の過ちなどを含めて彼に負い目を感じているのかもしれない。
けれどそんなNさんの面持ちを変えたのもまた、今本人の目の前にいるトウヤさんだった。
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